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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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61年全米№№1「Runaround Sue」でおなじみのDion、

彼の62年全米8位のヒット曲「Littie Diane」。

残念ながら今だ手に入っていない国内盤ジャケットをネットから拝借、

ご覧のように、タイトルは「可愛いダイアン」、歌手名はダイオン。

初期の頃は、Dionをダイオンと認識していたようです。

ディオン、39年7月、NYブロンクス生まれのイタリア系アメリカ人、

本名はディオン・フランシス・ディムチ、

ステージ・ネームは、ディオンであったりディオン・ディ・ムーチであったり。

58年から60年まではドゥワップのベルモンツのリードボーカルとして、

60年からはソロシンガーとして活躍しています。

64年のビートルズ旋風以降は低迷してしまいましたが、

68年に「アブラハム・マーティン・アンド・ジョン」で全米4位、復活を遂げます。

このことについては13年12月30日に書きました。

おや、この時もダイオンってなってますね。

ディオンについて語ってしまいましたが、

「可愛いダイアン」の日本語カバーを思い出しました。

探したら発見、鈴木やすしさんの「リトル・ダイアン」、62年11月のリリース、

B面は九ちゃんのカバーで有名な「カマ・カマ・ベイビー」ですね。

8年8月19日に書きました。

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もうだいぶ少なくなりましたが、

欲しいレコードのリストを更新し続けています。

洋盤は18枚、eBayにSaved searches登録していますが、

たまに出品されてもあまりにも高額すぎてスルーする状況。

邦盤は10枚ほどですが、これはもう思いつきで増えたり減ったり。

そんな中から、先日、長年ウォンツ・リストに入っていた1枚をゲット。

これまでも度々ヤフー・オークションに出てきていたのですが、

15,000円以上に跳ね上がりあきらめていた1枚。

女優・尾崎奈々さんの「バラ色の町」。

尾崎奈々さんはボクより2歳半年上、

ボクが高校生の頃からテレビや映画で活躍されていました。

GSの映画によく出演されていましたね。

その彼女が68年3月にリリースしたのが「バラ色の町」、

なぜか好きでしたが、手に入れる機会を失っていた1枚でした。

月に1度送られてくる中古店のオークションで、

ダメモトで応札、相場より少しだけ安くゲットできました。

なんか、肩の荷を下ろした感じですね。

それにしても、今ではもうどんな歌だったのか忘れてしまっていて、

欲しいという、ウォンツ・リストがひとり歩きしていたのですが、

聴いてみて、あの時代らしい、清純ソング、

彼女の声も好きだし、

きっと当時のボクはそんなところが気に入っていたのでしょう。
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ラジオ番組の進行役のことを、

今では、“プレゼンター”とか“パーソナリティ”とか言いますが、

これは、リスナーからのハガキやメールの紹介や地域の話題など、

トークが中心になっているからなのでしょう。

ボクの好きな時代は、リクエストに応えてレコードをかけるのが中心、

だから、“ディスクジョッキー”と呼んでいたことはご存知の通り。

その昔、アメリカの田舎町には必ず小さなラジオ局があり、

たったひとりでレコードをかけながらおしゃべりするDJがいました。

ジョージアのはずれの小さなラジオ局のDJをしていた若きDJの物語。

 彼の名はB.J.、

 彼の母は、働きづくめで睡眠不足のままオンボロ車を飛ばす彼に、

 そのやり方を変えないととんでもないことになるよ、って心配していた。

 そしてある日、母はラジオを聴いていると、B.J.ではない声を聞いた。

 彼は、雨の中を時速140kmでラジオ局へ急いでいて急カーブで・・・。

そんな悲しい物語を歌った、63年、ストーンウォール・ジャクソンが歌う

カントリーソング「B.J. The D.J.」。

これをカバーしたのが、小坂一也さんの「悲しきディスクジョッキー」。

訳詞は、カントリー歌手の寺本圭一さん。

悲しいディスクジョッキーの物語、

ボクはこの歌を、カメ&アンコーさんがDJだった番組で知ったのでした。

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昨日はバレンタイン・デー。

ボクがプレゼントをいただくの人はもうすっかり固定化してしまいました。

家内と娘とふたりの孫娘、会社の義理チョコと、

そして、もう20年以上も毎年贈ってくれる最初の会社の部下の女性。

さて、今年のバレンタインのレコードを・・・、

なんて、そうそうあるわけもなく、困っていたら、

その、20年以上も送ってくれる彼女からのチョコは、

北海道の有名メーカーのベリーキューブ、ピンクのパッケージ、

でしたから、苦し紛れの選曲は・・・、

ドーン、73年全米27位、「いちご畑のサリーちゃん」。

おしゃれな選曲でしょう?

スローに立ち上がって、ゴキゲンなオーランド節に、

ドーン、となっていますが、この頃は、フィーチャーリング:トニー・オーランド。

ついでに、未掲載のトニー・オーランド若かりし頃の名曲もピックアップ、

61年全米39位、キング&ゴフィンの「ハーフウェイ・トゥ・パラダイス」も。

そうそう、娘と孫娘たちからのチョコは、

ボクも嵌まっているコナンのチョコでしたよ。

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ネット時代の賜物のひとつは、間違いなくこのWikipediaである。

ボランティアの共同作業で執筆されるインターネット百科事典。

ボクがブログを書く時、

自分の知識や記憶を検証するためにいつもお世話になっている。

多くの人の目に触れているから、その内容はほぼ正しいのだが、

時々間違っていることもあることを承知して活用している。

ボクも時々加筆したくなることもあるけれど、

もし書き出したらキリがないから、グッと押さえて・・・。

さて、いつだったか、松山の中古店で珍しい1枚を見つけた。

ポール・アンカ、62年全米46位、「エブリ・ナイト」、

シングル・オンリーの1枚である。

確認のために、ウィキペディアでポール・アンカを検索、

シングル、のところに「エブリ・ナイト」はない。

じゃ、というわけで、Paul Anka discographyを引く。

といった具合で、

ウィキペディアは多言語、工夫次第でなんとかなるのである。

そして、晴れて、62年全米46位であったことが確認され、

自信をもってブログに書くことができるのである。

ウィキペディアよ、ありがとう。

ちなみに、この「エブリ・ナイト」には懐かしい社名印が。

昔、大街道にあった純喫茶マリヤが持っていたことがわかる。

通常は、こんな印が押してあるレコードは買わないのだけれど、

このマリヤの印は、ちょっと懐かしくて、少しも邪魔じゃないね。

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