BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ロイヤル・ウェディングのニュースを見ながらのピックアップです。

63年、アカディアンズの「キャンドルライト・キッセズ」。

オールディーズのレコードを収集していると、

その昔は、多くの謎のグループ、謎の歌手が出現したものでした。

そんな正体を知りたくて、ボクの本棚にはたくさんの音楽関係の本が。

そして今の世は、検索すれば衆知が集まります、

ビックリする量の情報があります、便利になったものです。

それでもまだ、いくつかのアーティストに関する情報は見つかりません。

このアカディアンズもそんなグループのひとつです。

検索すればいくつかの情報が出てきますが、

そのほとんどは、このシングルにある高崎一郎さんのライナーノーツ情報。

アカディアンズは17歳~21歳の男性3人、女性1人のグループで、

もともとはグローリーズと名乗っていたのだけれど、

アカディア・レコードからデビューするに当たって改名したとのこと云々。

これを信じるとしたら、そんなに謎でもないのだけれど、

この曲以外に世に出ていない、というのが今ひとつすっきりしない。

このメンバーたちが後にどんな人生を送ったのか・・・気になる。

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毎月恒例のレコード・コンサート、

なんとなく思いついて始めた“60年代ガールズ・ポップスA to Z”、

女性ソロ・シンガーのAからZまでを1人につき1曲ずつかける、

そんな企画、思ったよりたくさんあって1月から6ヵ月間も続く、

そんな事態に、もう自分自身が飽きてきて、

最後のピックアップをしていたら、

やたらと橋幸夫さんが聴きたくなった。

本来、彼の股旅演歌は苦手なのだけれど、

まずは、17歳の時のデビュー曲、60年の「潮来笠」を。

第2回日本レコード大賞新人賞受賞曲である。

そして、橋19歳、吉永17歳のデュエット曲「いつでも夢を」は、

62年第4回レコード大賞受賞曲である。

彼は後に、今度はソロでレコード大賞を受賞するが、

理由(わけ)あってこのレコードはボクのコレクションにはない。

その辺の事情は11年4月1日に書いた。

吉永小百合さんとのデュエットはその後も続き、

63年「若い東京の屋根の下」と、

64年の「そこは青い空だった」は、今もボクのフェイバリットである。

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もうずっと前に紹介した大好きなペギー・マーチの日本語ソング、

「夢みる17才」と「楽しいウィークエンド」のカップリング。

オリジナルの曲に見事にマッチさせた日本語の歌詞と、

彼女の愛らしい日本語の発音、

高校生の頃、何回モノマネで歌ったでしょう。

両方ともペギー・マーチがドイツ語で歌った曲だとは知っていたけれど、

それを手に入れようなんて思ったことはなかった。

ごく最近になって「夢みる17才」のドイツ語版を偶然聞いたのがきっかけ。

「夢みる17才」は原題「Mit 17 Hat Man Noch Traume」、

あなたはまだ17才のまま、なんて感じ。

「楽しいウィークエンド」は「Sechs Tage Lang」、

長い6日、って感じ。

両方とも本当に新鮮でいいですね。

ついでにもう1枚、「夢みる17才」のいしだあゆみバージョン。

これはずっと前からのコレクションです。

久しぶりに、これらの曲をメドレーでターンテーブルへ。

楽しい!楽しい!

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長かったゴールデンウィークも終わってしまいましたね。

今年のGW前半は、昨年に引き続いて家内との小旅行、

倉敷、岡山へ。

直前までどんな予定が入るかわからないものですから、

近場への旅行になってしまいますが、ボクたちにはこれが丁度いい。

GW後半は、二人の孫娘が3泊4日で我が家へ。

小学校3年生の孫娘は、もう何でも知ってるし、やさしさも持ち合わせている、

ボクたちの自慢の女の子です。

1歳9ヵ月になる孫娘は、何にでも興味がいっぱい、

家の中のなにもかもに触りたいものですからガードにタイヘン!

でも、パパとママ、おネエちゃんはもちろん、

おばあちゃんとおじいちゃんの役割分担もよくわかっているようで、

ほんとうにカワイイ盛りです。

今夜はにぎやかさが一気になくなり、寂しくなってしまいました。

久しぶりにレコードでも・・・、と引っ張り出したのは、

60年、リンダ・ローリーがデル・サテンズをバックに軽快に歌う

「プリンス・チャーミング」。

♪~Prince Charming, Prince Charming~♪を

♪~Princess Charming~♪に換えて、

レコードに合わせて歌ってしまいました。

だんだんチャーミングになってゆく孫たちを想いながら、

さあ、明日からは日常に戻るのです。
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曲を作り、自ら歌うジョンとポールの陰に隠れて、

黙々とリード・ギターを弾く最年少のジョージは、

“静かなるビートルズ”と言われた。

ビートルズの時代、彼が作り歌った「タックスマン」や「サムシング」、

「マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」も大好きだった。

解散後、ソロとして最も早く№1ヒットを出したのはジョージだった。

70年の年末の№1「マイ・スウィート・ロード」については既に書いた。

そして、71年2月にバングラ・デシュのチャリティ・コンサートを収録した

3枚組のアルバムが発売されて以来2年間の沈黙の後、

73年6月、「ギヴ・ミー・ラヴ」で2曲目の№1ヒットを出した。

ボクの持っている『The Concert For Bangla Desh』は、

地元のディレクター氏からのDJ落ち、Not For Sale。

リンゴ、ディラン、クラプトン、ラッセル、プレストン、バッドフィンガー、

そして、ラヴィ・シャンカールとハリソンの超豪華メンバー、

なかなか楽しみがいのある1枚(正しくは3枚)である。

この後、彼は3枚目の№1ヒットを出すが、

その「セット・オン・ユー」については数日前に書いた。

“静かなるビートルズ”、なかなかやるもんだ!

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