FC2ブログ

BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

img104


レコード棚の片隅から、こんなん出てきました。


五月みどりさんは、今ではあの菊地桃子の義理のお母さん。


忘れていたけれど、きっとオールディーズの香りがするから買ったのだと思う。


ジャンルはまったく違うんですけどね。


それにしても「一週間に十日来い」(62年)なんて、そんな御無体な!


隣に、こんなんもありました。


「温泉芸者」(63年)。


♪~サァーサ さらりと涙を流せ


      熱い情けのお湯の中 ハ ジャブジャブ ジャブジャブ~♪


というわけで、


これからニューヨーク(入浴)へ行って来ます。


img105

img101


大滝詠一『NIAGARA MOON』の「楽しい夜更し」のDedicationに、


“Ernie K.Doe,Jr.Parker,Alvin Tyler,Neil Sedaka,Bary Mann,


   Allen Tousaint ハナ肇とクレージー・キャッツ”とある。


ライナー・ノーツにも、


“アーニー・ケー・ドゥの名作「いじわるママさん」をもじった曲、


   この曲のもじりはニール・セダカ&バリー・マン「スイート・リトル・ユー」に続いての


   二番もじりです。”つて。


オークションで『DOO WOP,EARLY ROCK 7inch 』と銘打った


輸入盤100枚余を落札した、その単価300円。


どんな曲が入っているかわからない、まるで福袋のような楽しみとリスクがある。


プレスリー、セダカ、アンカ、コニー・フランシス、ジョニー・ティロットソン・・・


まだすべてをチェックしていないけれど、そんなビッグ・ネームに混じって


アーニー・ケー・ドゥ「いじわるママさん」を発見した。


もちろんすべてレコード・ジャケットはなし、その上、半分は袋もなし。


しかし、マイナー・アーティストものもいっぱい。


珍しいレーベルもいっぱい。


もちろんすでに持っているものもあるけれど、


一曲一曲、ゆっくり聴くのが楽しみになってくる。


img102     img103

img099


レジスタンスに助けられたジェームス・コバーン、


舟で逃げ切ったチャールズ・ブロンソンとジョン・レイトン。


映画『大脱走』の話である。


イギリスの歌手であり俳優であるジョン・レイトン、


彼の全英No.1ソングが「Johnny Remember Me」、


邦題は「霧の中のジョニー」。


“イギリスのフィル・スペクター”ジョー・ミークのプロデュースで、


その独特の深いエコー処理は、


この曲を哀愁感漂う魅力的なヨーロピアン・サウンドに仕上げている。


なぜかアメリカではまったくヒットしなかったが、


日本では、あの「エイトマン」克美しげるがカバーしてヒットした。


また、大滝詠一の「さらばシベリア鉄道」(太田裕美)の元ネタとしても有名。


『街角男』デル・シャノンの向こうを張って、


ジョン・レイトンは『霧の中男』として、


続いて、「霧の中のロンリー・シティ」をヒットさせた。


img100

img098


母の法事で奈良に行ってました。


車で通る久しぶりの奈良公園は、


連休と興福寺秘仏公開が重なったからか、大賑わい、


朝夕渋滞で本当に大変でした。


というわけで、思い出したのがこの歌。


♪~奈良の春日野 青芝に 腰をおろせば 鹿のフン


    フンフンフーン 黒豆や フンフンフーン 黒豆や~♪


誰がこんな詩、書くねん!


あの佐伯孝夫先生。


誰がこんな歌、歌うねん!


あの吉永小百合さん。


タイトルは「奈良の春日野」。


65年、「天満橋から」のB面としてリリース、


奈良出身のさんまがギャグにしてから、AB面を入れ替えて87年に再発売。


奈良みやげだって、


ピーナッツ入り豆菓子『御神鹿(ごじんか)のふん』(さんまっぽいイラスト入り)、


『鹿のふんふんふんチョコだんGO』、『鹿のふんチョコドロップ』など、


いったい誰が食べんねん!


何はともあれ、吉永小百合さんがこの歌を歌っている姿を


ぜひもう一度見たいものである。

img096


ファルセットで歌うポップスは、何をおいても買う、


これがボクのポリシー。


ソウルやロックやヘヴィメタでは、ファルセットは定番。


ヨーデルなんて“あんな声、ヨーデル”って感じで、本当に魅力的。


フランキー・ヴァリは有名だけど、


ここにもうひとり、ファルセットのNo.1アーティストがいる。


それは、ウィリー沖山!


???失礼、とんだボケをかましてしまいました(ハニカミ)。


66年2月のビルボードNo.1、ルウ・クリスティー「恋のひらめき」。


高校生の頃、一生懸命練習した。


20年ほど前までは、ボクのカラオケのレパートリーのひとつは、


裏声で歌うアグネスの「草原の輝き」だった。


毎日、続けて歌わないと、発声練習しないと出なくなってしまうのが、


ファルセットの特徴。


今ではもうあんな声は出ない、残念!


ルウ・クリスティーは、その後、


70年にバブルガム・ミュージックのブッダから「魔法」をリリース、


日本向けの、甘くせつない、ゴキゲンなヒット曲である。


img097

img094


マーケティングの手法を駆使して、“作られた”ロックン・ロール・バンド。


デイビーとミッキーはタレントだった。


66年8月にリリースされた「恋の終列車」は、


NBCテレビの『ザ・モンキーズ』の番組とともにチャートを駆け上がりNo.1に。


ビートルズに対抗して、アメリカの業界が作り上げたスター・グループ、ザ・モンキーズ。


理想のメンバーを設定し、オーディションでメンバーを選んだ。


あのダニー・ハットン(スリー・ドッグ・ナイト)やスティーヴン・スティルス(CSN&Y)、


ポール・ピーターセンやポール・ウィリアムズまでもが落選。


そして、超一流のソングライターたちに曲を依頼し、


レオン・ラッセルやグレン・キャンベルなど


一流のスタジオ・ミュージシャンを登用して作り上げた作品を引っさげて、


一躍超人気者になってしまった。


彼らは“ミュージシャン”ではなく、“パフォーマー”だった。


だけど、ボクは決して悪いとは思わないし、


4人の素晴らしい個性と、魅力的な楽曲の大ファンである。


毎週『ザ・モンキーズ・ショウ』を楽しみにしていたものである。


デビュー作品「恋の終列車」と同じボイス&ハートの「すてきなバレリ」も


TV番組の1シーンを思い出させるス・テ・キ・な1曲である。


 img095

img092


トラヴェラーズ、ヴァラエティ・トリオ、ヴァリエトーンズ、フォー・ラヴァーズ、


ザ・ロマンズ、ヴィレッジ・ヴォイセズ、ザ・トピックス。


次から次へ多くのグループを渡り歩き、ソロ活動をも模索してきた


フォー・シーズンズのリード・ヴォーカリスト、フランキー・ヴァリは、


9年間の苦難の年月を経て、ついに栄光をつかんだ。


1962年9月、ヴァリのファルセットをフィーチャーした「シェリー」が


全米No.1を獲得した。


このタイトルも、「テリー」「ペリィ」「ジャッキー」「チェリー」と二転三転、


「シェリー」に落ちついたという。


その後、11月に「恋はやせがまん」、63年3月「恋のハリキリボーイ」、


とヒットを重ね、スター・グループの座を不動のものにしてしまった。


64年7月の「悲しきラグ・ドール」、カムバックの76年「1963年12月」と、


5曲のNo.1をはじめ、62年~80年に46曲(と資料にある)のヒットを連発した。


ボク自身のフェバリットは、67年の「カモン・マリアンヌ」。


あっ、そうそう、今度NYに行く。


ヴァリの成功物語ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』、


まだやっているのなら、ぜひ見たいものである。


 img093

img071


久しぶりに遅く起きた朝、陽の光がまぶしい。


遅い朝食を済ませ、自転車で近くの峠を走る。


やっぱり黒パンにはいちごジャムだよね、


なんて思いながら、坂道を登る。


車に慣らされた足に、この坂はちょっときつい。


そして、少々薄くなった髪に心地よい風をうけて坂道を下る。


そんな時のBGMは・・・、


「冬の散歩道(サイモン&ガーファンクル)」や「ジェラルディン(ブーツ・ウォーカー)」


では、少し寒すぎる。


「サイクリング・ブギ(サディスティック・ミカ・バンド)」や「恋する夏の日(天地真理)」


は、さわやかすぎる。


やっぱりこの曲、こんな季節こんな時こそ、この曲が似合う、


ロボ「僕と君のブー」。


原題は「Me And You And A Dog Named Boo」。


ブーって犬の名前。


最初、ロボって、グループ名かと思っていたけれど、


アメリカ・インディアンの血をひくシンガー・ソングライターらしい。


楽しくってウキウキ感のある、耳につく、口につく、この疾走感は何だ!


人畜無害なボクのような一曲である。

img091


中古店のオークションで、思い切って1万円以上で落札、


昨日ようやく手元に届いた。


コニー・スティーヴンス「Why’d You Wanna Make Me Cry」。


邦題は「小さな涙」。


アメリカン・ポップスの原型を作り上げたアルドン・ミュージック社にあって、


マン&ウェイル、セダカ&グリーンフィールドと並んで


その担い手と言われるソングライター・チーム、


キャロル・キング&ゲリー・ゴフィン。


全米No.1ソングはいうまでもないけれど、


多くの、オールディーズ・ファン垂涎の名曲がある。


3年ほど前に3枚を揃えた今はなきAサイド・レコードの


CDコンピレーション『キャロル・キング・マスターピース』全72曲、


その中でも出色の1曲がこれ。


もちろん音源はCD、LPと持っていたけれど、やっぱりシングル盤でなくては!


いままで何度となく出合いながら入手できなかった1枚である。


さて、次の目標へ、新しい意欲が湧いてきた。

img090


1962年8月のビルボードNo.1、リトル・エヴァ「ロコ・モーション」。


キング&ゴフィン夫妻宅のベビーシッターだったエヴァ・ボイドに


デモ・テープ用に歌わせたら、そのまま採用され、


一夜にしてスターの座へ。


あまりにも有名な「ロコ・モーション」ストーリー。


この曲、62年5月に誕生したディメンション・レコード社のデビュー・レコードとして発売。


そして2枚目のレコードは、キャロル・キング自身の


「It Might As Well Rain Until September」。


残念ながら、このシングルは見つけていないけれど、



リトル・エヴァ、キャロル・キング、クーキーズのベスト盤LP


『THE DIMENSION DOLLS』の中の1曲として聴くことができる。


最近、中古店のオークションで落札した大切なLPである。


また、「ロコ・モーション」は


1974年、グランド・ファンクによって再び全米No.1に輝いている。


違ったアーティストによる同名曲のナンバー1ソングのひとつである。


img088          img089


「シェーナ・シェーナ」、


1962年7月、飯田久彦がシングル発売、


同年9月、弘田三枝子がシングル発売。


双方とも作詞は漣健児さんだけど、男歌と女歌用に少し変えている。


少々マイナーだけど、好きな歌だったので、


1970年代に中古店で見つけて、相前後してゲット。


いろんな資料を当たってみたけれど、オリジナル歌手がわからなかった。


1999年、インターネットで検索、


シェファード・シスターズがオリジナルだと知った。


そして、2002年、ネット・オークションでついに入手できた。


中学生の頃、テレビで聞いてから、40年もかけて、コレクションを完遂、


長い長いストーリーがある。


それにしても世の中には詳しい人がいるもので、


近頃はインターネット検索でどんなことでもわかる。


“ユビキタス”の恩恵を大いに活用しているボクなのであります。


img087

img085


広告屋のボクとしては、コレクションにかかせないCMソングがある。


レナウン「ワンサカ娘」。


この曲を作ったのは、CMソングの巨匠、小林亜星さん。


そして、最初に歌ったのは、かまやつひろしさん。


1961年、「ワンサカ娘」のテレビCMがブラウン管に初登場。


残念ながら10歳のボクにはその感動がない。


ボクが印象に残っているのは66年のシルヴィ・バルタン。


彼女自身の歌い踊る映像が脳裏に焼き付いている。


資料によると、62年はデューク・エイセス、


63年はジェリー藤尾と渡辺トモコ、64年は弘田三枝子、


シルヴィをはさんで、関西学院フォークグループ(67年)、久美かおり(68年)、


ヒデとロザンナ(70年)、セルスターズ(72年)を経て、


78年に初めてシングル・レコードとして発売された(と思っている)。


歌っているのは、ブロンド・オン・ブロンドというイギリスのデュエット。


その後も、アン・ルイス(79年)、ゼルダ(85年)、ラヴ・ポーション(86年)、


イエイエ・ガールズ(87年、あの田中美奈子もメンバー)と続く。


そのほとんどは、LPレコードかCDで聴くことができる(もちろん持っている)けれど、


権利の関係で(だと思うが)、かまやつさんや、デューク・エイセス、


ジェリー&トモコ、そしてなによりもシルヴィのものはCDにもなっていない模様。


シルヴィのCMはネットで見ることができるけれど、


かまやつさんのものとともに、ぜひCD化してほしいと思う。


img086

img082


司会は、鈴木やすしと木の実ナナ。


そして、レギュラーにドリフターズが出ていた。


ギャグ中心ではなく、バンド活動中心。


このオーディション番組から最初にデビューしたのは


三田明だったと思う。


でも、すぐに橋、舟木、西郷に続いてビッグになってしまったために


番組卒業生の代表は、布施明、奥村チヨ、望月浩のトリオだった。


布施、奥村のその後は知っての通りだけど、


望月浩さんは今どうしているんでしょう。


ボクは、この頃の奥村チヨの大ファンで、


大学生になってから、デビュー曲(だったと思う)のレコードを探した。


♪~モア 一人きり 見る夢は~モア あなたの 夢だけなのに~♪


「私を愛して」、シルヴィ・バルタンのカバーである。


もちろん、シルヴィ盤はすでにゲットしていたのだけど、


演歌の大御所になっていた奥村チヨのポップス歌手時代のレコード、


「ごめんネ・・・ジロー」や「北国の青い空」は見つかっても、


「私を愛して」のシングル盤は長年見つからなかった。


会社員になって、札幌出張で立ち寄った中古店で出合った時の喜びは


今も記憶に新しい。


そんな数ある思い出のレコードの1枚でもある。


img083          img084

img080


“鈴木やすし”、日本で一番多い苗字のアイドルだ。


いや、正確にはアイドルだった。


鈴木やすし、と言えば、「ジェニ・ジェニ」、


このリトル・リチャードの57年のロックンロールを


完全に自分のものにしてしまった。


♪~ジェニ ジェニ ジェニ いかした名前だぜ ジェニ ジェニ~♪


今でも、ソラで歌える。


「ラバー・ボール」は、ボビー・ヴィーのカバー。


62年、このレコードを出した同じ年、


15歳の木の実ナナとコンビで、オーディション番組の司会を務める。


『ホイホイ・ミュージック・スクール』、


オンタイムで見ていたうっすらとした記憶がある。


これについては別の機会に語ってみたいと思う。


そして、約1年半後にはオリジナルを発表する。


作詞作曲はハマクラさん、「社長さんはいい気持」。


本当にいいかげんな歌だけど、これが結構ヒットした。


ボクより若い人は、『キンカン素人民謡名人戦』の司会としておなじみのはず。


いまでも『想い出のウエスタン・カーニバル』なんかで


ときどき「ジェニ・ジェニ」を歌ってくれるけど、


「社長さんはいい気持」は聴いたことがない。


聴きたい方は、ぜひボクのレコードで。


img081

img078


『スター誕生!』出身の実力派、岩崎宏美。


「デュエット」「ロマンス」「センチメンタル」に続く


シングル4曲目、「ファンタジー」。


76年1月頃、テレビで新曲として聴いた時、


そのイントロの虜になってしまった。


そして、「ファンタジー」はもちろん、それまでの3枚のシングル盤も買ってしまった。


頭のファンキーなギター、響きわたるベース、


コーラスを含めた20秒間のイントロはものすごくいい。


♪~ギターの弦(イト) 人さし指 はじいてひいて~♪


阿久悠さんの歌詞に合わせるように、作詞、編曲は筒美京平さん。


アイドルの歌謡曲もあなどれないゾ!と思った瞬間だった。


音痴で、リズム感もよくないボクだから、


(だから、ゴルフのショットもよくブレる)


技術的なことは語れないけれど、


いいもの、好き嫌いはわかる(つもり)。


96年に発売された『歌謡曲完全攻略ガイド』本巻末の


イントロ・ベストテン企画で、この曲がNo.1になっていて


“我が意を得たり”、ボクの感覚もまんざらではない、って本当にうれしかった。


好きでない音楽は聴かない、そんな態度を改めるようになった。

img079


会社からの帰りに、よく聴くラジオ番組がある。


AM局、平日の18:20からの5分番組、


『The Top Of The Charts!』。


ビルボードのNo.1ヒットを紹介する番組。


毎日、ボクの好きな曲がかかるから、


帰宅時刻がこの時間と重なると必ず選局するが、


番組に大きな不満がある。


洋楽POPSにあまり詳しくないとおぼしき女性アナウンサーが


いかにも用意された原稿を読んでいる感じ。


ましてや、曲の途中に不要なナレーションをかぶせるものだから


曲を楽しむこともできない。


とはいえ、紹介される音楽そのものに不満はない。


昨日紹介された曲は、


1965年6月のNo.1、フォー・トップス「アイ・キャント・ヘルプ・マイセルフ」。


ボクのフェバリット・アーティストというわけではないけれど、


66年10月のNo.1、「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」との


ベスト・カップリング盤を中古店で見つけたものだから、おもわず買ってしまった1枚。


こんな消極的な動機のコレクション・アイテムも


年を経て、久しぶりに聴いてみると、


“買っておいてよかった”とひとりほくそ笑むこともあるのです。

img074


1963年1月のビルボードNo.1ヒット、


ルーフトップ・シンガーズの「ウォーク・ライト・イン」、


副題は「行け!行け!ドンドン」。


オリジナルは30年代、ガス・キャノン&ジャグストンパーズのアルバムの中の1曲。


ルーフトップ・シンガーズのエリック・ダーリングは歌詞を書き換えてリリース、


大ヒット曲にしてしまった。


その時79歳になっていたガス・キャノンは、印税も専属契約も望まなかったために、


このレコードの作者クレジットは、E.Darling-W.Svanoeと表記されている。


さて、この曲を日本でカバーしたのは、


飯田久彦、タイトルは「二人でゆこうよ」、


そして、作者クレジットはE・ダーリングとW・スワノト。


ダニー飯田とパラダイス・キング盤のタイトルは「ポッカリ歩こう」、


作者クレジットはカノン&ウッズ。


レコード会社の混乱ぶりがわかる。


ボクの好みはやっぱり、タイトルは「行け!行け!ドンドン」、


作者クレジットは、Gus Cannon&Hosie Woodsとして欲しい。


img075      img076

img077


2ヵ月ぐらい前、


“ルネ・シマールの「ミドリ色の屋根」、持ってる?”


“持ってたと思う” 


“今度聞かせてくれる?” 


“OK!”


てなわけで、レコード棚を探ったけれど、見つからず、


“あるはずなんだけど、そのうち探しとくわ!”


そして、昨夜ようやく見つけた。


ボクのコレクション、そんなにたくさんあるわけでもないけれど、


仮の収納(40余年間)なんだから、とインデックスも付けず、


『洋楽グループ』『洋楽男性』『洋楽女性』『邦楽アイドル』『GS』『邦楽カバー』


『その他』と、棚を分けてたけれど、


コレクションが増え続け、いつの間にか正確な分類でなくなっていた。


リタイヤ後の仕事にしようと思っていたけれど、


ブログを始めたら、早く整理をしなくては、と、あせりはじめた。


持っているはずなんだけど見つからなかったり、


なんでこんなの持ってるの?というようなものがあったり、


ブログを機会に整理したいとは思うんだけど・・・。


というわけで、


1974年、ルネ13歳での東京音楽祭世界大会グランプリ受賞曲、


そして、日本デビュー曲、「ミドリ色の屋根」をご紹介します。

img072


みんなが知っている、ジョージ・チャキリス主演『ウェスト・サイド物語』。


そして、彼の次の主演作品は『Two And Two Make Six』、


これに付けた邦題が『レッツ・ゴー物語』。


安易に2匹目のドジョウを狙ったことは一目瞭然。


映画はみごとにコケてしまった。


しかし、この映画の主題歌「A Change Of Heart」は、


クリフ・リチャードやアダム・フェイスに並ぶ英国のヒット歌手クレイグ・ダグラスに


日本で唯一のヒットをもたらした。


♪~Dum me dum dum me doo wah~♪


♪~ダミダ・ダミ・ドゥワ・ダミ・ドゥワ~♪が印象的な曲。


よっぽどのオールディーズ・フリークでも、


「レッツ・ゴー物語」ってタイトルを聞いても、歌が思い浮かばないけれど、


この歌い出しを聴いたら、すぐ思い出す、


“邦題が悪いよね”って思い続けて40年。


日本では坂本九ちゃんのカバーでヒットした。


img073

img070


むかしむかし、ボクたちは、夜な夜な、4人で卓を囲んでいました。


4人で卓を囲んでいても、ゲームに参加しているのは3人。


そうです!それが3人打ち麻雀。


休んでいる人は、漫画を読んでいたり、週刊誌のヌード写真を見ていたり、


隣の人の後ろからゲームの成り行きを観戦していたり。


そんな時は、黙って、表情も変えずに、そうポーカーフェイスでいなければならない。


ツモ牌に一喜一憂したり、歓声をあげたりすると、


ましてや、解説など始めた折には、彼の手牌がバレてしまう。


ああ、それなのにそれなのに、


カンチャン、ズッポリ!


そんな時に、


♪~Oh! it’s so Nice to be with you~♪


ついつい出てしまう、楽しいオールディーズ。


そんな隠れた名曲がこの曲なのであります。


ギャラリー「恋するあなた」。

img067


ビートルズ全盛の1964年の「愛はどこへ行ったの」から、


69年の「またいつの日にか」まで、


ビルボードに12曲のNo.1ヒットを送り込んだグループ、


ザ・シュープリームス。


まだ、ボクのコレクションに12曲すべてのシングル盤は揃っていない。


実は、中古店にあまり出てこないアーティストのひとつでもある。


最近の映画『ドリームガールズ』にも通じる愛憎劇を繰り返しながらも、


ショービジネスの世界でスポットライトを浴び続けた、大好きなグループ。


65年3月、彼女たちの4曲目のNo.1ヒット、


「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラブ」。


最近、異色のカバーを手に入れた。


歌っているのは、「バス・ストップ」「アイ・キャント・レット・ゴー」でおなじみの


60年代のヒーロー、ホリーズ。


C.S.&N.に参加していたグラハム・ナッシュが15年ぶりに復帰再結成した


オリジナル・メンバーによる1983年のシングル見本盤。


ホリーズらしいアレンジは秀逸、


レコード・ジャケットのメンバー写真も秀逸、いい顔してますね。


img068

img069


これもまた、浪人時代の69年年末に買ったレコード。


やっぱり、ラジオの深夜放送で知った曲だったと思う、


フライング・マシーン「笑って!ローズマリーちゃん」。


レコード・ジャケットのライナー・ノーツには、


北山幹雄氏が、メンバーの名前やそのプロフィールまで紹介している。


作者のトニー・マコーレイとゲオフ・スティーヴンスは有名だが、


このメンバーたちのことはよくわからない。


また、その後手に入れた雑誌『ロック・クロニクルvol.3』には、


あのジェイムス・テイラーも一時メンバーだったと書かれていた。


やっぱり、トニーとゲオフがスタジオ・ミュージシャンと作った


バーチャル・バンドのような感じである。



たぶん、ヒットしてあわててメンバーを仕込んでライブで稼ぐ、


というよくあるパターンのグループなのだと思う。


ともあれ、浪人生のボクが、深夜にひとりで聴いて


大のお気にいりになった甘酸っぱく哀愁漂うメロディ、


歌詞は、好きな人にふられたローズマリーちゃんを


ホラ!微笑んで・・・と励ますもの。


いわば、“わが青春の思い出の一曲”である。


img066


浪人時代の1970年正月、おしゃれな、最新のヒット曲のレコードを買った。


情報源は、例によってラジオの深夜放送。


「ナナ・ヘイ・ヘイ・キス・ヒム・グッバイ」、69年12月のビルボードNo.1ヒット。


歌っているスティームは、当時6人組というだけで、何の情報もなし。


1988年になって、ビルボート・ヒット曲の解説本が出た。


フレッド・ブロンソン著、かまち潤監修『ビルボード・ナンバー1・ヒット』。


この本によると、スティームは架空のグループで、


スタジオ録音でレコーディングし、ヒットしてあわててメンバーを仕立てる、という


アメリカではよくあるパターン。


しかも、この曲「キス・ヒム・グッバイ」という2分程度の曲に、


♪~ナナナーナ、ナナナーナ、ヘイヘイヘイ、グッバイ~♪のコーラスを加えて、


シングル盤の長さに寸法合わせしただけ、とのこと。


レコード・ジャケットの6人は誰なのか?わからずじまい。


この曲にはたくさんのカバー・バージョンがあるけれど、


最高傑作は、ベルモンツのアカペラ・バージョン。


このLPも、ものすごく大切にしているコレクションのひとつである。

img065


今日のスポーツ紙に、「乳がん乗り越え北京で熱唱」、


アグネス・チャン。


アグネスといえば?♪~おっかの上、ひなげしのは~なで~♪


たどたどしい日本語で、カマトトぶって歌うアイドル?


でも、ボクは、アーティストとしての彼女のファンである。


「妖精の詩」の作者は、松山猛&加藤和彦。


昔、裏声で歌った「草原の輝き」は、平尾正晃作曲。


オリコン1位の「小さな恋の物語」は、森田公一作曲。


ボクの大好きな「白いくつ下は似合わない」は、荒井由実作詞作曲。


「恋のシーソー・ゲーム」は、落合恵子&井上忠夫。


そして、トロント大学留学後の「アゲイン」は、松本隆&吉田拓郎。


楽曲も、歌も、ビジュアルも、ただのアイドルではない。


先入観なしに、ゆっくり聴いてみてほしい。


それにしても、旦那も日本人だし、日本での生活がこんなに長いのに、


未だに、日本語がヘタなのはなぜ?