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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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バリー・マンの名曲、「I Love How You Love Me」。

バリー・マンとラリー・コルバーの共作。

オリジナルは、61年のパリス・シスターズ(輸入盤シングル所有)、

アレンジはかの有名なフィル・スペクターでこの世に登場した。

バリー・マンのセルフカバー(CD所有)もいいけど、

一押しはクローディーヌ・ロンジェ、

消え入るようなウィスパー・ボイスの虜になって2枚組LPまで買ってしまった。

ご存知、アンディ・ウイリアムスの奥様。

邦題は、パリス・シスターズ盤は「貴方っていい感じ」、

68年、ボビー・ヴィントン盤(LP所有)は「こんなに愛しているのに」、

そして、69年、日本でのカバー・ヒット、モコ・ビーバー・オリーブ盤は「わすれたいのに」、

その後のレターメン盤は「忘れたいのに」、となっている。

年代順に聴き比べてみる・・・

三者三様、六者六様、どれもいいのは、やっぱり原曲がいいから。

あとは好みの問題だね。

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A面もB面も大好きで、しかも日本だけのシングル盤、

となれば、まさにボクの秘蔵版。

“悲運の名バンド”バッドフィンガー。

ラジオの深夜放送で「明日の風」を聴いた時に、惚れた。

もの悲しくささやきかけるようなやさしい歌声、フォーク調の美しいコーラス、

間奏のギターの激しさ、すべてが日本人の琴線に、触れた。

早速レコードを買って、B面を聴いて驚いた。

「ウイザウト・ユー」、ボーカルが生きている、歌い上げている。

もちろん、そののち、ハリー・ニルソンがカバーしたあの曲である。

その時は知らなかったが、このバッドフィンガーは、

ボクの大切にしていた「メイビー・トゥモロウ」のジ・アイビーズだった。

もちろん、その後彼らのシングル盤を買い続けることとなった。

こんな美しい曲を書き、歌い上げた彼らだが、

契約問題のもつれや訴訟問題、メンバーの相次ぐ自殺と数奇な運命を辿る。

冥福を祈る。

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“冗談音楽”と言えば“スパイク・ジョーンズ”。

スパイク・ジョーンズとシティ・スリッカーズの2枚のLPを愛聴している。

「ウィリアム・テル序曲」で有名な『元祖!冗談音楽~クラシック編』、と『~ポピュラー編』。

彼らをリスペクトしてコピーしたのが、フランキー堺とシティ・スリッカーズ。

クレージー・キャッツもドリフターズもドンキー・カルテットも横山ホットブラザーズも

もしかしたら、彼らなくしては存在していなかったかもしれない。

音楽的、技術的、実力があってこそのコミック・バンド、コミック・ソングだと思う。

“コミック”と言われることを彼らが好むかどうかは別として。

そんな意味では多少性格が違うかもしれないが、

なんと大ヒットさせてしまった曲がある。

66年、ビルボードではNo.3にまでしかなれなかったけれど、

その2週間前のキャッシュ・ボックスではNo.1を獲得してしまったのである。

歌っている、というより、語っているのはナポレオン14世、

その正体は、作曲家でありレコード・エンジニア、ジェリー・サミュエルズ。

曲名は、「狂ったナポレオン,ヒヒ,ハハ・・・」。

そしてB面は、そのテープを逆回しした「・・・ハハ,ヒヒ,ンオレポナたっ狂」。

ふだけた奴である。

ふところの大きい国であり、音楽ファンである。
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♪~ ウー ウー ウー タッ タッ タララ~ タララ~ ♪

と書いただけでそのメロディが浮かんでくる。

「そよ風にのって」、歌っているのはマージョリー・ノエル。

62年前の12月25日、クリスマスに生まれたから、芸名が“ノエル”、

ライナーノーツによると、親孝行なパリジェンヌ。

疾走感あふれるさわやかな歌声、

1965年、街中がこの歌であふれた。

伊東ゆかり、伊藤アイコ、弘田三枝子、ザ・ピーナッツ、

誰も彼も、いや誰も彼女も、この曲をカバーした。

でも、ボクが最も印象に残っていたカバーは、キューティ・Q。

歌って踊れてトークもこなす、テレビ番組でひっぱりだこだった、

4人組女性グループのはしり。

ボクの中では、「そよ風にのって」と言えばキューティ・Q。

1年ほど前、オークションでようやくに入れた。

同じような輩もいるのか、壮絶な戦いの末ようやく勝利した思い出のレコード。

キューティ・Q、知っている人、どれくらいいますか?

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実はボク、結構クリスマスソング・フリークなのです。

シングルもLPもCDもいっぱいあります。

その中で一番気に入っているのは『THE BEATMAS』。

1曲目、「プリーズ・プリーズ・ミー」かと思いきや「ジングルベル・ロック」。

4曲目、「プリーズ・ミスター・ポストマン」かと思いきや「ラスト・クリスマス」。

このグループ、只者ではない。

アレンジも演奏も歌も実に素晴らしい。

名盤『A CHRSTMAS GIFT FOR YOU』をはじめ、

ビーチ・ボーイズ、フォー・シーズンズ、シュープリームス、ジャクソン・ファイブ、

『POP’N’ CHRISTMAS FOR YOU』、『Doo Wap Christmas』etc.

その中から、選んだのは、思いっきりの変化球、

ナイアガラ・トライアングルVol.1に4曲を提供している伊藤銀次、

「まっ赤なビキニのサンタクロース」。

♪~ Jingle bells in my heart

    まっ赤なビキニの baby

    素敵な真夏の Santa Claus ~♪

本来は夏の歌なんだけど、

今年のイブは、この歌をお供に・・・。

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♪~ カゼをひいたら大変 恋もできない

    カゼをひいたら大変 あなたに会えない ~♪

どう聴いても風邪薬のコマーシャル・ソング。

昨夜は34年続いている泊りがけの忘年会でした。

昔は“酒池肉林(?)”、今は“老人会風”。

毎年これをきっかけに風邪をひいたものです。

1985年、とんねるずが「雨の西麻布」で

♪~ 双子のリリーズ ~♪と歌って再ブレイク、

話題の北海道夕張市出身のザ・リリーズ

76年11月、5曲目のシングル・ヒット、「恋に木枯し」。

リリーズと言えば、「好きよキャプテン」、

この曲は、75年9月、2曲目にして彼女たちの最大のヒット曲である。

今も、インターネット上では大人気のリリーズ、現在47歳(のはず)。

ふるさと夕張市復興のためにももう一度活躍してほしいと思う。

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1964年、全米にセンセーションを巻き起こした4人組、

ザ・ビートルズ。

同じ年、早速その人気に乗っかってスマッシュ・ヒットをはなったのは

当時13歳の女の子、ドナ・リン。

A面は、「夢みるビートルズ」、

原題は「I Had A Dream I Was A Beatle」。

B面は、「ビートルズ・カットのボーイ・フレンド」、

原題は「My Boyfriend Got A Beatle Haircut」。

なんとなんと聴いてビックリ!

大滝さんの名盤『A LONG V・A・C・A・T・I・O・N』収録の

「FUN×4」とクリソツ。

マニアの間では有名な曲。

というわけで、これって結構レア盤、なのです。
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映画『ゴースト-ニューヨークの幻』を見た時、

最もうれしかったのは、

主人公サムが歌った「ヘンリー8世君」、

霊媒師に協力してもらうために説得する(?)場面。

65年8月、ブリティッシュ・インベイジョンの最中、

この曲をビルボードNo.1にしたのは、ハーマンズ・ハーミッツ。

その昔、大学に進学するためにタイガースを脱退した

“ピー”こと瞳みのるくんのオハコ。

ハーマンズ・ハーミッツは、

64年、キング&ゴフィンの「朝からゴキゲン」でデビュー、

65年5月、「ミセス・ブラウンのお嬢さん」という

「山口さんちのツトムくん」のような歌で、初めて全米No.1に輝いた。

そして、2曲目のNo.1がこの曲、というわけ。

ところで、ブログを書くのもタイヘン。

『ゴースト』でこの曲が使われていた、という記憶があったのだけど、

ボクの妄想だったらいけないなあ、なんて思って

今日、レンタル落ちのビデオを買ってきて、早送りで確認。

ボクの記憶と思い出が確かだったことを確認して、

晴れてブログ掲載、となった次第。

まだまだボケてないぞ(放送禁止用語?)!

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訳あって、我が家はリフォーム中。

お風呂も新しくなったし、畳も新しくなった。

ついでに、女房も・・・、なんてことは思っていない。

24年間住み慣れた2階から、1階に少しずつ引越し中。

というわけで、今日の選曲は「移民の歌」。

レッド・ツェッペリン、

こんな有名な素晴らしいグループなのに、ボクの持っているシングルはこれ1枚。

冒頭の、ロバート・プラントの絶叫が好きだから。

昔々、松山の中古店で二束三文で購入。

1枚しか持っていないもうひとつのグループは、

ザ・フー。

「ハッピー・ジャック」、珍しくポップで、コーラスとドラミングが抜群。

こちらは、名古屋の中古店で1万円近く出して購入。

「マイ・ジェネレーション」や「アイム・ア・ボーイ」も好きだけど、

なぜか、これ以上シングルを購入する予定はない。

だって、ボクの守備範囲、イチローほど広くないものですから。

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“月曜日”の歌といえば?

♪~Oh! Mister Monday, me oh my ~♪

の強烈な歌いだしが印象的。

リード・ボーカルの女性1人と男性4人の5人組

オリジナル・キャスト、1970年、日本だけのヒット曲「ミスター・マンディ」。

歌詞を訳してみると、決して月曜日のことを歌っているのではないのだけれど

この“Monday”は印象に残る。

もう一曲は、ママス&パパスの唯一のビルボートNo.1ヒット、

「マンデー・マンデー」。

こちらは、ご存知、女性2人と男性2人の4人組、

強烈に派手な衣装と美しいハーモニーが印象的。

間違いなく月曜日のことを歌っている、66年のメジャー・ヒット曲。

歌詞の中にやたらと出てくる“Monday”が印象に残る。

あしたは月曜日、朝起きたら、どっちの歌が口をつくのだろう?

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ティンカーベルズ・フェアリーダスト、

『ピーターパン』に出てくるいたずら好きの可愛い妖精、ティンカーベル、

彼女の身体からこぼれ落ちる光の粉を人間にふりかけると、

人は誰でも大空を自由に飛べるようになる。

そんな夢いっぱいのグループ名の、イギリスの男性4人組68年のヒット曲。

「誓いのフーガ」、原題は「Twenty Ten」。

♪~紀元2010年は今から43年先のこと・・・・

   紀元2010年になったら 世の中はどんな風になっているだろう?~♪

バッハの小フーガに詞をつけ、

ビーチボーイズやママス&パパスをほうふつとさせる美しいハーモニーを奏でた。

その2010年はもう目の前、

そんなことを思いながら聴くのはオールディーズ・ファンの特権。

未来を歌ったもうひと組の一発屋デュオのヒット曲は、

69年、ゼーガーとエバンス「西暦2525年」。

こちらはあまりに未来すぎて、

彼らの歌った年ももうすぐだね、なんて言って聴くことってないだろうね。

絶対ない。

年代をタイトルにした、いずれも一発屋さんのヒット曲。

なんかの因縁かな。

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18歳の時、TVのタレント・スカウト・ショウに出演したところを、

モデルのツイッギーに見初められ、ポール・マッカートニーに紹介、

ポールのプロデュースで、ビートルズのアップル・レコードからデビュー。

そして、全英、全米で大ヒット。

まさに、とんとん拍子のシンデレラ・ストーリーである。

メリー・ホプキン「悲しき天使」。

フランス語でヴィッキーが、日本語で森山良子がカバー、

68年夏、日本中に3国語の「悲しき天使」が流れた。

メリー・ホプキンの2曲目は、ポール作「グッドバイ」。

澄み切った高音が耳に心地よく響く。

そして、3曲目はドリス・デイの名曲「ケ・セラ・セラ」をカバー。

しかし、この曲をめぐってポールとの関係は破局し、

結局「ケ・セラ・セラ」は彼女の6枚目のシングルとして発売された。

フランキー・ヴァリの『ジャージー・ボーイズ』や

キャロル・キングの『グレイス・オブ・マイ・ハート』のように

彼女の成功物語をミュージカルや映画にしてほしいと思う。

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朝テレビで聴いた歌や、通勤途中にラジオから流れていた歌を

一日中思わず口ずさんでしまう、

そんなことってありませんか?

ボクにはよくあるんですよね。

何年か前なんか、街中に流れていた

♪~イッツ オートマチック 君といるだけで~♪がそうだったし、

昨日は♪~アイ ウィッシュ アイ ワー プリンセス~♪だった。

(これは少しマイナー、リトル・ペギー・マーチ「I Wish I Were A Princess」)

というわけで、昔も今も“効き目で売れる・・・”ではなく、

よく“口につく”のは

♪~Poupees,Ballons Et Chocolats こーいする ふーせん~♪

フランスの新星(その頃)ダニエル・ドナンが日本語で歌う「恋する風船」。

“人形 風船 チョコレート”、あの頃は意味もわからず歌っていた。

フランス語って大阪弁のイントネーションと似ていて、オシャレ!

えっ!大阪弁ってオシャレ?

オシャレやん。

それはともかく、フランス語ってオシャレでかっこよく思えて、

大学での第二外国語の専攻をフランス語にしてしまった。

そんな思い出のレコードである。

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お酒を飲んで帰ってきた夜に、なぜか聴きたくなる歌がある。


ナンシー・シナトラとディーン・マーチンが歌う「初恋の並木道」。


原題は「Things」、62年のボビー・ダーリンのヒット曲のカバーである。


アレンジは同じようだけど、


少し酔っぱらったような軽妙なかけあいが心地いい。


ディーン・マーチンは、ナンシーのお父さんフランク・シナトラ一家の一員。


豪華な顔ぶれだけど、遊びでやってしまった!という感じのヒット曲である。


ナンシーのデュエット作品は他にもいっぱい。


ナンシーを育てたプロデューサーであり、


サーフィン&ホットロッドの立役者でもあるリー・ヘイズルウッドとのものが


「サマー・ワイン」や「二人の青い鳥」、「ビロードのような朝」etc.。


そして、父親フランクと歌って全米No.1ヒットを記録したのが、


67年4月の「恋のひとこと」。


どれもこれも、親の七光り(ごめんネ)ナンシーの楽しく歌っている姿が目に浮かぶ。


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ニューヨークでは、ダコタ・アパートやセントラル・パークへは行けませんでしたが、


今日だけは、ビートルズでお願いします。


今、恒例のビートルズ・ナイト・ライヴから帰ってきました。


あらためて・・・ボクにとってのビートルズはLP『Rubber Soul』まで。


もう1966年の来日で終わってしまいました。


そして、シングル一曲となればこれでしょう、「恋する二人」。


3枚目のLP『A Hard Day’s Night』、


ビートルズのLPの中で唯一の、全曲レノン&マッカートニー作品、


13曲中10曲がレノン作品で、8曲のリードをジョン・レノンがとっている、


となれば、今日の記念、否、鎮魂にピッタリ。


というわけで、A面2曲目、なぜか日本でのみヒットした「恋する二人」、


原題は「I Should Have Known Better」。


レコード・ジャケットはピンク基調のものもあるのですが、


写真がかっこいいこっちの方がお気に入りです。


大滝さんのマキシ・シングルCD「恋するふたり」の、


タイトル・ネーミングにも感謝です。


(初めて、CDのジャケットもアップしてしまいました)


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ボクのコレクション年代からずれているのですが、タイトルで選んでしまいました。


81年作品、マンハッタン・トランスファー「ボーイ・フロム・N.Y.City」。


62年のアドリブスのドゥーワップナンバーのカバーですが、


これがものすごくいいのです。


そして、ボクは今夜、そのNYマンハッタンから帰ってきました。


もちろん仕事で行ったのですから、それが一番なのですが、


個人的には、念願のミュージカル「ジャージー・ボーイズ」を観てきました。


大道具さんのストライキということで、あきらめ気味だったのですが、


出発直前に解決して、なんてボクは運がいいのでしょうか!


それも飛び込みなので普通のチケットは取れず、プレミアム席で。


フォー・シーズンズやエンジェルスのファンとしては、観劇だけに、もう感激でした。


もうひとつ、グリニッチ・ヴィレッジあたりの中古店にも行って来ました。


『Strider Records』と『House Of Oldies』、


両店とも、ちょっとアブナイ雰囲気のあるあたりの、いかにも!という雰囲気のある店でした。


60’sのガールズ・グループのシングル盤を求めて・・・。


けど、床から天井まで整理されていないシングル盤でいっぱい、


とても目当てのものを探すなんて状態ではありませんでした。


だから、後日ウォンツ・リストをメールで送るということで話をしてきました。


英語でメールつくらなくては。


写真はレコードだけ、という信条を破って、店の写真をアップしました。


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