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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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オークションで落札していた1枚が今日届きました。

先日ブログでも書いたように、ずっと探していたレコード。

ポールとポーラのポーラこと、ジル・ジャクソン嬢のソロ・シングル。

A面は、しっとりと可愛らしく歌う「涙のキッス」、

B面は、軽快にポップに歌う「ヘイ・ハンサム・ボーイ」、

2曲ともどうしても欲しかった曲。

もちろんCDで音源は持っていたけれど、シングル盤を探していた。

このレコードのライナー・ノーツ(高崎一郎)によると、

ポールとポーラは来日した時、既に解散していたんだって。

解散しているのになぜ一緒に来日?って問に、

“アメリカではコンビを解消しているけど、

 日本にいる大勢のファンのために、特別に一緒になって揃ってやってきた”

デュエットとは違う、ソロのジル・ジャクソンの歌声に

今夜も魅せられているボクなのであります。
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レコード棚をあさっていると、この季節にぴったりのレコードを見つけた。

3年前の今頃(1月26日だったと思う)、彼が亡くなったことを思い出した。

「若いふたり」や「若い君若い僕」、「ふるさとのはなしをしよう」でおなじみの演歌歌手、

だと思っている人が大半だと思う。

実は彼のスタートはウェスタン歌手。

北原謙二「北風(North Wind)」。

このマイナー・チューン(短調)の曲を、独特の鼻にかかった声で軽快に歌っている。

小坂一也、ジミー時田、寺本圭一など当時のC&W歌手は全員カバーしていたけど

北原謙二の持ち歌のようになってしまった一曲。

オリジナルは、C&W界のベテランDJ、“テキサス”ビル・ストレングス、53年の作品。

ボクは、ウェスタン・ヨーデラーとして有名なスリム・ホイットマンのバージョンが好き。

B面の「モリー・ダーリン」は、「冬の星座」をファルセットで歌ったもの、

偶然出合って買ってしまった秘匿(ボクのコレクションには似合わない)の1枚です。

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以前NYに行った時訪れたグリニッチ・ヴィレッジの中古店のひとつに、

12月中旬にボクのオーダー・リストをメール送信しました。

42枚のシングル盤リストの中で在庫があったのが7枚。

それから数回メールのやりとりをして、合計120$(送料込み)を送金。

昨日やっと届きました。

唯一の“pic.sleeve”付(写真入りレコード袋)がこれ、

リトル・ペギー・マーチ「I Wish I Were A Princess」。

「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」に続いて放った曲。

これ1枚が40$もしたけれど、

日本発売盤とのジャケットの違いを見たくてオーダー、

全く同じでした。

印刷は日本盤の方がきれいだし、ライナー・ノーツも歌詞も付いている。

日本ってなんて親切なんだ!と、あらためて感心。

邦題は「プリンセスではないけれど」、イイねぇ。

ゲットした他のシングルについても、おいおい紹介するつもりです。

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長い間探していたレコードを遂に手に入れた。

思っていたより簡単に、比較的安く手に入ってしまった。

キャロル・キングの「おお!ニール」。

アンサーソング史上(そんなのあるのかは疑問だけど)最も有名で、最も貴重な作品。

ニール・セダカがアルドン時代の同僚キャロル・キングを想定して書き、

1959年に大ヒットさせた「おお!キャロル」の返礼として歌った曲。

この「おお!ニール」はヒットこそしなかったが、

このレコード、キングのアルパイン・レコードでの唯一のシングルであり、

この裏面は、これまた貴重な「A Very Special Boy」という、

“一粒で3度おいしい”、アーモンドグリコを凌ぐウルトラ・レア・アイテム。

この曲、グリーンフィールド-セダカ作品「おお!キャロル」に、

キングの相棒ゲリー・ゴフィンが新たに詞を書き替えたもの。

この点でも、豪華なラインアップが勢揃いした超お宝盤なのであ~る。

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今日で57歳、ボクのことです。

この年になると、特に“Happy Birthday”でもないけれど、

何かの区切りにはなるかもしれません。

まずは、本日の選曲で自らの誕生日を記念してみました。

何度も登場するフォー・シーズンズで「ハッピー・バースデイ」、

オリジナルはチューン・ウィーヴァーズ(だったと思う)、57年のヒット曲。

歌詞は、ふられた彼女に誕生日のお祝の手紙を書いている、という

未練がましい内容だけど、英語はよくわからないから、タイトルだけいただく。

“自給自足”、“地産地消”、“我田引水“、“有森裕子”・・・

どれもちょっと違うが、とりあえず自分で祝っておく。

フォー・シーズンズを楽しんでいると、NYで観た『ジャージー・ボーイズ』を思い出す。

マンハッタンからハドソン川を隔てたニュージャージー州出身の彼らの

グループ結成から解散までをヒット曲にのせておくるブロードウェイ・ミュージカル。

飛び込みだったため、111.25$の普通席はソールド・アウトで、

301.50$(日本円で約34,000円)の10列目真ん中のプレミアム席をゲット。

彼らのストーリーとヒット曲を知っている(文献で)ボクには

英語がわからなくても、大いに楽しめた。

夏になったら自分への土産に買ったTシャツを着てやるゾ。

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シルヴィ・バルタンの「アイドルを探せ」で始まったフレンチポップス・ブーム、

フランソワーズ・アルディ、シェイラ、マージョリー・ノエル、ダニエル・ビダル・・・

と並んで、というよりバルタンとアルディに割って入ったのが、フランス・ギャル。

名前からして、まさに“フランス代表”といった感じ(ちなみに、ギャルは本名)。

彼女たち全員、どこから見てもフランス人とわかるようなルックス、

甘く、可愛らしい歌声。

日本でいう“アイドル”、フランスでは“フレンチ・ロリータ”と呼ばれたらしい。

「夢みるシャンソン人形」(65年)、「涙のシャンソン日記」(65年)、

「天使のためいき」(66年)、ときて、

ボクの大好きな「すてきな王子様」(66年)をリリースして、すぐに来日、

日本語で歌う「すてきな王子様」を発売した。

やっぱりフランス語の方がポップスの雰囲気があって“すてき”だね。

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高校生の頃、サイモンとガーファンクルのLPを集めたことがある。

その中でも特に好きだったアルバム『ブックエンド』、

公園のベンチに座り、もの思いに沈む老人の姿を、ブックエンドに例えた

「旧友(オールド・フレンズ)」からのアルバムタイトル・ネーミングに感動した。

その中の1曲がこの「冬の散歩道」、

このシングル盤は再発盤だと思うが、

LP『サウンド・オブ・サイレンス』のアルバム・ジャケットの写真を使ったもの。

オリジナルではないけれど、「冬の散歩道」のタイトルの雰囲気が出ていて好きだ。

彼らの曲は他のアーティストにカバーされることが少ないことで知られているが、

この曲をリメイク、カバーして、

オリジナル(66年-全米13位)を上回るヒット(88年-全米2位)を記録したのが

女性4人組、バングルス。

2分17秒の原曲の頭の部分にスローな導入部を付けて2分46秒に仕上げた。

恋愛青春映画『レス・ザン・ゼロ』のサントラからのカッティングで、

このレコード、なんと片面だけという珍しいもの、

裏面はツルツルの、コレクターには欠かせないアイテムである。

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お待たせしました、旅のお伴にゾンビースとは!本当に通なお方です。

このグループ、日本での知名度はカーナビーツのおかげ。

片手を耳に、そして手に持ったドラムのスティックを突き出して

“おまえのすべてを~”、アイ高野くんのおかげです。

「好きさ好きさ好きさ」、原題は「I Love You」(67年発売)。

64年「シーズ・ノット・ゼアー」(全米2位/全英12位)でデビュー、

翌年、ボクの大好きな「テル・ハー・ノウ」(全米6位/全英42位)をヒットさせた。

本国イギリスよりなぜかアメリカでの人気の方が高かった。

そして、69年の最後のヒット曲「ふたりのシーズン」(全米3位)は

その昔、西武のCM曲として日本でも有名になった、

アルマジロが出てくるやつ、ボクの大好きなCMのひとつとして記憶に残っている。

最近また、日産自動車のCMに使われていたから、知っている人も多いと思う。

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年末に市内の木工所にオーダーしていたレコード棚が完成、

幅1m、高さ1.76mでシングル盤専用、ガラス戸付。

ボクの計算では約3,000枚は収容できる予定。

まだ届いたばかりでレコードは入れていないけれど、

完成を記念して、レコード棚の設置を祝う曲を紹介します。

♪~ Oh beautiful Tana・・・・・・

    Oh Tah~ Ta-Ta-Ta-Ta-Ta-Ta Ta~na ~♪

ヴェルヴェッツが歌う「愛しのタナ(棚)」(笑)。

本当は、ティナ・ターナー(棚)なんかにしたかったけど、

残念ながらボクのコレクション外で、持っていない。

というわけで、

「愛しのラナ」は、ロイ・オービソンが彼らのために作った、日本独自のヒット曲。

ハイスクールの先生が教え子たちと結成したグループで

アメリカでは、61年に「Tonight(夢のお月様)」でデビュー。

日本では、63年にこの「愛しのラナ」でデビュー。

2曲とも、ドゥワップをポップスに昇華した素晴らしい曲。

何度聴いても幸せな気分になってくる。

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『紅白歌合戦』を見ない年末、おせちを食べない正月はあっても、

この番組を聴かない新年はない。

『サンデー・ソング・ブック』の新春放談。

新年最初の2週にわたって(3週の年もあった)、

あまり顔を見せない大瀧詠一氏がラジオ出演する。

彼の近況を知る貴重な2週間なのである。

今年は『ナイアガラ・カレンダー』の30周年。

最近、彼のアルバムは安くなってきたけれど、

彼のシングル盤は非常に高価な値がつく。

『カレンダー』の6月曲「青空のように」は、その半年前に発売されたシングル。

このシングル盤、安くても2万円近く、10万円近い値で取引されることもある。

どっか間違っているような気もするけれど、需給関係だから仕方ない。

2月曲「Blue Valentine’s Day」のシングルが欲しいけれど、

これもまた、2万円近くする。

そして、シングル曲とアルバム収録曲、ちょっとしたバージョン違いが多いものだから

ボクら“ナイアガラー”はすべて揃えたいと思ってしまう。

ボクは落ちこぼれの“ナイアガラー”だから、すべて・・・なんて思わないけれど、

3月頃出るだろう『カレンダー』30周年記念盤、また買わねば。
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ボクはLPがあまり好きではない。

ボクのコレクションはあくまでも曲中心だから、

LPの中に1曲でも好きになれない曲があると、そのLPを持っていたくなくなる。

でも、数百枚のLPを持っている。

すべて好きな曲ばかりのベスト盤。テーマを中心に編集されたオムニバス盤。

シングル盤が手に入らないからその中の1曲が欲しくて仕方なく持っているもの。

いろいろな理由があるけれど、純粋に好きなアーティストもいる。

その共通項は“声が好き”。

そのひとりがトミー・ロウ。

日本ではあんまり人気がないけれど、

「かわいいシェイラ」、「ディジー」の2枚のビルボートNo.1ヒットを持っている。

ボクが初めて出合ったのは、ミリオン・セラー「スイート・ピー」。

そのシンプルでハッピーな声にいかれてしまった。

そして、秘蔵曲が「ウィ・キャン・メイク・ミュージック」、

ラジオ番組のタイトル・ソング用にあたためている1曲である。

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いきなり週刊誌のタイトルのようになってしまったけれど、

あの、女の情念を歌わせたらピカ一の大物演歌歌手、石川さゆりのデビュー曲は、

なんとアイドル路線の「かくれんぼ」。

当時、トレードマークのエンジェルハットをめぐって、桜田淳子とちょっとした争いになった。

ご存知のように、この勝負は圧倒的に桜田淳子に軍配。

アイドル勝負に敗れた石川さゆりは、その歌唱力を生かして演歌に転向、

大成功をおさめることとなった。

一方、桜田淳子は長らくアイドルとして一線で活躍したけれど、

いつのまにか、誰かと結婚して、あまり芳しくないニュースを提供した。

“人生、山あり谷あり”を実感させてくれたのである。

まさに“リベンジ”、“再チャレンジ”の先駆者である。

アイドル路線に敗れて、演歌に転向して大成功!

ショッキング・ブルーの「ヴィーナス」をカバー・ヒットさせた長山洋子もそのひとりである。

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どこかで聴いたことのあるメロディ、

オールディーズ・ファン必聴、山下達郎『サンデー・ソング・ブック』のエンディング曲。

67年、ヤング・ラスカルズ「グルーヴィン」。

自作曲としての初めてのビルボードNo.1を獲得したこの曲は、

多くの黒人たちがこの曲を歌っているのは黒人だと思っていたそうだ。

小鳥の声で始まり、静かにソウルフルに歌い上げる、

決してシャウトするわけでもないこの曲が、

このようにソウル・フィーリングを感じさせたのは、彼らの実力の証明だと思う。

ところがどうだ!

彼らの最初のNo.1ヒット、66年の「クッド・ラビン」を歌う彼らの服装ときたら

大きいラウンド・カラーに短いネクタイ、トンガリ帽にカッコイイ靴、

エド・サリバン・ショーで見た時、まるでアイドル・バンドの様相だった。

なのに、聴いてビックリ!

このオリンピックスのオリジナル曲を、

エネルギー豊かな、エモーショナルな曲に仕上げていた。

水玉のハイネックに花のワンポイントをあしらったベストを着て

「エメラルドの伝説」を歌ったテンプターズと相通じるものがある、

と思うのは、私だけ?(ちょっぴり古い、だいたひかるの口調で)

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アネットの「トール・ポール」(LP所有)をヒントに、

レイ・ヒルデブランドは曲を書き上げた。

彼の大家さんの姪だったジル・ジャクソンは、

地元ラジオ局のガン予防キャンペーンの新人歌手募集に彼を誘い、

この曲をデュエットした。

ふたりが歌ったこの曲「Paul&Paula」はDJの目にとまり、

アーティスト名を“ジルとレイ”から“ポールとポーラ”に変え、

ラジオ用に原曲を短くアレンジし、「Hey Paula」として

63年2月、ビルボードNo.1に輝いた。

その後、続けて「ヤング・ラブァース」、「けんかでデート」など数曲のヒット曲を出すが

レイはレコード業界になじめず歌手をやめ、

ジルはソロのアイドル歌手としてマニアの間で人気を博した。

今、ボクのコレクション課題のひとつは、

ジル・ジャクソンの「All Over Again(涙のキッス)」、「Pixie Girl」や

「Hey Handsome Boy」(いずれもCD所有)のシングル・レコードをゲットすること。

課題解決に向かって、八方手を尽くす今日この頃である。

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“そんなこと、どうでもいいやん”コーナーの第2弾、

エディー・ホッジス坊やを続けて紹介します。

こちらはエディー盤を買ってから、カバーを買うまで約6年。

そんなこと、よく覚えているね?なんて、

エディー盤を買ったのは、以前勤めていた会社を辞める少し前、

カバー盤を買ったのは昨年のこと、

だからとても覚えやすいのです。

エディー・ホッジスの日本のみでのヒット曲、「コーヒー・デイト」。

アメリカでは裏面の「夢の盗賊」がヒットした。

だから、日本ではAB面入れ替えて発売した、という曰く付。

♪~ 君もコーヒー イエイ イエイ イエイ イエイ

    僕もコーヒー ウォウ ウォウ ウォウ ウォウ ~♪

と、カバーしたのは、ボクの最大のアイドル、飯田久彦氏。

ただ単に、喫茶店仲間の歌である。

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ボクのコレクションの原点は、

『ザ・ヒットパレード』で洋楽のカバーを聴いて、

そのカバー・レコードと洋楽のオリジナルを揃えること。

でも、この曲の発売は1962年、ボクが11歳の時。

だから、ちょっと違うパターン。

高校生になって、ラジオの深夜放送で聴いた時、絶対女の子が歌っていると思った。

カメちゃんの『オールナイト・ニッポン』、

なんと14歳の男の子の歌であると知った。

エディー・ホッジス、「恋の売り込み」。

翌日すぐに買いに行ったけれど、見つからず、

入手したのは大学生になってから、大阪難波の中古店で。

その時同時に、伊東ゆかりのカバーも見つけた。

どっちを先に買ったかな?答はめずらしく、同時。

若かりし頃の伊東ゆかりの、軽快で楽しい歌い方に感動した。

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2008年、あけましておめでとうございます。

喪中の我が家は、やや寂しい静かな新年です。

40年前、高校3年生の1968年冬、

全米でも全英でもチャートインしていないスコットランド出身のグループが

遠い日本で31万枚を売上げ、オリコン6位のビッグヒットを記録した。

「恋はみずいろ」の作者アンドレ・ポップの、リズミカルで耳に心地よいナンバー、

「マンチェスターとリヴァプール」。

歌っているのは、女性1人+男性5人の、ピンキーとフェラス。

“ワン・ヒット・ワンダー”一発屋と言われているが

ボクはもう一枚、「スタート・ザ・ミュージック」を持っている。

意外と好きな曲である。

同68年秋、オリコン17週1位、207万枚の超大ヒットを放ったのが

ご存知ピンキーとキラーズ、「恋の季節」。

女性1人+男性4人の5人組。

ボクは、翌年の「涙の季節」の方が好きなのであるが、

故意か偶然か?(偶然に決まってる)リード・ボーカルはピンキー。

だから、携帯電話を国際仕様に買い換える時に

ゲンをかついで、ピンクにしてみた。

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