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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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今日は思いっきりの変化球です。

ボクが大学での下宿生活を語る時、ゼッタイに避けて通れない思い出がある。

少し前、どこかの原稿にも書いた話ではありますが・・・。

就寝前、下宿の仲間と一緒に、部屋の電気を消して、このレコードをかける。

ボクたちのアイドル、内藤洋子(ランチャーズの喜多島修の奥様にして、喜多嶋舞のお母さん)、

彼女が読む、寺山修司抒情詩集『ひとりぽっちのあなたに』の中から、

「幸福が遠すぎたら」。

彼女のちょっとハスキーでさわやかで落ち着いた語りの終わりに、

“さよならだけが人生ならば、

               人生なんて・・・・、いりません!”

この、最後の“いりません!”がイイ、

なんともカワイイ、かわいいったらありゃしない。

ボクたちは、この“いりません!”を聴いたら、外へ飛び出し、近所を一周して帰ってくる。

このパフォーマンスで盛り上がった。

関西生まれのふたりには最高のギャグ、平和な大学生だった。

さて、1年ほど前、寺山修司の2枚組CDを見つけた。

内藤洋子はレコードで持っていたけれど、

そこに、高校時代のアイドルの名前を見つけたから。

彼女の名は、ティーナ・ラッツ。

ボクの家のパソコンの壁紙なのである。

期待に反して、詩の朗読はいまひとつだったけれど、

大きく曲がる変化球コレクションのひとつです。

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オールディーズ・フリークの多くは、

ティーン・ポップ・スターのヒット曲に魅せられるところから始まる。

甘くせつない、シンプルな洋楽の虜になり、

その熱が昂じて、レコード・コレクターへの道を歩むことになる。

まさに、ティーン・ポップは“Cradle of Oldies”、“オールディーズのゆりかご”なのである。

例えば、ボクの好きなティーン・ポップの1曲「恋のゆりかご」、

原題は「Cradle Of Love」、

“Cradle”は“ゆりかご”なのだが、“発祥”とか“始まり”の意味がある。

この曲をヒットさせたのはジョニー・プレストン。

彼の、最大のヒット曲は「ランニング・ベア」、60年1月のビルボードNo.1。

この曲のライターは、J.P.リチャードソン、

あの、“ロックが死んだ日”にホリーらとともに亡くなったビッグ・ボッパーの本名。

彼は「ランニング・ベア」のNo.1を知ることなく逝ったのである。

じゃ、ビッグ・ボッパーのヒット曲は?といったストーリーで

ロックンロール「シャンティリー・レース」に出合うのである。

こんなストーリーはまだまだ続く・・・。

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答は、1も2もなく、ニール・セダカ。

この曲を初めて聴いたのは、テレビの歌謡漫才だった。

小学校から中学校に上がる頃、だったと思う。

名前は忘れてしまったけれど、彼らのギャグだと思っていた。

♪~ ディンドン ディドン クリック クリック チャガ チャガ ~♪

まさか外国の歌だなんて、想像もしていなかった。

少しして、歌番組で日本人が歌っているのを聴いた、その主は清原タケシ。

その番組の中で、オリジナルはニール・セダカだと知った、62年「恋の一番列車」。

かの有名な「恋の片道切符」と同じく、日本だけのヒット曲。

♪~ ウォウ ウォウ ウォウ ウォウ イェ イェ イェイ ~♪、「小さいあくま」。

♪~ タッララ ララッ ラララッラ ~♪、「すてきな16才」。

♪~ ドゥバ パーパー ボドゥ バッシ ダンダン ~♪、「かわいいあの娘」。

♪~ タラ ラッララ ラー ライラ ~♪、「悲しきクラウン」。

♪~ ダンドッビ ドゥダンダン カマカマ ~♪、「悲しき慕情」。

記憶を辿っただけでも、こんなにある。

カタカナ語が正しい発音を表わしているかどうかは別として、

すべて“意味のない”フレーズ、ナンセンス・シラブルというらしい。

オールディーズ好きには、何とも言えない魅力的なフレーズなのです。

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どこかで聴いたことがあるような!

えみりチャンのお母様、辺見マリの大ヒット曲「経験」を思わせるような、

まるで女性が歌っているかのような、

やわらかな声、やさしい声、ウィスパー・ヴォイス。

深夜放送で大ヒット、70年、クリス・モンテス、「愛の聖書」。

62年に「レッツ・ダンス」のミリオン・セラー・ヒットをはなった人と同一人物とは!

あのロックン・ローラーのクリス・モンテス?

アルバムの中の彼のレパートリーから、この曲を日本向けにシングル・カットした人がすごい。

こんな作品をも歌ってしまうクリス・モンテスもすごい。

彼の「レッツ・ダンス」は残念ながら日本ではヒットせず、

69年にカバー・ヒットさせたのは、

スウェーデンのグループ、オーラとジャングラーズだった、というオチもついている。

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前回からのつづきです。

「レモンのキッス」の次は、「イチゴの片想い」。

原題は「Tonight You Belong To Me」、

日本語にすると「今夜、あなたはわたしのものよ」ってとこかな。

やっぱり、どこにも“イチゴ”は出てこない、いいかげんにせいっ!

でも、くやしいけれど、いい感じのタイトルです。

ボクの手元には、この曲のカバーがいっぱいあります。

もっともナンシーもカバーだし、

オリジナルかと思っていたパティエンス&プルーデンスという子供の姉妹盤もカバー、

オリジナルは、1927年のジーン・オースチンという女性らしい。

「ルート66」のジョージ・マハリスもカバーしているし、(シングルあるよ)

日本語のカバーは、中尾ミエ(もちろんシングル)、金井克子(残念ながらLP)、

そして何よりも大切なのは、渡辺満里奈のカバー。

ひと味違う、タイトルは「ばっちりキスしましょ」、CD『リング・ア・ベル』の2曲目。

“渡辺満里奈・研究家”として言うならば、

大人のポップス歌手としての名盤なのです。

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レコードに針を落とした瞬間、♪ジョニ ボ~イ、テイク イッ スロー、ドンチュ ノー♪

今さらながら、オッ!って思ってしまう。

ナンシー・シナトラだとは思えないような、アイドル・チック(死語?)な歌声、

62年、ナンシー2曲目のリリース曲「レモンのキッス」。

初めて聴いたのは中学生の頃、ザ・ピーナッツのカバーだったと思う。

実はこの曲、アメリカではB面。

やっぱり日本だけでのヒット曲なのである。

聴いていて、ものすごく印象に残るのは、“never”という単語がいっぱい出てくること。

昔にかえって数えてみた、2分4秒の間に25回。

あまりに可愛くて横道にそれてしまったけれど、今日はタイトルの話。

本来のA面曲は、55年のテディ・ベアーズ(フィル・スペクターのグループ)の名曲、

「逢ったとたんに一目ぼれ」、原題は「To Know Him Is To Love Him」。

直訳すれば「彼を知ることは彼を愛すること」で、「逢ったとたんに一目ぼれ」、

すばらしい! Great! Excellent! 見事なセンスだと思う。

「レモンのキッス」の原題は「Like I Do」、

直訳は「私がするように」。

歌詞の中に、She may kiss you like I doで“キス”は出てくるけれど、

もちろん“レモン”はどこにも出てこない。

でも、このタイトルでなかったら、きっと日本でもヒットしなかったと思う。

やっぱり、そのセンスやよし、なのである。

ところで、いつの頃からか“Kiss”を“キッス”とは言わないよね。

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2、3日前に喫茶店で、久しぶりに彼女のグラビアを見た。

ボクにとっては、この“太陽の恋人”も歌手のジャンルに分類。

10年ぐらい前に車のCMでふたりの息子と一緒の姿を見た。

アイドル時代のイメージそのままに、歳を重ねてステキなママになっているのでしょう。

アグネス・ラム、77年のデビュー・シングル、「雨あがりのダウン・タウン」、

たどたどしい日本語と、さりげないボーカルが魅力。

何よりも、弾厚作(加山雄三)作曲の楽曲のすばらしさで

ボクのコレクションの中位を占めている。

そして、あまり語られることがないけれど、

B面の「I’m Agnes」、作詞作曲は布施明、

どんな経緯でこんな曲を作ったのか、興味がある。

なとど、講釈はともかく、

♪~ 雨あがり Downtown ~♪

一度聴いたら忘れられないフレーズである。
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今日は、“ビートルズが有名にしたオールディーズの名曲”シリーズと、

“女性の名前をタイトルにしたヒット曲”シリーズ融合の、超豪華版?

63年3月発売の記念すべきファースト・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』収録曲、「アンナ」。

オリジナルは62年、アーサー・アレキサンダー。

彼の軽快でポップな曲調のR&Bは、

ビートルズ以外のイギリスの多くのグループにも広く影響を与えた、とか。

ビートルズのカバー、リード・ボーカルはジョン、

ビートルズの多くのカバー曲は、

アレンジとボーカル・パワーでオリジナルを超えていると思うけれど、

「アンナ」のオリジナル、アレキサンダーは結構いい、味わいが深い、

Goodiesなのである。

ビートルズ盤はやっぱり“お得な”コンパクト盤でお茶をにごす覚悟。

ただし、今回は付録として、アンナつながりの1枚をアップしました。

おしゃれ、でしょ!

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昨夜、吉村作治さんの講演会に行きました。

発掘のおもしろいお話を聞きながら、突然思い出したのは初めて買ったレコードのこと。

ブログを始めてもう9ヵ月も経つのに、初めて買ったレコードのこと書いていないのも不思議。

中学3年生の時、奈良の片田舎から、彼女(らしき女の子)と、

京都の『ツタンカーメン展』に行った。

その帰りに買ったのか、それとも同じ頃に買ったのか、

なぜか、初めて買ったレコードと『ツタンカーメン』の思い出がダブっている。

まだレコード・プレーヤーは持っていなかったのに、

それから、少しずつ買い始めたことを覚えている。

奈良市内の高校に進学してから、そのビョーキはどんどん悪化、

相変わらず、プレーヤーは持っていないのに・・・。

ソニーのオープンリールのテープレコーダーを買ってもらったのがその頃、

TVのスピーカーの前に録音マイクを置いて、

“シー シー”と皆にしゃべらないように制しながら、ビートルズの来日番組を録った。

そんなことを思いながら、吉村さんの発掘話を楽しんだ。

ミーナ、「砂に消えた涙」、掲出のシングルは後に買い替えたもの、

最初のレコードは、何度も何度も聴いて、擦り切れてしまったものですから。

何かの本で読んだけれど、

サザンの桑田くんの初めて買ったレコードも「砂に消えた涙」なんだってね。
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もしボクが、このレコードをかけて、“この曲、聞いたことがある?”って訊いたら、

たぶん誰もが、“聞いたことがある”って答えると思う。

そんな一曲がこれ、メッセンジャーズ、「気になる女の子」。

最近ではCMでおなじみだけど、71年当時は街中でやたら流れていた。

これもまた、日本でのみのヒット曲。

やたらポップで能天気、

なんの悩みもなく、何の主張もなく、テキトーに、やっつけボーカル、

ボクたちがノッてきたところで突然終了、速攻Aクイックの1分59秒。

あのモータウンの白人向けレーベル『レア・アース』、

ボクのコレクションの中にもこれ1枚しかない、まさにレアなデザイン、

その意味でも大切にしなくては、と思わせてくれた今日この頃なのであります。

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前にも書いたが、高校生の頃、ボクのアイドルはスコット・ウォーカーだった。

彼のファッションも、言動も、今のキムタクよりも数段カッコ良かった。

顔も体型も違うのに必死でマネをした。

でも、ソロで歌う曲は、どちらかというとスタンダードっぽくて、

軽くて明るいポップス好みのボクには今ひとつなじめなかった。

でも、67年にシングル発売された「キャサリン」は違った。

それもそのはず、この曲がレコーディングされたのは59年、彼が15歳の時だったという。

超有名な「ダイアナ」や「シェリー」をはじめ、

ボクのコレクションには女性の名前をタイトルにしたものが幾多あるけれど、

その中でもチョー大切にしているレコードのひとつ。

ライナー・ノーツによると、59年当時、新聞は彼の声を次のように書いたという。

“彼は、クロスビーのような個性、ベラフォンテを感じさせるような響き、

    シナトラのような言葉のニュアンス、リッキー・ネルソンのもつ若者らしい魅力、

    ナット・K・コールのような温かみをもっている”。

63年にジョンと出会い、ウォーカーズを結成することになるが、

彼の若かりし頃の声を楽しめる1曲なのである。

68年のソロ・シングル「ジョアンナ」と聴き比べるのも、また楽しい。

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73年、この曲で歌手デビューした時には、その後の彼女の転身は想像できなかった。

ミミ、「おしゃれな土曜日」。

彼女の略歴は、歌手・アイドルタレント・女優のミミ、女子プロレスラーのミミ萩原、

そして、数年前の週刊誌情報では広島の山中で新興宗教の教祖になっているという。

歌手・タレント時代を経て、『プレイガールQ』に出演した頃まではTVで観ていたが、

78年、ビューティ・ペアが人気の頃、突然プロレスラーに転身、

ボクの中では、可愛い、セクシーな、

“ミミ・スペシャル”を繰り出す最弱のレスラーとして印象に残っている。

聞くところによると、女子プロレス界の発展に大いに貢献したという。

あらためてこの曲を聴くと、彼女のそんな人生に関係なく、

アメリカのシックスティーズ・ガールズ・ポップスの香りにあふれた

とてもおしゃれな1曲である、と確信できる。

アイドル研究家としてではなく、

オールディーズ評論家として、はずせない1曲なのであ~る。
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チューハイのCMで、トータス松本が♪ ミスタ~ ♪と絶叫する、

ビートルズの「ミスター・ムーンライト」のカバーであることは多くの人が知っている。

64年12月『ビートルズ・フォー・セール』の中の一曲、

冒頭のジョンの絶叫はあまりにも有名で、ビートルズを代表する曲になってしまった。

が、オリジナルは62年のドクター・フィールグッド&ジ・インターンズ。

作者はインターンズのメンバーでボーカルのロイ・リー・ジョンソン、

ドクター・フィールグッドはR&Bピアニストのピアノ・レッドとして有名な人らしい、

写真をみると頭ツルツルのどこからみてもオチャメなおじさんといった風情。

聴き比べたら、あらためてジョンの熱唱のすばらしさを実感する。

まさにビートルズのカバーなくしては世に出なかった曲だと思う。

例によってビートルズ・コレクターではないので、

手持ちのコンパクト盤を紹介してお茶を濁してしまう作戦で、よろしく!

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新譜CDはほとんど買わないボクですが、

以前にも書いたように、今年は大滝詠一さんの『ナイアガラ・カレンダー』発売30周年、

3月21日、ゴルフの合い間を縫って、予約していたCDを受取りに行きました。

『ナイアガラ・カレンダー 30th Anniversary』。

77年12月25日発売のオリジナルLP音源と81年4月1日発売のリミックスCD音源の

両方をすべて盛り込んだ豪華版、その上77年に付いていた付録の『すごろく』付き。

しかしてその実態は(?)、中身の音源はすべて持っているものばかり、

それでも買わなくてはいけない困ったナイアガラー人生。

今日はそのジャケット・デザインの元ネタを紹介します。

エルビス・プレスリー、「アイ・ニード・ユア・ラヴ・トゥナイト」。

偶然かどうかこのレコード、エルビスの曲の中でボクの大好きな1曲なのです。

もちろんエルビス盤の入手の方が先、なんですが、

不覚にも、78年のお正月に『ナイアガラ・カレンダー』のLPを買った時には気付かなかった。

大滝さんはエルビス・フリークだし、ファンとしては当然気がついて当たり前なのに・・・。

それに気がついたのは確か平成になった頃だったと思う。

というわけで、『ナイアガラ・カレンダー』のジャケットもアップします。

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ビートルズと同じリバプール出身のスウィンギング・ブルー・ジーンズ、

彼らの大ヒット曲、日本では64年発売の「ヒッピ・ヒッピ・シェイク」。

オリジナルはチャン・ロメロ、59年のシングル発売。

でも、ブルー・ジーンズは、デビュー前のビートルズがライヴの定番曲として歌っているのを見て

この曲を知って、カバーしたのだという。

そして、彼らはこの曲ひとつで一躍有名になってしまった。

ある意味で“ビートルズが有名にした”オールディーズだと言える。

となれば、ビートルズのカバーを聴いてみたくなるのが人情(?)、ヒトの常。

というわけで、ビートルズのCD『Lave at the BBC』を手に入れるハメになってしまった。

ボクはジョン・レノン派なんだけど、この曲のポールのボーカルはいい。

というより、初期のポールは好き。

ビートルズはコレクションし出すとキリがないけれど、

シックスティーズのファンとしてはやっぱり避けては通れない存在なのです。

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