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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ボクが高校2年生の時、17歳の泉アキが「恋はハートで」でデビューした。

ビジュアル的にはそんなに好きなアイドルではなかったけれど、

真っ先に気にかかったのはこの曲のタイトル。

ボクの大好きだった、イギリスのアイドル・グループ、ハーマンズ・ハーミッツの

65年全米7位の曲と同名異曲。

原題は「Just A Little Bit Better」、

これが、誰がつけたのか、邦題「恋はハートで」となってしまう。

意訳すれば“ちょっとばかりいいんじない?”が、「恋はハートで」、ですよ!

東芝音楽工業の担当プロデューサーだと思うけれど、いいセンスしている。

もちろん、こっちが先だから、

この曲のことを、泉アキ盤の作詞家なかにし礼さんは知っていたのか?、も気になる。

泉アキは、次の「夕焼けのあいつ」で大ヒットを飛ばす。

そして、ハーマンズ・ハーミッツにはもう1枚の“ハート”タイトルの愛すべき曲がある。

65年全米2位、「Can’t You Hear My Heartbeat」、

ナイスな邦題は「ハートがドキドキ」、

07年12月等、これまでに紹介したハーマンズのいくつかの曲同様に、

大、大、大好きな1曲なのです。

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a long time ago、奈良のレコード店で、

大好きなブライアン・ハイランドの、「恋のハリキリ・ボーイ」というレコードを見つけた。

新譜のレコード店だったけれど、それはもう4年も前の新譜であった。

63年の発売、原題は「Let Us Make Our Own Mistakes」。

63年の「恋のハリキリ・ボーイ」といえば、

全米No.1、フォー・シーズンズの「Walk Like A Man」である。

同名異曲とは言っても、邦題の同名異曲。

ブライアンのこの曲は、ヒットした兆しもないし、

それ以来この曲に関する情報に出合うこともなかったけれど、

ボクの大のお気に入りの一曲となった。

ブライアン・ハイランドと言えば“ビキニ坊や”、

デビュー曲にして、60年全米No.1「ビキニスタイルのお嬢さん」は当然のこと、

「オンボロ・カーでスッ飛ばせ!」も大好き。

タイトルだけ聞いたら、サーフィン&ホットロッドだと思ってしまうけれど、

これが、「ビキニスタイルのお嬢さん」のまったくの二番煎じ。

とはいえ、ボクたちオールディーズ・ファンは、

こんなん大好き!なのです。

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59年イタリアのNo.1ヒット、ミーナの「月影のナポリ」。

この歌を聴くと、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出す。

この歌の歌詞の中に、よく出てくる単語に“candida”というのがある。

“カンジダ”という言葉がやたらと耳に残る。

“カンジダ”と言えば、『蜘蛛の糸』の主人公“カンダタ”を思い出すのは当然の成り行き。

“カンダタ”は、漢字で“犍陀多”と書く。

芥川さんはどうしてこの主人公にこんな名前を付けたのだろう?

高校生の頃、こんなことを思ったボクは、

“犍”の字をを漢和辞典で調べたことがある。

すると発見したのは“犍陀羅”、

「ガンダーラ」(レコードはゴダイゴ)と読む。

何となく芥川さんの気持ちがわかった気がして、それ以上深く考えるのをやめた。

ちなみに、“candida”は、率直な、とか、純真な、とか、白くなる、との意味。

今日のブログは、えらいアカデミックになってしまったけれど、

いつものように、日本のカバーを紹介しよう。

森山加代子とザ・ピーナッツの競作、

歌詞が微妙に違う。

だから、今この歌をソラで歌ってみたら、

覚えていたのは両方のミックス。

この2つを歌い分けられる人は、相当なツウだと思う。

ボクの好みは・・・っと、

迷ってしまいました。

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昨日は大阪で姪っ子の結婚式でした。

高速道路ETC割引の恩恵に預かり、車で行ったのですが、

都会の初めて通る高速道は複雑怪奇、

行きも帰りも1ヵ所ずつ間違ってしまいました。

ボクは方向音痴ではありませんから、そう大きな問題でもありませんが、

ちょっとだけ料金が余分に要ったというお粗末。

結婚式はもちろん感動的でいいものでした。

そこで、今夜のブログは、「ウェディング・ベル」の日米競演、と相成りました。

アメリカ代表は、62年のポール・アンカ、

ヒットした曲ではないのですが、ボクには大切なコレクションの1枚です。

原題は「The Bells At My Wedding」、

“喜びにあふれて 青空へ響くよ おおウェディング・ベル 鐘は鳴る・・・”

ストレートに楽しく若々しい喜びにあふれた曲です。

一方、日本代表は、81年のシュガー、オリコン最高位2位。

こちらの曲は、恋人を友人にとられた女の子が結婚式に出席して恨み言タラタラ、

♪~くたばっちまえ アーメン~♪、というもの。

タイトルからの想像を裏切る、ちょっと複雑な歌。

おしゃれで、笑えるけれど、ちょっと結婚式で歌うわけにはいかないね。

“くたばっちまえ”のナレーションを担当していたメンバーのモーリは、

確か、29歳の時不幸な病気で亡くなったと記憶している。

ちょっと話が暗くなってしまったけれど、

ヨッちゃん、幸せにね。

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土曜日の朝、テレビで『建もの探訪』の渡辺篤史を見るたびに、

“おらぁ、三太だ!”。

79年、ジュディ・オングが『魅せられて』でレコード大賞の大ヒットを飛ばしたときに、

“あたいは、花子!”。

ギャグは、同じシチュエーションでは必ず繰り返して言うのが定番、

特に、吉本系はそうでなくっちゃ。

そして、会社では、部下に同じことを繰り返し言う、

これは、それがとても大切なことだからです。

しかし、最近は、歳のせいか、はたまた記憶力が悪くなったのか、

その情報を教えてくれた人に、さも自分が知っていた情報であるかのように言ったりもする、

困ったものである。

そんなことはさておき、

♪~ おらぁの家は水車小屋 大の仲良し4人組 遊ぶことなら気が合うだ ~♪

家にテレビが来たばかりの頃の懐かしいテレビ番組『俺あ、三太だ』。

花子役は当時11歳のジュディ・オング、

なぜ、洋顔の彼女が花子だったのか、今ごろになって気になる。

ボクの手元にある彼女のレコードは、67年17歳の時の中ヒット「たそがれの赤い月」。

彼女はボクよりひとつ年上、この歌を聴いていた高校生の頃も、

彼女を見るたびに“あたいは、花子!”と言っていたかどうかは、思い出せない。

小柳徹が歌う『俺あ、三太だ』の主題歌は、

『懐かしいテレビ・ラジオ人気番組主題歌集』というLPにあった。

収録曲のほとんどが歌える!ボクがテレビっ子だった証明である。

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「ウィリアム・テル序曲」にのって、

ローン・レンジャーと相棒のインディアン青年トントが行く。

白馬シルバーに乗ったローン・レンジャーのガン捌きに憧れるのが普通の少年なのに、

ボクは一風変わったポリシーをもつトントが大好きだった。

彼は、ローン・レンジャーのことを“キモサベ”と呼び、

いつものセリフは、“白人嘘つき、インデアン、嘘つかない”。

74年、『スター誕生』のアシスタントをしていたリンリン・ランランが

「恋のインディアン人形」でデビューした時、

ボクはこのセリフを思い出した。

彼女たちは、決してインディアンの少女ではなく、香港出身の双子の姉妹デュオ、

ライナー・ノーツによると、

72年に、香港や東南アジアでロッカーシスターズという名で活躍していたところを

スカウトされた、という。

2曲目は、「陽気な恋のキューピッド」。

「恋のインディアン人形」のボンゴのイントロに対して

こちらは、キューピッドが放った恋の矢がハートに当る音のイントロ、

筒美先生のおしゃれな演出である。

さてさて、クラシック・ファンではないボクのコレクションに

「ウィリアム・テル序曲」などあるはずもない、と思っていたけれど、

冗談音楽の元祖、『スパイク・ジョーンズ~クラシック編』のLPにあったはず、

というわけで、針を落としてみましたが、

当然のことながら、ローン・レンジャーとはまったくイメージが違うのです。

しかし、これはこれで粋な音楽で、延々と楽しむはめになってしまいました。

ついでに『~ポピュラー編』まで、

孫の寝顔を見ながらの長い長い夜になりそうです。

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あの、山口百恵のデビュー曲は「としごろ」である。

“人にめざめる14才”は、特別な楽曲でもなく、特別に歌が上手いわけでもなかった。

73年5月、『スター誕生』からデビューしたものの、

その曲や歌い方はよくあるアイドルのそれで、オリコン37位。

ファースト・アルバムでは、その収録曲の半数はオールディーズ・カバーだった。

2曲目「青い果実」では、♪~あなたが望むなら 私何をされてもいいわ~♪と、

大胆な歌詞で、彼女のキャラクターの方向性を示し始めたものの

オリコン最高位は9位。

4曲目「春風のいたずら」、ボクが大好きだった曲で、オリコン11位。

当時担当していた靴屋さんのCMで、

♪~つまづいて よろめいて 私は今にも 倒れそう~♪の歌詞に続いて

“百恵ちゃん、靴のサイズ合っていないんじゃない?”と続ける、

そんなCMコメントを書いた。

これをきっかけに、

“レコードとお話シリーズ”のCMづくりを楽しんだことを思い出した。

そして、あえて注目するとしたら、74年6月、5曲目の「ひと夏の経験」で

オリコン最高位3位、初の紅白歌合戦出場をも実現する。

この時点で、彼女の未来を、カリスマの誕生を予測した人はいなかったと思う。

アイドルであった。しかし自分の意志をもった強いアーティストであった。

そして、何よりも素敵な女性であった。

ボクは、彼女の最初の3年間が大好きだし、

デビューしては消えていったアイドルたち、

彼女たちの意志とは関係なく、作られた虚像のアイドルたちも大好きなのである。

そんなアイドルたちの楽曲の中に、

60年代オールディーズの香りを感じながら、

そんなレコードのコレクションにも勤しんだ時期があるのです。

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ボクのウォンツ・リストにもうそんなに多くのレコードが残ってはいませんが、

このブログを書く都合上であったり、新しい情報があったりして、

まだまだ欲しいシングル盤が毎日のように出てきます。

今日紹介するのはそんな1枚、

毎夜眠る前に読んでいる音楽雑誌からの情報で探し出したモノ。

66年に発表されたものの、未発売だったおもしろい曲がある、という。

それは、95年のシュープリームスのベスト『アンソロジー』に収録されている、という情報。

タイトルは「シングズ・アー・チェンジング」。

スペクターがらみの、ウォール・オブ・サウンドによるシュープリームスの歌、

と聞くと、やっぱり欲しくなるではないですか。

可能性は低いけれど、シングル盤はないだろうか?

探したら、一発的中、なんとすぐに見つかったのです。

シュープリームス盤ではなかったけれど、

スペクターの申し子、ブロッサムズ・バージョン。

もちろん、即ゲットと相成りました。

この曲は、36代米大統領ジョンソンの政策、

“黒人及び少数民族のアメリカ国民に対する雇用機会の不公平是正”の

キャンペーン・ソングで、他にもジェイとアメリカンズ・バージョンもあるらしい。

原曲は、ブライアン・ウィルソンがロネッツのために書いた曲で、

政府からキャンペーン・ソングの依頼を受けたスペクターが

このオクラ入りしていた原曲を利用した、のだという。

初めて聴いてみたけれど、なるほどスペクターである、“音の壁”である。

カップリング曲は、クリスタルズ「プリーズ・ビー・マイ・ボーイフレンド」、

これも未発売曲で、作者不明だとのことだけど、64年7月のレコーディング。

もしかしたら、クリスタルズとして最後のレコーディング曲なのかもしれない。

どちらかというと、こちらの方がボクの好みです。

まだまだ、ボクの食指の動く新しく欲しいモノは出てくることだろう、と思う。

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ブリル・ビルディングの作家たちだって、

いつもいつも曲を書き他の歌手たちに提供するだけではなく、

歌手として、アーティストとして、世に出たい、という気持ちを持っていた。

ニール・セダカはいうまでもなく、キャロル・キングだって、バリー・マンだって、

バリー&グリニッチだって然り。

ピーター・アンダースとヴィニ・ポンシアのふたりもそうだったのだろう。

ロネッツ、64年全米39位「ブレイキン・アップ」で、

スペクター門下生のソングライターとなった彼らだったが、

65年にトレイドウィンズを結成。

アーティストとして、本当はスペクターのフィレスでのレコード化を望んだらしいけれど、

スペクターがのらず、仕方なくリーバー&ストーラーのレッド・バードからリリース。

ロサンジェルスでの思い出を、スウィートな魅力あふれるメロディにのせた

東海岸発のサーフィン・サウンド「ニューヨークは淋しい町」でスターダムへ。

同じタッチの「グリニッジ・ビレッジから来た少女」や、

そのB面の「都会のロックンロール・ショウ」もグッドである。

こんな邦題を自分で付けて悦にいっていたボクですが、

ヤフー・オークションで偶然見つけた国内盤もついでにゲット。

あいにくジャケットなしだったけれど、タイトルは「タッチ・ユー」、

こちらは、アンダース&ポンシア名義であった。

時系列ではどちらが先かからないけれど、こちらはまるでP.F.スローンのような曲調。

東海岸のサーフィン&ホットロッドを思いっきり楽しめたひとときでした。

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阪神ファンのボクですから、今年レッドスター・赤星がいないのはとても残念。

というわけでもないのですが、

今夜は懐かしのティーン・ポップのレア盤を引っ張り出しました。

邦題「恋のスライディング」、

赤星の、スライディングしてスッと立ち上がる姿が好きでした。

原題は、「Boy,You Ought to See Her Now!!!」。

少年よ、今日の彼女を見てごらん!って、感じでしょうか?

♪~昨日までは恥ずかしがりやで壁の花だったけれど、今日の彼女を見てごらん、

  マッシュポテトやモンキーを覚えたし、みんな彼女を狙っているぜ~♪、なんて内容で、

♪~She was a shy shy shy girl yesterday~♪

の繰り返しがゴキゲンなオールド・ロックンロール・ナンバーです。

歌っているのはケヴィンとグレッグ、64年日本でも小ヒットしました。

彼らの音沙汰はそれ以後聞いたことがないから、

ジャケット写真のどっちがどっちやら、皆目わかりません。

このレアな国内盤は、eBayで、東京のセラーさんからゲットしました。

もう1枚は、08年3月に紹介した「なみだの日記」のバリー・ダーベル。

この人もどんな人かよくわかりませんが、

グーグルで画像検索してみたら、なかなかのイケメンです。

原題は「Adam and Eve」、

イヴがリンゴをもぎ取ったアダムとイヴの物語をモチーフにしているのは一目瞭然。

なのに邦題は「アダムとリンゴ」、ちょっと違う気がする。

曲はといえば、まるで「浮気なスー」タッチのゴキゲンなポップスです。

B面の「ぼくはツイスト・キング」も、

ゴキゲンなロッカ・バラードで見落とせません。

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共に1938年生まれ、ボクの辞書にある、ふたりのコニー。

4ヵ月お姉さんのスティーヴンスは、本名Concetta Rosalie Ann Ingolia。

オールディーズの女王フランシスは、本名Concetta Rosa Maria Franconero。

ふたりともファースト・ネームはコンチッタ、イタリア系アメリカ人です。

フランシスは、57年から69年までに60曲以上をチャートインさせ、

3曲の全米No.1を持ち、日本でも最も知られているオールディーズ歌手。

スティーヴンスは59年から65年までに6曲しかチャートイン曲を持っていませんが、

どちらかといえば、女優としての方が有名です。

レコードを聴いていて、懐かしいのはフランシス、

癒されるのはスティーヴンス。

というわけで、スティーヴンス62年全米43位「ミスター・ソングライター」と

キング&ゴフィンのバラード「イヤとは言えなかったの!」のカップリングです。

彼女の最初のソロ・ヒットは60年全米3位「シックスティーン・リーズンズ」。

そして、07年11月にも紹介した「小さな涙」は最高、

デビッド・ゲイツの「ロスト・イン・ワンダーランド」も素敵です。

フランシス盤はボクのブログに何度も登場しましたので、

今夜はちょっと変化球で、映画『黄色いロールス・ロイス』の主題歌、

65年全米79位「明日を忘れて」を久しぶりに聴いてみました。

やっぱり懐かしく、高校受験の頃の思い出が頭をよぎってきます。

いいですね、ふたりのコンチッタ。

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先日、テレビのインタビューを見ていたら、女性のスケーターが目を輝かせて、

It’s crazy!

明らかに、驚きの表情で、“彼女って、ヤバ過ぎっ!”“すごいじゃない~”って。

“クレイジー”は、放送禁止用語ではないけれど、

単純に直訳してしまうと放送禁止用語になる。

ボクは広告人ですから、放送禁止用語って少しは気になってます。

正式には、日本に放送禁止用語は存在しない。

正確には、放送問題用語というのです。

人権上の差別や性的な表現など、

そんな気はなくとも思わず口にしてしまう、そんな言葉も含まれています。

ボクは関西人ですから、“クレイジーな奴”って言われて悪い気はしない。

オリジナリティのあるイカシタ奴だ、って誉め言葉なのですよ、きっと。

58年全米19位、ポール・アンカの「クレイジー・ラヴ」は、

邦題を付けるなら、さしずめ「狂おしい恋」ってところでしょうか。

ちょぴり熱狂的に、ちょっぴりソウルフルに、いい感じです。

カップリングは、60年全米8位、「マイ・ホーム・タウン」。

日本でもかなりヒットした、軽快な楽しいオールディーズ・ポップスです。

例によって、連想ゲームよろしくレコード棚から引っ張り出したのは、

84年、堀ちえみ12枚目のシングル「クレイジーラブ」。

このレコード、ボクが一番気に入っているのは、

ジャケット写真の紫とグリーンのセーターなのです。

もう1枚は、75年全米9位、「マイ・リトル・タウン」。

「明日に架ける橋」の後ソロ活動に明け暮れていたS&Gが、久しぶりに出した曲。

B面のアートの「悲しきラグ・ドール」は

フォー・シーズンズのそれとは同名異曲です。

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一般論で恐縮ですが・・・、

人はどこかにハンデがあると、別の能力が特別に進化するのでしょうか。

盲目の音楽家が多いのも道理で、いつも感心し、敬服します。

レイ・チャールズやスティービー・ワンダーは超有名ですが、

一昨日の雨の日、思わず口をついて出た

♪~Listen to the pouring rain,listen to it poer~♪

69年全米76位も、日本で大ヒットした「雨のささやき」。

彼、ホセ・フェルシアーノもそんなひとりです。

彼のチャート・デビューは、ドアーズの「ハートに灯をつけて」のカバー、

68年全米3位でした。

ボクのコンパクト盤にある、ママス&パパスの「夢のカルフォルニア」も、

ボビー・ヘブの「サニー」も、彼の手にかかればこんなに違った趣になる。

そして、ボクの最も好きな彼のナンバーは「愛のささやき」。

彼の雰囲気とは少し違う、ロック調の軽快なポピュラリティーに富んだ曲。

彼の弾く生ギターに加えて、ストリングスも加わり、非常に美しい仕上がり。

最後は、“日本のホセ・フェルシアーノ”だとボクが思う長谷川きよしさん。

自作自演のヒット曲、69年の「別れのサンバ」。

本当に、すごい!のひとこと、すばらしい才能だと思います。

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