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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ソロになった故鈴木ヒロミツさんからは想像できないデビューだった。

というより、あの鈴木ヒロミツがあんなに変わるなんて、

ボクたちは思いもしなかった。

彼の顔つきは決してロックンロールではなかったけれど、

デビューのキャッチ・フレーズは“日本初の本格派サイケデリック・グループ”。

モップス、デビュー曲は、67年「朝まで待てない」。

LSDパーティを開いたり、B面曲「ブラインド・バード」が放送禁止になったり、

サイケデリックさを印象付けた。

デビュー・シングルは両面とも阿久悠・村井邦彦だったから

作られたサイケデリック・イメージだと思っていたら、

“モンキーズ”をカバーせよ”なんて言われて断り、レコード会社を解雇された。

実は、アニマルズ好きの実力派グループだった。

その後、ボクが買ったモップスのシングルは、

70年、リトル・リチャードのカバー「ジェニ・ジェニ’70」、

72年、タクローの「たどりついたらいつも雨ふり」。

でも、やっぱり『元気です』のセルフ・カバーの方がボクの好みでした。

遅ればせながら、鈴木ヒロミツさんのご冥福をお祈りします。

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今週は飲む機会の多い週でした。

今夜も今夜とて、今しがた帰ってまいりました。

ほろ酔い気分の夜は、やっぱりガールズ・ポップスでしょう。

というわけで、1曲だけ聴いて、とパソコンに向かっているのです。

ノベルティ・チックな「ダム・ヘッド」(08年3月に紹介)とは一転、

♪~ I wish I knew what dress to wear ~♪

♪~ 誰か教えて、 どのドレスを着たらいいの ~♪

センチルンタルなメロディに、甘く可愛いい歌声、

ガールズ定番のセリフ入り。

64年7月の、ジニー・アーネル「誰か教えて」。

ジャケット写真のイメージとはちょっと違う、

キャッチ・コピーにあるように、ボクの心もくすぐられてしまいました。

よく眠れそうです。

二次会はボクの友人がオープンしたばかりのライヴ・ハウス、

その店の名前と同じ名前のグループのレコードがボクのレコード棚にありました。

シング・アウト「涙をこえて」。

でも、今夜はかけません、

「誰か教えて」で、いい気分のままで・・・。

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♪~Listen to the rhythm of the falling rain~♪

カミナリの音から始まるこの曲は、

毎年この季節になると必ず聴くことになる、雨の歌の定番。

「Rhythm Of The Rain」、邦題「悲しき雨音」、

63年全米3位、いうまでもなく、カスケーズの超名曲である。

ボクはこの曲で、Listenのtがサイレントで発音されないことを知った。

thは、舌を上下の歯にはさんで、ズゥと発音することを知った。

Cascadesは、滝のこと、

ナイアガラつながりだから、というわけでもないけれど、

メチャクチャ好きなグループである。

楽曲の少ないグループだけど、ボクのブログでも“1年に1度はカスケーズ”、

07年10月、08年2月、09年6月に紹介している。

今夜の主人公は、同じ“雨音”でも、63年全米86位、もう1枚の“雨音”、

「恋の雨音」、ロネッツと同名異曲。

原題は「For Your Sweet Love」、どこが“雨音”だ!

例によって、“雨音”で有名なカスケーズの、Sweet Loveだから“恋の”、

といった次第、なのであろう。

でも、メチャクチャいい、めちゃくちゃイイ!

この曲のこと知らなくても、すぐにカスケーズだとわかってしまう、

何度聴き返しても飽きることの無い1枚である。

ついでに、76年にきれいな音で聴きたくて買った

再発盤ゴールデン・カップリングのレコード・ジャケットもアップしました。

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60年代後半、

反人種差別運動や泥沼化するベトナム戦争にゆれるアメリカに出現した2つのグループは、

古き良きアメリカをよみがえらせてくれた。

アメリカ独自の音楽を追及したラヴィン・スプーンフルと、

底抜けに明るい商業主義を追求したモンキーズ。

対極にありながら、奇しくも共通したタイトルの曲がある。

キーワードは、“Daydream”。

日本語に訳すると、“白昼夢、空想”。

目が覚めている時におこる、夢に似た、現実性を帯びた空想、

現実の世界で満たされないコトを空想の世界で満たそうとする場合が多い、

そんなコトをいうのだという。

66年全米2位、ラヴィン・スプーンフル「デイドリーム」と、

67年全米1位、モンキーズ「デイドリーム」(邦題)。

73年、パートリッジ・ファミリーのデビッド・キャシディーは

「デイ・ドリーム」をカバーした。

どっちの?

イメージに反して、それはラヴィン・スプーンフルのカバーであった。

彼は、そのグッド・タイム・ミュージックの趣を壊さず、

アイドルらしい魅力的なボーカルを聴かせてくれたのであった。

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ボクは吉本新喜劇が大好きだ。

家内は吉本新喜劇が嫌いだ。

ギャグを楽しむには、お約束を守ろうとする暗黙の理解が必要だ。

小さい時からそんなお約束を守りながら育ってきたか、

そのギャグを発する芸人の大ファンであるか、が運命を分ける(話が大ゲサ過ぎ)。

だじゃれを楽しむには、生活環境や世代の共有が必要だ。

だから、最近はボクの定番だじゃれで引退を余儀なくされたモノが多い。

“遠い”時の、“阪神の24番、仏のゴローちゃん、遠井吾郎”や、

“辞任”した人に、“かわいい魔女ジニン、なんてね”なんて、

笑ってもらえるわけがない。

というわけで、今夜は『かわいい魔女ジニー』の声役、中村晃子さんです。

67年、80万枚の大ヒット曲は、“ひとりGS”の名曲「虹色の湖」。

久しぶりに、というか、松山に来て以来40年ぶりにかけました。

“ひとりGS”とは、ソロシンガーが歌うGS風の曲でバックをGSが担当している、

という定義になる。

この曲のバックも津々美洋とオールスターズ・ワゴン。

とか書いていたら、思い出しました。

ボクが中村晃子さんを初めて知ったのは、田村正和さんの相手役として、でした。

高校1年生の時、見ました、映画『雨の中のふたり』。

もちろん、橋幸夫さんのヒット曲の映画化、だから、レコードも持ってます。

思い出の連鎖は続く。

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「I Should Have Known Better」、

ビートルズの多くの楽曲の中でボクが一番好きなこの曲は、

64年全米53位ながら、なぜか日本では異常に人気の高い曲である。

アップル盤のジャケットは、07年12月8日“ジョンの命日”に紹介したけれど、

今夜はオデオン盤をアップしました。

タイトルを直訳すれば、♪~ボクはもっと分別があるべきだった~♪となるが、

大学生の“夢みる少年”だった頃買った

羽切美代子さん訳の『ビートルズ詩集』によると、

♪~何もかも 見えないものよ 恋するふたりには~♪、となる。

この「恋する二人」をカバーしたのは、ナチュラルズ。

ボクが初めて買ったビートルズのカバー・レコードである。

ごく最近まで、このナチュラルズとは何者なのかわからなかったけれど、

このシリーズを書き始めて、あらためてネット検索したら

少し情報が出てきました。

イギリスはエセックス州ハーロー出身の5人組グループで、

この曲は64年全英30位を記録しているらしい。

「恋する二人」を聴く度に、

昔テレビでジャニーズが、♪~ 恋するふたりさぁ~ ♪と歌っていたことを思い出す。

ずっと探したのですが、その音源は今も見つけられずにいるボクです。

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ボクのウンチクの情報源のひとつ『ビルボード・ナンバー1・ヒット』の裏表紙に、

“最も大勢のアーチストがカバーを出したナンバー1シングルの題名は?”

という質問があった。

正解は、ビートルズの「イエスタデイ」。

ボクは簡単に答えることができました。

65年のリリースから73年1月1日までの間に1,185のカバーが出たという。

「イエスタデイ」は実際的にはビートルズのメンバーが出した初のソロ作品、

ポール以外のメンバーはバックにでさえ参加していない。

66年、ブラザース・フォアは他のスロー・バラード3曲とともにカバーしている。

ボクのコレクションにはこれ1枚しかないけれど、

さまざまな媒体で多彩にアレンジされた「イエスタデイ」に出合う。

その昔、札幌出張の時訪ねた中古店にボクの欲しいレコードがなく、

せっかく来たのだからと買った1枚のアルバム「レノン・マッカートニー・ソングブック」、

「イエスタデイ」は入っていないけれど、

原曲のイメージをガラリと変えたアレンジ、午後のBGMに似合う。

65年UK盤、キーリー・スミスの作品。

フォークにジャズに、と多彩にフレキシブルにアレンジされる、

ビートルズの作家としての能力、評価の証明である。

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今夜も、恐れ多くもあのビートルズをカバーした無名のグループを紹介します。

メンバーのことはまったくわからないけれど、

64年、あの「シー・ラヴズ・ユー」と「抱きしめたい」をカバーした。

彼らは、“アメリカのビートルズ”ザ・リバプールス。

なんの変哲もないストレートなカバーである。

「シー・ラヴズ・ユー」は、

イギリスでは63年8月4枚目のシングルとして発売、空前の大ヒットを記録。

アメリカではマイナー・レーベル(スワン)で63年9月発売、鳴かず飛ばず、

そして、64年3月になってビルボードNo.1を獲得した。

そして、64年6月ドイツ語版「Sie Liebt Dich」を発売、

ビルボード97位を記録している。

ちなみに、日本でのシングル発売は64年4月。

いろいろ聴いてみたけれど、やっぱりオリジナルが最高。

ひとつのマイクに、ポールの左利きのベースとジョージのギターが向き合い、

もうひとつのマイクではジョンがガニ股でリズムを刻み、

首を振り長髪を揺らせて“Woo!”。

そんな姿が目に浮かぶ名曲である。

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高校生の時、ビートルズ・マニアの友人が言っていたことを思い出した。

“ビートルズって、きっとエスパーやで!

 合図も、イントロもなしで、突然ボーカルから入ってきっちり合わせてしまうんやから・・・。

 すごい曲やで~、よう出来とる。”

おいおい、エ、エスパーって、最近めっきり聞かなくなった“死語”の世界。

さて、その曲は「オール・マイ・ラヴィング」。

英米ではシングル・カットされず、カナダ盤で64年ビルボード45位。

ポールの完璧なバラード・ロックンロールである。

ボクの持っているシングルはアップル盤なのですが、

オデオン盤と同じジャケット写真なので妥協した次第。

フリが長くなってしまったけれど、

今日の本題は、英米でシングル・カットされなかったことをいいことに、

アメリカでカバー・シングルを出した猛者がいる。

64年、その頃はまだ人気が爆発したばかりで、恐れ多くはなかったのだろう。

彼の名は、ジミー・グリフィン。

後にデヴィッド・ゲイツとブレッドを結成するあのジミー・グリフィンである。

実は、さっき、インターネットの英文HPでそのことを確認したばかり。

裏面(こっちがA面だと思われる)の「My Baby Made Me Cry」も

ボビー・ヴィー・スタイルのナイスなティーン・ポップス。

英文とにらめっこで、とても疲れてしまいましたが、

彼の歌を聴いて、心癒されるボクなのであります。

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先日、“女性たちのナイアガラ・ソングブック”について書いたけれど、

今夜は、大滝氏と双璧をなすもうひとりの巨匠、細野氏のことを書きたいと思う。

細野さんは、時代とともに新しい音を追求できる柔軟な精神をもった人です。

ですから、ボクのテイストと合致したのはホンの少しの時代、

1枚だけ愛聴盤があります。

73年の『HOSONO HOUSE』です。

大滝さんの“ファースト”と相通ずるところがあって、とても好きです。

もちろんアルバムも紹介したいのですが、

シングル盤コレクターゆえに、そのアルバムからのシングル・カット、

「恋は桃色/福は内鬼は外」、作詞も作曲も細野さんです。

そして、松本隆さんとコンビを組んだHosono’sソングブックは、

74年、スリー・ディグリーズに書き下ろした「ミッドナイト・トレイン」、

これはすごい!紛れもなくソウルです。

そして、82年カネボウ夏のキャンペーン・ソングは、

♪~ 君は赤道小町 恋はアツアツ亜熱帯 ~♪

山下久美子、「赤道小町ドキッ」。

83年、オリコン1位曲は、松田聖子11曲目のNo.1「天国のキッス」。

他にも彼女への提供曲はあるのですが、

レコード・ジャケットのカラーリングがすばらしいこの曲にしました。

続けて聴いてみると、あらためて細野さんの才能に驚いてしまった次第です。

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ボクはシングル・レコード・コレクターなんだけど、

居間にはそのレコード棚よりも大きな本棚がある。

そのほとんどは音楽関係の雑誌や書物である。

今でこそ、インターネットで検索すれば、いろんな情報を知ることができる。

でも、ボクが生きてきた時代は、これらの書物によって多くの情報を得ていた。

高校時代に定期購読していた『ミュージック・ライフ』の、

87年に発売されたその特集版『ロック革命時代』をめくっていたら、

見覚えのある懐かしい記事に目が止まった。

-「ベイビー・カム・バック」を爆発させたイコールズ-というもの。

この記事を見て、このレコードを買いに走ったなぁ~なんて、

レコード棚を探したら、もちろんありました。

ジャマイカ出身の双子の兄弟とギアナ出身の黒人、の3人と

ロンドン出身の2人の白人の5人組、

当時は珍しい混成グループで、人種平等の、その名もイコールズ!というわけ。

いわば、ロンドン出身のレゲエ系ロック・バンドであった。

68年全英1位、全米32位、「ベイビー・カム・バック」、

久しぶりに聴いてみた。

受験勉強を袖にして青春を謳歌していた高校3年生当時のことを思い出した。

あらためて、音楽の力ははすごいものだと思う。

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60年代後半から70年代前半にかけて、

世界中にミニ・スカートを流行らせた女の子。

それが、ツイッギーである。

まさか、猫や杓子がミニをはいている姿は見たことがないけれど、

当時は、大阪のおばちゃんは言うに及ばず、あの美空ひばりさんだってはいていた。

とにかくみんながはいているから、今思い出そうとしても特別印象にない、

そんな時代だった。

身長167cm、体重41kg、B78・W56・H81の少年のような彼女は、

65年、マリー・クワントのモデルとして登場した。

そして、67年6月に発売されたのが「夢みるツイッギー」。

彼女の全身はこのレコードのセカンド・ジャケットで見ることができる。

その年の10月18日に彼女は来日し、

日本にもミニ・スカート・ブームが到来したのである。

東レ、トヨタ、森永のCMに出演し、

その後森永は「小枝」というお菓子を発売した。

そして、今でも10月18日は『ミニスカートの日』とされている。

ボクはもう1枚、彼女のレコードを持っている。

「When I Think Of You」と「Over And Over」のカップリング。

どの曲も音楽的には取り立てて言うこともないが、

しいて言うなら、「Over And Over」が一番好きかな?

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ついに手に入れました。

長年の努力が実を結んだ瞬間です。

これこそ究極のアンサーソングだと信じて探しつづけてきたのです。

なぜなら、アーティストがロメオスという実体がよくわからないグループ、

そして、今は無きエーサイド・レコード『アンサー・ソング・スペシャル』の

CDジャケットの表紙を飾った楽曲なのですから。

ここで、過去のブログ内容を訂正させていただきます。

08年8月に、トーケンズの「ライオンは寝ている」の全米No.1を、

62年末と書きましたが、61年末の誤りでした。

その61年末から62年にかけて全米No.1に輝いた「ライオンは寝ている」の

アンサーソングがこの62年の「トラは起きている」なのです。

「The Lion Sleeps Tonight」に対して

「The Tiger’s Wide Awake」なのです。

作者表示はまったく同じなのですが、

Special Lyrics Keller-Colberの表示がありますから、

簡単に言うと“替え歌”なのですが・・・。

「ライオンは寝ている」のシングルがもう1枚ありました。

69年に洋楽のナツメロ・リバイバル・ブームの時の再発盤。

それにしても、寅年の今年、

待望の「トラ・・・」レコードをゲットできるなんて、

こいっあ、春から、演技がイイやぁ~!(トットットットッ)

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ボクは自称B級アイドル研究家である。

と言ってしまうと、ちょっと変な奴っぽく思われるかもしれないけれど、

君、アイドルを侮るなかれ!

というより、アイドルの楽曲を侮るなかれ!

例えば、大好きなアグネス・チャン、

彼女のことは07年11月にも紹介したけれど、

75年11枚目のシングル「白いくつ下は似合わない」の歌詞はすばらしい、

ドラマがある!情景が目に浮かぶ!作詞作曲はユーミン。

そして、昔裏声でカラオケ・レパートリーにしていた

73年3枚目のシングル「草原の輝き」は、安井かずみ・平尾昌晃。

4枚目のシングル、彼女の唯一のオリコンNo.1「小さな恋の物語」は

「ひなげしの花」の山上路夫・森田公一。

そして、74年6枚目のシングル「ポケットいっぱいの秘密」は記念すべき一曲、

我らが松本隆の作詞家としての出世作。

キャラメル・ママをバックにアイドルらしからぬパフォーマンスを魅せてくれる。

たぶん、アグネスに特別な意識はなかったかもしれないけれど、

彼女のコレクションは名曲の宝庫なのである。

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その二人の共通点は、キャラクターが濃いこと、

そして、歌唱力があり、歌にドラマがあること。

対極にあるのは、その名前、

ひとりは、およそスターの条件に外れた歌手らしからぬ長い名前。

片や、同姓同名の人がいくらでも居そうな山田太郎スタイルの名前。

エンゲルベルト・フンパーディンクとトム・ジョーンズ、

ふたりとも60年代後半に登場した英国人シンガーである。

彼らの日本でのポピュラリティなヒット曲を2曲ずつ紹介しよう。

フンパーディンク、67年全英1位「ラスト・ワルツ」、

♪~ふたりの孤独な男女が出会って恋に落ち、楽しい日々を過ごしたのに

  彼女は去っていった、 ふたりが最後に踊ったワルツが心に響く・・・~♪

そして、70年の「太陽は燃えている」は日本のみのシングル・カット(だと思う)。

ジョーンズ、69年全英9位「ラヴ・ミー・トゥナイト」、

68年全英2位「デライラ」。

日本では「ラヴ・ミー・トゥナイト」の方が先にヒットした。

この他にも、彼らふたりは多くのヒット曲をもっている。

だけど、コレクターには深入りしたくない経済的事情がある、

ひとつ許せば何枚ものシングル盤が欲しくなる、

彼らふたりは、今ボクが深入りしたくないアーティストの最右翼なのである。

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