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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ボクの好きなアーティストのひとり、杉田二郎さんの物語。

ジローズって、二人組じゃなかったん?

スタートは、二郎、大治郎、徹次郎の三人のジローが集まって、ジローズ。

68年、「あなただけに/マイ・ハート」は関西では人気だった。

まもなく、大学卒業を機に解散してしまった。

ちなみに、大治郎は塩見大治郎、後にスタジオ101で出会うこととなる。

そして、68年の後半、二郎さんはシューベルツに参加、

翌年1月に「風」の大ヒットを出すのである。

ボクの好きな「さすらい人の子守唄」も、この「風」も北山修・端田宣彦作品だが、

ともにB面は杉田二郎作曲。

70年になって、メンバーのハンサム・ボーイ井上博の急逝により解散。

そして、第二次ジローズの結成に至るのである。

みんなが知っている二人組ジローズのもうひとりは森下次郎さん。

確か本名は悦伸だったと思うが、ジローズ結成のために改名した、と聞いたことがある。

71年、「戦争を知らない子供たち」(09年5月に掲出)の大ヒットを生む。

彼らのレパートリーに「子供達に聞かせる唄」というのがある。

松山猛・加藤和彦のこの唄は、後にカメカメ合唱団にカバーされた。

今でも大好きな、心に沁みる唄である。

いかつい顔のステキなオッちゃん、杉田二郎さんの物語、第一巻の終わり。

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久しぶりに、大好きなポップ・ソングの黄金時代を楽しむことにしました。

このレコード・センターのデザインはイギリス盤、

61年全英5位、ブルック・ブラザーズの「ウォー・ペイント」。

ブリル・デルディングでは、いつもシンシア・ウェイルとコンビのバリー・マンが、

いつもはニール・セダカとコンビのハワード・グリーンフィールドと作った曲。

もちろん、オリジナルは60年バリー・マン自身がリリースしている。

静かに、スローに立ち上がり、突然陽気に、元気に、リズミカルに、

ノリノリの(死語かな)ティーン・ポップスの世界に誘ってくれる。

そして、もう片面は「カウンティング・ティアドロップス」。

同じくグリーンフィールドとの作品。

これもまた、ステキなティーン・ポップスであることは、モチのロン(死語かな)。

と、思い出して、レコード棚から探し出したのは、

ベンジャミン・アール・ネルソン時代のドリフターズの1枚。

もったいをつけて、ベンジャミンなんて書いてしまったけれど、

簡単にいうと、ベンE.キングのこと。

61年全米17位、「I Count The Tears」。

この曲もブリル・ビルディングのドック・ポーマス&モート・シューマンの作品。

なんと聴いてビックリ、とても有名な曲を思い出す。

そのリフレイン・パートが6年後「今日を生きよう」に盗用(?)された。

マニアの世界では有名な、垂涎の1曲なのです。

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大統領になった俳優さんや、県知事になったお笑い芸人に比べれば、

まだまだ考えられる転身かもしれないけれど、

“華麗なる”、という修飾語をつけられる人はそういない。

青春歌手からジュエリー・デザイナーへ、

でも、彼によると、

将来のジュエリー・デザイナーがひととき青春歌手だった、ということらしい。

梶光夫、最大のヒット曲は、64年「青春の城下町」。

♪~ 流れる雲よ 城山に のぼれば見える 君の家 ~♪

ボクの田舎の城跡は当時小学校になっていたけれど、

中学2年生のボクの愛唱歌であった。

そして、彼が出演していたテレビドラマの主題歌「若いいのち」と「大空にひとり」。

毎週見ていた。

同じ頃、純愛小説を歌にした「わが愛を星に祈りて」、

翌年の66年には「アキとマキ」。

高田美和さんとのデュエットであった。

ボクの友人は交換日記をしていたけれど、ボクにはその勇気がなかった。

けど、高校に進学してからは、しばらくの間、文通をしていた。

いまでは想像できないくらい、純情な青春だった。

歌は懐かしく心地よいけれど、

中学時代や高校時代のそんな恋の思い出は、

ひとりで思い出すだけでも恥ずかしいものである。

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高校3年生の時、

ドアーズの「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」(09年12月参照)を聴いた時、

この曲は、どっかで聴いたことがあるぞ、

と思ってから30年間も判らなかったある日、

偶然ラジオで聴いてなぞが解けた!それがこの曲。

64年全英2位、65年全米7位、キンクスの「オール・オブ・ザ・ナイト」。

ストーンズが「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」を演っている感じ。

それから探し続けること12年、ようやく国内盤シングルを手に入れた。

一般的にいうと、このシングルの相場は2万円弱、

ちょっと手が出なかったのですが、8,000円ぐらいで決心したのです。

ボクがキンクスの中では一番好きな曲なのですから。

“へそまがりの、ひねくれ者たち”、キンクスは、

高校生の頃、バンドをやっている友人たちには抜群に人気があった。

少し荒っぽく聞こえるギター・リフが彼らにはたまらなかったらしい。

09年9月に書いたけれど、

64年全英1位、全米7位の「ユー・リアリー・ゴット・ミー」の

超有名なイントロのリフは、

ファンタスティック・バギーズの「Anywhere The Girls Are」に

影響を受けたらしい。

その頃、そんなことは露知らぬボクの友人たちは、キンクスに熱を上げていた。

楽器をやっていないボクは、彼らの評論仲間だったけれど、

そんなことに興味はなかったし、もちろん知りもしなかった。

今ならそんなこと、いっぱい語り合えるのに・・・、

来年の4月の同窓会で会えるかなあ~。

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将来ラジオのDJをやる時、タイトル・バックにするぞ!と思っていた曲がある。

♪~ ウウウ わがまま わがまま邦題 し放題 ~♪

タイトルは『わがままジョッキー』、自分の好きな曲をかける番組。

榊原郁恵、77年7月1日発売の3曲目のシングル「わがまま金曜日」。

明るくて、気さくで、笑顔がステキで、

“息子のお嫁さんにしたいアイドル”No.1(ボクの見解)。

彼女の歌には、印象的なフレーズが多い。

2曲目のシングルは、♪~ ギュウ ギュウ づめのバスの中 ~♪、

77年4月1日発売の「バス通学」。

そして、78年7月1日発売の7曲目のシングルは超有名曲、

♪~ チュウ チュウ チュ チュ ~♪「夏のお嬢さん」。

今でも、アイスクリームを食べる時は、

♪~アイスクリーム ユースクリーム 好きさ ~♪である。

商店街や自動車販売店のイベントで

『何とか・カーニバル』というタイトルのCMのBGMには、

78年4月1日発売の6曲目のシングル「めざめのカーニバル」、

♪~ カーニバル カーニバル ~♪が使われていた。

余談であるが、

彼女のレコードの発売日、1日にこだわったのはなぜなんだろうか?

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今も続いている大学のゼミ誌の原稿テーマに困って、

やっぱり落ち着いたのが趣味のコレクションの話。

ボクのレコード・コレクションの原点は、ジョニー・ティロットン抜きでは語れません。

09年3月の続きのストーリー。

67年奈良市内に下宿を始めたボクが通っていたのは、

近鉄奈良駅から三条通へ通じる東向商店街のファッション・ビルにあったレコード店。

ここにあるティロットソンのシングルは全部買った。

なぜか行く度に新しいレコードが入っていた。

その時点では知らない曲も買って帰った。

ほどなく手に入れた小さな簡易レコード・プレーヤーで聴いては悦に入っていた。

ジャケットとタイトルに魅せられた「恋のウルトラC」、

64年全米36位(後になって知った)。

62年全米3位「涙ながらに」と、59年全米63位「夢見る瞳」のカップリング。

明るくてノリのいい「恋のカウント・アゲイン」は65年全米86位。

B面の「ワンズ・ユアーズ,ワンズ・マイン」もいい。

ヒット・チャートに見つけることができなかった「ハロー・エネミー」、

何度も何度もプレーヤーを止めながら、歌を練習した。

歌詞の英語やメロディーがやさしいから、じきに歌えるようになったけれど、

曲がマイナーなため、未だに披露する場はない。

こうしてあらためて聴いていると、心は高校生に戻ってくる。

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ついこの間の日曜日の夕方、つれづれなるままにネットサーフィンをしていたら、

ウィー・ファイヴの「ヒア・カムズ・ザ・サン」を見つけてしまいました。

このグループのこと、知らなかったのですが、

「ヒア・カムズ・ザ・サン」は、

5枚のLPで終わってしまったボクのビートルズ好きの対象外ですが、

自然体のジョージの優しい曲と声、

好きな曲のひとつです。

ギターを爪弾いているうちに、口をついて自然にできてしまった、というような曲。

と思っていたら、

ビートルズの資料によると、

ジョージがクラプトンの家の庭でひなたぼっこをしていて思いついた曲、とのこと。

まさに、そんな雰囲気ですね。

ウィー・ファイヴのカバーは、ピアノ、ブラス、マリンバにコーラスがからんで、

楽しく、ポップに、ゴキゲンに仕上がっている。

偶然見つけたものですが、これは大当たり!でした。

たまにこういうことがあるから、無駄遣いも無駄ではない、と

ひとり、誰にともなく言い訳をするボクなのでありました。

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昔むかしその昔、サーフィン・サウンドだと思ってジャケ買いした1枚。

かっこいいジャケット写真でしょ。

聴いてみると、あの陽気でさわやかなサーフィン讃歌ではない。

コーラスをフィーチャーしたナンセンス・ノベルティ・ロック、

パンク、といっても過言ではない。

64年全米4位、トラッシュメンの「サーフィン・バード」。

聞くところによると、この曲は2つの曲のコーラス部分をメドレーでつなげたものだとか。

とりわけ、ボクの好きな後半の ♪~ ンママーマーパパ ンママーマーパパ ~♪、

この原曲は、リヴィングトンズの「パパ・ウー・モウ・モウ」。

これは聴いてみねばなるまい!と、シングル盤を購入。

やっぱりこのコーラスが心地よい、原曲はもちろん歌も入っているのです。

その際ついでに、「ママ・ウー・モウ・モウ」も買っちゃいました。

こちらは、なんでも「パパ・ウー・・・」のセルフ・アンサー・ソングとのこと、

想像通り、♪~ ンママーマーママ ンママーマーママ ~♪のコーラス入り。

思わず、ニヤリとしてしまいました。

またまたついでに、トラッシュメンTシャツもゲットしました。

アメリカのXLは少し大きすぎるのですが、お気に入りの1着です。

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♪ は~なのかおりに つつまれて くーちづけかわし なみだぐぅむ~ ♪

この歌は、扇風機の前で風に向かって歌うと雰囲気がでる。

うちわで口元を扇ぎながら歌うのも、いとをかし。

68年、フォークルの「花のかおりに」。

北山修・加藤和彦の美しい曲である。

♪ 何気なく見上げた 青い空の雲が 風にゆれ誰かの 姿に見えてくる~ ♪

今でも、空を見上げるとこの歌が口をついて出てくる。

でも、瞬間的にそのタイトルは浮かんでこない。

二番の、♪ ~花のようなふたりが~ ♪で、

そうだ!「花のように」、ベッツィ&クリスの70年の佳曲。

北山修・加藤和彦のさわやかな曲である。

高校生から大学生へ、

純情可憐な・・・♪ムスターファ♪、

♪ ~遠い昔のトルコの国の 悲しい恋の物語 ~♪

これは古い、60年、坂本九をフィーチャーしたパラダイス・キング「悲しき六十才」。

脱線してしまいましたが、

ボクの純情可憐な時代の、思い出のフォーク・ソング。

歌い始めると、次から次へと歌詞を思い出す。

ボクの記憶力もまんざら捨てたものではないね。

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パンパカパーン パパパ パンパカパーン!

今週のハイライト。

漫画トリオの横山ノックです、フックです、パンチです。

思わずこんなフレーズが口をついて出てしまう、そんなレコード・ジャケットは、

61年6月26日付ビルボードNo.1、「Quarter To Three」、

ゲイリー・U.S.ボンズ、邦題は「真夜中のロック・パーティー」。

78年ニュージャージーのクラブでプレイしていたゲイリーは、

地元の若者をステージに引っ張りだしてプレイした。

この時、彼と一緒にこの歌をデュエットしたのが、

ブルース・スプリングスティーン少年。

有名なエピソードである。

だから、この歌はブルースの大のお気に入り、定番のアンコール・ナンバーである。

そして、この話には続きがある。

その後、ブルースはゲイリーにいくつかの曲を提供した。

そのうちの1曲「This Little Girl」で、

ゲイリーは19年ぶりにヒット・チャートに戻ってきた。

この、邦題「いかしたあの娘」は、81年6月20付で全米11位を記録、

ブルースらしいストレートなロック・ナンバーである。

こんな浪花節的な“恩返し”ストーリーがあるのも、

横山ノック似が故、なのだろうか?

(そんなこと、あるかい!)

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10年4月12日に、GSクーガーズを紹介した時に、

“メンバーはなかなかの猛者揃いだった”と、お茶を濁したけれど、

このメンバーのひとりが、倉光薫。

彼は、その5年前はアイドル・ロカビリアンだった。

62年、ジャック・スコットの「クライ・クライ・クライ」を陽気にカバーしていた。

ボクは、B面のニール・セダカのカバーの方が好きだったけれど、

つい最近、ようやく見つけることができました。

もう1枚は、10年3月19日、谷さんの「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘」、

先日オークションで、待望のシングル盤をゲットしました。

クレージーはもちろん、ドリフやドンキーなどのコミック・バンドの人たち、

音楽家、演奏者としても実力派なのはご存知の通りなのです。

2006年、クレージーの36年ぶりのチャートイン曲となった

ユーミンとのデュエット曲「Still Crazy For You」。

ボーカルは谷啓、セリフは植木等、ベース犬塚弘、ピアノ桜井センリ、

そして、亡きメンバー、ハナ肇のドラム、安田伸のサックス、石橋エータローのピアノは、

過去のライヴ音源からのサンプリング、という力作、傑作。

大好きな、最近の曲のひとつである。

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そうだ 京都、行こう。

93年から始まったJR東海の観光キャンペーンのコピー、

名作である。

そうだ ハワイ、行こう。

63年、ビーチ・ボーイズのステキなファルセット・ソング、

名作である。

最近、月に1回、ライヴ・ハウスでレコードをかけさせていただいているのですが、

今夜はその3回目。

この選曲がなかなか難しいのです。

あまりマニアックでは、一般の方にウケないし、

あまりベタでは、内輪の方に失礼だし、

多少にぎやかな曲でないと雑踏の中では立たないし、

たまには日本の曲も必要かな・・・なんて。

好き勝手にやっているようでも、結構気をつかっているのですよ。

今夜のテーマは、夏ですから、サーフィン&ホットロッド。

本当は、ビーチ・ボーイズ柄のアロハを見せたかったので、

ジャケット写真が共通の「夢のハワイ」からスタートしました。

このレコード、今となってはかなりレア、

もちろん、このアロハだってかなりレア、

アロハの似合わないボクが大枚をはたいて買ったくらいですから。

今夜はかけませんでしたが、もう1枚、同様のジャケット写真は、

64年全米5位、ビーチ・ボーイズのライヴには欠かせない1曲、

「ファン・ファン・ファン」。

これを聴いてから、今夜はおやすみです。

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“個性的な人ですね”、と言われるのが一番うれしい。

“変わってるね”、と言われるのも同じようにうれしい。

そんなことを思っていて、思い出したのがこの曲である。

59年6月全米2位、ロイド・プライスの「パーソナリティー」。

ノリのいい、ポップなR&Bナンバー。

彼は、59年2月に4週連続No.1を記録した

「スタッガー・リー」というヒット曲をもっているが、

彼の異名は“ミスター・パーソナリティー”、

さて、どちらが代表曲なのか迷うところでもある。

このレコードは、57年4月全米29位の「ジャスト・ビコーズ」とのカップリング、

68年の再発盤である。

「スタッガー・リー」に続いて、5週間全米No.1を記録したのは、

フランキー・アヴァロンの「ヴィーナス」。

まったく違う、顔も曲もアイドル・タッチのポップ・ナンバーだけれど、

彼もまた、個性的な歌手であった。

彼は、歌手ではなく、トランペット奏者となることを望んでいた。

12歳でTVショーに出演し“トランペットの神童”と呼ばれた。

しかし、そのスター性を見抜いたプロデューサーに説得されて歌手となった。

ボクはこのふたりのことをどれほど知っているかはわからないけれど、

まったく違うふたりのアーティストに共通するものを感じる、

これが、パーソナリティーなのである。

多分に屁理屈なのは重々承知ながら、

そんなことを思いながら、彼らのパフォーマンスの一端を楽しんでいる。

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ジョニー・バーネットの名曲「Dreamin’」、邦題「夢にみる恋」。

08年6月21日、この曲について書いた時、とてももの足りなかった。

日本語のカバーがあることを知っていたからだった。

その時思い出せなかった歌手の名を、中古店のオークションで見つけた。

ここのオークションは、一発勝負の入札制だから少々張り込みました。

彼の名は高松秀晴、タイトルは「ドリーミン」。

62年、いかりやさんのドリフターズの専属歌手をしていた頃のレコードである。

作詩は、お決まりの漣健児さん、東芝初期の赤盤、

ボクとしては、飯田久彦さんにも歌って欲しかったテイストである。

もう1枚は、「ヴァケイション」。

10年4月16日に、弘田三枝子さんとの競作として紹介したかったけど、

その時には持っていなかったから触れず仕舞い。

62年、青山ミチさんのデビュー盤である。

彼女の「恋はスバヤク」と「涙の太陽」は紹介したけれど、

青山ミチといえば・・・、という代表曲が抜けていました。

63年の「ミッチー音頭」、黒っぽい雰囲気の実力派。

70年代に入って、幾つかの不祥事で芸能界追放、という波乱の人生、

こんなところまで日本人離れしたアーティストであった。

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ブログを始めたら、

ただレコードをコレクションしていた頃とはスタイルが変わってしまいました。

昔ならたぶん買わなかったと思うレコードでも、

中古店でレコード漁りをしている時見つけたら

つい買ってしまうことが多くなったのです。

ボクのブログ・ポリシーは、音源を持っていない曲のことは書かない、こと。

でも、書きながら、こんなレコードがあったなあ、と思い出すことがある。

そんなレコードに出合った時ついつい買ってしまう、という症状が・・・。

今夜は、そんなレコードを紹介します。

まずは、「ストップ・ザ・ミュージック」、

08年10月24日に紹介した時、彼らのバージョンがあることを思い出した。

彼らとは、デンマークのグループ、ヒットメーカーズ。

64年、ビートルズのデンマーク公演の前座として有名になったグループである。

そして、2枚目は、08年4月27日に紹介した“街角男”デル・シャノン、

「さらば街角」、CDで音源は持っていたので曲名は書いたのですが、

それほど欲しいシングルではなかったのに・・・。

3枚目は、08年6月11日に紹介した「涙のくちづけ」、

ボビー・ヴィントン盤はベスト盤LPで音源は持っていたけれど、

探していたシングルとオークションで出合ってめでたくゲット。

まだまだたくさんありますが、おいおいに紹介したいと思います。

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