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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ガールズ・ポップス大好き!なボクなのに、

こんなステキな曲の紹介を見落としていました、反省反省。

年上の人に恋をした女の子、

♪~ あなたに抱かれてキスされることを夢見ているのに

   わたし 生まれてくるのが遅すぎたわ ~♪

切ない乙女心を歌った胸キュンの名曲は、

58年全米7位、3人組のガールズ・グループ、ポニー・テイルズ「Born Too Late」。

その名の通り、彼女たちは髪の毛を後でひとつに束ねたヘアスタイル、

まるで仔馬のしっぽのようだから、今もこれをポニー・テイルという。

作者のひとり、フレッド・トビアスは、

ジミー・ジョーンズの名曲で、九ちゃんのカバーでも有名な、

あの「グッド・タイミング」も作っている。

この曲をカバーしたのは、08年1月30日に紹介したジル・ジャクソン嬢、

ポール&ポーラのポーラである。

決してヒットしたわけではないのに、

40年以上経った今でも、遠く離れた日本の松山に

君のファンがいるんだなんて、きっと夢にも思わなかっただろうね。

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洋楽ファンの皆様、ごめんなさい!

前回に続いて、ハマクラさんの魅力を紹介したいと思います。

大好きなダニー飯田さんはポップスの世界に行きましたが、

同じハワイアン出身、スチールギターの名手・和田弘さんは演歌に行っちゃいました。

和田弘とマヒナ・スターズは、ふたりのボーカリストをかかえていましたが、

大ヒット曲のほとんどは、女性のゲスト・ボーカリストを迎えてのものでした。

ボクのコレクションにあるのは、田代美代子さんとの作品、

もちろん作詞作曲はハマクラさん。

天邪鬼なボクのお気に入りは、66年の「ここがいいのよ」。

甘い甘い声のハウス・ボーカリスト、松平直樹さんとのデュエットです。

♪~ ここ ここ ここがいいのよ 貴方のそ~ばが

   どこ にも いきたくないの ここにいた~いの ~♪

前年に大ヒットしたのが、誰でも知っている「愛して愛して愛しちゃったのよ」。

同じ、田代美代子さんと松平直樹さんのデュエットですから、

「ここがいいのよ」は“柳の下のドジョウ”だったのですが、

ボクはそのドジョウを卵とじにして食べてしまったという次第。

ここで終わらないのが、オールディーズ・コレクターのプライド、

この大ヒット曲をカバーしたのが、あのペギー・マーチ、

ベニー・トーマスくんとデュエットで、日本語で、歌っちゃいました。

ライヴで歌うと、たぶんウケるんだと思いますが、

レコードにするのは、コレはイケマセン。

ペギー・マーチ・ファンには汚点だと思うのですが・・・。

でも、ハマクラさんは、きっと喜んでくれたのだろうと思います。

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ボクの邦楽コレクションにハマクラさんの楽曲がいっぱいある。

特別にハマクラさんをコレクションしたわけではないのに・・・である。

作詩作曲したもの、作曲だけのもの、まちまちではあるけれど、

そのタイトルや、歌詞や、曲調が、時代を切り拓いているのである。

だから、天邪鬼なボクの琴線にふれたのですね、きっと。

小さい頃口ずさんでいた「僕は泣いちっち」や「夜空の笛」は、

今月の10日に紹介した「黄色いさくらんぼ」と並んで、

59年、ハマクラさんがこの世界に頭角を現すきっかけとなった曲。

♪~ ボ~クの恋人 東京へ行っちっち ~♪

詩の斬新さ、曲の先進性、今聞いてもびっくりしてしまいます。

B面の「夜空の笛」って、タイトルだけではどんな歌だったのか、思い出せないですよね。

♪~ チイタカタッタ チイタカタッタ 笛の音が ~♪

思い出していただけましたか?60代の皆様。

さて、もう1枚は、大好きだった女優、渚まゆみさんに贈った「奪われたいの」。

どっちが先だったのかは覚えていないけれど、

この曲が小ヒットした73年、ハマクラさんは渚まゆみさんと再婚した。

当時56歳、テレビのインタビューでハマクラさん自身が語っていた、

ハマクラさんは、この曲で渚さんをナンパしたのである。

歌詞を全部紹介するわけにはいかないが、

タイトルから想像できるように、歌詞はかなり際どいもの。

それを、微妙なニュアンスで、おしゃれにまとめている。

彼の彼たる所以であるのだろう。

またまたついでに、守屋浩さんの元奥様の楽曲も紹介します。

舟木一夫さんと学園映画で共演が多かった本間千代子さん、

66年「純愛の白い砂」、幼心にボクが大好きだった女優さんである。

ちょっと横道に逸れてしまいましたが、

ハマクラさんシリーズはもう少し続けてみたいと思います。

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コニー・フランシス、62年全米7位「Scond Hand Love」を聴いていたら、

昔は、中古品のことをセコハンと言っていたなあ、なんてことを考えてしまった。

当時、ボクのイメージとしては、セコハンという言葉にいい印象はない。

セコハン・カーはなんだかすぐに壊れそうなイメージだし、

セコハンの洗濯機なんて、洗濯物がきれいになんてならないように思える。

だけど、ユーズド・カーなんて言うと、そんなに性能も悪くなく安くてお得なイメージ。

そんな、今では死語になってしまったセコハンという言葉、

よくよく考えてみると、原語はSecond Hand、

カッコ良く、おしゃれではないですか!

当時の中古品の性能が、こんな言葉までイメージを悪くしてしまった。

いわば、セコハンは被害者なのですよ。

そして、言うなれば、ボクは“Second-hand records collector”。

あなたの趣味は?

セコハン・レコードを集めています!

話は戻って、セコハン・ラヴとはどんな愛なのでしょう。

中古の愛、ですから、不倫?老いらくの恋?

フィル・スペクターに尋ねてみたらわかるでしょうか?

このレコードのB面は「Gonna Git That Man」、

邦題は「かっこいい彼氏」、かっこいいノリノリのロックンロールです。

弘田三枝子さんのカバーもステキです。

さて、明日は、セコハンのマイカーに乗って、

家内とアベックでビフテキでも食べに行こうか!、なんて、

ああ懐かしき、死語の世界。

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毎年8月12日になるとこの人の名を思い出す。

そんな、喜んでいいのか悲しんでいいのか、

今ではそんな存在になってしまった。

女優、タレント、そして、九ちゃんの奥様、柏木由紀子さん。

けど、ボクにとってはアイドル歌手という存在。

「若い真珠」は65年17才の時のデビュー曲、

当時流行の青春アイドル歌謡、歌もジャケット写真も最高である。

ボクにとってはこの1曲限りのアイドルだったけれど、

後に興味をもって買ったものが2枚。

69年21歳の「愛の真珠」は演歌っぽいムード歌謡、

最後のシングル「愛をそえて」は86年38歳の時にリリース、映画の挿入歌。

やっぱり「若い真珠」が秀逸。

ところで、なぜ今、柏木由紀子なのか?

1年ほど前から、

テレビや雑誌のグラビアでこの名前に出合うことが多くなったからなのです。

その名は、正確には“柏木由紀”、ご存知AKB48、チームBのキャプテン。

そして、最年少の“お天気お姉さん”。

初めて彼女の名前を見たとき、びっくりしました。

もちろん、ボクの頭に浮かんだのは柏木由紀子さん。

彼女のふたりの娘さんとは名前も違うし、顔も違う、てな具合。

若い人たちは絶対そんなこと気にならないのに・・・。

年代の違いですよね。

おかしなオカシナ再会となったのでありました。

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今、眠る前に読んでいる本は『ビニール・ジャンキーズ』。

副題は、“レコード・コレクターという奇妙な人生”。

この本によると、レコード・コレクターという輩は、

気に入った曲のレコード・ジャケット写真が赤い帽子を被ったものだったから、

ジャケット写真で赤い帽子を被っているアーティストのレコードを全部集めよう!

などと考えてしまう人種だという。

さすがにそこまではいかないけれど、

少し前、タツロー氏の『サンデー・ソングブック』のエリー・グリニッチ特集を聴いて、

それまで知らなかった曲で気に入ったものを揃えたくなった。

というわけで、1枚目は、キャシー・キャロル「But You Lied」、

08年6月7日や09年3月10日にも紹介したお気に入りのアーティスト。

そして、2枚目は、マイク・クリフォードの「That’s What They Said」、

マイク・クリフォード、これまで知らなかったアーティストである。

3枚目は、特集にはなかったけれど、エリーの相方ジェフ・バリーのソロ作品、

「I’ll Still Love You」、ゴキゲンなティーン・ポップス。

4枚目は、お決まりのレインドロップス、100位以内にランクインした最後の曲、

64年全米97位、「One More Tear」。

いつものジュビリー・レーベルではなく、キャッシュ・レコードからのリリース。

レーベルのスリーブ(内袋)がカッコイイと思いませんか!

というわけで、ボクもビニール・ジャンキーの端くれ?

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長い間探していて、どうしても見つからなかったレコードが、

何かのきっかけで、たぶん偶然に、

簡単に見つかってしまう。

そんなことを何度か経験した。

リック・ネルソンの「甘い恋」もそんな1枚である。

原題は、「For Your Sweet Love」、

63年のリリース。

実はこの曲、今年の5月26日に紹介したカスケーズの「恋の雨音」なのである。

リックの「甘い恋」を見つけてから、一緒に紹介したい、

そんな思いで、大好きな「恋の雨音」をその時まで温存していたのだけれど、

eBayで探しても見つからないし、音源さえ確保できていなかった。

あきらめて、ブログに登場となった「恋の雨音」だったけれど、

それから程なく、いつもの栃木県の中古店のオークションにあるではないか!

ボク的には1万円以上でも欲しい1枚だったけれど、

設定された最低入札価格が低い、ということは、あまり需要がないのだな!

そんな読みで、その半額以下で落札。

作詩作曲は「ヤング・ワールド」や「トラベリン・マン」のジェリー・フラー、

だから、オリジナルはきっとリックの方だったのだろう(?)。

“Ask,and it will be given to you,

 seek,and you will find,・・・”

“求めよ、さらば与えられん”

聖書も粋なことを言う。
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ゴルフ中継を見ていたら、

目を輝かせて、自分の夢を語る、

礼儀正しく、ひたすらに前向きである、

純粋に、そんな若者をカッコイイと言えるような、

そんな時代が戻ってきたように感じる今日この頃。

♪~ あなたがいつか言っていた 誰にでも明日がある

   だから あの青い空を見るの

   若いってすばらしい ~♪

ビートルズが来日した年、66年にヒットした「若いってすばらしい」は、

高度成長期の、活力に溢れた時代の青春讃歌である。

高校1年生だったボクは、

ロック・シンガーのように、ちょっとハスに構えた不良っぽさこそがカッコイイ!

と、思っていたけれど、

学校では、こんな歌を臆面もなく歌う優等生だった。

「若いってすばらしい」、作詩作曲は、安井かずみ・宮川泰。

オリジナルは、正統派シンガー槙みちる。

そして、大の親日家ペギー・マーチも日本語で忠実にカバーした。

レコードで聴くより、

大勢でいっしょに歌いたい、

文部省だって推薦できるような、

若者たちの歌である。

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ようやく手に入りました、この1枚。

センター・レーベルの汚れなんて気になりません。

これこそ、ティーン・ポップの最高傑作!なのです。

63年、Marc Stewartの「Swak」。

“ギターが循環コードのリズムを刻み、女声コーラスがバックに加わり、

 最後はセリフと共にフェード・アウトしてゆく”

ティーン・ポップのお約束をすべて満たしています。

マーク・スチュアートって何者か、

調べてみたのですがよくわかりません。

タイトルの「Swak」は、Sealed With A Kissの略だそうです。

最後のセリフは、

“Say you won’t forget me

 Love me forever

 Please don’t forget me”

邦題は「口紅のシール」、国内盤も出ているのですが、

今日まで一度もお目にかかったことはありません。

輸入盤だって正規品は見たこともありません。

輸入盤の見本盤でさえ、一時は$100もしたことがあるらしいのですが、

幸運にも、送料込み$32.80でゲットできました。

多くの皆さんにはどうでもいいことでしょうが、

ボクにとっては、特別な1枚のひとつなのです。
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今夜紹介するのは、探していたものではないのですが、

eBayをツアーしていると、珍盤奇盤が目白押し。

えっ、あの人がこんな曲を歌っていたの!

こんなレコードがあるんやね!

すべて買うわけにはいきませんが、時々は徒然なるままに買ってしまうのです。

今夜の1枚は、ふたつの興味からゲットしたものです。

その1枚は、サーチャーズの45回転4曲入りスペイン盤。

まず興味をもった1点は、あの有名曲をスペイン語でカバーしているの?

「Dulces Para Mi Novia」は、

ドリフターズの「Sweets For My Sweet」。

もちろん、サーチャーズのデビュー曲です。

「Rogare」は、ベン・E・キングの「Stand By Me」。

しかしながら、歌はすべて英語でした。

そういえば、日本でも邦題をつけますよね。

なんのことはない、これらは西題だったというわけです。

もうひとつの興味は、アイズレー・ブラザースの「Twist And Shout」や

クリスタルズの「Da Doo Ron Ron」をどんな風にカバーしているのか?

前にも書きましたが、

サーチャーズに限らず、60年代のイギリスのグループのカバー曲の

選曲センスとアレンジに感心します。
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59年8月の発売ですから、ボクは小学校3年生。

オン・タイムで聴いたのかどうか、記憶がありませんが、

中学生の頃には、もうギャグにしていたような気がします。

♪~ わーかい娘が(ウッフン) お色気ありそで(ウッフン)

   なさそで(ウッフン) ありそで(アッハン) ~♪

こんな調子ですから、昔の子供にはいくらでもギャグになったのです。

そんなことより、驚きは誰が作詩したのか?です。

星野哲郎さん、

北島三郎さんや都はるみ、水前寺清子、鳥羽一郎、という蒼々たる演歌の面々の

あの有名な代表曲を作った作詞家の先生なのです。

作曲はハマクラさん、これは想定の範囲内。

さて、この曲をデビュー・シングルにしたのはゴールデン・ハーフ。

写真のように、この時は5人組、

この曲をリリース後まもなく、上段右のエリーが脱退。

ボクが一番好きだったのは、エバでもマリアでもなく、ルナでした。

下段の右端、後にポルノ女優に転身したりして、04年にガンで亡くなりました。

ついでにもう1枚、

76年にデビューしたゴールデン・ハーフ・スペシャルの好きな曲、

「月影のドンチュッチュ」。

まあ、女性版ジャニーズ・ジュニア・スペシャルみたいなものですよ。

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09年12月23日に紹介したトニー・バロウズ。

この人のことを“well-travelled vocalist”というのだそうです。

ボクのコレクションにあるだけでも、

フラワー・ポットメン、エジソン・ライトハウス、ファースト・クラスでヒットを連発。

その他にもいくつかのグループでヒットを出しているのです。

まさに、優秀な“渡り鳥ボーカリスト”なのです。

彼は、ヒットしなかったエジソン・ライトハウスの「恋のテクニック」の後、

70年の初ソロ・シングルとしてリリースしたのが「いとしのメラニー」。

エジソン・ライトハウス・タッチのゴキゲンなシングルです。

何よりおもしろいのはジャケット写真、

ご覧のように「恋のテクニック」の一部流用。

そして、広島の中古店でタイトル買いしたのは、彼のセカンド・シングル、

ゴキゲンなタイトルは、「僕のアイドル」。

残念なことに、レコードの溝が荒れていて、

このメロディアスな、ちょっぴり切なさを漂わせた曲が台無しでした。

ぜひ美麗盤を手に入れたいと思います。

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欲しい洋楽のオールディーズをひと通り集めてしまったら、

昔々聴いたことのある、頭の片隅に残っている歌のシングル盤が欲しくなるのです。

そんな動機から長年探していたレコードの1枚がようやく手に入りました。

♪~ かなはん~わ かなわんわ かなはん~わ かなわんわ

   “イヤー かなわんわぁ どないしょう”

   どないしょう ~♪

62年発売の、トリオ・こいさんず「イヤーかなわんわ」。

作詩は岩谷時子、作曲は宮川泰、というゴールデン・コンビ。

覚えてはいませんが、彼女たちはこの曲で63年の紅白歌合戦に出場、

この年の紅白の司会は、宮田輝さんと江利チエミさん、

最高視聴率は81.4%、だったのだそうです。

そんな曲知らんやん!なんて、そんな声が聞こえてきそうですが、

世の中には探している人は結構居るもので、値段はうなぎ登り、

オークションらしい激しい競い合いの末、ようやく勝利しました。

こんなんに高い金かけてどないするん!なんて、そんな声も聞こえてきそうですが、

どないもしません、ただなんとなく笑顔になってしまうだけなのです。

これ持っている人はそんなにおらへんで~!、なんてね。
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日本でジョニー・ティロットソンの名が有名になったのは、

彼のキャリアの中では晩年のこと。

晩年とはいっても、彼が26~27歳の頃、

浜口庫之助さんの「涙くんさよなら」に始まる。

ここから、同じ曲の英語盤と日本語盤のカップリングが続くこととなる。

彼の日本独自のキャリアがスタートしたのである。

ボクはそのすべてが好き、というわけではないが、

「涙くんさよなら」の英語盤と、

07年9月に紹介した「ユー・アンド・ミー」の英語盤は最高だと思う。

アメリカのヒットチャートに出しても引けをとらない、

と思うのだけれど、如何に?

「涙くんさよなら」に至っては映画化され、本人まで出演してしまった。

他に、ボクの手元にある英語盤と日本語盤のカップリング盤は、

浜口庫之助さんの「バラが咲いた」、マイク真木さんのカバー。

「バラのためいき」は、高崎一郎・鈴木邦彦の作、

「ユー・アンド・ミー」と同じコンビの作品。

そして、もう1枚は少し趣が違う。

65年ビルボード70位の「Our World」に日本語の歌詞を付けた、

邦題「僕等の世界」。

高校時代は、洋楽とGS全盛で、

大っぴらにジョニー・ティロットソンのファンだなんて言えなかったけれど、

今なら胸を張って言える、

実は、彼の熱烈な大ファンだったんですよ!なんて。

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Take good care of my baby、に対して、

You should know I’m still your baby。

日本人のボクたちには、タイトルを見ただけではよくわからないけれど、

61年のビルボードNo.1、ボビー・ヴィー「サヨナラ・ベイビー」のアンサーソングが、

サミー・リンの「You Should Know I’m Still Your Baby」。

サミー・リンなんて聞き覚えのない歌手だけれど、

なんでも、あのジャック・ニッチェの奥さんのグラシアのことなんだそうだ。

やっぱり歌詞を変えただけの替え歌タッチの曲、まあまあのガールズ・ポップ。

07年9月に書いたように、「サヨナラ・ベイビー」は、My best favorite song。

最近とても珍しい「サヨナラ・ベイビー」をゲットした。

ビートルズのジョージが若かりし頃にカバーした「サヨナラ・ベイビー」のシングル盤。

62年1月1日、ビートルズが英デッカのオーディションでレコーディングした曲、

メンバーは、ジョン、ポール、ジョージとドラムスはピート・ベスト。

この時のレコーディング曲は、オリジナルを除いて82年LPとしてリリースされた。

アルバム・タイトルは『シルヴァー・ビートルズ』。

そして、その付録が、世界初の日本だけのスペシャル・シングル・カプリング!

ご覧のようなピクチャー・シングルである。

瞬間あのジョージだとは思えないような、

ボビー・ヴィー気取りで、しっとりと歌う「サヨナラ・ベイビー」は秀逸。

このデッカのオーディションには合格できなかった彼らだけれど、

その後の活躍は周知の如く、逃がした魚は大きかった、という次第。

持ってて良かった、『シルヴァー・ビートルズ』!

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