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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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“村の合唱団”なんて、失礼なタイトルにしましたが、

今日紹介する、ヴィレッジ・シンガーズのネーミングは、

NYのグリニッジ・ヴィレッジに由来しているのだそうです。

67年の大ヒット曲「バラ色の雲」がデビュー曲のように思われてますが、

実はこの曲は彼らの3曲目のシングル。

短髪で貴公子然としたフォーク出身のGSだったけれど、

メンバー・チェンジにより、残ったギターの小松さんとドラムスの林さんが、

別々の大学から3人の長髪の男たちをスカウトし、髪を切らせた。

新メンバーになって初めての曲が「バラ色の雲」だった。

歌謡曲タッチの「好きだから」をはさんで、

68年に、ボクの愛唱歌「亜麻色の髪の乙女」をリリースする。

ヒット性は「バラ色の雲」に及ばなかったけれど、

時代を超えて、彼らの代表曲としてスタンダード化したのはこの曲の方。

34年の時を経て、島谷ひとみがリヴァイバル・ヒット、

彼ら自身もよみがえることとなった。

高校生の頃は、長髪の少し不良っぽい方のグループが好きだったけれど、

健全な優等生のGS、これもまたひとつのGSのカタチだった。

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孫にうつったらいけない、

ということで早々にインフルエンザの予防注射をしました。

若い頃に予防注射をしなかったものですから、

早々にかかってしまったのが、“60年代ガールズ・ポップス・インフル”。

というわけで、紹介し残している魅力的な歌を紹介します。

今夜の熱っぽいやつは、“キャロル・インフルエンザ”。

大好きな、キャロル・キングじゃありません。

まずは、甘くて可愛い歌声で体温38℃、腰砕け症状が特徴、

アンドレア・キャロル「The Doolang」。

彼女の代表曲、07年8月18日に紹介した「なみだの16才」と双璧、

そのB面「This Time Tomorrow」もナイスです。

彼女の写真は09年5月29日のCDジャケットをご覧ください。

さて、お次のキャロルは、キャロル・コナーズ。

08年3月22日に紹介したように、彼女はテディ・ベアーズの紅一点。

シャウトして弾ける61年の「Listen To The Beat」と、

ソフトな儚さ漂う62年の「My Special Boy」の

絶妙のカップリング盤に、体温計は39℃、寝込んでしまいそうです。

CD音源は確保しているのですが、

シングル・レコードで聴く歌声はひと味違います。

言葉で説明するのは難しいのですが、

バイ菌から流行る病気とウィルスから感染する病気の違いのようなものでしょうか?

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この曲の歌詞は、3つのワードから出来ている。

“My”“Baby”“Balla”、

♪~ My baby baby Balla Balla ~♪

あとは、♪~ Balla Balla ~♪のリフレイン。

67年、レインボウズの「バラ・バラ」。

レインボウズは、ドイツの4人組グループで、

この曲の作者ホルスト・リポックはメンバーのひとり、

国内盤発売時点ではこれだけの情報しかなかった。

全員の名前とそのプロフィールや、「バラ・バラ」は最初B面だったこと、

こんな情報は後に『ミュージック・ライフ』が教えてくれた。

本当に単純だけれど、なかなか良く出来たシンプルなロックンロールである。

この曲の中で、“Balla”はいったい何回歌われているのだろう?

昔数えてみた記憶があるけれど、

忘れてしまったので、今夜あらためて数えてみた。

何回も何回も繰り返し聴いてみて、出た回答は64回。

日本では、新しいもの好きのスパイダースがカバーしている。

このジャケット裏には歌詞カードも載せられていない。

必要ないですからね。

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高校生の頃、NHKで必ず見ていた番組がある。

ビデオなんてないから、日曜日の夜6時に下宿に居るのは結構大変。

強烈に頭に残っているのは螺旋渦巻きのトンネルから戻ってくるトニーとダグ、

脚が長くてカッコ良かった。

あれ以来、螺旋渦巻きの文様を“タイムトンネル”と呼んでいる、

いや、正確には“ターイム・タンナロ”と呼んでいる。

そんなことを思い出させてくれた曲は、74年「タイムマシンにおねがい」。

加藤和彦氏率いるサディスティック・ミカ・バンド、

この頃のメンバーは、奥さんのミカさん、高橋幸宏、小原礼、今井裕、高中正義、

スーパー・バンドである。

その後のタイムマシンの代表はデロリアン、

チャック・ベリーのエピソードと相俟って、大好きな映画のひとつとなった。

さて、サディスティック・ミカ・バンド、

72年のデビュー、「サイクリング・ブギ」は衝撃だった。

この時のメンバーは、加藤さん、ミカさん、角田ヒロの3人、

角田は、「メリー・ジェーン」のつのだ☆ひろさん。

「サイクリング・ブギ」の作詩もつのださん。

加藤さんがミカさんと別れて、ミカ・バンド解散後も、

ユーミンや桐島かれん、最近では木村カエラをボーカルに迎えて、

再結成、再々結成を繰り返したけれど、

ボクにとってはこのポップスっぽい2曲が最高。

今でも、サイクリングにゆく時は、赤いチェックのシャツが欠かせない、

そう信じて疑わないボクなのである。

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かなりマイナーなイギリスのガールズ・ポップス。

もうかなり前、戯れに買った『ジョー・ミーク・ガールズ』というコンピCDの中の、

グニラ・ソーンというスウェーデン出身の女の子が歌う

「メリーゴーランド」という曲に魅せられた。

ジョー・ミークは、ビートルズ出現前の、英国ポップシーンの独立系プロデューサーで、

いわば、“イギリスのフィル・スペクター”。

ヤフー・オークションやeBayで根気強く探しているけれど見つからない一曲。

そうこうするうちに、見つけたバーバラ・ラスキンの「Merry-Go-Round」、

作者が違うから別の曲であることはわかったけれど、

いい予感で、思い切って落札。

バーバラ・ラスキンは、60~70年代に活躍したシンガー・ソングライターで、

65年、キング&ゴフィンの「ハーフウェイ・トゥ・パラダイス」のカバーが有名。

70年の自作「恋のメリーゴーランド」は大当たり!

ボクの大好きな、見事なガールズ・ポップスでした。

一番多くの人が知っている“メリーゴーランド”は、たぶんアラベスク、

81年の「恋にメリーゴーランド」でしょう。

この曲の原題は「In For A Penny, In For A Pound」。

でも、サビの ♪~ never jump off the merry-go-round ~♪

が、とても印象的で、とてもいい邦題だと思います。

こうして、ボクのコレクションは、

連鎖の輪でグルグル巡り巡って増えてゆくのです、

メリーゴーランド、だけに・・・ネ!

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6月ではなくても、久しぶりの雨の日には、

やっぱり聴きたくなる「悲しき雨音」。

カスケーズは最高に好きなグループですが、

秋に聴く「Rhythm Of The Rain」は、

69年全米63位、リヴァイバル・ヒットさせたゲイリー・ルイスくんでしょう。

♪~ 雨音を聴いてごらん

   お前はなんてバカな奴なんだ って言っているみたいだ ~♪

思いを寄せる彼女が去って行ってしまったことを歌う失恋の歌。

モテモテのゲイリーくんですから、全然感情がこもっていないけれど、

これが彼の持ち味。

08年3月26日に続いて、今夜は彼たちのヒット曲を楽しみたい。

というわけで、3枚のコンパクト盤を発売順に聴くことにした。

チョー有名なオールディーズのカバーの数々、

特別にアレンジすることもなく、自分たちのサウンドで演ってしまう、

これが、彼らのヒット曲「She’s Just My Style」ならぬ、

“Just His Style”、お坊ちゃまバンドの特性、

そんな彼らのスタイルに好感をもってしまうのである。

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1960年、ボクが9歳の時の歌のはずなのに、

中古店で見つけた時、歌詞が自然と口をついて出た。

♪~ 聞いてちょうだい わたしのパパとママの話

   結婚いらい20年 子供が1ダース

   パッパ アマ マンマ  マンマ アマ パパ ~♪

ザ・ピーナッツ、「パパはママにイカレてる」。

ちょっとコミカルで、ほほえましい光景が目に浮かぶ。

ピーナッツのために作られたような曲である。

そして、それから20年も経っただろうか、

中古レコード・フェアで見つけたカテリーナ・ヴァレンテ盤、

歌は上手く、彼女が得意とするノベルティ・タッチの曲だけれど、

ピーナッツのほほえましさには勝てないね。

ついでに見つけたイベット・ジロー盤、

こちらの邦題は、「パパはママが好き」。

今ならさしずめ、怪しいマジシャンの名前のようなジローさんは、

大の日本通で、ピーナッツとは別の歌詞の日本語で歌っている。

低音の出だしに違和感を感じたけれど、

♪~ パッパ ママ好き マンマ パパ好き ~♪

のところで声が変わる、まるで声優のように突然子供の声になる。

不思議な魅力を持ったカバーである。

目の中に入れても痛くない!孫と一緒に遊んでいると、

一層心に響くこの歌、今日この頃・・・、?!

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ボクのコレクションにある、作詞・作曲浜口庫之助。

もうずいぶん紹介してきましたが、

ハマクラさんは、アーティストの新しい魅力を見つけてくれる。

まずはスパイダース。

66年「夕陽が泣いている」と、67年の「風が泣いている」。

彼らにとっては決して好きな曲ではなかったと想像するけれど、

歌謡曲タッチの「夕陽が泣いている」は、マチャアキの新しい魅力を発見し、

彼らの最大のヒット曲になってしまった。

そして、この隠れた実力派グループを

大衆の人気者に仕立てたことで、GSをメジャーなものにしてくれた。

たぶん、スパイダース・マニアを一時的にガッカリさせたかもしれないけれど、

このヒットによって、彼らのステージはぐっと拡がり、

彼らを一流のエンターティナーに育てる一助になったのだと思う。

もうひとりは、西郷輝彦、

ハマクラさんの曲は、65年「星娘」と66年「星のフラメンコ」。

この2曲は、彼の楽曲の中では、きっと異色の曲だったと思う、

低音の魅力の彼に、ファルセットに挑戦させたのだから。

そして今、西郷輝彦を語る時この2曲は彼の代表曲として欠かせない存在である。

ハマクラさんの眼力ってすごいものだったんだなあ!

日本の歌謡界における彼の功績をあらためて確認してしまった夜である。

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田舎の中学校から奈良市内の高校に進学したばかりの頃だったと思う、

それまでまるで興味のなかった島倉千代子さんが、

「ほんきかしら」を歌うのを聞いてびっくりしてしまった。

♪~ ほんきかしら (好きさ大好きさ 世界で君が いちばん好きさ) ~♪

そんな曲を、そんな歌い方をする人ではなかったはず。

新しい学校にまだ友だちと呼べる人もいない時ですから、

気に入ってるなんて、誰にも、口が裂けても言えません。

ビートルズ好きの、ハイカラなボクのイメージを守り通さなければ・・・、

てなものです。

♪~ この世に神様が 本当にいるなら あなたに抱かれて 私は死にたい ~♪

でも、高校3年生、「愛のさざなみ」が出た時には、

もうボクのアイデンティティも定着していましたから、

なかにし礼・ハマクラ作であること、

アレンジがボビー・サマーズという人で、バックもボビー・サマーズと彼のグループ、

そしてハリウッドでレコーディングされたこと、

“おしゃれやろ!”などと、ウンチクを披露したりして。

彼女にはもう1曲ハマクラ作品があるのです。

後に、某首相が流行らせた言葉、「人生いろいろ」。

先程、このブログを書くために買ってしまいました。

この歳になると、こんな曲もいいものですね。

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友人のライヴ・ハウスでの月1回のレコード・コンサート、

相棒が指定した来月のテーマは“スポーツ関係の曲”。

実は、このムチャブリに、選曲が心配になって、先日の連休中にレコード棚をチェックしました。

それが、案外あるわあるわ、

テレビ番組の主題歌やスポーツ選手の歌などと、ベタなものを含めて、

なんと50曲以上もピックアップ、ひと安心でした。

でも、彼がリクエストした曲は持っていません。

サンディ・ショウ、ステージ上で裸足で歌う、ということぐらいしか知りません。

でも、相棒の折角の所望ですから、この際探してみますか、

てなわけで、ヤフー・オークションに当たるも、無し。

原題「Always Something There To Rimind Me」、

eBayにはいっぱいあるし、しかも安い。

でも、これって、全然“スポーツ関係の曲”じゃないですよね。

邦題「愛のウエイトリフティング」でなければ、何の意味もありません。

国内盤をようやく見つけましたが、$99.99+送料$9.75.

円高の恩恵で9,316円、ようやくゲットしました。

64年全英1位なのに、このふざけた邦題は、東京オリンピック記念だという。

詳しくは、来月相棒くんに聞いてみようと思います、どうぞよろしく。

このレコード・コンサート、ボクの楽しみは、

相棒くんやリスナーの選曲予想を裏切ることと、

マニアックだけどいい曲を1、2曲紹介すること。

11月10日、今回もなかなかいい曲を準備できました。
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エリック・バードンが初めてこの曲を聴いたのは10歳の時だったという。

64年ビルボードNo.1、「朝日のあたる家」、

作者欄にはTrad. Arr. A Price、とある。

原曲は、作者不詳のトラディショナル・フォーク、

初のアメリカ公演の後、飛行機に乗るのが怖くって脱退したアラン・プライスのアレンジ。

ディランもバエズもブラフォーも、大御所ウッディ・ガスリーも歌っているけれど、

アニマルズがこの曲をメジャーにした、といっても過言ではない。

本当はこの曲が彼らのデビュー曲になる予定だったらしいけれど、

シングルとしては珍しい4分26秒の長さが災いして2曲目となった。

フォーク・ロックの起源だとか、

ブリティシュ・インベイジョン時代の最高のブルースだとか、

ジャンルなんてどうでもいいですよね。

でも、正直言って、天邪鬼なボクの好みは、

70年全米7位、フリジド・ピンクの「朝日のあたる家」。

アレンジは大きく変わらないけれど、

一見軟弱そうなグループ名に不似合いな

泣くようなエレキ・ギターのブルージーなイントロ、

高音の迫力ボーカルは一聴の価値アリ。

この際ついでに、近くにあったベンチャーズ盤も出してみました。

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『ビルボード年間トップ100ヒッツ』を見ると、

1963年の第7位にランクされているのが、キングスメンの「ルイ・ルイ」。

年間の1位から15位まではすべてビルボードNo.1を獲得した曲、

そんな中にあって、優勝していないのに賞金ランク上位にいるゴルファーのように、

堂々と、トップ10に名を連ねている。

チャート最高位は、63年末から64年1月末まで6週間第2位。

リチャード・ベリーが発表してからチャートにのるまで6年を要したり、

無数のバンドにカバーされた、ガレージ・スタンダードだったり、

キングスメンでは歌ったことのないメンバーがリード・ボーカルをとっていたり、

その歌詞ゆえにFBIに睨まれたというエピソードがあったり、

カリフォルニアのFM局で連続63時間「ルイ・ルイ」かけっぱなし記録があったり、

とにかく、話題や伝説にことかかない“誇り高きNo.2”なのである。

でも、多くの皆さんにとっては、

「ルイ・ルイ」と言えば、太川陽介ですよね。

『レッツゴーヤング』で、親指と人差し指でL字をつくり、Lui-Lui!

一気に、会場やお茶の間を明るく楽しくしてしまう。

久しぶりに、この曲をかけてみた。

♪~ さあ踊ろう 太陽の下 

   さあさ ルイ・ルイ・ダンス ララ ステップ踏んで

   もう恋にやぶれた 昨日はバイバイなのさ

   ほらこんなに可愛い きみに逢えたもの

   まるでごきげんさ ルイ・ルイさ ~♪

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白いスーツがキザではなく、カッコイイな!って、

そう思わせてくれたのが、テンプテーションズだった。

フリル付のシャツに白い蝶ネクタイ、

少し短めのスリムなスラックスの白いスーツ。

なぜか、黒いソックスに黒のドレス・シューズ。

ひとりひとりはそれほどでもないけれど、

5人揃うと、まさに“モータウン・パフォーマンス!”。

黒人独特のソウルフルな歌声と、5人揃った手足のフリが、

このファッションにぴったりフィットして、ボクたちを酔わせてくれた。

“WE LOVE オールディーズ ・・・”


もう何年も前に、

FM局でオールディーズの60分番組を提供していただいていた紳士服店の

或る月のCMメッセージである。

ボクにとっては、趣味と実益を兼ねた、最高に楽しかった仕事であった。

CMコメントなんて見せなくていいから、スキにやってよ!って、

ありがたくも責任重大なお言葉をいただいていた。

BGMは、もちろん、65年全米1位「マイ・ガール」。

もう1枚、同じく65年全米17位「シンス・アイ・ロスト・マイ・ベビー」、

彼らの魅力を最大限に発揮したバラード・ナンバーである。

そのB面は、彼らがようやく日の目をみるきっかけとなった曲、

64年全米11位「ザ・ウエイ・ユー・ドゥー」。

2枚とも、社会人になってから手に入れたゴールデン・カップリングなのですが、

この2曲、これ以外の国内盤シングルに出合ったことがないのはなぜ?

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友人のライヴ・ハウスでの月1回のレコード・コンサート、

今夜のテーマは『哀愁のヨーロピアン・ポップス』ということで、

08年3月4日のブログの続編です。

先日、この日のためにレコード棚から持ってゆくレコードをピックアップしていたら、

このブログでまだ紹介していない曲を発見。

今夜紹介するのは偶然にも70年代のフランスのヒット曲です。

フランス、といえば、

キーワードは、“シック”、そして“アンニュイ”。

まさに、ぴったりの女性が、このフランソワーズ・アルディ、

そうは思いませんか!(いや、きっと思うはずだ)

繊細で憂いを秘めた、オシャレで知的な、

「さよならを教えて」は73年の発売、だけどフランスでは68年のヒット曲。

2枚目は、71年、ミッシェル・デルペッシュの「青春に乾杯」。

ライナー・ノーツの訳詞を見ると、

タイトルや曲のイメージとは違って、軽薄な男のナンパの物語。

ボクは、ジャケットのタイトルをマジックで塗ってしまうほど好きだったのに。

3枚目は、今も活躍しているスーパー・アイドル、デイヴの日本のみでのヒット曲、

76年春、カネボウのキャンペーン・ソングですから、

みんなが知っている「ギンザ・レッド・ウィウィ」。

思わずスウィングしてしまうゴキゲンなナンバーです。

さて、レコード・コンサート、相棒が指定した来月のテーマは・・・、

“スポーツ関係の曲”、だとさ!

選曲が楽しみです。

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中学生や高校生の頃、みんなで歌った健全な青春歌謡「可愛いあの娘」、

梶光夫、65年3月の発売。

♪~可愛い あの娘は誰のもの、 可愛い あの娘は誰のもの、

  可愛い あの娘は誰のもの、 いえ あの娘はひとりもの ~♪

そして、

♪~ ノーナマニサパ ヤンプーニャン

   ラササーヤ サーヤゲン ~♪

いったい何のことやら、どこの言葉やら、わからないまま歌っていた。

原曲はインドネシア民謡で、

ノーナは、若い女性、

マニは、可愛い、

サパは、誰の、

プーニャンは、もの、

ヤンは、関係代名詞で、

“可愛いあの娘は誰のもの”というタイトルそのまま。

ラササヤンは、とってもすばらしい、という意味らしい。

ところで、先日のディスク・マーケットという中古販売会で、

偶然見つけたのは「可愛いあの娘」のマヒナ・スターズ盤。

実はこちらの方は64年12月の発売、だから、梶光夫盤より先なのです。

初めて聴いてみたのですが、

スチール・ギターのビョ~ンが効果的で、

まるで「お座敷小唄」かと思うような出来。

♪~ノーナマニサパ ヤンプーニャン ~♪も、なし、

夜の「可愛いあの娘」である。

しかし、還暦も近くなると、こんなんもいいなぁ!と思うボクなのです。

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今年の9月8日には、彼のことを“渡り鳥ボーカリスト”と書き、

09年12月23日には、“セッション・シンガー”と書きました。

彼の名はトニー・バロウズ、大好きなボーカリストです。

これまで紹介したグループの他にもまだまだいっぱい活躍しています。

70年全米13位、全英9位、ホワイト・プレインズ「恋に恋して」。

エジソン・ライトハウス・タッチのハッピーなコマーシャルなロック・ナンバーです。

この曲の作者は、クック&グリーナウェイ、

09年5月3日に紹介した、「ミッシェル」をカバーしたデヴィッドとジョナサンです。

さて、トニー・バロウズのキャリア・スタートは、ケストレルズ。

ホワイト・ドゥーワップ・スタイルの英国のグループで、

グリーナウェイもそのメンバーでした。

ボクは、59年の「There Comes A Time」1枚しか持ってませんが・・・。

ところで、09年12月23日に紹介したファースト・クラスの「ビーチ・ベイビー」、

先日、ようやく国内盤を手に入れました、ニコニコ。

バロウズが所属していたグループのもうひとつは、ブラザーフッド・オブ・マン。

76年全米27位、全英1位の「想い出のラスト・キッス」を持っていますが、

この曲はバロウズがいなくなって、メンバー・チェンジ後のヒット曲です。

ブログ的には少し残念ですが、

シンプル・ビート、覚えやすいメロディ、楽しいコーラスのポップ・ナンバーです。

これはこれで、良しとしましょう。

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