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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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少し前の朝目覚めた時に、子供の頃のスキヤキの夢を見たことが気になって、

その日、スキヤキをテーマにブログを書いた。

そして、「スキヤキ」の名カバーのことも書かなくっちゃ、というわけで、

一昨日、テイスト・オブ・ハニーのことを書いて、

となれば、彼女たちがグループ名に採用した名曲のことも、

避けて通るわけにはいかない。

こんな流れで、『いいとも』の輪のように、今夜のテーマは「蜜の味」。

ボクがこの曲を最初に聴いたのは、中学3年生の時、

誰かから借りた『ビートルズNo.2!』のLPで、だったはず。

このLPに入っていたのだから、きっと聴いたはずなんだけれど、

ロックっぽくなかったからか、まったく記憶にない。

しばらくして、ハーブ・アルパートとティファナ・ブラスのインストが大ヒット、

65年11月全米7位も、キャッシュ・ボックスではNo.1。

この軽快な、アメリアッチ・スタイルのリズムとメロディがメジャーになった。

もともとは60年のミュージカル曲で、

ビートルズは、62年のレニー・ウェルチのバージョンをカバーした、らしい。

というわけで、

ビートルズのファースト・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』と、

レニー・ウェルチの輸入盤シングルを揃えて、

聴き比べてみることとなったのですが、

特に感動することもなく、

「A Taste Of Honey」、邦題「蜜の味」は、

やっぱりティファナ・ブラスだね!なんて、

悦に入っているボクなのです。

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「スキヤキ」の原題は、いうまでもなく「上を向いて歩こう」ですね。

中村八大さんの作ったこの曲を、九ちゃんがリリースしたのは61年10月。

来日中のケニー・ボールが英国帰国後に、ジャズ・インストとして録音したのが62年、

この時、「Sukiyaki」というタイトルで全英10位のヒットを記録した。

その後はご存知の通り、

九ちゃんのオリジナルが、63年6月15日から連続3週間全米1位を獲得、

今なお語り継がれる大快挙なのです。

そして、その後、この曲をカバー・ヒットさせたのは、

アメリカの女性デュオ、ア・テイスト・オブ・ハニー。

81年6月全米3位のヒットを記録した。

彼女たちの最大のヒット曲は、78年全米1位「今夜はブギ・ウギ・ウギ」、

ちょっとおしゃれな、シャイな、ゴキゲンな、ディスコ・ナンバーです。

セクシーな衣装で、ギターとベースを操るヘイゼルとジャニスが、

今度は一転、着物に着替えて、

「上を向いて歩こう」の歌詞の意味を変えずに英訳した歌詞で、

本当にしっとりと、ムーディーに、心をこめて歌っている。

ボクが初めてこのカバーをラジオで聴いた時、すごい!と思った。

米盤のピクチャー・スリーブは、

二流映画で見るような、アメリカ人目線の日本のイメージの趣。

気に入っているレコード・ジャケットのひとつです。

それにしても・・・、

「上を向いて歩こう」は、

日本人の心の強さを、謙虚に歌い上げた、すばらしいR&Bである、と思う。

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子供の頃、スキヤキと言えば、鶏スキのことでした。

年末には必ず我が家の食卓に出てきたのです。

ボクは、鶏の白い身よりも、ズリとか卵になる前の黄身の部分が好きでした。

熱した鍋に脂身を溶かして、鶏肉をガバッと乗せて炒める、

椎茸や白菜やネギ、そこいらにあった野菜類をいろいろ重ねて、

砂糖と醤油と日本酒で味付けをする、そして、味の素をシュッシュッと。

割下なんてものはまったく知りませんでした。

というわけで、

今日は、ボクの好きな「スキヤキ」を掲出しました。

87年、コニカのCM用に録音された、マーリナ・ショウのバージョン。

このアレンジと歌い方、好きです。

マーリナ・ショウ、と言えば、もちろん、ジャズ・ボーカリストなのですが、

ジャズに造詣の深くないボクたちにとっては、

サザンの「いとしのエリー」の原曲を歌った人として有名。

いや、似ているだけかもしれませんが・・・。

74年の「ユー・トート・ミー・ハウ・トゥ・スピーク・イン・ラヴ」、

話に聞いていただけだったのですが、

1年ほど前、輸入盤のプロモ盤を手に入れて聴いてみることができました。

確かに似ています。

さすがに、この方はいい雰囲気をもっていますね。

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事件は、今朝、突然に起こった。

会社でちょっと電話しようと思ったら、あれ?携帯がない。

家へ電話して、探してもらったけれど、やっぱりない。

そういえば、昨夜家の携帯置きに置いた記憶がない。

かけてみたけれど、呼び出し音がむなしく鳴るだけ。

さあ、タイヘン!

昨夜、居酒屋のカウンターに置いた記憶はある。

きっと居酒屋に忘れたに違いない!

というわけで、店員さんの出勤を待って電話するも、ございません。

あとは、タクシーの中に落としたのかも?

タクシー会社の名前なんて覚えているわけがない。

携帯会社に電話して、GPSで所在地を探してもらうことに。

住所がわかって、住宅地図で探すと、近くにタクシー会社の第二車庫があった。

夕方、タクシー会社に車の中を探していただき、無事発見。

携帯には個人情報がいっぱい、

また、いろんな人の連絡先がわからず、不便極まりなし。

大いなる反省と、貴重な教訓を得た1日であった。

というわけで、今夜は急遽「電話でキッス」。

ポール・アンカ、61年9月全米6位、オールディーズの定番。

カバーは、パラキンの佐野修さん、61年11月のリリース、

♪~ 今日は どうして あの娘と逢えないんだろ

   それじゃ チリリン と電話でもしようよ

   電話でね(チュッチュッ) ウーウーウ キッシンオンザフォン

   ウーウーウ やっぱりね 電話じゃものたりない ~♪

佐野さんのちょっとおネェ系の歌い方がステキです。

電話の役割って、存在感って、大きく様変わりしましたね、

なんて、うまく結ぶことができたでしょうか?

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ブログを書く手順、

まずは、メインのレコードを決めて、

何のことを書こうか、と、タイトルを決めて、

おもむろに書きだす。

たまには、事前に構想したメモを膨らませたりして。

まだ、こんな大物が残っていました。

まさに、“キング”の“不滅のバラード”。

56年11月3日から連続5週間全米No.1、「ラヴ・ミー・テンダー」。

前週まで、「冷たくしないで/ハウンド・ドッグ」が、

連続11週間No.1を続けていたから、なんと4ヵ月近くもNo.1の座にいた。

同じアーティストの曲が2曲続けてNo.1になるというのは、

ビルボード史上初の快挙!

この、邦題「やさしく愛して」の原曲は、

南北戦争中、南軍兵士たちが歌っていた曲、だという。

このレコード・シャケットも少し変わっていて、

まるで、ライナー・ノーツのページのようで、

他にこんなジャケット、見たことがない。

カバーは、“ドクター・キルデア”リチャード・チェンバレンの、

62年全米21位、だが、エルヴィスの歌唱力を引き立てただけ。

もう1枚は、カバーでもなんでもないけれど、

エルヴィスの大ファンである湯川れい子さん作詞の「ラブ・ミー・テンダー」、

82年オリコン11位、松本伊代のセカンド・シングル。

ちょっとした、愛嬌です。

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世の中に“アイドル”という言葉を定着させた、天地真理。

彼女の最後のレコードは、まさに見事、覚悟の上でのリリースだったようにみえる。

71年10月のレコード・デビューから約11年半、

83年2月リリースしたのは、「私が雪だった日」。

“白雪姫”だった彼女の最後にふさわしいタイトル、

そして、B面も「今は想い出」、ちょっと出来過ぎのような気もする。

さて、77年早々、極度の過労により芸能活動を休業した彼女が、

79年、森田公一さんのバックアップでカムバック、

8月に、安井かずみ・森田公一の「夏を忘れた海」の試聴盤を出す、

ボクはB面の「ひとかかえの愛」が好きなんですが、

非売品のスペシャル・シングルであった。

そして、12月、松本隆・森田公一で「愛・つづれ織り」をリリース、

タイトル・イメージとは違って、真理ちゃん節のアイドル・ソングである。

しかし、時代は変わっていた!

28歳の“元アイドル”のアイドルとしてのカムバックはならなかった。

80年9月、ならば・・・というわけで(ボクの想像)、大人の歌を、

「初恋のニコラ」、シルヴィ・バルタンのカバーなのでした。

ここまでくると完全に天地真理ブランドの崩壊、

しかし、ひとりの歌手としてはいい作品だと思います。

そして、再び歌手を休業の後、「私が雪だった日」でエピローグを迎えたのです。

好き嫌い、賛否両論、ありますが、

70年代、ボクの青春のアイドルだった“まりちゃん”をボクは忘れない。

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07年9月29日にも登場した『サンセット77』の地味な主人公のひとり、

ロジャー・スミスの珍しいレコードは、「ビーチ・タイム」。

まるで10年3月3日に紹介したアンソニー・パーキンスの「月影のなぎさ」のような曲調、

邦題は「恋の渚」、63年のシングルです。

“渚”の付く曲は数多くあるのですが、

今夜、突然思い出したのは邦盤、サベージの「渚に消えた恋」。

サベージ、といえば、「いつまでもいつまでも」と「この手のひらに愛を」。

このふたつのヒット曲、カレッジ・フォークのような、歌謡曲のような、

健全な歌ですから、高校生の頃よく歌ったのですが、

実は、「いつまでもいつまでも」のB面「恋の散歩道」が好きでした。

寺尾聡作詞作曲、後にソロとして成功する片鱗をこの時から見ていたのです。

そして、その寺尾さんと林さんが学業専念のため脱退した後の、

「渚に消えた恋」は大好きでした。

相変わらず奥島さんの声は魅力的で、

曲も、ようやくGSっぽくなりました。

この曲を熱く語る人がボク以外に近くにいなかったことも、

ボクの熱狂に輪をかけたのでしょう。

なにせ、いつでもボクは“誇り高き天邪鬼”ですから。

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世間がこんな時に、ノーテンキな話でごめんなさい。

さてさて、

ボクの息子は、若い頃、詞の内容がわからないから、という理由で、

洋楽に興味がわかないようだった。

もっとも、90年代はJ-POP隆盛の時代だったこともあると思うけれど。

ボクは、曲のメロディとリズム、印象的なフレーズ、

そして何よりも、ボーカリストの声の魅力にはまっているから、洋楽大好き。

でも、歌詞に惚れることもあった。

そのひとつが、68年のタイガース「廃虚の鳩」。

♪~ 人はだれも 悪いことを おぼえすぎた この世界

   築きあげた ユートピアは こわれ去った もろくも

   だれも見えない 廃虚の空 一羽の鳩がとんでる 真白い鳩が

   生きることの よろこびを 今こそ知る 人はみな ~♪

トッポの小刻みに震えるナチュラル・ビブラートで、

その美しく高い声で、

この詞を歌い上げると、

その歌詞が心にしみてくる。

だから、というわけでもないけれど、

大学で専攻したゼミは『ユートピアの研究』だった。

両A面のカップリングは「光ある世界」。

前半のコーラスは、今では希代のバイプレーヤー岸部一徳として活躍するサリー。

サリーの低音コーラスに続く後半部分のコーラスは、やっぱりトッポ、

一転して、高音のコーラスがこの曲をドラマチックにしている。

テンプターズ・ファンだったボクもやられてしまった1枚でした。

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♪~ 見れば見るほどいい男 飲みっぷりなら日本一

   あなた好き好きかわいいお方 花も咲きますトコトン酒場

   一週間に十日来い トコトントコトン ~♪

前回、一週間を歌ったシリーズのことを書いていたら、思い出した。

07年11月30日の、五月みどりさんの「一週間に十日来い」、

ではなく、思い出したのは、65年全米1位「エイト・デイズ・ア・ウィーク」。

アメリカではナンバー1になったのに、本国イギリスではシングル発売なしの、

そんな珍しい、最初のシングルとして有名な1曲なのです。

また、イントロがフェードインから始まる、というのもカッコイイ。

この曲のタイトルは、当時の忙しすぎる現状にリンゴが発した一言、

“週に8日も仕事をしろ、って言うのかい!”がヒントになった、とか・・・。

「エイト・デイズ・ア・ウィーク」は「一週間に十日来い」の洋版、

10日ではなく8日、ってゆうのが、日本と西欧の違い?

なんて、難しく考えていないで、

ジョンの一人二重唱「ノー・リプライ」ともども、

この歌いやすい、ゴキゲンな、明るい、爽やかな、

ロックンロールたちを楽しもう。

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先日還暦を迎えたけれど、ボクはとても若いんだ、

なんてことを書こうというのではありません。

心を打つドゥワップの名曲「アイム・ソー・ヤング」。

フランキー・ライモンのようなキッズ・ボーカル・グループ、スチューデンツの、

58年、チェッカーズ・レーベルのシングルです。

スウィートなメロディとコーラスに、ハイトーン・ボーカルが映える、

ゴキゲンなドゥワップ・バラードです。

多くのカバーがあるのですが、

最近、ロネッツのコレクタブル・シングルで「ソー・ヤング」を入手しました。

ヴェロニカの独特な声と重厚なサウンドが、ロネッツの世界を創っている。

と、語っちゃいましたが、

本当は、このB面曲が欲しくて、大好きで、持っている1枚なのです。

「エブリデイ・オブ・ザ・ウィーク」、

こちらは明るく軽快なドゥワップ・ソングです。

08年3月30日にも書いたのですが、

バリー・ダーベルの「なみだの日記」や、

クレスツの「シックス・ナイツ・ア・ウィーク」のように、

一週間のことを歌った楽曲シリーズ(あくまでもボクの見解)なのです。

クレスツは、ベスト盤LPで“楽しんご”です。

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ブログを始めたことで発見した、ボクのコレクションに欠けていたアイテム、

苦労の甲斐あって、ようやく手に入ったレコードを紹介するシリーズ。

また、いっぱい溜まってしまいました。

10年11月2日に書いた「天使か悪魔か」、原題「Devil Or Angel」、

アトランティック・レーベル・黄色盤、クローヴァーズのオリジナル・シングルです。

輸入盤ですから、ジャケット写真もないし、何の変哲もありませんが、

最高にイカした1枚です。

2枚目は、08年9月20日に紹介した「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」、

63年全英30位、全米11位、と、

アメリカでも人気のイギリスのグループ、デイヴ・クラーク・ファイヴ盤。

このシングルは、ずっと前から持っていたコレクションですが、

前回は、話の流れ上紹介できず、やっとお披露目ができた次第。

B面の「ビッツ&ピーセス」も64年全英2位、全米4位のヒット曲です。

3枚目は、10年6月29日に書いた「ヒーズ・イン・タウン」、

64年全米43位を記録したトーケンズのオリジナル・シングル。

キング&ゴフィンの名曲を、美しいハーモニーで聴かせてくれる、

地味だけれど、心にしみる1枚です。

コレクション補填ストーリーはまだまだ続くのです。

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卒業して以来初めての高校の同窓会を控えて、

高校時代の薄っぺらいアルバムを見ることが多くなった。

そんな中で見つけた、高校の陸上部の赤いヤッケを着た写真。

そんなに優秀なアスリートではなかったけれど、

部活は、高校生活を豊かにしてくれた、と思う。

この赤いヤッケ、正確にはエンジ色のヤッケは、ずっと大のお気に入り。

大学時代、春休みの東北ひとり旅にも着て行ったし、

会社勤めになってからも、石鎚登山の時のユニフォームであった。

お腹のポケットに自然と両手を入れた時の安らぎ、

暑くなく寒くなく、適度な保温性、

ジーンズにフィットする丈の長さ、

もう二度と、作ろうと思っても作れないと思う。

高3の時、高石友也さんは、前年のヒット曲「想い出の赤いヤッケ」と、

その年の「受験生ブルース」を引っさげて、母校の体育館にやってきた。

「受験生ブルース」の作詩者、中川五郎さんもいたように思う。

その様子は、もう記憶の底に沈んでしまったけれど、

ボクの“思い出の赤いヤッケ”の記憶は、

今もなお鮮明によみがえる。

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大好きなジョニー・ティロットソン、

09年3月30日に紹介した「キューティ・パイ」で、

日本での彼のキャリアは始まった。

そして、次のヒット曲は、63年の「ジュディー・ジュディー」。

そして、その次が同じく63年「プリンセス・プリンセス」。

この「プリンセス・プリンセス」のB面「ドリーミー・アイズ」、

邦題「夢見る瞳」は、59年全米63位、彼のデビュー盤(B面)である。

62年にも再度ヒット・チャートに登場、全米35位を記録した。

そして、「ジュディー・ジュディー」のB面「恋に弱い子」は、

63年全米18位のヒットを記録している。

それなのに、日本でのジョニーの代表曲、

「キューティ・パイ」、「ジュディー・ジュディー」、

そして、「プリンセス・プリンセス」はアメリカでヒットしていない。

この3曲の共通点は、何なのか。

答はカンタン、3曲ともジョニー自身が作った曲なのである。

“ポップ・チャートにクロスオーバーしたコマーシャルなC&Wの先駆者”

というのが、アメリカでの彼の評価。

日本では、C&W歌手としてではなく、

スウィートなロッカバラードを歌うティーン・ポップ・シンガーとして、

ボクたちを虜にした。

64年末の全米31位「シー・アンダースタンズ・ミー」、

65年、サンレモ出場曲「変らぬ運命」、

日頃あまり聴かないこの2曲も、久しぶりに聴いてみようかな。

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68年、GSブームも終焉にさしかかった頃、

多くのGSメンバーたちをも虜にした、すごい奴らが現れた。

デ・スーナーズ、全員がフィリピン人、

63年に結成されたというから、キャリアは十分、

その上、外人、元へ、外国人特有のフィーリング、

演奏もボーカルも、本当にすごい奴らだ。

日本デビューは、68年7月、「ミッキーズ・モンキー」。

いうまでもなく、63年全米8位、モータウン、ミラクルズのカバー。

一部の歌詞は日本語だけれど、オリジナルにも負けてはいない。

B面は、65年香港でのミリオン・セラー「愛のソナタ」。

こちらは、彼らのオリジナル、見事な、美しいバラードである。

2枚目のシングルは、10月にリリースした「素晴らしい愛の世界」。

なかにし礼先生の詞、メンバーのオリジナル、

ソフト・ロック路線の、素晴らしい不思議なフィーリング。

全員がヴォーカルをとれる多彩な、フレキシブルな、すごいバンドである。

当時はここまでも感動しなかったけれど、

今あらためて聴いてみると、彼らのLPが欲しくなってくる。

おっと、危ないアブナイ、

LPを入れるスペースがなくなっているんだから。

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“ザ・ヴォイス”だとか“ビッグ・オー”などと呼ばれ、

声域3オクターブ半、という人間離れしたミスター・ボーカリスト、

その、ロイ・オービソンは、なぜいつもサングラスをかけているのか?

そんなことが気になった時期があった。

09年5月11日に書いた「おお、プリティ・ウーマン」や「カム・バック・トゥ・ミー」、

10年1月18日の「オンリー・ザ・ロンリー」、

そして、63年全米5位の「ミーン・ウーマン・ブルース」、

どのレコード・ジャケット写真も黒ブチのビン底メガネだけど、

ボクたちのイメージは、いつもサングラス。

その昔、資料で読んだ記憶によると、

ビートルズとのツアー中に、機内にメガネを忘れたオービソンに、

ポールが、“サングラスをかけたらどう?”って言ったらしい、とか、

黒い衣装にサングラスは西部劇の悪役っぽくてカッコいいと気に入ったから、とか。

いずれにしても、黒ブチ・ビン底メガネよりはカッコいいね。

同じようなメガネ、ボクも予備用でゴルフバッグに入っているけれど・・・。

オービソンがまだ、メガネをかけていなかった若かりし頃の、

「ウビー・ドゥビー」でデビューしたての、サン・レコード時代の、

ライノから出たコンピCDと、

61年初めての全米No.1、「ラニング・スケアード」も加えて、

今夜は、突然のオービソン・ナイトとなりました。

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