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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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♪~ のってけ のってけ のってけサーフィン ~♪

てな調子で、ネット・サーフィンしてたら、

“頭も白い”おもしろい、情報を見つけた。

なんと、「悲しき片想い」のヘレン・シャピロと、

グラム・ロックの創始者マーク・ボランが、同じバンドで演っていた、という。

時は1959年、シャピロ13歳、ボラン12歳、スージー&ザ・フラープス。

オールディーズ・ファンならご存知のように、

この2年後、スージーことヘレン・シャピロはトップ・アーティストになる。

そして、ボランは、ソロ、いくつかのグループを経て、

67年、ティラノサウルス・レックスを結成。

71年にT・レックスと改名して大ブレイク!と相成ったのであります。

日本で火付け役となったのは、72年全英1位、全米67位「テレグラム・サム」。

その次が、ボクの大好きな、全英1位「メタル・グゥルー」。

当時は何も思わなかったけれど、今ならあのギンギラ・ジャケットが欲しい。

続いて、全英2位「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」。

と、ここまでは興味を持っていたけれど、

この辺からはフェイド・アウトしてしまった。

再びT・レックスを思い出したのは、94年になって聴いた「マリア」、

歌も気に入ったけれど、グループ名がT-BOLAN、

どんだけT・レックスが、マーク・ボランが好きなんだろうか!

♪~ 泣かないで 僕のマリア ~♪

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大震災のニュースの度に思い出していた。

大学2回生が終わった春休み、

ボクの所属していたユースホステル・クラブの春合宿は、

ふたり一組での東北ホステリング。

自分たちが独自に設定したコースをユースホステルに泊まりながら旅する、

そんな自由で楽しい合宿であった。

相方の出発前日の突然のキャンセルで、ボクはひとり旅になってしまった。

一番の思い出は、本州最北端の下北半島の北東端の尻屋崎。

誰も降りないバス停にたったひとりで降り立った、

空はどんよりと、寂しく寒く、荒野に立つジュリアーノ・ジェンマの気分。

防砂林を抜けると、目の前に広がるモノトーンの海と砂浜、

人っ子ひとりいない、と思いきや、昨夜のユースで一緒だった女の子がひとり、

一緒に尻屋崎灯台まで歩いた。

彼女に撮ってもらったボクの写真はあるけれど、

シャイなボクは彼女の写真さえ撮らなかった、のだろう。

山形の山寺で写した写真に、尻屋崎で拾ってきた“かっくい”が写っていた。

“かっくい”とは、木が自然の力で風化し独特の形になったもの、

奈良の方言なのか、昔からそう呼んでいた。

山寺の参道で落として片方のレンズが割れてしまったサングラスと、

高校時代の“思い出の赤いヤッケ”の若かりしボク、

リュックサックにくくりつけて松山まで持って帰った“かっくい”は、

長い間下宿に飾っていたけれど、今はもうない。

今夜のレコードは、沢田純「下北半島」、

松山の中古店で見つけて、東北の思い出を書こうと買ってきた。

たぶん演歌だし、あまり気が進まないけれど、とりあえず聴いてみるか・・・。

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ボクのコレクションは、基本的にはオールディーズなのですが、

このふたりは、オールディーズのビッグ・ネームだったからこそのコレクションです。

元シュープリームスのダイアナ・ロスと、

元コモドアーズのライオネル・リッチー、

このモータウンのスターたちのデュエットが実現したのは81年のこと。

この、「エンドレス・ラブ」は全米No.1を獲得し、

それまでのいくつかの記録を塗り替えた。

その1、モータウン最大のヒットとなったこと。

9週間トップの記録は、これまでの47曲ものモータウンNo.1曲中最大であった。

その2、サウンド・トラックの挿入歌としての最高記録となったこと。

その3、デュエット・シングルの最高記録であること。

それぞれのソロ・ヒットには興味が薄いボクですが、

それぞれ1枚ずつのシングルを持っている。

ダイアナ、71年全米29位、「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」、

66年のフォー・トップスの大ヒットのカバー。

リッチーの1枚は、83年全米1位の「オール・ナイト・ロング」、

を買うつもりが、間違って買ってしまった「ハロー」。

ついでに、ふたりもメンバーだったUSAフォー・アフリカの

アフリカ飢餓救済チャリティ・レコード、

85年全米1位「ウィ・アー・ザ・ワールド」も一応品揃え。

80年代のヒット曲には手を出さないようにしよう、

決心も新たな今日この頃です。

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大学生の頃、正確には3回生の初冬の頃、

テレビ番組の主題歌にハマってしまった。

早速レコードを買ってきて繰り返し聴いていたのは「帰っちゃおうかな」、

そして、そのB面の「陽だまりの仲間達」。

歌っているのは小椋佳。

すぐに、まっ白なアルバム『彷徨』を買ってきて毎晩聴いていた。

下宿でひとり暮らしの21歳の若者の夜に、彼の歌はとても似合っていた。

「しおさいの詩」「さらば青春」「六月の雨」「春の雨はやさしいはずなのに」、

その歌詞と歌声は、やさしくてせつなくて、おしゃれで・・・。

どのレコード・ジャケットにも彼の顔写真はなく、

後になって、テレビの特集番組で彼のことを知るまでは、

繊細でナイーブな少年だと思っていた。

東大卒の銀行マンで、確か女子バスケット部の部長か何かで?

いかつい顔の、心やさしき“おっさん”、というギャップに驚き、

ガッカリするやら、カッコいいなと感心するやら・・・。

ところで、この『彷徨』、

結婚する前に、今の家内にプレゼントするつもりだった、と告白したのがウンのつき、

このレコードを見る度に、“結局くれなかったやん”と言われる始末、

結婚から36年も経つんだからもう時効にしてほしいと思う日々。

明日は結婚記念日、

なんと人生の60%もの期間一緒にいるんだなぁ・・・。

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今頃、多くの芸能人が、各県の観光大使を務めたり、CMに起用されたりしている。

そのほとんどは自分の出身県を全国にアピールしているもの。

そんな中にあって、名前が“ミエ”だからって理由で起用されたのが、

かつてのスパーク三人娘の長女、中尾ミエさん。

彼女は確か、福岡県の小倉出身のはず、

そして、名前からなら、浜美枝さんでも良かったのにね。

ボクは広告屋だから思うのですが、

提案した広告会社よりも、それを決定した県の首長さんや担当部門の方がエライ。

というわけで、今までも何枚か紹介しましたが、

紹介し残していた中尾ミエさんの洋楽カバー・シングルを総ざらえします。

まずは、フランス・ギャルの「すてきな王子様」、

B面は、シルヴィ・バルタンの「恋のプロフィール」。

2枚目は、レスリー・ゴーアの「涙のバースディ・パーティ」と、

リトル・ペギー・マーチの「アイ・ウィル・フォロー・ヒム」のカバー。

3枚目は、アン・マーグレットの「バイ・バイ・バーディー」と、

エセックスの「内気な17才」。

「恋のプロフィール」以外は、オリジナル盤紹介済みです。

そういえば、今年の初め頃、CSで『ハイハイ3人娘』って映画見ました。

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ボクの中のビートルズは66年で終わった。

衝撃のデビューからライヴで世界中を駆け巡った時代、

最近ではこれを『赤の時代』というのだそうだ。

この時代のビートルズは、他のイギリスのグループと同様に、

ボクのコレクションの対象だった。

それ以降の彼らは、あまりに偉大になり、コレクションの意欲が湧かなくなった。

しかし、曲単位で好きな曲は幾つもある。

68年全米12位の「レボリューション」、

あの「ヘイ・ジュード」のB面曲である。

孤高で、世の中に批判的で、いつも新しいものを求める、

そんなジョンの曲である。

“破壊的な革命には加担しなくても大丈夫だよ、きっとうまく行くよ”

って、革命という言葉を意識しながらのジョンに対して、

ポールは歌う、70年全米1位「レット・イット・ビー」。

柔軟で、こだわりが少なく、心が広い、

そんなイメージのポールは言う、

“そのままにしておきなさい、ってマリア様が言ってるよ”。

同じようなことを言ってるのに、こんなに表現が違う。

チャキチャキのジョン・フリークのボクとしては、ジョンに憧れているけれど、

ポールの方が平和に暮らせそうな気がする、

ああ、ボクも歳をとってしまったなぁ、などと思いながら、

このふたつの曲をじっくりと聴き比べる夜です。

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『Alice’s Adventures In Wonderland』、

1865年出版の児童文学、

世界中で、聖書の次に読まれているという本、

ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込んだアリスの冒険物語。

ニール・セダカ、63年全米17位「不思議の国のアリス」。

ボクの好きな、アップ・テンポで陽気で楽しいポップスなのだけれど、

この曲は、日本ではなぜか馴染みが薄く、評価が低い。

こんなに楽しいのに・・・なぜ?

ふと思い出したのは、

昔テレビで見ていた『ディズニーランド』。

読売テレビ、金曜日の夜8時、プロレスと週替わりの放送だった。

ちょうど我が家にテレビが来た頃、

“未来の国”“おとぎの国”“冒険の国”“開拓の国”の四つの物語があった。

ふと思いついたのが、

アース・ウインド&ファイアーの79年全米6位、「ブギー・ワンダーランド」。

ついでに、同じ頃流行っていた「ワンダー・ブギ」、石野真子。

♪~ ブギブギ・シュワッチ ブギ・ドゥワー ~♪

ぐんと楽しくなってきた。

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64年5月9日、14週間も続いたビートルズの快進撃を止めたのは、

誰もが想像もしなかった意外なアーティストだった。

彼こそは、ビルボード史上最年長ナンバー1アーティスト、

ニューオリンズ出身、当時63歳のジャズ・トランペッター、

ルイ・アームストロング。

No.1曲「ハロー・ドリー」は、ミュージカルのために書かれた曲で、

なんと、“サッチモ”は、レコーディング・キャリア14年7ヵ月もかけて、

ついに全米No.1の座に辿り着いた。

なぜ、彼は“サッチモ”と呼ばれたのか?

由来は、“Satchel Mouth”、サッチェル・マウス、

バスの車掌さんが持っているカバンのような口、

彼がペットを吹く姿、歌を歌う顔を見ると、

誰もが納得のゆくニックネームである。

“もしジャズがなかったら、ロックンロールもなかっただろう”、

サッチモのジャズに対する思い入れがみてとれる。

彼の歌は、彼の声は、実に深い!

とんとジャズに疎いボクですが、

彼の歌を聴いていると、そっちの方もかじってみたくなる。

先日、高校時代の同窓生とのMLで盛り上がりかけた曲、

68年全英1位、「What A Wonderful World」。

非売品のA面のみの変則シングル盤と、

ピクチャー・スリーブに魅せられて買ったスウェーデン盤と、

2枚のシングルを続けて聴き比べながら、

「この素晴らしき世界」の歌詞の壮大さと、その深さと、

心にしみる歌声を、久しぶりに楽しむ夜です。

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ジーンズにゲタ、と言えば、中村雅俊ですよね。

TVドラマ『俺たちの旅』は、そんなイメージをボクたちに植え付けた。

大学生の頃のボクは、空色のジーンズにゲタをはいて、

奈良市内の今在家あたりの傘屋さんで買った番傘を片手に、

大学構内を闊歩していた。

大学の正門前の道路は、大雨の日には川になる。

この格好なら、そんな時も大丈夫、ジーンズの裾をたくし上げるだけでOK。

『俺たちの旅』が始まったのは75年なのだから、

ジーンズにゲタ、はボクの方が早かったのにね。

同じ51年生まれで、一週間あまりボクが年上、

顔はホンの少し負けているけれど、

奥さんも向こうの方がきれいかもしれないけれど、

中村雅俊、恐るるに足りず。

彼のTVドラマは好きだった、その主題歌も好きだった。

「俺たちの旅」はもちろん、そのB面「ただお前がいい」が最高で、

74年の『われら青春!』の「ふれあい」も、

78年『ゆうひが丘の総理大臣』の「時代遅れの恋人たち」も・・・。

そして、『俺たちの旅』で見た久米島の美しさは忘れない。

いつか、ぜひ行ってみたいと思う。

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甘いメロディとスウィートな歌声、

陽気で楽しいノベルティ・ソング、の二刀流。

まるで大滝さんのようですね。

彼の名は、マーク・ダイニング。

大滝さんより15歳も年上なのですから。

この言い方は正確ではありません。

でも、ナイアガラーからすれば、やっぱり“大滝さんみたい”ってなってしまいます。

ボクの好きなのは、ノベルティの方。

61年全米81位「Top Forty,News,Weather And Sports」、

邦題は「ヒット・パレード、ニュース、天気予報とスポーツ放送」。

作者は、ジョン・D・ラウダーミルク、

歌詞の中に、ブレンダ・リーやケネディ大統領やミッキー・マントルが出てくる、

ラジオ局の番組をそのまま歌詞にしたのでしょうか。

ストリングスが心地よい、メロディアスで楽しい曲です。

彼の最大のヒット曲は、60年2週間連続ビルボードNo.1の「ティーン・エンジェル」。

こちらはもう一方のほう、甘~いメロディの美しい曲です。

内容は、列車事故のために16歳で亡くなった彼女に呼びかける“デス・ソング”。

英語が得意でないボクには、

曲や歌声の美しさだけが印象に残るオールディーズ・ポップスなのですが・・・。

マーク・ダイニング、他の曲も聴いてみたくなる歌手です。

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世界中に一大センセーションを巻き起こしたスターズ・オンに味を占めて、

類似したプロジェクトが乱発した。

まずは、ビート・ボーイズの「スターズ・オン23」。

メンバーは、“じょんのれん”“ポール・マッカーサー”、

“祥寺張扇(じょーじはりせん)”、そして時折加わる“リンゴ・ジュース”という面々。

歌うは吉田拓郎メドレー23曲、出来は秀逸。

そして2枚目は、フィリピンのラジオアクティヴというグループの

「センセイショナル・ビージーズ17」と「同・ビートルズ17」。

これもまた、よく似ていてすばらしい出来。

この“17”は、17cmというシングル盤のサイズのこと。

3枚目は、ブラジルの女性5人組、ハーモニー・キャッツの、

「ロックンロール・パーティ’77」。

オールディーズの超有名曲12曲メドレー。

1977年の発売で、レコード発明100年記念盤。

最後は、セルフカバー、

スリーファンキーズの3人による往年のヒット曲メドレー、

タイトルは、シンプルに「スターズ・オン」、

ちょっと現代的にアレンジされた5曲をつなげて、いい味を出している。

手塚さん亡き今、もう二度と実現できないプロジェクトである。

いずれの“スターズ・オン”たちも、単純に、とても楽しい。

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81年、オランダで誕生した奇想天外なプロジェクト曲が世界を席巻した。

これが、スターズ・オン。

オランダだけに、「Venus」のイントルから始まり、

「Sugar Sugar」、以下ビートルズの曲が8曲続き、

最後はオリジナルの「Stars On 45」で締める4分5秒。

各国で曲名とアーティスト名が微妙に違っているけれど、

日本では、スターズ・オンの「ショッキング・ビートルズ45」。

アメリカでは、81年6月全米1位、

そのタイトル名は「Medley:Intro Venes~Stars On 45」、

~の部分は、曲名をすべて羅列した、実に41語からなる長い長いタイトルであった。

聴いてビックリ!ビートルズのものまねは実に完璧、ジョンなんてそっくり。

次々と同スタイルのバージョンが作られたけれど、

ボクが持っているのは、81年9月の「続ショッキング・ビートルズ45」、

ジョージのナンバーと初期のナンバーのメドレー。

そして、82年9月の「ショッキング・ストーンズ45」、

言うまでもなく、ストーンズの10曲メドレー。

もう1枚は、63年、スター・シスターズのアンドリュース・シスターズ・メドレー、

1940年代のレトロな雰囲気いっぱいで、妙にハマってしまう。

同じパターンの別のプロジェクトものもあるので、またの機会に。

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世紀の名曲、ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」の日本語カバーは、

弘田三枝子「私のベイビー」と、

伊東ゆかり「あたしのベビー」。

その共通点は、まず、作詩が漣健児さんであること、

そして、重要なのは、バックの演奏がウォール・オブ・サウンドでないこと。

この曲のキモが、あの重厚な演奏にあることを当時の日本人は気づかなかったのか?

とはいえ、この2枚を聴き比べてみると、

バックの演奏は、ドラムの音が映えている弘田三枝子盤に軍配。

宮間利之とニューハード・オーケストラの勝利です。

歌はと言えば、これもパンチ力の差で弘田三枝子盤。

ベロニカも真っ青かもしれません。

というのは、あくまでもボクの好み、

パンチを利かせて、魂をこめて、歌唱力で聴かせる弘田三枝子さん、

さらりとスマートに、やさしく、大人っぽく歌う伊東ゆかりさん。

そして、伊東ゆかり盤のもうひとつの価値は、

B面の「恋はいじわるネ」。

08年4月7日に書いた、スキーター・デイヴィスのカバーです。

ボクの大好きなこの曲をカバーするなんて、それだけでOK!

キング&ゴフィンなのですから。

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毎月第1水曜日は、友人のライヴハウスでレコードをかけさせてもらえる日、

今月のテーマは『女性3人組の楽曲』でした。

GWのど真ん中に果たしてお客さんは来るのか?

そんな心配もあったのですが、お店のいいスピーカーで聴けるわけですから、

客数の多い少ないは二の次三の次、というわがままなプログラムです。

今夜のスタートは、いつもの変化球で、ロネッツのライヴ盤。

もちろん、ボクのファッションは、ロネッツTシャツ。

レイ・チャールズの「What’d I Say?」は、

63年9月28日サンフランシスコでの3分59秒。

「Be My Baby」は、同じく8月ニューヨークでの3分8秒。

この「Be My Baby」は、09年5月21日に書いたように、

全米1位になれなかった世紀の名曲。

詳しく見てみよう!

63年9月28日、初めてトップ10にランクイン、3位に、

この日のトップはボビー・ヴィントンの「ブルー・ヴェルヴェット」。

翌週10月5日も3位、翌週12日に2位にランクアップするも、

トップは前週4位からステップ・アップした「シュガー・シャック」。

この状態は3週間続き、

11月2日、「シュガー・シャック」は依然1位を堅持するものの、

ロネッツは8位にランクダウン、そして翌週にはトップ10圏外に。

全英チャートでも、最高位は11月23日の4位。

ついに、世紀の名曲は1位になれなかったのである。

好き嫌いはあっても、「ビー・マイ・ベイビー」は今も語り継がれる名曲、

ボクの自慢の日本語カバー盤は次回に語りたいと思う。

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ジャン&ディーンやビーチ・ボーイズ、ロニーとデイトナス、リップコーズなど、

夏が近づくと必ず聴きたくなるサーフィン&ホットロッドの名曲たち。

今夜のネタは、ホットロッドの解説盤、

ゲイリー・アッシャーのスーパー・ストックス「ホット・ロッド・シティ」と

シャットダウン・ダグラスの「ツイン・カット・アウト」のカップリング。

そもそも、ホットロッドとは何ぞや?

使えなくなったような古いオンボロ車に、強力なエンジンを取り付けたり、

自分でいろいろ趣向を凝らした飾りをくっ付けたり、

派手な色に塗りたくったりして乗り回す自動車のこと。

そして、音楽的には、そんな彼らが好むバイクやクルマをテーマにした音楽のこと。

西海岸のサーフィン・ミュージックとセットにして、

サーフィン&ホットロッド、というジャンルにもなっている。

さて、このシングル、手に入れてからその貴重性を発見した。

それは、ライナー・ノーツにある“ホットロッドの専門用語解説”、

例えば、A-BoneとかDeuceとかのクルマの種類や、

Bent-EightやFour-Bangerという部品のことなど、

ボクにはわけのわからない言葉の解説が、ちょっぴりですが入っています。

そのかわり、歌詞カードがないのですが、木崎義二さんの選択です。

その他にも、アストロノウツのインスト「ホット・ロッド・パーティー」や、

ビーチ・ボーイズの名曲「409」など、

この4曲とも、クルマの爆音から始まる、ゴキゲンなホットロッドなのです。

最後の「409」は、eBayで安くゲットしたと喜んだら、

マキシ・シングルCDだった、というオマケ付きの1枚です。

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