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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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前回に引き続き紹介する、ブライアンの傑作、

63年にリリースされたビーチ・ボーイズのアルバム収録曲、

「カスタム・マシーン」をカバー・リリースしたのは、

ブルース&テリー。

彼らについてはもう何回かブログに登場済みだけれど、

08年6月27日付が一番わかりやすいと思う。

わずか1分35秒のゴキゲンなホットロッドの名曲は、

ブルース&テリー名義の第一弾で64年全米85位を記録した。

もう1枚の秘蔵盤は「Take It To Mexico」。

メキシコへの憧れを歌ったこの曲は、

ブルース&テリーの曲かと疑いたくなるようなカントリー・タッチの一曲。

テリー・メルチャー&ブルース・ジョンストン名義のリリースだけれど、

実は、テリー・メルチャーのソロ作品らしい。

このシングル、片面はMONO、もう片面はSTEREO、

この聴き比べも楽しい。

MONOはモノラルで、簡単に言うとマイクひとつで録音したもので、

左右のスピーカーから同じ音が聞こえるというもの。

STEREOはステレオフォニックで、2本のマイクで音を拾い、

それぞれに録音された音が左右から聞こえてくる、というもの。

当然、ステレオの方が自然のスタイル、というわけなのですが、

ボクたちオールディーズ・ファンには、

なぜかモノラルの方がなじみやすいし、メリハリを感じる。

この立体感がなく平面的なイメージ、のファンなのです。

だから、ステレオの時代になっても、

わざとモノラルを多用するプロデューサーも居るのです。

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長年探し求めた、今は亡きエーサイド・レコードのコンピレーションCD、

『ブライアン・ウィルソン・マスターピース』、

ようやく手に入れました。

キャロル・キングもバリー・マンもNo.1から3まで揃えましたが、

ブライアンのNo.1を見つけることができた喜びはいかばかりか・・・!

その収録曲の中で一番お気に入りの一曲は、

64年、キャステルズの「アイ・ドゥ」です。

あの山下達郎氏もカバーしたホワイト・ドゥワップ・スタイルの一曲。

このグループのリード・ヴォーカルは、チャック・ジラード、

この少し後に、スタジオ・グループのホンデルスのヴォーカルとして、

「リトル・ホンダ」を全米9位に押し上げた御仁なのです。

この曲については、08年7月23日に紹介しましたので、ここでは略。

「アイ・ドゥ」は、

ビーチ・ボーイスのアルバムの中の一曲として作られたバック・トラックに

キャステルズがヴォーカルを吹き込んだものだという。

ビーチ・ボーイズ版は結局作品になることなくオクラ入り、

キャステルズのこの曲もチャート入りすることはなかったけれど、

後の世になって、こうして多くの(?)ファンを魅了するのですから、

おかしなものですね。

この曲を筆頭に、ブライアンの傑作集には

まだまだボクの好きな曲がいっぱいあって、

そのシングル盤がコレクションされています。

さて、次はどの曲を紹介しましょうか?

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1歳8ヵ月になった孫に、

ついに“じいちゃん”と呼ばれるようになりました。

そう呼ばれるのは年寄りになったみたいで抵抗してきたのですが、

これはこれでまぁいいか、と諦めました。

久しぶりに来た孫がお昼寝をしている間に、

レコード棚をあさっていたら、懐かしい曲を見つけました。

アイドルでもなく、オールディーズでもない、

でも、懐かしい気分にさせてくれる曲なのです。

79年、水越けいこ「ほほにキスして」。

♪~ 頬にキスして そしてサヨナラ

   今度会う時は笑顔で ~♪

明るい別れの歌です。

もう1枚は、84年、化粧品会社の夏のイメージ・ソング、

中原めいこ「君たちキウイ・パパイア・マンゴーだね」。

♪~ じらせば 最初のkissが

   アナタを熱くする ~♪

今日の選曲は、偶然のキスつながり、名前ひらがなつながりになってしまいました。

この曲の歌詞カードは少し面白いのですよ。

食前酒、と書いて、アペリティフ、

薄荷、と書いて、メンソール、

浪漫、はもちろん、ロマンで、

愛人、は、アマン。

そして、果実大恋愛、は、フルーツ・スキャンダル、なのです。

こんな隠し味がピリッと効いた、おしゃれなレコードでした。

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♪~ さあ 今夜 荷物をまとめて ここにさよならしよう

   私を待っていてくれるサウスタウンに帰ろう ~♪

と、陽気に、軽快に、デキシーのリズムにのせて、

楽しく歌うのは、3人組の女の子、デキシー・ベルズ。

そんな雰囲気が、そんなイメージが、

このレコード・ジャケットから想像できますか?

64年2月全米15位、「サウスタウン,U.S.A.」。

このレコード・ジャケットは、曲を聴いてから作っていない、と思う。

タイトルだけで創造すると、こうなる、

歌を聴いてから作ったら、絶対こんなデザインにはならないと思う。

デキシー・ベルズの写真が手にはいらなかったとしても、

もう少し、いいレコード・ジャケットは出来たと思う。

ところで、この曲の日本語カバー・バージョンは、

ボクの大好きなスリー・ファンキーズ、

畏れ多くもビートルズの「抱きしめたい」のカバーのB面。

女性3人組の歌を、男性3人組がカバーした。

例によって、漣健児さんの作詩は味のあるものに仕上がっている。

そこには、平和な懐かしい時代の空気を感じずにはいられない。

昭和ってつくづくいい時代だったんだなあ、と今夜も感慨深目、

そんなことを思いながら、

ほろ酔い気分で夜が更けてゆくのです。

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姪の結婚披露で上京した雨の日、

秋葉原のセコハン・ブックストアで見つけた『レコード・コレクターズ』、

2000年10月号のサブ特集はバリー・マン。

大好きなバリー・マンとシンシア・ウェイルのインタビューに、

これまでに知らなかった事実がゾクゾク。

一番興味深かったのは、アニマルズの「朝日のない街」について。

彼らのレパートリーの中でも、とても珍しいこのプロテスト・ソングは、

ライチャス・ブラザーズのために書いたもの、だったという。

それが諸経緯でアニマルズに渡ってしまったらしい。

アニマルズの歌を聴いて、ふたりはビックリ!

その歌詞が半分以上変えられていた、

ふたりが大好きだった曲を、今も心穏やかに聴けなくなった、という。

その国内盤シングルがどういった経緯か、ボクのコレクションにあった。

原題「We’ve Gotta Get Out Of This Place」、

“僕たちはここを出ていかなくっちゃ”は、65年全英2位、

彼らのイギリスでの2番目のヒット曲となった。

ついでに、レア・アニマルズをもう1枚。

エリック・バードンとアニマルズ名義の初ヒットは、

アメリカでのチャート・イン曲とイギリスでのチャート・イン曲のカップリング、

B面「シー・シー・ライダー」は66年全米10位、

A面「ヘルプ・ミー・ガール」は66年全英14位。

日本では、「シー・シー・ライダー」をA面にして発売された。

まだまだ知らない事実を求めて、ボクは日夜ガンバリ続けるのです。

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青春、って、英語にすると、Youth、なのですよね。

日本の歌には“青春”の付く曲は山ほどあるのですが、

英米に“Youth”の付く曲が思い浮かびません。

原題で覚えていないからかもしれませんが・・・。

ボクのブログのタイトル、「Both Sides Now」が、

「青春の光と影」になるように、

邦題になると“青春”が付いてしまう曲はいくつかありそうですね。

“青春”の歌、これまで何枚も掲出しましたが、

まだ掲出していなかった曲を、思いつくままに引っ張り出しました。

ジローズの「青春のわかれ道」、

作詞は北山修さんです。

英訳すると、さしずめ「Dividing Road Of Youth」、

直訳すぎますよね。

この曲の英語表記は「Farewell To Youth」、

“さらば青春”ってわけです。

もう1枚は、チューリップの「青春の影」。

作詞は財津和夫さん。

英訳すると「Shadow In Youth」、

こちらはこのまま英語タイトルになりそうですが、

英語表記は「Seishun no Kage」ってなってました。

青春話、また書きたいと思います。

乞う、ご期待!

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青春とは、

♪~ 喫茶店に彼女と二人で入って コーヒーを注文すること ~♪

71年「青春の詩」で、タクローさんは歌う。

さて、青春っていったいなんだろう?

♪~ その答えは人それぞれで違うだろう ~♪

♪~ 僕たちは大人より時間が多い ~♪

その貴重なひととき、だと歌う。

辞書は“夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代のこと”だというから、

納得なのですが、

我らが漣健児さんの伝記『漣流』によると、

彼が最も愛した詩、サミュエル・ウルマンの『青春とは』には、

青春とは、人生のある期間をいうのではなく、

生きてゆく考え方と心の持ち方を言う、

優れた想像力、力強い意志、やる気と、チャレンジする冒険心、

そんな気持ちを持ち続ける“心の様相”をいう、とあった。

今なら、こちらに共感してしまいますよね。

ボクはまだ大丈夫かな!

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中古レコード・セールで、このレコード・ジャケットを見つけた時、

???、あの曲と同じタイトルだね。

でも、ディーゼルというグループ名、

版画タッチの4人組のこのファッション、

ビジュアル的にはロックっぽいね。

なんて思いながら、まずは買うことにした。

早速家へ帰ってかけてみると・・・、

やっぱり、あの曲だったのです。

ディーゼルは、オランダのロック・グループ、

なのに、この日本人好みのメロディとその頃流行りのディスコっぽさ。

そして、何よりも、

あの頃、ラジオで聴きまわったあの曲なのです。

そう、あの曲は、この曲のカバーだったのです。

あの曲、とは、80年の鹿取洋子さんのデビュー曲。

「ゴーイン・バック・トゥ・チャイナ」。

♪~ 港の灯りキラキラ 夢みたいにきれい ~♪

原曲と聴き比べたら、そのヒットの要因は、

きっと、岡田冨美子さんの詞の勝利だと思いました。

あの歌詞をこの歌詞にするなんて・・・。

今夜は、“あの”と“この”ばかりになってしまいましたが、

おわかりいただけたでしょうか。

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今年の8月20日のブログ『ジス・イズ・ア・ロックンロール』の続編。

タイトルに“ロックンロール”の付いている曲を探したら、

あと3枚も見つけてしまいました。

そのうち1枚は、前回の「放課後のロックン・ロール・パーティー」、

でも、原題は「My Music」で、厳密にはこれは邦題だけ。

というわけで、取り急ぎあとの2枚を紹介することにしました。

好きな、単純・シンプルなロックンロールは、

77年全米3位、ショーン・キャシディ「That’s Rock’n’Roll」。

エリック・カルメンのカバーだけれど、

アイドルが故か、邦題は「素敵なロックンロール」。

「ザッツ・ロックンロール」でいいのに、ネ。

最後の1枚は、「It’s Still Rock And Roll To Me」。

80年、ビリー・ジョエル初めての全米No.1です。

こちらは、きっと玄人受けするロックンロール、

邦題は、「ロックン・ロールが最高さ」。

ボクが最も気に入っているのは、レコード・ジャケット。

オールディーズ・マイクにシャウトする顔つき、

黒のシャツに真っ赤なジャケット、

ネクタイの選択なんかも、典型的なロックンロール・スタイル。

こんな赤いジャケット、会社へは着てゆけない、ネ。

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シンプルで、楽しい、ロックンロールが聴きたい。

というわけで、オールディーズとしては比較的新しい選曲にしました。

ロギンス&メッシーナ、

といえば、73年全米4位「ママはダンスを踊らない」なのでしょうが、

ボクの中では、断然これ!

同じ年の12月全米16位、「My Music」、

これこそ、シンプルで、楽しくて、ウキウキ、ゴキゲンな1枚です。

邦題は、「放課後のロックン・ロール・パーティー」、

本当に、いいタイトルですね。

ケニー・ロギンスあってのロギンス&メッシーナですが、

誰が何と言っても、(誰も何とも言わないけれど)、

この曲は、ジム・メッシーナあってのロギンス&メッシーナなのです。

これ以後も、これ以上のヒットを記録できなかった彼らですが、

84年、ケニー・ロギンスはソロとして全米No.1を記録した。

映画『フットルース』のタイトル曲が全米1位を獲得し、

今や、「フットルース」は、ケニー・ロギンスの代名詞のようになってしまった。

でも、ボクにとってのケニー・ロギンスは、

ロギンス&メッシーナのロギンスであり、

その代表曲は、「ママはダンスを踊らない」ではなくて、

「放課後のロックン・ロール・パーティー」なのである。

もしその頃高校生だったら、

放課後、放送室にこのレコードを持ち込んで、

繰り返し繰り返しかけたかもしれないね。

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朝夕、めっきり涼しくなりました。

そろそろ夏も終わるのかな・・・、と思ったら、

急に、この曲が聴きたくなりました。

不滅のサマー・ソング、「ワンダフル・サマー」。

63年、ロビン・ワードの名唱です。

私の人生で最もすばらしい夏を過ごさせてくれてどうもありがとう、

オールディーズ・ファン垂涎の、夏の定番ソング。

♪~ I want to thank you for giving me

   The most wonderful summer

   of my life ~♪

の、一連のフレーズがいつまでも耳に残ります。

彼女の本名はジャッキー・ワード、

ロビンというのは、当時4歳だった長女の名前、だという。

彼女は、元来はスタジオ・セッション・シンガーやバックコーラス・シンガー、

この曲も、デモ用に仮歌として吹き込んだもの、

あまりの出来の良さに、そのままリリースするようになったものらしい。

日本でいうと、宇徳敬子さんのような存在でしょうか?

効果音の波の音が、ひと夏の恋の儚さを感じさせます。
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もう1年以上も続いている、月1回のレコード・コンサート、

今夜のテーマは「大滝詠一さんの世界」でした。

ナイアガラーのボクが持っている、

大滝さんの楽曲とその曲に似た曲を楽しむプログラム、

“パクリ”とか“オマージュ”とか“元ウタ”とかを語るのではなく、

オールディーズ博士である大滝さんの好きな(と思われる)曲を楽しむ、

というスタイルなのです。

音に素人のボクの選曲を音に玄人の相方が評論してくれる、

そして、大きな音でレコードが聴ける、

こだわりは、かけるレコードはシングル盤に限ること。

そんな自己満足を楽しむ企画です。

というわけで、まだ未紹介だった曲を掲出しました。

2003年「恋するふたり」に似た1枚は、

60年全米85位「Don’t Let Love Pass Me By」、

ではなく、そのカップリングの「トゥギャザーネス」。

フランキー・アヴァロンの甘い声に心が蕩けます。

81年「君は天然色」は似た曲の宝庫ですが、

未紹介の1枚は、女性ドラマーがボーカルのハニーカムズ、

64年の「カラー・スレイド」。

82年「ROCK’N’ROLL退屈男」をアレンジした

83年、ラッツ&スター「星空のサーカス」に似た曲は、

62年、ファイヴ・ディスクス「ネバー・レット・ユー・ゴー」。

それはそれはゴキゲンなドゥワップなのです。

では、日付が変わってしまいましたので、“今日はこの辺で”。

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1998年12月、高松に居た頃、

新しくオープンするSCのテナントのスポーツ・ショップの、

オープン広告を提案するために、郡山市の本社を訪ねた。

今覚えているのは、そのスポーツ・ショップの本社が紳士服店だったことと、

東京からの車窓からみたロビンソンの看板。

すぐさまスピッツの「ロビンソン」のメロディが頭を駆け巡って、

その日1日中口ずさんでいた。

「ロビンソン」がスーパーマーケットの名前だということを知っていたけれど、

実際に見たのは初めてで、妙に感動してしまった。

ニューミュージックに疎いボクだったけれど、

この「ロビンソン」のアナログ盤が出ているというので買ってみた。

歌詞に“ロビンソン”は登場しない。

メンバーがタイ旅行した時に見たロビンソン百貨店から、

仮題として命名したものがそのままになってしまった、という。

ボクが見たロビンソンはその提携店だったらしい。

ついでに、もう1枚「チェリー/空も飛べるはず」のアナログもゲット。

さて、“ロビンソン”で真っ先に頭に浮かぶアーティストは、

スモーキー・ロビンソン。

ご存知、モータウンのシンガー・ソングライター兼プロデューサー兼副社長。

まるで女性かと思えるような高音が魅力的なのです。

たった1枚しか持っていない彼のソロ作品、

81年全米2位、キャッシュボックスでは1位を獲得した

「ビーイング・ウィズ・ユー」を引っ張り出しました。

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こんなに近くを台風が通ったというのに、

松山はいつもたいしたことがない。

どこかで大きな被害が出ているのだから、手放しでは喜べないけれど、

いつもそう思う。

さて、ポップ・グループやロック・グループの中に、

必ず、誰かひとり、お気に入りの、好きなメンバーが出来る。

例えば、ビートルズだとジョンだし、モンキーズだとピーター。

好きになった理由はいずれも他愛のないもの。

ローリング・ストーンズだと、断然ブライアン・ジョーンズ。

理由は簡単、彼のヘア・スタイルが、高校時代のボクと同じだったから。

もちろん、ミックやキースも嫌いではないけれど、

ブライアンのいないストーンズは、気の抜けたサイダーのよう。

66年全米1位「黒くぬれ!」では、彼はシタールを弾いていたし、

67年全米1位「ルビー・チューズデイ」ではリコーダーを演っていた。

ギター、ハーモニカをはじめ、ダルシマー、マリンバ、メロトロン、

彼はさまざまな楽器をストーンズ・サウンドにもたらした。

きっと、彼は音楽的、技術的才能には恵まれていたけれど、

グループがオリジナル路線に向かうことに賛同できなかったのでは?

「ルビー・チューズデイ」は、

ブライアンが生存中の最後のNo.1ソングとなった。

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今日から、人生で3度目の就職です。

前回の転職の時も、ボクはこの曲でスタートしました。

曲や歌はもちろんですが、レコード・ジャケットのとても好きな1枚。

そして、もちろんtoo、何よりもジョンの大ファンなのです。

ジョン・レノンのソロとしては最後の全米No.1。

ショーン・タロウ・オノ・レノンは、

75年10月9日、父と同じ日に誕生した。

父ジョンは、それから5年間音楽業界から離れて、

主夫業に専念していた。

そして、80年、ジョンのカムバック曲となったのが、

この「スターティング・オーヴァー」である。

80年11月1日、38位でチャートに初登場し、

12月27日、ついにNo.1に駆け上がった。

しかし、その時、ジョンは既にこの世にはいなかったのである。

お風呂から出たというのに、大好きなジョンのTシャツを着て、

何度も何度も、繰り返し繰り返し、聴いてしまいました。

明日、家を出たところで暗殺されないように気をつけなくては、ネ。

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