FC2ブログ

BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

img2071

徳川に親藩が尾張、紀州、水戸の三家しかなかったために、

三田明は橋、舟木、西郷の後塵を拝してしまった。

後に、四天王などと慰めの冠をいただいたけれど、

デビューの時代が悪かったのかもしれないね。

62年『ホイホイ・ミュージックスクール』で認められて、

63年にデビュー以来、65年頃までは“アイドルの時代”、

この頃の歌ならたぶん歌える。

65年11月、偶然起きた飛行機事故のため自粛となった

悲運の「若い翼」をはさんで、

彼の第2期は“リズム歌謡の時代”、

♪~ あなたも僕も ホラ君も ~♪

66年4月の「アイビー東京」、

♪~ こんなに こんなに 愛してる ~♪

8月の「恋のアメリアッチ」、

♪~ エルビラ エルビラ ~♪

67年2月の「カリブの花」、

この3曲は、ボクの高校時代、隠れファンだった曲なのです。

この後、二十歳になった彼は、“演歌の時代”へと進んでゆくのでした。

(この時代区分はボクの独断と偏見です)

img2072 img2073 img2074
img2069

先日の『邦楽編』に続いて、今夜は『洋楽編』。

本来、ボクのコレクションは、洋楽のオールディーズなのですから、

お宝ザクザクの一冊は『秘蔵・シングル盤天国・洋楽編』。

やっぱり、国内盤のレコード・ジャケットのカタログのようで、

ボクの憧れのシングル盤がいっぱいで、

1万円以下のBランクやCランクはほとんど持っているのですが、

1~2万円のAランク、2万円以上のSランク、10万円以上のSSランク、

このレベルになると、そもそもが市場に出ることが珍しく、

ホンの数枚しか持っていない、というのが、恥ずかしながら現状です。

というわけで、このランクのレコードは、とりあえず輸入盤を所有しています。

その1枚が、61年全米29位、ステレオスの「I Really Love You」、

邦題は、「ほんとに大好き」。

オハイオ州出身の黒人5人組のドゥワップ・グループの一発ヒット曲。

注釈に、ラスカルズのフェリックス・キャバリエがいたグループ、なんて書いてある。

しかし、ネットで見るステレオスの写真やメンバーに、彼はいない。

ホント?てなわけで、キャバリエのHPを調べてみたら、

“ステレオズ唯一の白人メンバー”とあった。

ヤング・ラスカルズは、ブルー・アイド・ソウルなんて呼ばれるくらい

黒人のフィーリングをもったグループだったから、

史上初めて白人のみでアトランティックと契約したグループだったから、

納得することにしました。

今夜のラスカルズは、

ヤング・ラスカルズからラスカルズに改名しての初ヒット、

68年全米3位、「ビューティフル・モーニング」。

今夜の選曲はいかがだったでしょうか!

book11 img2070
img2067

ナイアガラーなら、この歌い出しだけで、何の曲かわかります。

88年、大滝さんの曲をついにキョンキョンが歌いました。

おまけに、作詩は、イラストレーターの和田誠さん、

もちろん、『怪盗ルビィ』の主題歌で、

この映画、脚本も監督も和田誠さん。

彼は、あこがれのマルチプレーヤーですね。

ストリングス・ホーン・アレンジは、タツローさんの曲でもおなじみの人、

服部克久先生です。

もちろん、キョンキョンの歌はステキです、

しかし、ボクがもっともっと好きなのは、

キョンキョンの歌と、大滝さんのデモ・テープを合体させたもの、

ふたりのデュエット・バージョンなのです。

この曲は、2002年のキョンキョンのベスト・アルバムに収録、

『KYON3~KOIZUMI the Great 51』。

この3枚組CDの入手にとても苦労したのです。

もちろん、買ってしまえば簡単に入手できるのですが、

ボクが欲しいのは、この曲が入ったDISC3だけ。

DISC3だけがオークションに出るのを待って、

ようやくゲットしたものでした。

これが、シングル盤コレクターとしてのささやかな抵抗、

レジスタンス、ですなぁ・・・。

ようやく聴いたデュエットは、まるで本当に一緒に歌っているようでした。

勝手ながら、ボクの入手順でいうと、

大滝さんのデュエットは、シリアさんとまりやさんに次いで3人目、

大滝さんの出しゃばらない感じがとてもいいですね。

img2068
img2065

昔々の物語、

LA郊外のハイスクールで出会った男の子と女の子。

ピアノが弾けて楽譜も書ける女の子は、

アイデアにあふれていた男の子のレコーディングを手伝うこととなりました。

そして、女の子がリード・ボーカルを取った4人組は全米No.1を獲得したのです。

しかし、その後は鳴かず飛ばずで、

男の子はNYへ、女の子はソロシンガー兼作曲家として活躍するのです。

その女の子が、65年、妹のシェリルとリリースしたシングルこそが、

ボクの永遠のあこがれだったのです。

女の子の名はキャロル・コナーズ、

その曲は「Go Go G.T.O.」。

わずか1分40秒ですが、最高のホットロッドです。

B面は「Sunny Winter」、

これからの季節にぴったりの、ドリーミーなガールズ・ポップスです。

eBayで軽く100$を超えてしまったけれど、

後悔なしの1枚なのです。

昔々の物語、

登場人物の男の子の名は、ご存知フィル・スペクター氏なのでありました。

img2066
img2064

前回、マッコイズの「ハング・オン・スルーピー」の作者について、

バート・バーンズにふれたのですが、

そこで思い出したのがこの曲でした。

女性3人と男性1人のドゥワップ・R&B・ポップス・グループで、

ニューヨークで結成されたエクサイターズの、

デビュー曲にしてグループ最大のヒットを記録した「テル・ヒム」。

63年全米4位、R&Bチャート5位、英国でも46位、

邦題は、「言わなきゃだめよ」。

作者のバート・バーンズは、ニューヨークはブルックリンの生まれ、

本名は、バーナード・ラッセル・バーンズ。

ですから、バート・バーンズというクレジットの他にも、

バート・ラッセルとか、ラッセル・バードという別名も使っているのです。

だから、コレクターにとってはとてもわかりにくい音楽家のひとりでした。

ちなみに、アイズレー・ブラザーズやビートルズでヒットした

「ツイスト・アンド・シャウト」も彼の作品のひとつ。

タツロー氏のようにラジオで作者つながりの特集をやるわけではありませんから、

彼の作った楽曲のコレクションにチャレンジしたりしないように、

心を強くもって、手を出さないように誓った今宵です。
img2061

オールディーズのレコードを集めていると、

いろんなグループのネーミングの由来が、自然と入ってくる。

なぜ、どんな経過で、この名前になったのか、

それだけで何冊もの本が書ける程、おもしろく興味深いものがある。

65年10月全米No.1「ハング・オン・スルーピー」でデビューした、

このマッコイズの命名の由来も興味深いものがある。

彼らは、結成時に初めてベンチャーズの「ザ・マッコイ」を習得し、

それをバンドのテーマ曲としていたために、マッコイズと名乗っていた。

その後、リック・Z・コンボ、リック&レイダーズと名前を変え、

バート・バーンズの作った「マイ・ガール・スルーピー」でデビューする時、

元のマッコイズに戻ったのである。

「マイ・ガール・スルーピー」は「ハング・オン・スルーピー」と題を変え、

この成功につながったのだという。

次に発表した「フィーバー」も全米7位のヒットを記録した。

ボクは、66年、彼らの4作目「カム・オン・レッツ・ゴー」が、大好き、

イギリスっぽい曲調のグループですが、彼らはアメリカのグループなのです。

その後の彼らは、バート・バーンズが亡くなったことにより、

アイドル路線からの脱皮を図るため、レコード会社を移籍しますが、

大きな評価を得ることはなかったようです。

img2062 img2063

img2059

ボクが小中学生の時代、日本のヒットパレードを賑わせていたのは、

洋楽のポップスを日本語で歌うカバー・ポップスだった。

だから、いまその原曲が流れてきても、日本語の歌詞を口ずさんでしまう。

何度も書きましたが、そもそもボクのコレクションの原点は、

このカバー・ポップスとそのオリジナルの洋盤を集めること。

もちろん、どの曲がカバーされていたかなんて、

すべてを熟知しているわけはありませんから、

中古店で見つけて初めて知ったり、資料本を読んでいて見つけたり。

ボクの本棚には、文学書なんて皆無で、

そんなオールディーズ関係の資料本がいっぱい。

そんな中の、大切にしている一冊は、

シンコー・ミュージック発売の『秘蔵・シングル盤天国・邦楽編』。

シングル・レコードのジャケット写真だけではなく、

96年当時の市場価格を知る上での格好の資料本なのです。

相場価格がSS、S、A~Eに分類されていて、

本当に参考になる貴重なマニア本。

これを見ていると、ボクのコレクションなんて、まだまだ序の口、

少し寂しい気分になります。

というわけで、伊東ゆかりさんのカバー・ポップス、

ニール・セダカの「悲しきクラウン」と、

スリーファンキーズもカバーしたバリー・ダーベルの「涙の日記」。

チンクェッティの「愛はすぐそこに」と、

スティーヴ・ローレンスの「恋のブルー・アイズ」。

この2枚、この本にはありませんでしたが、

さしずめBランク、5,000~10,000円といったところでしょうか。

book10 img2060
img2056

65年全米52位、ロネッツの「ボーン・トゥ・ビー・トゥギャザー」、

おなじみ、バリー・マン&シンシア・ウェイルの作品です。

そして、68年全米2位、“草原の狼”ステッペンウルフの「ワイルドでいこう!」、

ご存知、『イージー・ライダー』の主題歌です。

そしてそして、キムタクのテレビドラマで有名になった曲、

85年、フレディ・マーキュリーの「アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」。

この3曲の共通点は、Born To ・・・。

Born To は、“~のために生まれる”ってこと。

「ワイルドでいこう!」の原題は「Born To Be Wild」。

ものすごくいい邦題ですね。

この法則に倣えば、ロネッツのは「トゥギャザーしようぜ!」ってことになる?

これじゃ、まるでルー大柴だね。

フレディのは、「オレはお前を愛するために生まれた」ってタイトル。

ライトハウス英和辞典の例文によると、

Mozart was born to be a musician.

モーツァルトは音楽家になるように生まれついていた、ということになる。

以上、“中学生のための楽しい英語講座”でした。

img2057 img2058
img2054

“マシュマロ坊や”ジョニー・シンバルくんの最後のチャート・ヒットは、

63年全米77位、「ダム・ダム・ディ・ダム」。

誰もが知っている、あの結婚行進曲をヒントに作られた曲で、

「ミスター・ベースマン」や「僕のマシュマロちゃん」でもおなじみの、

ロニー・ブライト氏の低音ボーカルとの掛け合いが魅力的です。

もちろんこの曲も大好きなのですが、

今夜まな板に上げるのは、B面の「恋のティアワナ」。

やはりブライト氏の低音もフィーチャーされた曲で、

メキシコのティアワナでサーフィンをやろうぜ、という

ゴキゲンなサーフィン・サウンドなのですが、

なぜか、このB面曲がもう1枚の日本盤シングルではA面曲に収まっている。

しかも、そのタイトルは、「サーフィン・ティア・ワナ」。

それだけなら、よくあることなのですが、

原題に注目なのです。

「恋のティアワナ」は、「Tia Juana」、

「サーフィン・ティア・ワナ」は、「Surfin’ At Tia Juana」。

初めは違う曲だろうと思っていたのですが、

聴いてみるとまったく同じ曲。

原盤からしてそうなのか、日本でのみの変更なのか、

調べてみたけれどわからず、とても興味あるのです。

ちなみに、「サーフィン・ティア・ワナ」のB面「インディアン・ギヴァー」にも

ロニー・ブライト氏のインディアン風の掛け声が入っています。

img2055
img2053

ジェームス・ヒルトンは知っているけれど、ヒルトン・ジェームスは知らない。

ジョニー・クロフォードの「涙のエンジェル」は知っているけれど、

(08年11月23日参照)

この「涙のエンジェル」は原題が違う。

バッドフィンガーやニルソンの「Without You」は知っているけれど、

(09年10月19日参照)

この「Without You」はそれとは違うようだ。

でも、「アイドルを抱きしめろ」なんて邦題、これは買いだね。

数年前このレコードに出合った時、きっとボクの思いはこんなものだっただろう。

これまで一度も聴いたことがなかったけれど、

聴いてみると、これはいい!

「アイドルを抱きしめろ」も「涙のエンジェル」も、ものすごくいい!

というわけで、ヒルトン・ジェームスなるアーティストについて調べてみるも、

一切の詳しい情報は得られず、

レコード・ジャケットにあるライナー・ノーツのみ。

彼は、44年、ハリウッドの生まれ、

このレコードは65年の発売らしい。

“彼はきっと未来の大スターになる”と占星師は言ったらしいけれど、

その後彼はどうなったのか・・・、情報はない。

“アイドル”という言葉に惹かれて、戯れに買った1枚は、

ボクにとって、違った意味での“掘り出し物”だった。
img2051

もう37年も前、香川県の自治体が主催する競輪の、

当日の結果と翌日の出走表を愛媛の新聞に載せるため、

休日の夕方、その原稿を電話で受ける仕事があった。

特別の手当てが出る仕事だったから、ボクらにはいい小遣い稼ぎ。

その香川県の自治体主催競輪が今年で終わるという。

競輪はまだまだギャンブルのイメージが強く、

ボクの住む町でもギャンブル色払拭に余念がない。

そんな意味では、競馬は一歩リード、競艇も競輪も早くそうなるといいね。

一方、自転車はエコな乗り物として、そして、健康の一環として、

今、話題にのぼる機会が多い。

自転車に乗る人の交通ルール違反とかマナー違反とか、

そんな深刻な話題もあるね。

なんて考えていたら、「バイシクル・レース」が聴きたくなった。

78年全英11位、79年全米24位のクイーンのヒット曲、

フレディ・マーキュリー作の、どこから聴いてもクイーンのスタイル。

競輪は、ヨーロッパでは人気のスポーツ、

早く日本でもそうなるといいね。

そんなことを思いながら、「バイシクル・レース」を聴いていたら、

口直しに・・・、イヤ耳直しに・・・(失礼!)、

さわやかな自転車の歌を、もう一曲、

小坂一也さんの「青春サイクリング」を。

♪~ みどりの風も さわやかに

   にぎるハンドル 心も軽く

   サイクリングサイクリング ヤッホーヤッホー ~♪

img2052
img2049

70年夏、毎日毎日ラジオから流れてきたリズミカルな曲は、

全米5位、全英16位、Vanity Fareの「Hitchin’ A Ride」。

グループ名の意味するところは“虚栄の料金”、

料金、Fareは、見本市とか博覧会を意味するFairをもじった、

彼ら一流のシャレだと言われている。

そして、タイトルの「Hitchin’ A Ride」は「ヒッチハイク」のこと、

なのに、あえて邦題は「夜明けのヒッチハイク」。

なぜか?

その答は、彼らの前作のヒット曲にある。

その曲は、69年全米12位、全英8位、「Early In The Morning」。

邦題は「幸福の朝」、

この時から、日本では彼らは“朝の”グループになってしまったのかも・・・。

というわけで、“夜明けの”が付いてしまったのだと思う。

蛇足ながら、この「幸福の朝」は、

そう、日本ではクリフでヒットした「しあわせの朝」なのである。

クリフのシングルには“これぞオリジナル本命盤”とあるが、

本当の本命盤はバニティー・フェア、

クリフ盤は日本でしかヒットしていない。

グループ名の表記も、バニティー・フェアが、

「夜明けのヒッチハイク」時には、ヴァニティ・フェアに変更。

どうだ!シングル盤コレクションは、こんなに楽しい。

img2050 img1202
img2048

♪~ ダーリン ボクに頼っていいよ

   太陽が海の水を干してしまうその日まで

   いつまでも変わらない

   ボクの心を君に捧げよう ~♪

「Devoted To You」、

邦題は、「君に捧げん」。

まるで、女性と男性のデュエットのように聞こえる見事なハーモニーは、

ロックンロール界に革命をもたらしたエヴァリー・ブラザーズ。

とてもとても美しい、バラードの名曲である。

58年、ビルボードの週間チャート最高位10位でありながら、

R&Bチャート2位、カントリー・チャート7位、と、

そのジャンル扱いに困惑がみられる。

2歳違いのドンとフィルのエヴァリーズは、

サイモン&ガーファンクルはいうまでもなく、

ビートルズやバーズにも多大な影響を与えた。

ロックンロールに、ポップの趣と美しいハーモニーを付加した、

その功績には計り知れないものがある、とボクは思う。

数ヵ月前、彼らの珍しいTシャツをゲットした。

いつの間にか、アーティスト・Tシャツを揃えるのもボクの趣味に加わったようで、

いつものイギリスのショップにオーダーした。

もうそろそろ、Tシャツの季節はおしまいだけれど、

寒さをちょっと我慢するのもいいかな、と思っている今日この頃である。

ts18

img2046

この曲、オールディーズの定番、

Dionの「Runaround Sue」。

08年8月29日に紹介したように、

ダイオンの「悲しい恋の物語」は、61年全米1位でこの世に登場した。

そして、73年7月、ディオンとベルモンツ名義で日本で再発売、

タイトルは「浮気なスー」と変えられていた。

このレコードは、72年のリヴァイバル・ショー時の再録音で、

珍しいライヴ盤シングルである。

日本でのカバーは、10年6月13日に書いた、

62年スリーファンキーズの10インチLP収録、

タイトルは「悲しき恋の物語(浮気なスー)」であった。

しかし、2枚組CD『スリーファンキーズ・コレクション』収録時、

そのタイトルは「浮気なスー(悲しき恋の物語)」となった。

日本語カバーのもう1枚は、62年のシングル盤、

伊藤素道とリリオ・リズム・エアーズ「悲しき恋の物語」。

こちらのコーラスは、原曲に忠実、

♪~ ヘッヘッ トンデヘレヘレ ヘッヘッ ~♪

スリーファンキーズとは日本語の歌詞違いで、途中から英語になる、

コミック・バンドのイメージとはかけ離れた、最高にカッコイイ曲。

このコーラス、正確には、

♪~ Hayp hayp,

   Bumda hady hady,hayp hayp ~♪

img2047
img2045

またまた、青春話です。

青春、は、英語では、Youth、

ボクのコレクションに、この単語が入った曲を見つけることはできませんでしたが、

フランス語の“青春”が入った曲を見つけました。

青春、は、フランス語では、Jeunesse、ジュネス。

その曲は、68年の「Ma Jeunesse Fout Le Camp」、

邦題は、「もう森へなんか行かない」、

あの、フランソワーズ・アルディの名曲です。

“アンニュイの女王”、“大人のフランス女性の代表”、

ボクが思う、彼女のイメージはこんなところでしょうか。

ボクの疑問、

「Ma Jeunesse Fout Le Camp」は直訳すると、

「私の青春は行ってしまう」。

この曲のタイトルでもあり、

歌い出しの歌詞でもあるこの言葉が邦題にならないで、

日本の歌謡曲で言うならば、2番の歌い出しである、

♪~ Nous n’irons plus au bois ~♪

“私たちはもう森へなんか行かない”、を邦題にした、

その真意やいかに?

レコード・ジャケットにある訳詩を繰り返し読んでみると、

その理由がなんとなくわかる気もするけれど、

邦題をつけた人に語ってほしいと思う。

フランスの青春は、純情で、悲しくて、儚い、

そんなイメージがある。