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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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62年10月5日、ビートルズはレコード・デビューした。

その曲は、「Love Me Do/P.S.I Love You」。

この、ポールが歌った2曲は、全英最高位17位に終わったけれど、

彼らの輝かしい歴史の幕開けとなった。

その記念のシングルは、Parlophone、№45-R 4949 MONO。

もちろんファースト・プレスではないけれど、

できるだけ同じものを、との気持ちで持っていた1枚です。

LPデビューは、63年3月22日『Please Please Me』、

Parlophoneのモノロルのファースト・プレスともなると、

eBayで300~1200ドルもするMonoですから、

いまさらゲットする気持ちもなく、

持っていたアップルのステレオ盤でお茶を濁させてください。

「ラヴ・ミー・ドゥ」がアメリカでチャートインしたのは、

64年5月全米1位、

「ピー・エス・アイ・ラヴ・ユー」は同6月10位と両面ヒット。

日本では、64年5月5日、オデオンから、

「オール・マイ・ラヴィング」のB面としてリリースされたのです。

デビュー曲「ラヴ・ミー・ドゥ」は、

ビートルズ・マニアからの評判は決していいものとはいえないようですが、

彼らの記念すべき曲として永遠に残る1枚です。

ビートルズ50周年、秋に向けてどんな1年になるのでしょうね。

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先日、「ダンデライオン」をテーマに書いたけれど、

タンポポ占いがテーマだったり、

空を飛んでゆくタンポポの種や、

空に向かって咲くタンポポのことをイメージした歌だった。

それがどうだ!

タイトルが「たんぽぽ」と日本語になったとたんに、

野に咲く可憐な花をイメージした歌になってしまった。

71年、ガロのデビュー曲「たんぽぽ」は、ボーカルの作詩、マークの作曲、

曲自体は静かで、ファンタジックな内容だけど、

別に「たんぽぽ」ってタイトルじゃなくてもいいよね。

75年、太田裕美2枚目のシングル「たんぽぽ」は、

♪~ 灰色した舗道の隅に咲いた たんぽぽ

   そんな小さな花のように

   そばにおいてください ~♪

作詩・松本隆、作曲・筒美京平、デビューからのチーム裕美。

「たんぽぽ」つながりの、ガロのボーカルと太田裕美、

今、なごみーずとして一緒に活動しているのも何かのご縁ですね。

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ビルボードのトップ40チャートにたった一度だけシングルが登場した、

そんなアーティストのことを“ワンヒット・ワンダー”という。

ボクの手元にある『Billboardただ1曲のスーパーヒット』という本、

その中にはボクのコレクションにある多くのレコードが登場する。

ヒットはただ1曲だけ、

納得のアーティストもいれば、

えっ!なぜ?と疑いたくなるようなビッグ・ネームも居る。

ここに登場すること自体、ビッグ・ネームでないはずなのに・・・。

そしてその多くは、もうすでに紹介してしまったけれど、

漏れていた、大好きな1枚がある。

63年全米18位、シークレッツの「ボーイ・ネクスト・ドア」。

ジョシー、クラーゲン、パット、キャロルの女性4人組。

当時のアメリカではよくあったことだったけれど、

ハイスクールのダンスパーティで歌っているところをスカウトされ、

地元のクラブで歌うようになり、そこでレコード会社にスカウトされ、

ひとつのキャラクターを与えられて、レコード・デビューする。

彼女たちが与えられたキャラクターは、“エンジェルスの妹たち”、

とくれば、当然ボクは大好き、という方程式。

粗製乱造の時代に咲いた一輪のあだ花、

ワンヒット・ワンダーズのそんな儚さが魅力的なのである。

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ふたりのボビーは、揃ってカントリー・シンガーである。

まずは、ボビー・ウッド。

彼の名前はビルボードのデータには見つからない。

しかし、65年8月に日本でリリースされた「悲しきパラダイス」は、

当時ラジオのリクエスト番組のベスト10をキープしていた。

それほどの、日本でのみのヒット曲なのである。

歯切れのいい、ノリのいいリズムで、

カントリーというより、オールディーズ・ポップスの王道。

一方、ボビー・エドワーズの「ユア・ザ・リーズン」は、

61年11月ビルボード11位の大ヒット曲。

クラシックなコーラスと、ファルセットを交えた、

典型的なカントリー・ソング。

当時10歳のボクが知るわけもなく、

この曲を知ったのはごく最近になってから。

数あるボビーの名をもつオールディーズ・シンガーの中でも、

抜群にマイナーなふたりのカントリー・ボーイ。

日米での評価、その曲調、ともに好対照、

けれど、この2曲、大いなるマイ・フェバリッツなのである。

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今日は61回目のボクの誕生日です。

トウニョーの身には禁断のケーキも食べちゃいました。

さて、ブログを初めて5回目ともなると、

誕生日関連のレコード探しもタイヘンです。

というわけで、ボクの誕生日なのに、「君の誕生日」を。

マーク、トミー、ボーカルのガロ、5枚目のシングル曲というのも何かの縁。

トミーは亡くなり、ボーカルはコンサートを見に行ったことがある。

マークは今何をしているのだろう?と思っていたら、

彼のブログを発見した!うれしいですね。

彼らの歌は、ボクの大学時代の多くの思い出とリンクしている。

数枚持っている彼らの他のシングルについては別の機会に語ってみたいと思う。

と、書きながら思い出した、もう1枚、誕生日つながりのシングルが・・・。

“横浜銀蝿の妹”岩井小百合ちゃん、2枚目のシングル、

「ドキドキHeartのバースデイ・パーティー」、

歌は、銀蝿の女の子版そのもの。

彼女はボクが認定したオールディーズの香りがするアイドルのひとり、

それなのに、気がついたら彼女の曲はまだ1枚しか紹介していなかった。

08年2月17日、ボクの中では最高の疑似オールディーズの1曲です。

ベタな情報ですが、1月23日は『ワンツースリーの日』で、

何か新しいことを始めるきっかけの日、

人生に対してジャンプする気持ちを持とうという日、だそうです。

ちょっとうれしくなりました。

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高校の同窓生の皆さんが、時々ボクのブログを見てくれているようで、

先日の“ダンデライオン”話がMLの話題に。

その時出てきた『サウンド・オブ・ミュージック』話を契機に、

コレクションのストック棚を探したらこのレコードが出てきた。

ボクにはこの映画を見た記憶はないけれど、

「ド・レ・ミの歌」と「エーデルワイス」は有名だから知っている。

このレコード、久しぶりに、というか、もしかしたら初めて聴いて、

「サウンド・オブ・ミュージック」という歌があったことを知った。

興味が薄いということは罪でしょうか?恥ずかしくなった。

それと、「エーデルワイス」って、トラップ大佐とのデュエットだったのですね。

もう1枚、ジュリー・アンドリュースのレコードが出てきた。

『メリー・ポピンズ』のEP盤で、

このレコードのことはよく覚えている。

収録曲の「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」、

「Supercalifragilisticexpialidocious」、

この舌を噛みそうな早口言葉のような歌が好きで買ったもの。

この世のものとは思われないような

美しい脆さの翼をもって人の手から飛んでいってしまうもの、

といった意味、らしい。

魅力的な歌ですよ。

ところで、ジュリー・アンドリュースで思い出したけど、

沢田研二さんは彼女の大ファンだったことから、

自分のニックネームを“ジュリー”にしたそうです。

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♪~ 木枯らしに 負けそうなの

   背中に あなたの声が

   今もきこえてる 寒い空 ~♪

今朝、通勤の途中から、この歌詞が口について、

一曲全部歌ってしまった。

昔知っていたとはいえ、歌詞が次から次へと口をついて出てくる。

ところが、どうしてもタイトルが思い出せない、

アグネス・チャンの歌であることはわかっているのに。

♪~ この次会う わたしを見てて

   変わります 愛がひとつ

   世界ひろげて くれたのです ~♪

全部歌いきっても、タイトルらしき言葉は出てこない。

74年12月21日発売の「愛の迷い子」(安井かずみ・平尾昌章)。

ものすごくすっきりしました。

最近、アグネスがテレビに出てきて歌う歌は、

72年デビュー曲の「ひなげしの花」(山上路夫・森田公一)ばかり。

アグネスの歌ファンのボクは、

74年「美しい朝がきます」(安井かずみ・井上忠夫)や、

76年「恋のシーソー・ゲーム」(落合恵子・井上忠夫)も、

歌って欲しいと思う。

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今年のお正月、久しぶりに思い出したことがあった。

時は7年前の2005年、

ビル・ヘイリーと彼のコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」を

ロックンロール時代の始まりだという仮説に立てば、

この年はロックンロール創始50年。

これを記念して、地元のFMで特別番組をやることになった。

1月1日元旦、夜8時30分から10時までの1時間半、

タイトルは、『What a Strong Oldies!』。

出演者は、この番組のディレクター氏とボクのふたりだけ、

“ボクのレコード・コレクションから、昔の曲をかけるという

 新年早々なんともワガママなプログラムで恐れ入ります”

とボクがコメントしたのを覚えている。

オールディーズ・ポップス&ヨーロピアン・オールディーズ&日本のカバー・ポップス、

の三部構成で、回したレコードは合計18枚。

どこかに同録CDがあったはずだ、というわけで、

久しぶりに聴いてみたのですが、

ちょっと恥ずかしくなって、ホンの10分ばかりでやめてしまった。

そんなこんなで、今夜の選曲はStrongの付く曲を、

と探し出したのは、ブレンダ・リー「カミング・オン・ストロング」。

66年全米11位、デビューから10年目、

キャリア豊かな彼女の終盤の大ヒット曲です。

なぜかボクのコレクションに彼女のレコードはほとんどない、

なのになぜ、このレコードを持っていたのか、

???なのですが、Strong繋がりということで・・・。

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明確な定義があるわけではありませんが、

“カルトGS”と呼ばれるには、いくつかの条件があります。

まずは、そのグループやその曲が流行らなかったこと、

ファッション、あるいは楽曲が変なこと、

こんなこと考えていっても誰も興味ありませんよね。

その多くは、ボクが高校3年生から浪人の時代にかけて、

GSブームの終焉とともに出現してきたのです。

そんなグループの中で、ボクは、

自分が好きだった曲のレコードしか持っていないのですが、

今、買い損なった何枚かを手に入れようと思うと、これはタイヘン、

10年前頃は中古店にあまり出ていなかったのですが、

ネットの時代になった昨今はオークションで容易に見つけることが可能です。

しかし、あまり売れていない、ということは、市場にある枚数が少ない、

そんなわけですから、軒並み5,000円以上、

世の中、ドウカシテルゼ!(ブラマヨのブツブツのギャグ)

さて、今日の1枚は、

“日本初のソフト・ロック”と銘打ったハーフ・ブリード。

名前の通り、約1名を除いてハーフのグループ、

デビュー曲は「不思議な夢」、

美しいストリングスをバックに歌う、大好きな1枚です。

ところで、“日本初のソフト・ロック”グループというキャッチは、

前回のフィンガーズもそう言われていたのですが、

ハーフ・ブリードのデビューは69年1月なのですから、

こちらの方が後ですね。

でも、レコード会社の売り出し方なんて、当時はこんなもの、

第一、ソフト・ロックかどうかなんて、ファジーなものなのですから。

彼ら、今どうしているんでしょうね・・・。
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67年、高校生の頃、「ダンデライオン」という言葉を初めて聞いた。

友人たちは、刑務所の鉄の扉が閉じられるSEで始まるA面曲、

「We Love You(この世界に愛を)」の方が好きだったけど、

ボクの好みは、迷うことなく、ストーンズらしくない「ダンデライオン」だった。

そして、Dandelionがタンポポのことだと知った。

タンポポの黄色い花がライオンのタテガミのようだからね、

そんなイメージを持っていたけれど、

その語源は、フランス語のdent-de-lion(ダン・ド・リオン)、

“ライオンの歯”、タンポポの葉っぱのギザギザがそれに似ているからって、

えっ、葉っぱの方かいっ!って思った。

その後、ダンデライオンは、会社名だったり、お笑いコンビの名だったり、

バンドの名前だったり、漫画のタイトルだったり・・・。

ストーンズの「ダンデライオン」は、

67年全米14位、タンポポの種を飛ばすタンポポ占いの歌らしいけれど、

83年、松任谷由実の美しい曲「ダンデライオン」も、

♪~ 風に乗り飛んで来た はかない種のような

   愛はやがて来る冬を越えてゆく ~♪

やっぱり風に飛ぶタンポポの種をテーマにしていた。

中古レコードのセールでタイトル買いしたもう1枚の「ダンデライオン」は、

ハンガリーのグループ、ニュートン・ファミリーの81年の曲。

あまり興味のないグループだったけれど、

こちらは、泣くのをやめてタンポポのように顔を上げて空を見上げてごらん、

そんな元気応援ソングだという。

こうしてブログに取り上げることができたのだから、

あながち無駄遣いでもなかったようですね。

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72年、日産スカイラインのCMでおなじみの曲、

と言えば、バズのデビュー曲「ケンとメリー~愛と風のように~」。

♪~ いつだって どこにだって

   はてしない 空を風は歌ってゆくさ ~♪

これは“カルトGS”じゃないですよね。

まあまあ、そう早まりますな!

この曲の作者であり、プロデュースしたのは、

あのYMOの高橋幸宏さんのお兄さん、高橋信之氏。

彼がこの3年前まで在籍していたグループこそが、

ザ・フィンガーズ。

フィンガーズは、63年高校生のノグループとして結成、

65年からは、コンテスト荒らしとして、数々のエレキ合戦に出場、

賞を総ナメにしていた。

66年、フジテレビ『勝ち抜きエレキ合戦』で日本一になったことから、

翌年インスト・シングルでレコード・デビューした。

高橋氏以外のメンバーは、代議士の孫や財閥の御曹司ばかりの

“坊ちゃんGS”だったけれど、

リードギターは名手・成毛滋さま。

3枚のすばらしいインスト曲をリリースした後、

高橋氏と成毛滋さまを残してメンバー・チェンジ、

日本初のソフト・ロック・グループというフレコミでボーカル曲をリリース、

それが、68年の「愛の伝説」。

ここで、ついに“カルトGS”に名を連ねることになってしまった。

とはいうものの、ボクにとっては、思い出の尽きないGSのひとつ、

デビューのインスト曲を購入しようかどうか、もう少し悩もうと思う。

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60年、全米1位でブレイクした“ビキニ坊や”ブライアン・ハイランドくん、

時に16歳。

もちろんボクの大好きな歌手のひとりですが、

当初は、彼がティーンエイジャーの頃のアイドル時代の曲しか持っていませんでした。

ある時、26歳になった彼の本当にすばらしいLPに出合って、

あらためて大ファンになってしまいました。

この辺のことは、これまでに何度かブログに書きましたが、

先日、ポッカリ空いた23歳の頃のシングル盤を手に入れました。

アイドル時代とも大人の時代ともちょっと違う、新発見でした。

♪~大人の階段登る~♪(byH2O)頃の彼もものすごく素敵でした。

ボクが聴いたのは「Run,Run,Look And See」。

66年全米25位、バブルガム・チックなノリのいい曲でした。

最高です、この曲!

こんなシングルが手に入るのもeBayのおかげです。

ピクチャー・スリーブ入りなのもオランダ盤ならでは!

10代のアイドル時代、

ちょっと限界を感じた過渡期の時代、

そして大人の歌手へと成長した円熟の時代、

全シングルを持っているわけではありませんが、

それぞれの時代の代表曲を、時系列で聴くのもまた楽しいもの。

27歳以降の彼も追求してみたい気がしてきました。
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新しい年も一週間を経過しました。

今日は今年初めての土曜日。

69年12月、黛ジュン、石原プロモーション所属としての最後のシングル、

「土曜の夜何かが起きる」。

今日は今年初ラウンドでしたが、夜になって起きたことといえば・・・、

七草粥を食べたことぐらい。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、

全部入っていたかどうか定かではありませんが、

“縁のもん”ですから、まあいいでしょう。

でも、確か、本当は1月7日の朝に食べるのが正式だったような・・・。

このブログに何度か登場しましたが、

黛ジュンは高校時代のフェバリットな歌手のひとりです。

まだ紹介していなかった彼女のシングルを引っ張り出しました。

67年7月のセカンド・シングル、「霧のかなたに」。

69年6月、7枚目のシングル、「雲にのりたい」。

レコード・ジャケットを見て思い出しましたが、

60年代後半から70年代にかけては、

ミニスカートが流行っていましたね。

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男性デュオ、と言えば、エヴァリー・ブラザーズ、サイモン&ガーファンクル、

ジャンとディーン、ピーターとゴードン、を思い出しますが、

同じ時代に、同じようなテイストで活躍したのに、

なかなか出てこないのが、チャドとジェレミーではないでしょうか。

彼らはイギリスのフォークロック・デュオにして、シンガー・ソングライター。

63年のデビュー曲「イエスタデイズ・ゴーン」は全英39位ながら、

半年後には全米で21位のヒットとなりました。

イギリス人ながらアメリカの方でヒットを飛ばすところなどは、

アメリカ人ながらイギリスでヒットを記録したウォーカーズの逆パターン。

彼らの最大ヒットはセカンド・シングル「A Summer Song」で、

64年全米7位、キャッシュ・ボックスでは2位の大ヒットとなりました。

「そよ風のキッス」という素敵な邦題が付いています。

ボクの好きなもう一曲は、この2曲と同タイプの、

65年全米17位、キャッシュ・ボックス4位の

「Before And After」、

まるでどこかのテレビ番組のようなタイトル、

フランスの45回転4曲入りシングルを持っています。

彼らはその後66年頃からはサイケデリック路線に転向して、

ボクの興味から離れてしまいますが、

その時代の彼らが大好きという友人もいるのです。

チャドとジェレミー、繰り返し聴くほどに味わい深いふたりです。

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月に1回のレコード・コンサート、今月は第2水曜日、

テーマは“ボビーに首ったけ”。

数多くのオールディーズ・アーティスト“ボビー”たちのヒット曲の特集。

というわけで、遅ればせながら、準備のために、

お正月に“ボビー”たちのレコードをピックアップしました。

と、その前に、テーマ曲「ボビーに首ったけ」の最後の1枚を見つけました。

62年12月1日付で全米チャートで最高位3位を記録したのは、

09年12月17日に紹介したマーシー・ブレーン、

ですが・・・、

偶然にも同じ62年12月1日付で全英チャートで最高位3位を記録したのは、

イギリスの妖精、スーザン・モーン。

マーシー・ブレーン、パティ、後藤久美子ちゃん、伊東ゆかりさん、と、

「ボビーに首ったけ」シンガーを紹介してきましたが、

ボクのコレクションではこのスーザン・モーンで完結です。

さて、ボビー特集の方ですが・・・、

もうこれまでに本当にたくさんのアーティストを、

そして彼らのヒット曲を紹介してきましたが、

まだ居ました、ありました、美しい美しいバラードが。

68年4月13日から5週連続№1、

ボビー・ゴールズボロの「ハニー」。

冒頭のワン・フレーズ、

♪~ See the tree, how big it’s grown ~♪

のインスピレーションを得て、イメージをふくらませ、

一気に仕上げた作詞・作曲家は、ボビー・ラッセル。

まさに、ボビー・コンビによる№1ヒット曲なのでした。

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年末の紅白を見ていて、一番印象深かったのは松田聖子母娘、

彼女の声のファンのボクには、とても残念でした。

今では、B’zの45曲、KinKiの30曲、

ミスチルの29曲、浜崎あゆみの25曲と抜かれてしまったけれど、

デビュー3曲目のシングルから26曲目のシングルまで

連続24曲№1は当時は快挙でした。

久しぶりに聴く聖子ちゃんの声は、

ボクの記憶にあるものとは大きく違っていました。

楽曲の選び方なのでしょうけれど・・・。

というわけで、新年早々昔の曲を聴いています。

♪~ 何もかも ~♪

まずは、4枚目にして2曲目の№1、「チェリーブラッサム」。

となれば、5枚目、♪~ 髪を切った私に ~♪ 「夏の扉」、

6枚目、♪~ お願いよ ~♪ 「白いパラソル」、

財津和夫作曲の三部作、いいですね。

ボクは、テビューから21曲目までのシングルを持っていますが、

まだ、紹介していなかった2曲目、小田裕一郎の「青い珊瑚礁」。

♪~ ああ私の恋は 南の風に乗って走るわ ~♪

ちょっと数えてみたら、

このプログで紹介した聖子ちゃんのシングルは全部で13枚。

あと8枚、またの機会に紹介したいと思います。

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