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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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11年11月7日の続きです。

女はシェール、男はソニー。

65年8月、ソニー&シェールで全米№1を獲得するも、

ふたりは、並行してソロ活動も続けていた。

シェールは、

ソニーの作詞作曲、プロデュースの「バン・バン」で、

66年4月全米2位のヒットを放ち、

この曲で日本でも広く知られることとなった。

そして、71年以降99年までに4曲を全米№1に送り込み、

20世紀を代表する女性ポップ・シンガーとして、

そして、女優として、恋多き女性として、大成功を収めるのです。

一方、ソニーは、

65年9月、自作の「ラーフ・アット・ミー」で全米10位を記録するも、

日本ではそんなにブレイクすることもなく、

離婚後は俳優、作家として活動していたという。

そして、94年、ボクたちは彼が上院議員に当選したというニュースを聞く。

政治家として「著作権延長法」の立案という活躍を知ってからまもなく、

久しぶりに消息を知ったのは、98年スキー場で事故死、というものだった。

ソニー・ボノ、思う存分生きた62年余の人生、

そんなソニーの人生、ボクは結構好きですよ。

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待ちに待った1枚のシングルが今日ようやく届きました。

eBayからの連絡によると、発送されたのが1月30日、

27日もかかったことになります。

売り手は、“世界一テキトーな国”“世界一ユルイ国”と評判のイタリア、

ミラノ、セスト・サン・ジョヴァンニの中古ショップ。

珍しく13ドルという高い送料は、書留便だったからだろうけれど、

なぜこんなに遅くなってしまうのでしょう。

さて、30ドルで入手したこの1枚は、

テリー・ランダッツォの「Echoes」、62年のリリース。

日本でも、63年に「悲しきこだま」のタイトルで発売されたけれど、

この国内盤は言うにおよばず、輸入盤もめちゃくちゃレア。

テリー・ランダッツォは、イタリア系アメリカ人、

イタリア盤を入手できた、というのも何かの縁でしょう。

このブログでは、もう何枚か彼のシングルを紹介しましたが、

テリーは歌手としてより、プロデューサー&ソングライターとしての方が有名。

なのに、この「Echoes」は、キング&ゴフィン&シンシア・ウエイル。

♪~ Echoe echoe ~♪の女声コーラスから始まる、

とても日本人好みの一曲です。

うれしいナァ!
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カメちゃんの『亀渕昭信のロックンロール伝』を読んだ。

サブ・タイトルにあるように、

“ビートルズ以前、16歳の僕はドーナッツ盤に恋をした”

恋敵のボクとしては、ぜひ読まなくっちゃというわけで、

大先輩のいいお話を堪能させていただいた。

その中でも、ボクがあまり関心のなかったセンテンスに興味をひかれ、

ちょっとチャレンジしてみる気になったのが、

“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソンのルーツ。

ボクにとってのマイケルは、ジャクソン・ファイブで終わっているけれど、

一般的には、そこからが彼の花道。

あの、歌って踊るエンターテナーとしてのルーツは、

ジャッキー・ウィルソンというR&Bシンガーにあった。

その唱法は、“ミスター・エキサイトメント”と呼ばれる程パワフルで、

軽やかにステップを踏み、時々短い叫び声をあげ、ステージ狭しと動き回る、

途中で着ていたジャケットをさっと脱ぎ、すっと肩にかける、

そんなパフォーマンスだった、という。

早速、63年全米5位「Baby, Workout」を入手、

邦題は「狂熱のロック・ロック・ロック」。

その姿が目に浮かぶような、いわば“ポップなジェームス・ブラウン”。

ついでに、彼のもうひとつの代表曲、

59年全米7位「ロンリー・ティアドロップス」。

タイトルから、ムーディーなブルースかと思いきや、

ゴキゲンなウキウキ・ロックンロールである。

まだまだ知らなかった世界があることがうれしい、

いやぁ、カッコいい!今度はDVDが欲しいね。

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GS分析によると、

スパイダースとブルー・コメッツの時代を第一世代、

タイガースとテンプターズの時代を第二世代、という。

そして、カルトGSの多くは、第三世代のスターを目指していたのである。

実力の有る無しは関係なく、曲調やファッションもさまざまな、

多くのグループが次々とデビューした。

この第三世代のエースを目指したバンドのひとつが、

68年9月、「マイラブ・マイラブ」でデビューしたヤンガーズ。

全国からスカウトしてきたメンバーで結成され、ローティーンに人気があった。

両面とも、ボクと同い年の最年少ギタリスト鈴木陽一の作詞作曲、

ボクは、B面の「離したくない」の間奏のギターが好きだった。

GSは、66年から約4年間の短いブームだったけれど、

GS楽曲を多く作詞した橋本淳さんによると、

この短命は、ブームに乗り遅れたレコード会社の戦略によって意図されたためだという。

さて、ごく最近、悩みに悩んで、1枚のシングルをゲットした。

その曲は、当時ラジオでスポットCMがいっぱい流された曲、

これがGSなのか、と驚くすばらしいインスト曲。

成毛滋のギターに心洗われる哀愁の「灯りのない街」、

67年2月、フィンガーズのデビュー曲である。

作曲は、高橋幸宏さんの兄貴、高橋信之さん、

何度聴いても、いいなあ~。

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真夜中の午前3時、彼女はふと目を覚まし、ノートに走り書きをした。

“Billie Joe MacAllister jumped off the Tallahatchie Bridge.”

この言葉からどんどんイメージが膨らみ、このミステリー仕立ての歌になった、という。

英語がわからないボクたちには、この淡々と語るような長い歌の魅力が理解できなかった。

67年全米1位、ボビー・ジェントリーの「ビリー・ジョーの唄」。

ボビー、といっても男性ではなく、

歌が上手く、作詞作曲の才能にも恵まれた、とても美人の白人女性である。

“ビリー・ジョーは何を橋から投げたのか?”

“なぜ、その翌日彼はその橋から身を投げたのか?”

何年にも渡り、聴く者たちを悩ませたという、不思議な歌詞であった。

76年、この歌は映画化され、

この『ビリー・ジョー、愛のかけ橋』で、ひとつの答えが出されたそうである。

まさに、音楽においての歌詞の役割の大切さを証明した歌であったと言える。

ボクが持っているもう1枚の彼女のシングルは、

69年全英1位、「恋よ、さようなら」。

70年にディオンヌ・ワーウィックがカバーして全米1位になった

バート・バカラックとハル・デヴィッドの名曲である。

原題「I’ll Never Fall In Love Again」に、

「恋よ、さようなら」という邦題をつけたのは、

69年11月5日、ラジオ番組での日本語タイトル募集だったという。

オリジナルは、68年のブロードウェイ・ミュージカルの挿入歌で、

ボビーにホンの少し先駆けて、バート・バカラックがソロでシングル・リリースし、

全米93位を記録した。

(ディオンヌ盤は09年10月21日に掲出した)

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今から27年前の85年2月、

ボクは広告会社の企画室長をしていた。

営業9年を経て、企画担当が欠員になったため異動して2年が経過、

企画担当3年の約束だったため、後任の企画マンを推薦、交渉していた2月。

その後任者は今その広告会社で役員をしている。

そして、11日間のアメリカ西部エグゼクティブツアーに行ったのもこの2月。

1ドルが260円、翌年には160円になるという円高の始まり、

だったのかもしれない。

さて、この2月、アイドル競演、

「卒業」という同じタイトルの曲が3枚リリースされた。

同名異曲が1ヵ月に3枚も、なんて聞いたことがない。

まず2月14日には、わらべのかなえちゃん倉沢淳美、17歳、

♪~ 恋 恋 恋して そっと胸秘めた

   もう もう あなたは アルバムで微笑うだけ ~♪

売野雅勇・林哲司、サビが最初にくる明るい別れ。

次は、21日、斉藤由貴、18歳のデビュー曲。

♪~ 制服の 胸のボタンを

   下級生たちにねだられ ~♪

オリコン6位、今も“卒業”の定番ソング、3曲の中で最もヒットした

松本隆・筒美京平、その歌詞は「木綿のハンカチーフ」の世界を思い出す。

3曲目は、27日、最近何かと話題の菊池桃子、16歳。

♪~ 4月になると ここへ来て

   卒業写真 めくるのよ ~♪

このサビと、やさしい声と、後世に残るジャケット・デザイン、

秋元康・林哲司の、大好きな1枚です。

ボクにも、こんな卒業の思い出、あったかな?

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62年3月全米1位、4月全英2位の大ヒット曲「ヘイ・ベビー」。

この年、ブルース・チャネルがイギリス・ツアーの最中、

リヴァプール近くのキャッスルでコンサートをしている時のこと。

ブルースが記者のインタビューに応えていた頃、

バンドのハーモニカ奏者デルバート・マクリントンは、

コンサートの前座バンドにこの曲のハーモニカの吹き方を教えていた。

それからまもなくして、

この前座バンドのデビュー曲で、「ヘイ・ベビー」のイントロそっくりの

ハーモニカを聴くことになる。

マクリントンにハーモニカを習っていたのはジョン・レノン、

もちろん、前座バンドはビートルズで、

そのデビュー曲は「ラヴ・ミー・ドゥ」。

ボクが先に知ったのは、「ラヴ・ミー・ドゥ」の方だから、

「ヘイ・ベビー」を初めて知った時には、

てっきりブルースがマネしたのだと思っていた。

2曲目のHey!ソングは、63年9月全米10位のヒット曲、

フレディ・スコットの「ヘイ・ガール」。

おなじみのキング&ゴフィンなのですが、

最初は他のアーティストのために作った曲だったそうだ。

ジェリー・ゴフィンによると、スコットの声に魅せられたゴフィンが、

自分がプロデュースしたくて彼に歌わせたのだという。

当時のキング&ゴフィンの中でも玄人好みの洗練された曲で、

80年になってキャロル自身もセルフ・カバーしているのである。

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またまたやってきました、バレンタイン・デー。

チョコはいくつかいただきましたが、

今更愛を告白されるわけでもなく、チョコレートの販促作戦に惑うこともない。

けれど、本人の意思ではないと思うけれど、

2歳の孫からのチョコ・クッキーはとても美味しいね。

というわけで、久しぶりに引っ張り出したのは、

プレスリーの『バレンタイン・ギフト・フォー・ユー』、

彼のラヴ・バラードを集めたアルバムである。

今夜は、その中から、シングル「いかすぜ、この恋」をピックアップ。

原題は「It Feels So Right」、

とてもいい邦題だと思う。

アメリカでは、カントリー・バラード「イージー・クエスチョン」のB面で、

65年全米55位、「イージー・クエスチョン」は11位。

日本ではAB面を逆にしてリリースされたのでした。

この頃のプレスリーは、ライヴで歌ったりすることはなく、

自分をヒーローにした映画に主演し、その中で歌った曲をレコード発売する、

といった、なんとも新しいビジネス手法をとっていた。

わかりやすく言うと、加山さんの若大将シリーズですね。

ということで、これらの曲も映画『いかすぜ!この恋』の挿入歌。

その他にも、「はてなきハイウェイ」とか「僕はきみのもの」なんて曲も。

ついでに、「いかすぜ!この恋」は、

エルヴィス好きの大滝さんがエルヴィスの曲名を繋ぎ合わせた曲のタイトル。

今夜は、西田敏行さんの歌で楽しんでしまったのでした。

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60年全米2位、ボビー・ライデル最大のヒット曲「ワイルド・ワン」。

eBayを始めた頃、勇んで落札したレコードには

大きな傷が一本走っていて、とても聴けたものではなかった。

今月のレコード・コンサートのテーマはGirlで、

タイトルにGirlの付く曲を漁っていて、

このレコードのB面が「Little Bitty Girl」だったために

買い替えを決意した。

少し高かったけれど、ピクチャー・スリーブ付きを手に入れることができた。

今度は満足なコンディション、

コンディション表示は前と同じVG+だったけれど・・・。

コンディション表示は、一般的には以下の段階がある。

いい順に、S → M → NM → EX → EX- → VG++

→ VG+ → VG → VG- → G → F → P。

VG+とは、Very Good Plus、

ボクが入札する基準はいつもVG+以上と決めている。

でも、この表示は出品者の主観で付けるのだからそんなに信用できない。

だから、時々失敗することもあるけれど、

これを恐れていてはオークションにチャレンジすることなんて出来ない。

そんなことを思いながら聴く「ワイルド・ワン」・・・、

いいね。

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ボクの大学生時代といえば、

一番長く時間を過ごしていたのは、下宿とサークルの部室ぐらいで、

喫茶店の片隅でボブ・ディランを聞いていた思い出なんてないけれど、

この歌を聴いていると、まるでそんなことが何度もあったような、

そんな懐かしさを感じてしまう。

当時よく通っていた喫茶店は・・・、

西一万のロングと、千舟町のガールと、平和通りのゆびきりと、銀天街のプランタン。

この歌は、サークルの合ハイでよく歌ったけれど、

♪とっきは流れた~♪は音が高すぎて出ないよね。

流行ったのは73年だったけれど、72年の発売、

「学生街の喫茶店」は、「美しすぎて」のB面だった。

ガロのレコード、確か「たんぽぽ」と「君の誕生日」はもう出してしまったので、

あと、ボクが持っているのは、

2枚目のシングル「地球はメリーゴーランド」、

このレコードを買った頃はガロはまだマイナーだった。

そして、ボクが一番好きだった「ロマンス」は6枚目のシングル、

マークの作曲、マンドリンがいい味を出している。

今一緒に歌ってみるけれど、高い声が出なくなっている自分にガッカリ。

もう1枚、タイトル買いした10枚目のシングル、

74年の「ビートルズはもう聞かない」、

この興味深い詩を書いたのは松本隆さん。

でも、もうボクの好きなガロではなくなってしまったようで、

ちょっと寂しかったことを覚えている。

ガロは、ボクの大学時代とリンクしている思い出のグループである。

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65年夏、ビーチ・ボーイズお得意の西海岸ものは、

全米3位「カリフォルニア・ガールズ」。

もうずっと前のことだけど、

最初に聴いた時、

シンフォニックな、ビーチ・ボーイズらしくないイントロに驚いた。

タイトルから想像していたイメージは打ち砕かれた。

しかし、それはイントロだけで、すぐに彼らのサウンドに戻ったし、

♪~ I wish they all could be California girls ~♪

この、サビのハーモニーは、ボクたちの大好きなビーチ・ボーイズそのもの。

でも、やっぱり気になるあのイントロ。

というわけで、いつの間にかあまり聴かなくなっていた。

そんな時、

ヴァン・ヘイレンのデイヴィド・リー・ロスがこの曲をカバーした。

85年全米3位、

B面リミックス・バージョンは、突然サビのワンフレーズから歌が始まる。

気になっていたあのイントロはなく、

コーラスに、カール・ウイルソンとクリストファー・クロスを従え、

ビーチ・ボーイズらしくアレンジした。

ヴァン・ヘイレンのボーカルとしてのテイストを極力抑えた歌いっぷりに、

ビーチ・ボーイズへのリスペクトが感じられる。

ブライアンのファンには異論もありましょうが・・・、

到底納得されないでしょうが、

ボクは、素人のビーチ・ボーイズ・ファンなものですから、

どうぞ、広い心で許してください。

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55年7月9日にビルボード№1に上り詰めた

ビル・ヘイリーと彼のコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」、

一般的には、この曲がロックンロール第1号の曲だというのが定説。

最近ある雑誌で知ったのは、

ロックンロール第1号曲は「ロケット88」ではないのか、というもの。

早速、「ロケット88」を入手して調査開始。

51年3月5日、後にサン・スタジオとなるメンフィスのスタジオで録音され、

6月9日にR&Bチャート1位を獲得したこと。

シカゴのチェス・レコードは発売に際して、

アーティスト名をジャッキー・ブレンストンと彼のデルタ・キャッツとしたけれど、

実際にバックを務めたのは、キングズ・オブ・リズムというバンドで、

このバンド・リーダーはあのアイク・ターナーで、

ジャッキー・ブレンストンはそのバンドのサックス奏者だったこと。

このヒットでジャッキーは天狗になり脱退、

このクレジットに怒ったアイクはバンドを解散してしまったこと。

ビル・ヘイリーも「ロケット88」をカバーしていたこと。

などなど、おもしろいエピソードがいっぱい。

そして、ロックンロール1号曲については議論百出、諸説紛々・・・。

実際に「ロケット88」を聴いてみると、

アイク・ターナーのリトル・リチャードばりの熱く弾むピアノと、

唸るサックス、ジャッキー・ブレンストンの軽妙なボーカル、

紛れもなく、ゴキゲンな、上質のロックンロールだと思う。

どの曲が第1号でも、結論なんて出す必要もないし、出もしない。

そんな議論を楽しみながら、コレクションは増えてゆくのです。
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会社からの帰り道、ときどき耳にする好きなCMがある。

  押しボタン式の信号が赤に変わり、私は車を止めた。

  ため息がこぼれた、次の瞬間、

  私は魔法をかけられた。

  横断歩道を渡り終えた男の子が、私たちに向かって丁寧に頭を下げたのだ。

  “ありがとうございました”

  思いがけないその仕草は、私を、対向車の人を

  一瞬にして笑顔に変えてしまった。

その情景が目に浮かぶ、

そして、このラジオCMに目頭が熱くなる。

震災直後のテレビで物議をかもしたACジャパンのCMである。

そして、いつもひとつの曲のタイトルが頭に浮かぶ。

83年2月21日発売、岩崎宏美の「素敵な気持ち」。

でも、このレコード、持ってるわけもなく、

ようやくYahooオークションでゲットしてのブログとなった。

久しぶりに聴いてみて、別のびっくり。

83年1月8日全米2位、マイケルとポールの「ガールズ・イズ・マイン」に

似ている・・・、

引っ張り出して、聴いてみたけれど、

やっぱり、似ている・・・。

それはそうと、この頃のマイケルはいい顔してるね。

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洋楽を楽しもうとする時、英語がわからないということが大きなハンデとなる。

だからボクは、歌手名や作者名やタイトルで選ぶのと平行して、

リズムやメロディやハーモニーなど、聴感で、好きな曲を選んでいるのだと思う。

邦楽だったら、歌詞で選ぶという選択肢もあるのにねぇ。

69年全米75位、“牛も知ってる”カウシルズの「ダニエルとジョン:6-6-6」は、

アーティスト名よりもタイトルでコレクションに加えた。

曲は、雷鳴のようなSEと、セリフ入り、好きな構成ですが、

デビュー当時よりはだいぶ音楽的に成長していることが微妙・・・。

原題は「The Prophecy Of Daniel & John The Divine」、

“ダニエルの予言と神たるジョン”、そして6-6-6って何?

神代の昔から私たちの周りには戦争や貧困、自惚れ、虚栄などの破壊的な力があるけれど、

やがてはこの力は無視され、その後には永遠なる平和がやってくるだろう、

というような、聖書の中のエピソードがテーマになっているのだそうだ。

また、6-6-6は、そんな破壊的な力の象徴として表された数字らしい。

余談ですが、1から36までの数字を全部足すと666になる、って知ってました?

そんなことより、「ダニエルとジョン」とくると、

73年全米2位、エルトン・ジョンの「ダニエル」は避けて通れない。

この名曲は、ベトナム戦争から帰還してテキサスの小さな町に戻ってきた男がテーマで、

彼はヒーローのように迎えられたけれど、彼はただ元のように農場で働きたかっただけ、

歌詞自体はまったく違うけれど・・・。

いやぁ~、洋楽って奥深いなあ。

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