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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ブリル・ビルディングのソングライター、バリー・マン、

ボクは、60年代のシンガーとしての彼が大好きだ。

今までにも数枚は紹介したけれど、今夜は未紹介だった2枚をピックアップ。

まずは、後にドーンとして活躍するトニー・オーランドのヒット曲のセルフ・カバー、

62年の「ブレス・ユー」、

この曲は、元々はドリフターズのために書かれた曲だったという。

ABCパラマウント・レコードでのラストシングルで、

シンシア・ウェイルと初めてコンビを組んだ曲、なんだって!

A面の「ティーネイジ・ハズ・ビーン」は、

「フー・プット・ザ・ボンプ」のセルフ・パロディみたいな曲で、

キャロル・キングのパートナー、ジェリー・ゴフィンも作者に名を連ねている。

ブリル・ビルディングで、遊びながら出来上がった曲のような趣。

さて、2枚目は、63年、コルピックス・レコードからの唯一のシングル、

「クラデュエーション・タイム」。

バリー・マンらしい美しい至極のバラードである。

DJ盤で少しノイズが多いのが残念だけれど、

もちろんヒットもせず、何の話題にもならなかったらしいけれど、

ボクにとっては、これもまた、大好きな1枚なのである。

久しぶりに孫が来た連休の中日、

ヘッドホンで、バリー・マン三昧の夜なのです。

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ボクらの周りにミニスカートの女の子たちが溢れ出したのは大学生の頃だから、

70年ぐらいだったと思う。

ファッションショーに膝上3cmのミニが出だしたのが66年頃だというから、

この人のミニスカートは結構早かったのだと思う。

『ホイホイ・ミュージック・スクール』のアシスタントとしてデビューした彼女は、

66年の「涙ギラギラ」のジャケット写真のように、

ボーイッシュなパンツ・ルックであった、と記憶している。

なのに、67年の「ミニ・ミニ・ロック」では、このミニスカート!

そして、定番のタートルネックとの組み合わせ。

「ミニ・ミニ・ロック」の原曲は、

ドイツの6人組バンド、グーシーズの「Mini-Mini Rock」。

Rockは、ロックンロールではなくて、ドイツ語でスカートのこと。

だから、この歌は、テープの早回しを駆使した“ミニスカート賛歌”である。

木の実ナナさんは、

今では、サスペンス・ドラマの主人公として、

少し前は、歌って踊れるショーガール“日本のライザ・ミネリ”として、

本当に長い芸能生活をおくっておられますが、

ボクは60年代の彼女が好きです。

もう1枚2枚、欲しいその頃のレコードがあるのですが、

もう少し安くなってから買いたいと思っているのです。

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69年6月、ブライアン・ジョーンズはストーンズを脱退した、

というよりは、解雇された。

そして、約1ヵ月後自宅のプールで死体となって発見された。

ボクにとって、ブライアンのいないストーンズなんて、

“クリープを入れないコーヒー”のよう・・・。

1枚の皮肉なおもしろいレコードがある。

73年1月にリリースされたストーンズ来日記念盤、

収録曲は、「ホンキー・トンク・ウィメン/ストリート・ファイティング・マン」。

ブライアン参加の最後のヒット曲、彼がシタールを弾いていると言われる

68年9月のリリース、全米最高位48位「ストリート・ファイティング・マン」と、

ブライアンに代わってミック・テイラーが加入しての初めてのヒット曲、

69年7月リリース、全米でも全英でも1位に輝いた「ホンキー・トンク・ウィメン」、

この大胆なカップリング・シングルである。

その上、この年のストーンズの来日は直前になって中止、

メンバーの逮捕歴と混乱回避がその理由であった。

幻の来日記念発売となってしまったのである。

ブライアンのいないストーンズのシングルをもう1枚持っている。

ミックが切々と粘っこく歌うバラードの名曲、

73年、ストーンズ7枚目の全米№1シングル、「悲しみのアンジー」。

でも・・・、ブライアンのいないストーンズはちょっと寂しい。

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♪~ 古くから学生の街だった 数々の青春を知っていた ~♪

そんな、想い出のコーヒーショップは今はもうないけれど、

ボクは、1日に平均3杯ぐらいはコーヒーを飲む。

多い日には5~6杯にもなる日もある。

クライアントでだったり、デザイン事務所でだったり・・・、

でも、一番多いのはもちろん喫茶店。

昼食だったり、ひとりで週刊誌を読んだり・・・、

でも、一番多いのはもちろん打ち合わせ。

だからといって、大のコーヒー好きというわけでもない。

なぜなら、家ではコーヒーは飲まない。

朝食がパンだったり、おやつのお菓子には必ず紅茶である。

なぜだかわからないけれど、これが習慣というものだろう。

さて、“しーちゃん”あべ静江のデビュー曲は、

73年、「コーヒーショップで」。

♪~ “お元気ですか そして今でも 愛しているといって下さいますか” ~♪

でおなじみの「みずいろの手紙」、

女の子から水色の便せんで手紙がくると少し怖かった・・・。

♪~ 突然の愛は迷惑でしょうか ~♪

の、74年「突然の愛」までの3曲は、阿久悠・三木たかしコンビの作。

なつかしい歌を聴きながら、やっぱり今夜も紅茶なのである。

(紅茶に砂糖やミルクを入れないで飲むことも、ブラックというのでしょうか?)

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58年11月にリリースされ、59年3月16日に最高位全米18位を記録した曲、

ダイヤモンズの「シー・セイ」。

原題は、「She Say (Oom Dooby Doom)」。

この曲は、ある人にとって“記念すべき初ヒット曲”なのです。

ダイヤモンズは、「リトル・ダーリン」を57年に全米2位ヒットさせているから、

もちろんダイヤモンズのメンバーにとってのそれではない。

正解は、この曲は、バリー・マンが書いた“記念すべき初ヒット曲”なのです。

キング&ゴフィンと並んで、ブリル・ビルディングのマン&ウェイルは、

ボクの大切なコレクション・アイテムなのですが、

そんな意味で、ボクにとっても“記念すべき”1枚なのです。

ただし、この曲のパートナーはまだシンシア・ウェイルではなく、

マイク・アンソニーという人。

マイク・アンソニーは何者なのか?

こんな調子で研究してゆくと、また取り返しのつかないことになりそうなので、

その昔、手を出さないことを決心しました。

さて、この「シー・セイ」は、彼の初期を代表するノヴェルティ・タイプの曲で、

なんとなく彼自身のヒット曲「Who Put The Bomp」を彷彿させる。

バリー・マンのヒット曲はまだまだありますが、

その多くは輸入盤なのでなかなか紹介できませんでした。

画像は地味になるのですが、これから徐々に紹介してみよう!

と思った今夜なのです。
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レコーディングの後、作曲家・平尾昌晃先生との雑談の中で、

“ルミ子はいくつになったらお嫁にゆくの?”

“私は一生歌手でいたいから結婚しません”

この19歳の少女のすごい決意を聞いて、

“じゃ、歌の中でお嫁に行かそうよ”“面白いね”

てな調子で、作詞家の山上路夫先生も乗ってくれて、

1週間後、ふたつの詞を届けてくれた。

「瀬戸の夕焼け」と「峠の花嫁」。

じゃ、中をとって「瀬戸の花嫁」で・・・、ってわけで、

愛媛では一時期結婚式での定番ソングとなった名曲が生まれた。

少し前の地元紙の記事で知ったエピソードである。

小柳ルミ子は、71年「わたしの城下町」でデビュー、

この「瀬戸の花嫁」は、約1年後の4枚目のシングルである。

実は、若かりし頃小柳ルミ子に似ていると言われた我が家内も今日で還暦、

先日中古店でみつけた8枚目のシングル「恋にゆれて」のジャケット写真が、

その頃の家内に似ていた(と思った)ので購入。

余談ですが、「瀬戸の花嫁」の陰でボツになった「瀬戸の夕焼け」は、

ボクの好きな酒井和歌子の「瀬戸の夕焼け」(70年)と関係あるのかな、

と思ったけれど、この曲の作詞は坂口宗一郎さんで、まったく関係なし。

ちなみに、この曲は酒井和歌子らしくない“瀬戸の子守歌”なのでした。

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エヴァリー・ブラザーズの評価は低すぎる。

ボクの記憶では、ディスカヴァー・エヴァリーズに貢献したのは、

70年にアルバム『明日に架ける橋』で「バイ・バイ・ラブ」を取り上げた

サイモン&ガーファンクルだと思う。

エヴァリー・ブラザーズは、57年この曲が全米2位になったのをきっかけに、

次作「Wake Up Little Susie」で初めての全米№1を獲得する。

邦題は「スージーちゃん起きなさい」とか「起きろよスージー」。

この曲は、スージーがボーイフレンドとドライブインで一緒に寝た、ことを

ほのめかす歌詞だったために、放送禁止にしたラジオ局もあったという。

そんな中での全米1位だったけれど、英国では2位に終わってしまった。

そして、60年、レコード会社を移籍しての第1弾で、

彼らの3曲目の全米1位にして、最大のヒットを記録する。

「キャシーズ・クラウン」は、全米5週間1位、全英7週間1位となり、

ふたりにとって、アメリカ、イギリスの双方で№1に輝いた最初の曲となった。

彼らふたりの素敵なハーモニーは、

サイモン&ガーファンクルはもちろん、

ビートルズ、ビーチ・ボーイズ、ママス&パパス・・・などなど、

その後に続く多くのグループのハーモニーに大きな影響を与えた。

もしかしたら、知らず知らずの内に、

現在のJ-POPグループのハーモニーにも影響を与えているのかもしれない。

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もう昔のことですが、仕事関係で懇意にしていた先輩の結婚式、

突然の指名で歌を歌わされるハメになった。

まだカラオケが完備されていない頃だから素歌で歌わねばならぬ。

すぐに思いついたのは「お嫁においで」。

ところがこの歌は、素歌ではちょっとノリが悪い。

というわけで、B面の「アロハ・レイ」を歌い出した。

♪~ 瞳ぬらして 好きとひと言 泳いで行った 可愛い娘 ~♪

なかなかアカペラでもイケル・・・、

しかし、続く歌詞は、 

♪~ 明日帰る 僕と別れの くちづけしよう アロハ・レイ ~♪

ちょっとマズイではないかい、“別れ”は・・・。

みんながあまり知らない曲であることをイイことに、

めでたい愛の歌に歌詞を変更して歌いあげた。

どんな歌詞にしたか、忘れてしまったけれど、確かに最後まで歌いました。

もう何年も昔に、その先輩は不幸な事故で亡くなってしまったのですが、

そんなエピソードはずっと話しませんでした。

加山さんの歌で、よくカラオケで歌うのは「夜空を仰いで」、

クライアントの社内旅行で北海道に行った時、バスの中で歌いました。

そして、「旅人よ」、

♪~風にふるえる~♪、に続いて、♪~緑の草原~♪。

♪~風にふるえる~♪、に続いて、♪~オリーブの花~♪、とくれば、

フォークルの「何のために」。

両方ともいい歌ですね。

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みんなが知っている有名な曲のレコードしか持っていない、

というのは、コレクターの名折れ。

みんながあまり知らないオモシロイ、いい曲を持っている、

というのが、コレクターのコレクターたる所以。

なんとなく、そんな歪んだ、不遜な思いを持っているのがコレクターの気質?

う~ん、思い当たるフシがある。

だから、ボクはそんなコレクター気質を打ち破るために、

今夜はCCRの最も有名なレコードをかけちゃいます。

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、「雨を見たかい」。

♪~ I want to know

   Have you ever seen the rain ~♪

この“The rain”はベトナム戦争で使われたナパーム弾を揶揄している、

当時はそんな風に解釈され、放送禁止になったりした。

そんなせいか、“シルバー・メダル・コレクター”CCRに似合わず、

71年最高位全米8位に終わってしまったのです。

今、この曲を聴いていて、急に聴きたくなった1枚は、

♪~ Weeping in the rain, whoo ~♪

78年、柳ジョージ&レイニーウッド、「雨に泣いている・・・」。

2曲の共通点は、イントロの素晴らしさ。

エア・ギターで歌うショーケンのバックバンドとして、

松山でのコンサートで観たのを思い出す。

半年前の訃報も思い出した、ご冥福を・・・。

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えっ!こんな当たり前のオールディーズ、なぜピックアップしてなかったの?

と、自問自答するシリーズも回を重ねて6回目。

“オールディーズの女王様”コニー・フランシス、2回目の登場です。

あまりに有名なだけに忘れ去られてしまう・・・、

世の中にはよくある現象です。

もし、今持っていなくてもわざわざ買おうともしなかったほどの超定番、

1曲目は、61年全米4位、「Where The Boys Are」、

男の子のいるところ、邦題は「ボーイ・ハント」、

流暢な流暢な日本語版です。

2曲目は、59年全米5位、「Lipstick On Your Collar」、

邦題は「カラーに口紅」。

3曲目は、58年全米17位、「Stupid Cupid」、

邦題は「間抜けなキューピッド」、

ニール・セダカが作り、コニー・フランシスが歌う、

まさにゴールデン・オールディーズなのです。

その昔、ボクらが、

♪~ ヘイヘーイ セットミーフリー ステュッピ キュッピ ストッ ピキノミ~ ♪

と、カタカナで歌っていたゴキゲンなやつである。

久しぶりに聴く定番オールディーズ、

ついつい一緒に歌ってしまいました。

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さまざまの こと思ひ出す 桜かな

芭蕉の句に誘われて、松山の標準木の下での花見の帰りに思い出した歌は、

トッポの「花の世界」。

70年、加橋かつみのソロ・デビュー・シングルである。

タイガースと言えば、ジュリー、が定番だけれど、

「花の首飾り」や「廃虚の鳩」の、あの美しく透き通った高音のボーカルは、

タイガースには欠かせないもうひとつの魅力だった。

トッポの「花の世界」を初めて聴いた時、

彼が脱退した意味がわからなかった。

「花の世界」もB面の「つばさ」も、

タイガース時代のトッポのボーカル・イメージとそんなに変わらなかったから。

まるで『ヒューマン・ルネッサンス』の続きのようで・・・。

しかし、セカンド・シングル「愛は突然に」は違った。

アーティスティックで、その上トッポの声の魅力で溢れていた。

これが、高校生のユーミンが初めてプロに提供した曲、

だなんて、当時は知らなかったのですが・・・。

トッポ・ファンの皆さんには異論もあるかもしれませんが、

当時のボクの印象でした。

昨年12月のタイガース復活コンサートにトッポは来ませんでしたが、

82年のタイガース同窓会では、

「色つきの女でいてくれよ」で、リードボーカルを聴かせてくれた。

シローを加えたフルメンバーでの復活は果たして成るのでしょうか?

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洋楽でも邦楽でも、その歌詞を聴いていると、

愛について語っているものがやたらと多いのですよ。

ボクの人生で、愛について語ったことなんてなかったなあ。

そりゃ、愛について一家言ぐらいはありますよ、

でも、そんなことを語る場なんてあります?

ビジネスについてなら、やたらと語っていますけれどね。

ゴルフについても、ね。

♪~ What is my life without your love? ~♪

君の愛のない人生なんて、いったい何の意味があるんだい?

71年全米10位、ジョージの「美しき人生」。

イギリスでは、「マイ・スウィート・ロード」のB面。

英語の歌詞を見ながら意味を分析していたら、

思わず口をついて出たのは、

♪~ 美しい人生よ 限りない喜びよ

   この胸のときめきをあなたに ~♪

77年、松崎しげる、不滅のスタンダード「愛のメモリー」。

このふたつの曲、アプローチは違うけれど、

きっとそのテーマは同じなのだと思う。

でも、きっと、これからも、

ボクが、愛について語ることはないような気がする。

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そもそも、レコードの世界でのB級アイドルとは、

ただ可愛いければいい、というものではない。

まずは、あまり大きく売れなかったこと、

だって、ものすごく売れたりしたら、A級アイドルになってしまいます。

そして、その楽曲がすばらしいこと、

楽曲が駄作だったりしたら、売れなかったのは曲のせいになってしまいます。

つまり、B級アイドルとは、

すばらしい楽曲に恵まれていながら、十分に歌いこなせなかったけれど、

アイドルとしての十分な魅力を備え、

一部に圧倒的に支持するファンをもっていた女の子のことなのであります。

結構ハードルは高いのです。

というわけで、今夜はその代表選手ふたりを紹介します。

まずは、79年、手塚さとみ「ボビーに片想い」。

彼女は結構名の売れたアイドルですが、歌手としては立派にB級合格です。

作詞は松本隆、作曲はユーミン、プロデュースは吉田拓郎、と超一流。

同じメンバーでのB面「Killer Angel」も秀逸です。

もうひとり、82年、川田あつ子「秘密のオルゴール」。

聖子ちゃんカットの可愛い子です。

作詞はやっぱり松本隆、作曲は財津和夫の豪華版。

皆さんは、このふたり、こんな曲、ご存知でしたでしょうか?

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14年ほど前、葬祭式場の広告を担当していた時、エンディングノートの存在を知った。

自身の最後のセレモニーをどのように執り行ってほしいか、

家族に伝えるためのノートである。

その時、ボクの頭に浮かんだ葬送の曲がこの曲であった。

そして、今年の正月、地元の新聞の『ビートルズ50年』の特集ページで、

印象的な統計に出合った。

2009年インターネットによるファン投票、投票総数20万票、EMI調べ、

『ビートルズ人気楽曲TOP20』。

「レット・イット・ビー」に続く第2位は、なんとこの曲、

シングル・カットもされていないこの曲が・・・。

65年12月『ラバー・ソウル』の中の一曲、「イン・マイ・ライフ」。

♪~ There are places I’ll remember ~♪

ジョンが、故郷に想いを馳せながら愛する人たちへの思いを歌う・・・。

このブログのタイトルを作ったジュディ・コリンズと、

『キャバレー』の舞台俳優ジョエル・グレイ、

ふたりのカバーを手に入れたということで、

ようやくご披露できる運びとなりました。

まだ、もう少し、エンディングノートを書くのは後になりそうですが、

「イン・マイ・ライフ」は、もう既に当確です。

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