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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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キョンキョンに中森明菜、堀ちえみに早見優、松本伊代に石川秀美、

花の82年組アイドルの中でも一風変わっていたのは、伊藤さやか。

彼女のデビュー曲「天使と悪魔(ナンパされたい編)」のB面曲、

「オ・ネ・ガ・イ スーパーコンピューター」というふだけたタイトルの歌は、

仰天、奇想天外な自己紹介ソングである。

♪~ オネガイ スーパーコンピューター Boy Friend 見つけてよ

   オネガイ スーパーコンピューター あなただけが たよりなの ~♪

というわけで、自己紹介が始まる。

♪~ 名前はSAYAKA 天秤座生まれ

   血液型はB型で 竹村健一さんとおんなじよ

   デリーシャスなeighteen

   サイズは上から 79 56 and 82

   チョッピリ・プリンは 手のひらサイズ ナイショにしてネ

   自分で言うのもなんだけど かわいさ 大サジ1杯半

   恋人条件 ひとつだけ 私のレコード 買った人 ~♪

この調子で3番まで行ってしまう。

作詞・作曲はHeart Box、っていったい誰だ!

2曲目は、レコード・ジャケットと内袋やレコード・センターに凝ってしまった。

「アナタトOVER-HEATシタイ」、

B面は、デビュー曲の続きで「天使と悪魔(カンニング編)」。

このハチャメチャさが、ボクは当時好きだったけれど・・・。

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先日、ふらりと立ち寄った中古レコード店で珍しい1枚を見つけた。

レコード・ジャケットに魅せられて即買い。

懐かしの『ボナンザ』の4人、

父親ベン・カートライトと3人の兄弟、西部劇にしてホームドラマでもあった。

父親ベンを演じたローン・グリーンは、64年全米№1シンガー(?)だから、

そのレコードを紹介した時にも書いたような気がするけれど、

今回は、3人の兄弟の個性の違いにスポットを当ててみた。

この3人の兄弟は、顔も体型も性格もまったく違う、

それは、3人とも母親が違うから、という設定。

長男アダム(パーネル・ロバーツ)は、聡明で冷静な拳銃の名手。

彼の母親はスコットランドの船長の娘で、アダムを産むとすぐに亡くなった。

次男ホス(ダン・プロッカー)は、やさしくて力持ちの大男。

彼の母親はスウェーデン娘だったが、インディアンの襲撃で亡くなった。

三男ジョー(マイケル・ランドン)は、陽気でハンサムな左ききのガンマン。

彼の母親はフランス人の未亡人で、落馬事故で亡くなった。

三人三様、このキャラクターの違いがストーリーを面白くしていた。

“ボナンザ”とは、富鉱地帯のこと、

このドラマは、金に魅せられた無法者から豊かな森林を守ろうとする一家の物語、

いつの時代にも共通のテーマのようだ。
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48年の短い人生を生きた“マシュマロ坊や”ジョニー・シンバルくん、

彼のゴールデン・イヤーは1963年、

「ミスター・ベース・マン」、「ティーンエイジ・ヘヴン」、「ダム・ダム・ディ・ダム」を

ビルボードHOT100に送り込んだ。

この年以外は、彼はヒットに恵まれなかった。

しかし、彼が歌うと、どんな歌でもティーン・ポップになってしまう、

だから、ボクたちは彼の歌が大好きなのです。

63年のゴールデン・イヤーに先立つ2年前、

2枚目のシングル「いとしのバニー」は、

後の、ロニー・ブライト氏の低音ボーカルとの掛け合いとは違って、

女性コーラスとの掛け合いがとてもおしゃれでカワイイ。

ティーン・ポップのお約束を完備した至極の出来だと思う。

そして、ゴールデン・イヤーの翌年、悲劇的な1曲がある。

火星を舞台にしたロビンソン・クルーソーの物語、

SF映画『Robinson Crusoe On Mars』、

邦題『火星着陸第1号』のタイトル・ソングを録音した。

しかし、結局映画には使われず、

リリースしたレコードが注目されることもなかった。

聴いてみると、確かにSF映画には似つかわしくない陽気さ、

アニメだったらピッタリだったのにね。

ボクのブログ・タイトルのためにあるような、ジョニーくんの青春の光と影、

もちろん、ボクはどっちも大好きです。

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タイガースあるところにライオンズあり。

プロ野球の世界は言うに及ばす、GSの世界にもライオンズは存在した。

大阪の人気GS“ファニーズ”がタイガースと名を変えてメジャー・デビューしたように、

ファニーズなき後、大阪を制していた“ライダース”は、

タイガースを超えるグループに、との願いをこめて、

ライオンズとして68年にメジャー・デビューした。

デビュー曲「すてきなエルザ」は、メチャクチャかっこいいイントロで始まる。

彼らのレパートリーは300曲を超え、ビートルズなら即興でもOK、

という程の実力派だとの前宣伝。

予想にたがわず、このデビュー曲も、ファズギターとオルガンを中心に、

その演奏力がハンパない実力派であることを証明している。

が、しかし、

まず、ライオンズが歌う「すてきなエルザ」というタイトルは、

あまりに安易過ぎないのか。

そして、歌もまあまあのデキなのに・・・、

♪~ 好きなんだ (スキ) とてもエルザが (エルザ) ~♪

何度も繰り返される“スキ”と“エルザ”の素っ頓狂な合の手が興醒め、

ザンネンな出来上がりになってしまった感がある。

このレコード、人気のカルトものとして、相場は結構高価、

とりあえずレパートリーに加えた再発盤で紹介しました。
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68年、ラジオから流れてきたこの曲にやられた。

ポール・リヴィアとレイダース、「恋のブーガルー」。

特に、マーク・リンゼイのシャウトする黒っぽいボーカルと、

ポールだろうと思われる間奏のオルガン・サウンドは最高、

思わず体が動き出す。

レコード・ジャケットのイラストみたいに、

彼らのユニフォームは南北戦争時代のミリタリー・ルック。

チャラいポップ・グループのようだけど、さにあらず、

デビュー時はインスト・バンドだっただけあって、その演奏のすばらしさ、

そして、何よりも、そのボーカルも、正真正銘のR&Bグループ。

当時は、オリジナル曲だと思っていたら、

67年全米7位、R&Bシンガー、ファンタスティック・ジョニー・シーのカバー。

原題は「Boogaloo Down Broadway」。

その上、なんと、このレイダースのシングルは日本でだけのリリース。

オリジナルも聴いてみたけれど、レイダース盤の迫力に即軍配。

こんなすばらしいカバーをシングル・カットしないなんて・・・。

だから、もちろんeBayにも日本盤しかリストされていない、

ボクにとっては、

日本が誇るシングル盤の1枚なのです。

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2、3日前から、今日の午後から夜にかけて台風が四国直撃の報道、

松山はいつも大したことかない、と高を括っていたけれど、

コースは少し南に逸れて、案の定、夕方には晴れたりして。

本物の台風はちょっと困りものですが、

こんな台風なら来てほしい、と思ってしまうのが、

ピンク・レディーの「ピンク・タイフーン」。

♪~ Pink Lady もっと元気よく

   Pink Lady もっとメチャクチャに

   Pink Lady もっとしあわせに ~♪

79年5月1日にリリースされた「ピンク・タイフーン」は、

以前に紹介したヴィレッジ・ピープル「In The Navy」のカバー。

そもそも、原曲の♪In the navy♪が、♪Pink Lady♪と聞こえる。

だから、これはナイスな選曲だと思う。

この5月1日、同じ日に、「Kiss In The Dark」が

世界40ヵ国で同時発売された。

この曲は、アメリカにおけるピンク・レディーのデビュー・シングルとして、

8月4日にはビルボード37位まで上昇した。

あまり有名ではないけれど、これは日本人アーティストとしては2番目の快挙であった。

(もちろん、日本人アーティストのトップは63年、坂本九ちゃんの「Sukiyaki」)

日本では、4ヵ月遅れて発売されたけれど、そんなに大きなヒットにはならなかった。

“台風”つながりで書き出してはみたものの、

みんなが知っているような、これぐらいのウンチクしか書けなかったね。

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アンナ、ラナ、カトリーヌ、カレン、キャロル、キャサリン、

シェリー、ジョアンナ、ミッシェル、リンダ、・・・。

洋楽のオールディーズには、女性の名前だけのタイトルの曲はいっぱいあります。

果たして、邦楽の世界には・・・、

と考えてみて、最初に頭に浮かんだのは、島和彦の「志津子」。

♪~ 志津子と呼べば 霧が流れる

   俺の心にからみつく 霧は志津子の溜息か ~♪

今でも、久万のゴルフ場へ三坂峠の霧の中を走っていると、

この歌が口をつく。

ライザ・ミネリほどではないけれど、彼の髪型は額の真ん中が尖っていた。

そして、もう一曲は、名作「江梨子」。

62年のこの歌をオン・タイムで聴いた記憶はないけれど、

冷たい雨が降る朝には思わず口ずさんでしまうほどの名曲。

♪~ 冷たい雨が降る朝に 一人で江梨子は死んでしまった

   かわいそうな江梨子よ きれいだった江梨子よ

   涙にぬれたその顔を 花で飾ってあげましょう ~♪

志津子も江梨子も、ボクが人生で一度も出会わなかったような珍しい名前、

そんな名前をタイトルにして、

しかもこんな寂しくて暗いストーリーにするなんて、

その名前をもつ女性の身になれば、ものすごく迷惑な話。

その名の歌詞をカノジョの名に替えてカラオケなんて、

こんな歌詞ではきっとできないと思う。

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ひとつの守備位置だけではなくて、内野も外野もどこでも守れる、

そんな野球選手をユーティリティ・プレイヤーと呼ぶ。

少し前に亡くなった、広島や巨人で活躍した木村拓也コーチがその代表格。

音楽の世界にも、レコード・プロデューサーから乞われて、

架空のグループで歌ったり、スタジオ・ボーカリストを引き受けたり、

そんな便利屋さんボーカリストがいる。

ボクの好きなトニー・バロウズやロン・ダンテがその代表格。

さて、女性にもそんなボーカリストがいる。

絶頂期のエンジェルスのメイン・ボーカリスト、ペギー・サンティグリア、

ロン・ダンテとともにアーチーズのリード・ボーカルをとったトニ・ワイン。

奇しくも、このふたりがメンバーとして結成されたグループがある。

ダスク、

一時期ユーティリティ・ボーカリストだったトニー・オーランドのグループ、

ドーンとは同じプロデューサー、同じレコード会社。

その名も、Dawn(夜明け)とDusk(日暮れ)とは、モロ作為的。

ダスク、71年全米57位「エンジェル・ベイビー」は、初めて聴いた時、

バイクのSEと始まりのメロディが「リーダー・オブ・ザ・パック」に似ている、

と思いきや、聴いているとなんとなくドーンの「ノックは3回」のような感じ、

作者が同じことと、要らぬ先入観が故か。

ボクが大好きなもう1曲は、71年全米53位「ふたりのウェディング・ベル」、

原題は、「I Hear Those Church Bells Ringing」。

ベルの音やセリフの挿入などとても楽しい。

出だしは「君の瞳に恋してる」、次第にどこかで聴いたような・・・、

あっ!「愛するハーモニー」だ、

でも、厳密には「愛するハーモニー」の方が似ているのだ。

メイン・ボーカルがペギー、バック・コーラスにトニともうひとりを加えた3人組、

あと数曲を残して、いつの間にか“夕暮れ”のように黄昏てしまったグループなのである。

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バリー・マンの隠れた名曲をもう1枚。

クリフ・リチャード同様にアメリカでは今ひとつパッとしなかったグループ、

シャドウズの珍しいボーカル・ソング、

65年全英10位、「ドント・メイク・マイ・ベイビー・ブルー」。

初めて聴いた時、サーチャーズかDC5かと思った、

そんな、見事な60年代のブリティッシュ・サウンドに仕上がっている。

マン&ウェイルのこの曲のオリジネイターは、フランキー・レイン。

あのカントリー・ポップス界の大御所の63年全米51位曲。

邦題は、「失恋の歌」。

こちらも一聴してフランキー・レインとは思えないような

素敵なポップス・ナンバーに仕上がっている。

アレンジャーのジャック・ニッチェ、プロデューサーのテリー・メルチャーの仕業。

蛇足ながら、シャドウズ盤のカップリングがおもしろい。

「My Grandfather’s Clock」、

アメリカの作曲家ヘンリ・クレイ・ワークが、

宿泊先のイギリスのホテルの主人から聞いた話をヒントに作り上げたという、

1876年に作られたスタンダード曲、邦題「大きな古時計」。

誰もが知っているこの曲をインスト曲として取り上げている。

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ボクのレコード・コレクションの中にナゼこの1枚があったのだろう?

5年程前レコード棚を整理した時見つけてなぜだかわからなかった1枚。

70年と言えば、大学1年生、松山に来たばかりの頃、

ユースホステルでの、子供たちとのミーティングのためだったのか、

それとも、これらの歌にオールディーズの香りをみたからだったのか、

今思い出しても定かではないけれど、ようやく役に立つ時がやってきた。

訳あって、先週の末から2歳4ヵ月の孫を我家で預かっている。

彼女は可愛い盛りで、おばあちゃんとおじいちゃんによくお話をしてくれる、

新しい遊びをどんどん求めてくる。

老体にムチ打って相手をするのは大変だけれど、

無性にうれしくて楽しい。

今夜突然思い出して、彼女には初めてのレコードなるモノをかけてみる。

“ムーミン”は知っているけれど、「ムーミンのうた」は初めて。

「みなしごハッチ」に至ってはまったく知らない。

でも、この歌詞とメロディはさすがに子供向き、

なんどもなんども、繰り返しリクエストされて、

ニコニコ、大きな笑い声を上げて大騒ぎ。

42年も経って、ようやく役に立ったレコードであった。

「みなしごハッチ」の2曲目「ママをたずねて」は、

ママを恋しがったらいけないのでかけませんでしたよ。

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毎年クールビズの季節になると思い出す・・・、

“省エネルック”ってありましたよね。

あの、ちょっとダサイ、半袖のスーツ。

同じように、流行らなかったモノのひとつが“実年”という言葉。

85年に、厚生省が公募した言葉で、50~60歳代の呼称、

人生で一番充実する年代、実りの年代という意味の官制用語として誕生。

その翌年に、大滝詠一さんのプロデュースで作られたのが「実年行進曲」。

大滝さんが政府に協力しようとしたわけでもないでしょうが、

大ファンだったクレイジー・キャッツの結成30周年記念曲としてリリース。

作詞はやっぱり青島幸男さん、大滝さんが作編曲し、

尊敬する故萩原哲晶さんの名を原編曲者としてクレジットした。

しかし、“実年”は世間に定着しないままに、今ではパソコンでの変換もできない。

やっぱり、トップダウンでは流行は作り出せないということなのでしょう。

カップリング曲は、少し前に紹介した、発禁になった「五万節」のリメイク「新五万節」。

♪~学校出てから十余年~♪を、♪~学校出てからウン十年~♪に、

7番までで3分17秒の歌を、10番まで5分49秒にしてしまった。

その上、“アッと驚くタメゴロー”や“お呼びでない”や“ガチョ~ン”など、

ギャグもいっぱい散りばめられていて、結構楽しめる1枚です。

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昨夜のレコード・コンサートは、ボク待望の『Barry Mann Night』でした。

以前に、ダイヤモンズの「シー・セイ」を、

バリー・マンの“記念すべき初ヒット曲”と書きましたが、

その前年58年に、バリー・マンの“プロ・デビュー曲”が存在したのです。

ボビー・ペドリック・ジュニアの「ストランディッド」がその曲。

ボビー・ペドリック・ジュニアとは、

後に「ライオンは寝ている」をリヴァイバル・ヒットさせたロバート・ジョン、

当時12歳の少年でした。

時系列で言うと、58年のこの曲から72年のB.J.トーマスまで、

49枚のシングル盤を用意したのですが、かけたのは27曲。

初めて聴いた時に、歌っているのはジョニー・ティロットソンだと確信した

62年の「プロミス・ミー」、

歌っていたのはカール・ドブキン・ジュニアという人。

ところがびっくり、作者にバリー・マンと並んでクレジットされていたのが、

なんと、ジョニー・ティロットソンだったのです。

ジョニー・ファンとしては“2度おいしい”、大好きな1枚なのです。

もう1枚、62年全米6位のヒット曲は、

ポール・ピーターセンの「マイ・ダッド」、邦題は「ぼくのパパ」。

ポール・ピーターセンは、ナイアガラーにはおなじみの少年で、

TV番組『うちのママは世界一』でシェリー・フェブレーの弟役をしていた俳優。

とてもいいバラードである。

こんな、久しくかけたことのないレコードをかけることができただけでも、

大いに満足の昨夜でした。

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もちろんボクを含めての話ですが、

コレクターと言われる人たちは、

例えば、好きな曲は?と問われれば、

誰もがあまり知らないようなレアなグループや曲名を答えるのです。

でも、コレクションとしては、超有名なヒット曲は欠かせません。

そんな話をしていると、ボクの友人は、

60年代の音楽そのものがレアなのに・・・ね、と笑い飛ばすのです。

そういえば、もう2,000曲以上もこのブログで紹介しているのに、

逆にこんな有名な定番曲をまだ紹介していなかった、

そんなシングルがあるものです。

掲載リストをアーティスト別にチェックしていて見つけたのが、

66年12月全米1位、ビーチ・ボーイズ「グッド・バイブレーション」。

最初に聴いた時の印象は、えっ!これがビーチ・ボーイズ?

しかし、すぐにそのすばらしさに感動を覚えた。

もうこれはサーフィン・サウンドではなく、ポップ・シンフォニーである。

ものの本によると、ブライアンは、

録音は4つのスタジオで17回のセッションに分け、

延べ6週間かけて、何度も何度もダビングを重ねた、という。

その製作費は16,000ドル。

あまり聞いたことのないテレミンという楽器が印象的な効果音を奏でている。

♪~ I’m pickin’ up good vibration

   She’s giving me excitations ~♪

が口について離れない。

でも、ボクはやっぱり、それまでのビーチ・ボーイズの方が好きだな。
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昨日は、奈良で一年ぶりの高校の同窓会。

同窓会の幹事の方々には心から感謝です。

集まったのは約150名、もちろん知っている人も知らない人もいるのですが、

ボクなりにとても楽しめました。

あいにくゆっくりできない日帰りツアーでしたが、

松山-奈良は近いものです。

朝8時頃家を出て、飛行機-バスで奈良着が12時前、

3時間の同窓会の後、近鉄で難波へ。

いつものことながら、中古店をハシゴするも収穫なし。

大学生の時から帰省の度に寄っていた立ち喰い屋さんへ、

ここの“天ぷらうどん”の天ぷらは、昔の高松駅のと同じ感じで

最近はちょっとお目にかからないスタイル。

それはそうと、“たぬき”って知ってます?

この店ではもちろん“天ぷらそば”のことだけど、

処によっては“天カスうどん”が出てくる。

ちなみにこの店では、“天ぷらうどん”も“たぬきそば”も290円、

でも、なぜか“天カスうどん”は330円、なぜ?

この立ち喰いうどんがボクの“ソウル”フードだから、というわけでもないけれど、

今夜のBGMは、高校生の頃聴いていた一曲、

オーティス・レディング、「ドック・オヴ・ベイ」。

67年12月10日、オーティスが飛行機事故で短い生涯を閉じた

その3日前に録音された曲だという。

そして、翌68年3月、彼にとって唯一のビルボード№1に輝いたのである。

どんよりとした天気の大阪に、この悲しい歌がよく似合った。
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平日のお昼前、AMラジオを聴く機会が多い、

人生相談に続いては『純喫茶・谷村新司』。

日頃あまり取り上げられないテーマについて語る谷村さんの造詣が好きだ。

高校生の頃、ラジオ関西で、ロック・キャンディーズの存在を知った。

この時、谷村新司という名前も覚えた。

記憶間違いかもしれないけれど、“もぐら”の歌を歌っていたと記憶していた。

今調べてみると、どうもこの曲は別のグループが歌っていたらしいけれど・・・。

ロック・キャンディーズは、女性ひとり男性ふたりのフォーク・グループ、

それはまるでP.P.M.だね。

ボクが持っていたのは、68年の「あなたの世界」と「倖せの日々」のカップリング。

会社勤めを始めてから、浪人の頃に好きだった曲がラジオから流れてきた。

歌っているのはアリス、その曲は「今はもうだれも」。

この時初めてアリスを知った、谷村さんのグループであることも知った。

ボクが浪人の時聴いていた「今はもうだれも」はウッディ・ウー、

“この曲のオリジナルはウッディ・ウーやでェ”と言っても、

誰も取り合ってくれなかったので、再発の“オリジナル本命盤”を買ってきた。

その後、アリスの快進撃が始まったのである。

ウッディ・ウーの「今はもうだれも」を聴くと、

ガソリン・スタンドのバイトをやめて、いろんなとこを旅して歩いた

浪人生活を思い出す。

大学受験を控えてはいたけれど、

何にも束縛されない短い青春、“倖せの日々”だった。

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