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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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79年秋から80年初めにかけて144万枚もの大ヒットを記録した、

12月10日から1月21日の7週間、オリコン№1に輝いたのは、

久保田早紀のデビュー曲「異邦人」。

イスタンブールやエーゲ海をイメージした歌謡曲もあったし、

ピアノを弾きながらストイックに歌う女性歌手も何人かいた。

でも、その独特の大きな世界観を表現した歌手にはそう出会ったことはない。

ボクの中では、彼女は異色の存在だと感じていた。

もちろん、アイドルとも違うし、フォーク歌手でもない。

本当のところは何も知らなかったけれど、

何か、ヒットを狙っている歌手のようには感じられなかった。

♪~ 子供たちが空に向かい 両手をひろげ

   鳥や雲や夢までも つかもうとしている ~♪

彼女自作のこの詞は、この曲は、いったいどうしてできたのだろう。

そんなことを考えてしまった。

結果的に、「異邦人」はカラーテレビのCMソングとして取り上げられ、

あれよあれよといううちに大ヒットしてしまったことを、

本人も戸惑っているかのように、思われた。

♪~ よく熟れたオレンジの冷たい重さは

   大人びたあなたの優しさみたい ~♪

81年、再びCMで出合った彼女の「オレンジ・エアメール・スペシャル」は、

「異邦人」の彼女とは思えないように、ガラリとイメージが違っていた。

ボクは、そのことにガッカリしたのではなく、

何かホッとして、とても普通の彼女に出会ったような気がしていた。

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まだミックとキースがオリジナルを作っていなかった若き日のストーンズ、

2枚目のシングルをどうするかで悩んでいた頃、

マネージャーのオールダムがレノン&マッカートニーに頼んだ曲が、

63年11月にリリースした「I Wanna Be Your Man」、

邦題は「彼氏になりたい」。

翌64年1月全英12位、

もう少し後のリリースだったらもっとヒットしていたかもしれない。

ミックが歌い、リードギターとコーラスはブライアン、

ストーンズお気に入りのR&Bのカバーでないことは明らかだけれど、

レノン&マッカートニーだなんてちょっとわからない。

ミックとキースは、ジョンとポールの曲作りに出合って、

自らもオリジナルを書くきっかけとなった、という。

ホンの少し遅れて、ビートルズはLP収録曲として、

この曲をセルフ・カバーしている。

日本公演でも歌ったリンゴお気に入りのボーカル曲で、

彼らとしては“箸休め”といった感じの一曲。

ストーンズはシングル発売のみで、LPには収録せず、

ビートルズはLP収録のみで、シングル発売していない。

だから、ビートルズ盤はフランスでリリースされたシングルを入手、

Les Beatlesでどうぞ。

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61年、“意味不明ソングの女王”森山加代子がカバーした「ズビズビズー」が、

今頃また、アメリカで話題をさらっているらしい。

60年代のニューヨークの広告業界を舞台にしたテレビ・ドラマの

最新シリーズの劇中で歌われたからなのです。

そのTVドラマは、『マッドメン』、

歌ったのはメイン・キャラクターになりつつあるメーガン嬢、

演じるのはカナダの美人女優ジェシカ・パレ。

昨年3月発売のアナログ・シングルを入手しました。

そもそも、「ズビズビズー」は、60年に、

あの大女優ソフィア・ローレンが映画の中で歌ったもの。

オリジナルは、ギリアン・ヒルズというフランスの16歳の少女だという。

『Mad Men』は、

NYで大手広告会社が乱立するMadison Avenueの男たちの意味で、

“広告マン”を指す造語である。

2007年に始まったTVドラマのシリーズで、

最新シリーズはシーズン5。

これまであまり知らなかったけれど、広告マンの端くれとしては俄然見たくなった。

さて、森山加代子、ソフィア・ローレン、ジェシカ・パレを聴き比べる。

森山加代子は、肩の力を抜いてサラリとさわやかに歌っている、

彼女の独特の声がこの曲と本当によくマッチしていると思う。

ソフィア・ローレンも、予想に反して、可愛らしくアイドル・チックな歌声、

「Zoo Be Zoo Be Zoo」、流ちょうな英語で歌っている。

さて、ジェシカ・パレ、

「Zou Bisou Bisou」、フランス語で、

色っぽく艶やかに(いっしょか!)、

現代風のアレンジもすばらしいと思う。

甲乙丙つけがたく、2回ずつ聴いてしまいました。

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ボクは今日62回目の誕生日を迎えてしまいました。

うれしかったのは・・・、

先日3歳になったばかりの孫から電話で、

♪~ ハッピ・バースデー・ツー・ユー ハッピ・バースデー・ツー・ユー

   ハッピ・バースデー・ディア・おじいちゃん ハッピ・バースデー・ツー・ユー ~♪

“おじいちゃん、おめでとう!”

電話の向こうで上手に歌ってくれました。

何よりのプレゼントでした。

さて、今日のレコードは、

69年、アンダーグラウンド・サンシャインの「バースデイ」。

いうまでもなく、レノン&マッカートニー、ビートルズのカバーです。

アンダーグラウンド・サンシャインはアメリカ・ウイスコンシン州出身、

男性3人・女性1人のグループ。

耳に残るイントロのギター・リフはオルガンを駆使し、

グルーブ感あふれるゴキゲンなロッカ・ブギに仕上げました。

ところで、1月23日は覚えてもらいやすい日ですね。

1・2・3、ワン・ツー・スリーなのですから、

レン・バリィの「1-2-3」、

1910フルーツガム・カンパニー「1,2,3,レッド・ライト」、

キャンディーズの「アン・ドゥ・トロワ」、

メドレーでどうぞ!

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一週間前、正体不明レコードの情報を求めたところ、

高校時代の同級生からいくつかのヒントをいただきました。

それで、「奈良ハワイ観光社歌」に関する有力な情報です。

奈良ハワイ観光、という名前から、

奈良にあるハワイ観光専門の旅行会社か、

奈良とハワイの観光交流を促進するNPOか何かかな?

と思っていましたが、

彼の友人が

“ああ、そういや、あったな。小川町の郵便局の辺りや。

 やすらぎの道の東側にあったような気がする。

 どんな観光社やって?

 違う、違う、キャバレーのチェーン店や!”

なるほど、目からウロコ!(ポロリ)

そういえば、ボクが社会人になった頃、

ハワイというキャバレー・チェーンが松山にもありました。

あらためて歌詞を読んだら、

キャバレーといえども、会社組織としてしっかりしていたことがわかります。

そして、同じく彼の探してくれた情報から、

「大和路ブルース」の岸のぶ子さんの正体らしきことが・・・。

その情報をもとに、彼女・岸信子名義のレコードをゲットしました。

68年8月、ミノルフォンよりの「どんとおいでよ」。

声を聴き比べて同じ人かどうかはよくわかりませんが、

たぶん間違いないところでしょう。

彼女はこれ以外にも数枚のレコードをリリースしているようです。

なんとなくすっきり、ボクの横道コレクションが増えました。

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60年代前半のサーフィン&ホットロッドを支え、

60年代中盤のフォーク・ロックの台頭を牽引した男たちのひとりであり、

自身もアーティストとして、

テリー・デイ名義でソロ活動したり、ブルース&テリーとして活躍した、

その人、テリー・メルチャー。

デイやメルチャーの姓が示す通り、

彼の母親は、あのドリス・デイ。

彼は、ドリス・デイの最初の夫との息子であり、ドリス19歳の時の子。

テリーが9歳の時ドリスが再婚したのは3人目の夫マーティ・メルチャー、

この新しい父との遭遇が、テリーがこの業界で活躍するきっかけとなった。

その“お母様”ドリス・デイのレコードを1枚も持っていないなんて、

テリー・メルチャーの大ファンとしての男がすたる!

というわけで唯一持っているドリス・デイのコンパクト盤、

この1枚は彼女のヒット曲4曲を収録した超お得盤。

54年全米1位、「シークレット・ラヴ」、

56年全米2位、日本でも有名な「ケ・セラ・セラ」、

58年全米56位、「先生のお気に入り」、

58年全米14位、「ラヴ・ラヴ・エヴリボディ」。

まさに、ハリウッド女優、歌手、エンターティナーとして活躍した

ドリス・デイの日本でのベスト4、

多少の異論もあるでしょうが、まあそんなものでしょう。

テリー・メルチャーは62歳でなくなってしまったけれど、

“お母様”ドリス・デイの訃報はまだ聞かない。
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70年、茶の間に突然チャールズ・ブロンソンが現れた!

決して二枚目ではないけれど、男らしい顔だ。

まるで彼自身が歌っているかのような精悍なイメージのCMソングが、

♪~ All the world, loves a lover ~♪

白馬に跨り荒野に立つ、砂漠を駆け下りる、

カーボーイハットで水をすくって頭からかぶる、

そして、ブロンソンは顎をなぜる、“う~む、マンダム”。

衝撃的で、画期的なCMであった。

CMソングは、オリコン№1、日本でのみ大ヒットした。

カントリー・シンガー、ジェリー・ウォレスの「男の世界」。

アメリカではシングル・カットさえされていない。

この大ヒットの翌年、71年4月、

男性化粧品マンダムの丹頂株式会社は、

その社名を株式会社マンダムに変えた。

Mandomとは、

“Man Domain”(男の領域)か、

“Man-dom”(男の世界)の造語であろう。

とすると、曲のヒットが社名を変えたのではなく、

コーポレート・アイデンティティ戦略だったのか。

初期のジャケットは、CMの背景のような荒野の写真だったけれど、

CMのヒットに合わせて、再発された追加ジャケットは、

荒野に立つブロンソン、タイトルも「マンダム~男の世界」に。

歌を聴くだけでCM映像が甦る、“う~む、やられた”。

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昨年秋、中古店の合同セールでふと見つけた1枚のレコード、

“奈良”という文字に魅かれて買ってしまいました。

A面は、フォークローバーズが歌う「奈良ハワイ観光社歌」。

聴いてみたら、いかにも社歌らしい作り、よく出来ています。

歌っているフォークローバーズとは、

「小さな日記」の元フォー・セインツのフォー・クローバーズなのか?

それらしい感じもしますが、あまりに曲調が違うものですから、

判断できません。

では、いつ頃のレコードなのか?

もしフォークローバーズがあのフォー・クローバーズだとしたら、

71年に改名し73年に解散しているからその間だと考えることができます。

B面は、岸のぶ子さんの「大和路ブルース」、

奈良ハワイ観光のCMソングだそうで、

このレコードには、彼女のらしきサインがあります。

曲調は歌謡曲のご当地ソングです。

レコードの発売元は“CORONA RECORDS”、

ネットで調べても、有力な情報は得られませんでした。

というわけで、奈良に住む人たちに、

“奈良ハワイ観光社”の情報をいただくのが一番!

よろしくお願いします。

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高校時代、フォークソングの潮流のひとつはメッセージ・ソングだった。

さまざまな理不尽な制度や反戦への意志をその歌詞にこめて、

時には美しく、時には激しく歌い上げた。

ボクもみんなと一緒にそんなフォークソングを歌っていたけれど、

今思うと、本当にメッセージをこめていたのかは疑わしい。

もちろん戦争には反対であるし、理不尽な制度にも抵抗したい、

でも、ボクが確固たる意識をもって、声高に叫んでいたわけでもなさそうだ。

当時の仲間たちに対して、ちょっと申し訳ないと思う。

さて、そんなボクにとって、初めてのメッセージ・ソングは、

中学生の頃歌っていた「ドンナ・ドンナ」だったと思う。

♪~ ある晴れた 昼さがり 市場へつづく道 ~♪

ピーナッツは果たしてこの曲にこめられたメッセージを意識していたのか。

そんなことを深く考えることもなく、このきれいなメロディをくちずさんでいた。

その「ドンナ・ドンナ」を日本に持ち込んだのはジョーン・バエズ、

当時日本では反戦を歌うフォーク・シンガーの代表者であった。

美しい声で、静かに歌う彼女の「ドンナ・ドンナ」は、

哀愁を秘め、そのもの悲しさが、より強いメッセージとして心に沁みる。

ピーナッツの「ドンナ・ドンナ」を入手したのはごく最近だが、

日本で初めて報道協定がむすばれた事件として有名な誘拐事件をテーマにした

「かえしておくれ今すぐに」のB面だったことに驚いた。

ピーナッツの「ドンナ・ドンナ」も、

やっぱりメッセージ・ソングを意識した扱いだったのだろう。

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ブログを始めたおかげで増えたコレクションのシリーズの2回目。

61年、13歳の少女モーリン・グレイの「ダンスにおいで」の国内盤。

弘田三枝子のカバー「カモン・ダンス」と、

モーリン・グレイの輸入盤シングルは紹介済みですが、

彼女の歌う国内発売のコンパクト盤を見つけました。

邦題はもちろん「ダンスにおいで」ですが、

併記の英語のタイトル表示は「Come On A Dance」。

正しい原題は「Come On And Dance」のはずですが・・・。

こんなこともうれしい発見でした。

その上、B面はクローディン・クラークの「パーティ・ライツ」、

アーティスト名表記がクラウディン・クラークとなっていたり、

モーリン・グレイでもクローディン・クラークでもない女性が

ジャケット写真を飾っていたりするのも、

この時代の国内盤リリースの諸事情がわかって、うれしい発見なのです。

さて、「パーティ・ライツ」は、62年全米5位、

クローディン・クラーク唯一のベスト40ヒットですが、

アメリカでは「Disappointed」、邦題「失望して」のB面なのです。

「失望して」はプロの作家による作品だけれどまったく注目されず、

DJが盤をひっくり返してかけた、クローディン・クラーク作の

「パーティ・ライツ」がリスナーたちの心をとらえた、のだという。

「ダンスにおいで」のコンパクト盤に付いていたのはこんな豪華なヒット曲でした。

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ボクのブログは、ボクが所有するシングル・レコードを紹介するサイトです。

ボクの日々の暮らし体験の中で思い浮かんだレコードをテーマにしたり、

今日の1枚をピックアップして、

その曲に纏わる思い出を書いたり、

ボクが知っている独善的なウンチクを語ったり。

そんなにしてブログを書き進めていると、

新たに欲しいレコードがウヨウヨ出てきたりして、

どんどんコレクションが膨らんでゆくのです。

というわけで、今夜は、

ブログを始めたことで新しくゲットしたレコードを紹介することにしました。

まずは、全米チャートの常連曲「アンチェインド・メロディ」。

オリジナルは55年のトッド・ダンカン、

一番有名なのは65年のライチャス・ブラザーズ、

でもそんな曲をゴキゲンで陽気なドゥアップにしてしまったのは、

ファイヴ・ディスクス。

ベスト盤CDで音源は持っていたのですが、ようやくシングル盤をゲット。

ドゥアップ・バージョンはもう1枚ヴィト&サリュテイションズ盤を持ってますが、

ボクが気に入っているのはファイヴ・ディスクスで、とてもいい気分です。

次は、バリー・マンの名曲「I Love How You Love Me」。

お気に入りのクローディーヌ・ロンジェ盤と、

モコ・ビーバー・オリーブ、レターメンは既に紹介しましたが、

LP音源しか持っていなかったボビー・ヴィントン盤をゲットしました。

気が付けばオリジナルのパリス・シスターズ盤を未紹介でしたのでついでに。

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正月明けから来ていた娘家族、というより孫が帰って、

急に静かになってしまった我が家で、

さて、今夜は久しぶりに何を聴こうか?なんてピックアップしたのは、

72年の秋に日本でだけヒットした1枚、

コスタ、「すてきなクラスメート」。

この曲のこと、あまりよく覚えていなかったものですから、

ライナー・ノーツを確認、

“どういうグループなのか余り詳しいことは解っていません。

 というより、若いフランスのデュエット・チームだということと、

 今までフランス国内でシングルを6枚リリースしたということしか解りません。

 まあ、細かいことはどうでもいいじゃないですか。”

というわけですから、ボクが覚えているわけはないのです。

コスタは、ジョルジュとミッシェルのコスタ兄弟によるグループらしい、

とは、フランスのウィキペディアよりの情報。

曲は、「すてきなクラスメート」という邦題からは想像できないような、

英語によるバブルガム・フレンチ・ポップス。

たぶん・・・、世界的なヒットを目指しての英語によるリリースだったのでしょうね。

♪~ Lady lady hi! lady lady ho! ~♪

のフレーズが耳につくゴキゲンな楽しい歌。

同時期に日本でブレイクしたミッシェル・ポルナレフや、

ミッシェル・デルペッシュのように、フランス語で歌ってくれれば、

ボクたちオールディーズ・ファンの心に長く残っただろうに、

そんな印象を感じずにいられません。
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オールディーズ・コレクションが一段落すると、

ふと見つけた、大好きなオールディーズのカバー曲に手が出ます。

後で聴いた時後悔することもありますが、

この2枚はとても新鮮な感じで満足です。

まずは、72年、ラヴ・アンド・ティアーズ「あの娘にアタック」。

よく気をつけて注視していないと、どの曲のカバーかわからない。

原題は「Needles And Pins」、

有名にしたのはサーチャーズですが、

オリジナルは、63年、ジャッキー・デシャノンです。

ラヴ・アンド・ピースは5人組のグループで、

メロディ、リズム、ハーモニーともにすばらしいカバーで、

サビのシャウトがこの曲に新しい魅力を付加しました。

もう1枚は、日本語のカバーです。

88年、ウィンク「シュガー・ベイビー・ラヴ」、

オリジナルは、74年のルーベッツです。

♪~ Sugar Baby Love 愛なんて 知りたくないわ

   Sugar Baby Love 唇に 涙のルージュ ~♪

曲の良さか、ウィンクの才能か、何の違和感もなく、

すばらしいカバーだと思う。

原曲を知らない人が聴いたら、彼女たちのオリジナルだと思うだろうね。

ウィンク、見直してしまいました。

70年代半ば以降、ボクの知らないカバー、まだまだありそうですね。

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新年おめでとうございます。

学生時代、何の予定もなく、来客の予定もない日曜日は、

一日中、パジャマで過ごしたものでした。

今日も、正月とはいえ、そんな一日でしたから、

パジャマで過ごしてやろう、と思ったけれど、

分別のある年齢がゆえに、そんなワイルドに過ごすわけにもゆかず、

せめてもの抵抗に、「パジャマSong」を引っ張り出しました。

ユニチカのマスコットガールとしてデビューした手塚さとみちゃん、

76年15歳の時のデビュー曲。

決して決して決して、上手とはいえない歌ですが、

これがなかなか掘り出し物なんですよ。

本当に久しぶりに聴きましたが、なかなかの出来、

彼女のお気に入りは“男物の、メローイエローのパジャマ”なのですよ。

パジャマというのは、

インドに駐留していたイギリス人が寝間着として使用していたことで、

世界中に広まった民族服らしいのです。

今はそんなこと訊かなくなりましたが、

その昔、アイドルへの定番の質問は、

“寝る時は、パジャマですか?ネグリジェですか?”

そんなことを思い出してしまいました。

パジャマの歌をついでにもう1枚、

84年、成清加奈子「パジャマ・じゃまだ!」、

『うる星やつら』の主題歌です。

というわけで、今年も、まあひとつそのぉ~、よろしくお願いします。

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