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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ここ1ヵ月、気管支炎で咳がひどくて、頭痛の日々を送っています。

さて、毎月1回のレコード・コンサート、

3月のテーマは“66年のビルボード№1ヒット曲”ということで、

レコードのピックアップを始めて、ハタと気づいたことが・・・。

66年11月12日に№1になった曲、

ジョニー・リバースの「僕等の街」、

ジョニー・リバースって名前は知っているけれど、

彼のヒット曲って、さて何だったかな?

64年から78年の間に29曲ものHOT100ヒットを持つ彼なのに、

代表的なヒット曲名が浮かんでこない、そんな不思議なアーティストです。

「Poor Side Of Town」=「僕等の街」は、

彼の自作曲で、最初で最後の№1シングル。

彼のアイドルが、ボクの好きなリッキー・ネルソンと知って、

コレクションに加えていた1枚、だと思います。

持っているけれど聴いたことがない、そんな1枚です。

チャック・ベリーの「メンフィス」や「メイベリーン」のカバーで世に出た、

そんなアーティストの曲とは思えないような、

遠くに聞こえるストリングスと女性コーラスが素敵なバラードです。

なんと、彼のレコードがもう1枚ありました。

75年全米22位「ヘルプ・ミー・ロンダ」、

言わずと知れたビーチ・ボーイズのカバーです。

この年、彼は33歳、同い年のブライアンの作ったこの曲のカバーで、

ジョニーは約2年間の沈黙からカム・バックしたのでした。

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金本がいなくなった、城島がいなくなった、そして藤川がいなくなった、

そんな今年の阪神タイガースだけど、

上本と大和が成長し、西岡と福留とコンラッドが加わった。

さあ、今年のタイガースはイイぞ!

毎年開幕前はそう思う。

今夜は、リリアンと友情出演の皆様による、

85年の「阪神タイガースの優勝を知らない子供たち」を聴く。

でも、今夜聴きたかったのは、もうひとつのタイガースの方である。

落札していたタイガースのLP『ザ・タイガース・フィナーレ』が届いた。

71年7月のライヴ盤、あまり録音はよくないけれど、

ピーの歌うハーミッツのカバー「ヘンリー8世君」と、

何よりも、フィナーレにふさわしい「アイ・アンダスタンド」を聴きたかったのです。

ついでですから、71年2月のライヴ盤LPも引っ張り出した。

『ザ・タイガース・サウンズ・イン・コロシアム』2枚組、

こっちは少し録音の状態はいい。

「ビージーズ・メドレー」と、アダモの「ヘイ・ジュテーム」が好きだ。

もう1枚は、82年、本当に最後の1枚『A-LIVE』、

これは家内の持っていたもの。

今年、オリジナル・メンバーでの再結成ライヴがあるという。

さて、今日の阪神、WBC侍ジャパンには勝ったけれど、

ケガの上本が心配だ。

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今話題のPM2.5、午後2時30分のことじゃありませんよ。

中国の大気汚染の浮遊粒子状物質のこと、

Particulate Matter 2.5、

直径が2.5マイクロメートル以下の超微粒子のことなのです。

ちなみに、2.5マイクロメートルとは、0.0025ミリメートルのこと。

そのPM2.5は、偏西風にのって中国大陸から日本にやってきているのです。

なぜ、こんな話題かというと、

カスケーズの「悲しき北風」が流行っている頃、

ラジオで一度だけ聴いた曲のタイトルが「悲しき西風」だったのです。

歌っているのは、オールディーズの女王コニー・フランシス。

ずっと、国内盤シングルを探していたのですが、一度も出合うことなく、

オークションにも出てきません。

パソコンの時代になって、この曲の原題がわかりました。

「Whatever Happened To Rosemarie」、

63年全米28位「Your Other Love」のB面でした。

なぜ、邦題が「悲しき西風」なのかわかりませんが、

国内盤ゲットを諦め、1年程前に輸入盤をゲットしました。

そのことを書きたかっただけなのです。

陽気でリズミカルな素敵なオールディーズですよ。

コニーの本名は、Concetta Rosa Maria Franconero、

というのも、どこかRosemarieですね。

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56年全米9位、ジーン・ヴィンセントの「ビー・バップ・ア・ルーラ」、

中学生の頃、この歌を初めて聴いた時、プレスリーだと思った。

それもそのはず、彼のデビューのきっかけは、

エルヴィス・プレスリーのものまねコンテストで優勝したことだった、という。

♪~ Be-bop-a-lula, she’s my baby ~♪

ボクの脳裏には、テレビで見た内田裕也さんや尾藤イサオさんの映像が浮かぶ。

70年、ジーン・ヴィンセントの再録音した「ビー・バップ・ア・ルーラ’70」の

シングル盤を買った。

十数年を経て、本人があらためて録音した「ビー・バップ・ア・ルーラ」は、

ボクの記憶にあるものとどこか違っている気がした。

それから数年して、オリジナル録音盤を買った。

詳細に聴き比べるまでもなく、

このシンプルなバックで歌うヴィンセントにはハングリーな魂があった。

あれから30年以上経った今、あらためて聴き比べる。

ジョン・レノンやジェフ・ベックも愛した「ビー・バップ・ア・ルーラ」は、

やはり56年のそれだったのだと思う。

ジーン・ヴィンセントが若くしてこの世を去る直前の、

「ビー・バップ・ア・ルーラ’70」は、ロックンロール・リバイバルの時代の、

新しい魅力をもっていたのかもしれないけれど・・・。

そんなことを思いながら、何度も何度も繰り返しこの2曲をかけている。

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1965年、カンツォーネのカバーでデビューした彼は、

翌66年、その後の彼の行き方を考える上で重要な曲に出合った。

前年に平尾昌章がローカル・ヒットさせていた「おもいで」である。

布施明のこのレコードのB面「悲しき旅路」は、橋本淳・すぎやまこういち、

後のGSコンビで、この曲は「おもいで」とはまったく雰囲気の違う曲。

この辺に、さてどっちへ行こうか?という彼の生き方の模索がある、

というのは、ボクの勝手なこじつけ。

しかし、「おもいで」のヒットを受けて、彼の今後の路線が決まった。

そして、夏、「銀の涙」、冬、「霧の摩周湖」と、

平尾昌章路線を選択し、それが彼の魅力を引出し、スターダムへ。

66年、この3曲は、GSに嵌まる前のボクのフェイバリットである。

彼の哀愁をたたえたバタくさい顔と、伸びやかな声と、抜群の歌唱力が、

これら至極の路線を後押しした。

「おもいで」の、

♪~ 淋しくせつなく 今日もまた 呼んでみたのさ 霧の中 ~♪

「銀の涙」の、

♪~ あなたのほほを ぬらしてる 銀の涙は だれのもの ~♪

そして、「霧の摩周湖」の、

♪~ ちぎれた愛の思い出さえも 映さぬ水にあふれる涙 ~♪

霧、涙、思い出、

これこそが、彼の真骨頂だと思う。

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男性3人組、トリオと言えば?

“パンパカパ~ン パパパ パンパカパ~ン”、漫画トリオ、

“びっくりしたなぁ モゥ”、てんぷくトリオ、

“ラリーだ モウだ カーリーだ”、3ばか大将。

音楽の世界では?

トリオ・ロス・パンチョス!(そこからくるかぁ?)、

スリーファンキーズ、フォークル、ガロ、アリス。

そして、ウォーカー・ブラザーズに、サークル、レターメン。

マイナーなところでは・・・、(もうエエわ!)

というわけで、今夜はザ・ベルモンツです。

バス・バリトンのカルロ・マストランジェロ、

セカンド・テナー、フレッド・ミラノ、

テナー、ファルセットは、アンジェロ・D’アレオ。

58年から、ディオン&ベルモンツとして活躍していたのですが、

60年にディオンが離れても、彼らは健在でした。

そんな中で手に入れた62年のアルバム『カーニヴァル・オブ・ヒッツ』は、

LP嫌いのボクでも、とても大切にしている1枚です。

その中でも、ボクの一番のお気に入りは、

62年全米28位の「カモン・リトル・エンジェル」。

これまた、アーニー・マレスカ作品、

ゴキゲンに楽しい、ウキウキ・ドゥワップです。

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81年の資生堂。

この年のキャンペーン・ソングたちは、ボクの印象に残っていない。

珍しく、不作だったのか?

それとも、ボクの興味がなくなっていただけなのか?

春のキャッチフレーズは、“ニートカラー”。

CMソングは、不幸にして44歳で亡くなったシンガー、松原みき、

「ニートな午後3時」、作詩は三浦徳子、作曲は小田裕一郎。

モデルは、マイティ・ルドント。

夏のキャッチフレーズは、“ひかりとパラソル”。

CMソングは、作詞・岡本おさみ、作曲・吉田拓郎の黄金コンビ、

満を持して、歌うは吉田拓郎「サマーピープル」。

タクロー好きのボクにも記憶に残っていない。

モデルは、前年春に続いて、メアリー岩本(後のマリアン)。

秋のキャッチフレーズは、“メイク23秒”。

CMソングは、奇をてらったのか、桃井かおり「メイク23秒」。

作詞は三浦徳子、作曲は筒美京平さん、

モデルは、ナンシー・ナナ。

このレコード・ジャケットは、ボクのお気に入りのひとつです。

そして、いよいよ、冬のキャンペーン、

大好きな「A面で恋をして」の登場でしたが、

昨年11月8日に書いたように、

ちょっぴり不幸なキャンペーンになってしまいました。

広告マンとしては、この年のCMレスポンスが気になります。

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大好きなオールディーズがあると、

その曲のルーツを訪ねるのはコレクターの常。

その曲のオリジナルを探し当てた時、

たまにガッカリすることもあるのですが、

そのほとんどの場合は、

オリジナルを聴くことで、

進化のすばらしさやアレンジの妙を知ることができます。

これまでにもそんなレコードをたくさん紹介してきましたが、

今夜の1曲も、最近手に入れたそんな中のひとつです。

フレディとドリーマーズの、64年全英5位、65年全米36位、

「アイ・アンダスタンド」は、

バックに「蛍の光」を敷いた恋のバラードですが、

そのオリジナルは、フォー・チューンズ。

メンバーのひとりパット・ベストがこの曲の作者で、

彼らの「I Understand Just How You Feel」は、

54年全米8位、雰囲気のある、素敵なバラードで、

とても気に入ってしまいました。

ついでに、この曲を同じ時期にカバーした1枚も手に入れました。

54年全米13位、歌うは女性ポップシンガー、ジューン・ヴァリ。

特別なアレンジもなく、コーラスもまったく同じですが、

女性が歌う「アイ・アンダスタンド」も素敵です。

温故知新、この曲を探し出してきて、

「蛍の光」にかぶせるアレンジでリリースしたフレディ&ドリーマーズの眼力に、

あらためて感心するとともに、感謝の気持ちでいっぱいです。

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あなたは、毎日ハンカチを持っていますか?

小学生の頃は必携のアイテムで、学校で抜き打ち検査があったりもした。

高校生の頃は、学生服のポケットが膨らむのがイヤで持っていなかった。

社会人になってから39年、

毎日スーツの左ポケットに入れています。

社会人としての身だしなみですから。

ハンカチは、ハンカチーフの略ですが、

ハンカチーフなんて言うのはなんかちょっとキザで照れてしまいます。

さて、スーザン・モーンの「涙のハンカチーフ」がリリースされたのは、

62年、ボクが小学生の時、

原題「Hand A Handkerchief To Helen」に、

「涙のハンカチーフ」という邦題をつけていたのですから、

この頃、東京の人たちはハンカチのことをハンカチーフなんて言っていたのですね。

というわけで、他にタイトルに“ハンカチーフ”のつく曲、

コレクションの中から探しました。

同じ「涙のハンカチーフ」をリリースしているのは、松本伊代ちゃん。

83年、「太陽がいっぱい」のB面ではありますが、いい曲ですよ。

“ハンカチーフ”で誰でも知ってる曲といえば、

75年、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」。

もう1枚ありました、

84年、堀ちえみちゃんの「白いハンカチーフ」。

思いつくままにピックアップしましたが、まだあったような・・・。

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布施明は

オーディション番組の走り『ホイホイ・ミュージック・スクール』からデビューした。

デビューは65年5月、17歳の春、

デビュー曲は「君に涙とほほえみを」。

完全に自分のものにしていたから、

原曲を知らない人は彼のオリジナルだと思っただろう。

「君に涙とほほえみを」の原題は「Se Piangi, Se Ridi」、

ボビー・ソロの65年サンレモ音楽祭の優勝曲である。

タイトルを英語にすると、「You Cry, You Laugh」、

♪~ 君が泣くとネ 僕も泣いてしまう だって君は僕の一部だもの

   僕が苦しむのを見たくなかったらいつも笑っていてネ

   君は決して一人じゃないってことを忘れないでネ

   たとえ君が僕から離れたところにいても

   いつでも君がいるところには僕がいるのさ ~♪

なんて、甘い甘い、イタリア人にしか似合わない歌詞、

作曲者のひとりR.Sattiは、ロベルト・サッティ、

ボビー・ソロの本名です。

なにはともあれ、甘くバタ臭い顔の布施明にはカンツォーネがよく似合う。

♪~ たとえ今はふたりが遠く離れていても

   心にはひとつの愛が燃えている ~♪

安井かずみさんの詩を消化して、見事に歌い上げているのです。

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Annabella、

ヨーロッパ系の女性の名前ですね。

この名前をタイトルにした曲のシングルを3枚持っています。

そんなに一般的な名前でもないのに、珍しいナ!って思います。

まずは、日本で有名な方の「アナベラ」、

作者のひとりにホリーズのグラハム・ナッシュが名を連ねています。

歌うは、もちろんジョン・ウォーカー、

ウォーカー・ブラザーズ解散後、ソロとしてスタートを始めたジョンの、

幸先いいスマッシュ・ヒットは、67年全英24位、

ポップに伸び伸びと歌っています。

まだ聴いたことはないのですが、カーナビーツもカバーしているそうです。

さて、もうひとりの「アナベラ」は、

71年全米46位、ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズ。

ハミルトンは、ダン・ロバート・ハミルトン、

マーケッツやロニー&デイトナスのメンバーで、「ダイアモンド・ヘッド」の作者。

ジョー・フランクは、ジョー・フランク・キャロロ、

レイノルズは、トミー・レイノルズ、

3人とも「真赤な太陽」のT・ボーンズのメンバーでした。

彼らの「アナベラ」のオリジネイターは、70年、デイブ・ディー。

そうです、あのデイブ・ディー・グループのリーダー、

グループ解散後、単純明快で誰もが口づさめる曲を志向した末のソロ・リリースでした。

そういえば、デイブ・ディー・グループの正式なグループ名は、

デイブ・ディー、ドジー、ビーキー、ミック&ティッチという

メンバー全員の名を羅列したもの。

こっちの「アナベラ」は、

どうもメンバー全員の名前羅列型を好むアーティストに好かれるようです。

なんて、こじつけ以外の何物でもありませんが・・・。

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この1枚を見つけるのに4年もかかりました。

eBayを始めた時から、Saved Searcheをかけていましたが・・・、

Saved Searcheとは、

ヤフー・オークションの“アラート”のような機能で、

登録したキーワードの商品が出品されたらメールで知らせてくれるもの。

ボクは“Popsicles”で登録していたのですが、

送られてくるメールはいつも、“Popsicles And Icicles”、

マーメイズの名曲「恋のドライヴ・イン」ですね。

それが、今年の1月中旬、このレコードが初めて出品されたのです。

我が目を疑いました、エエッ!ホントに、ってな感じです。

スタートの価格は案外低かったのですが、早速100ドル以上を入力、

締め切り間際まで、誰も応札せず、期待していたのですが、

締切時刻は1月22日早朝、頑張って起きていたのですが、

いつの間にか眠ってしまって、朝、焦って確認しましたよ!

誰か応札していたようでしたが、幸い51ドルで落札、めでたくゲットできました。

ザ・ポプシクルズ「I Don’t Want To Be Your Baby Anymore」、

“私はもうあなたの彼女でいたくはありません”、

邦題は「涙はこれっきり」、65年のリリースです。

ポプシクルズは例によって正体不明のグループで、

62~63年頃、エリー・グリニッチによって録音されたものだと言われています。

レーベルのG.N.P.Crescendoは、

ハリウッドのジャズ・レーベルで、

G.N.P.は、Gene Norman Presentsの略、

ジーン・ノーマンはハリウッドのジャズのプロデューサー。

ボクのコレクションの中心に位置する、うれしい2分15秒の幸せです。

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“センチメンタル”なんて単語、最近はあまり使わなくなりましたね。

ましてや、“おセンチ”なんて言葉は、

ボクの若い頃でさえ死語になっていましたよ。

Sentimental、ひと昔前は歌のタイトルや歌詞によく出てきました。

有名なところでは、81年、伊代ちゃんの「センチメンタル・ジャーニー」、

それより前に、75年、岩崎宏美3枚目のシングル「センチメンタル」。

いずれも秋10月のリリースでした。

感傷的な、切ない気持ちになる季節は、やっぱり秋なのでしょう。

ボクなら、

“それは、長さの単位で、100分の1メートルのこと?”

“あほ!それはセンチメートルやがな~”

なんて茶化して、ひんしゅくをかってしまいそうなのですが・・・。

さて、ボクの好きな“センチメンタル・ソング”は、

76年12月にリリースされた安西マリア「センチメンタル・グループ・サウンズ」。

作詩は橋本淳さん、作曲は響わたるさん、

そんなに詳しくはないのですが、響わたるさんは、

少し前に「吾亦紅(われもこう)」をヒットさせた杉本真人さんその人です。

センチメンタル・グループ・サウンズとくれば、

GSの先駆、ブルー・コメッツの「センチメンタル・シティ」を忘れてはなりません。

こちらの作詞も橋本淳さん(作曲はすぎやまこういちさん)、

奇遇ですね、いや当然でしょう。

66年、「ブルー・シャトウ」大ヒット前夜の一曲です。

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