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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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昨年“桂文枝”を襲名する前の名は、ご存知“桂三枝”。

ボクが高校生の頃、ラジオの深夜放送『歌え!MBSヤングタウン』や、

テレビのバラエティ番組『ヤングおー!おー!』の人気者で、

落語を演っているのなんて見たことがなかった。

その、彼のデビュー・レコードは、69年『ヤンタン』の8月の歌、

タイトルは「夕陽のアンジェロ」。

タイトルのイメージ通り、『夕陽のガンマン』風の曲で、

歌はお世辞にも上手いとは言えないけれど、

バックのダボーズがみごとに関西風カレッジ・フォークに仕上げている。

“アンジェロ”はイタリアの男の子の名前で、確か“天使”の意だと聞いたことがある。

さて、ダボーズの話題。

一週間ほど前、ダボーズのことをブログに書いた途端、

探していた「びっこのもぐらの物語」の正規盤を入手、

このレコード・ジャケットだけのために大枚を叩いてしまいました。

でも、珍しいページもののジャケットで、

ダボーズのメンバーや経歴なとが非常によくわかりました。

D’ABOUS、とフランス風に綴っているけれど、

“ダボ”は、関西の方言でアホ、バカ、マヌケなどの意で、

フランス語のD’ABORDには“初めに帰る”という意味があるのだそうです。

また、高校の同級生によると、

レナウンの「ワンサカ娘」のオリジネイターとのことでしたが、

ボクの持っているCD『レナウン~ワンサカ娘』によると、

たぶん2曲目の67年の関西学院フォークグループというのが彼らのことで、

最初に歌ったのはかまやつさん、64年には弘田三枝子、というのが真相みたいです。

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昨日今日、甥の結婚式で、久しぶりに東京でした。

いつものように、時間の合間をぬって、いつもの中古レコード店へ。

ネットが普及する前は、東京へ出ると、何軒ものレコード店を回ったものでしたが、

行きつけの店の多くは閉店してしまいました。

ですから、ここ数年はこの小川町の店だけになってしまいました。

何といっても、ここは、ボクのコレクションとぴったりの品揃えで、

訪れる度に掘り出し物に出合います。

本当に貴重なアイテムはとても高価で、

ずっと以前は何万円も使ったものでしたが、

最近は、ほどほどの金額のアイテムを選択するようにしています。

昨日は洋邦とりまぜて5枚をゲットしました。

その中の1枚は、ゲイリー・ルイスとプレイボーイズのセカンド・シングル、

65年全米2位「カウント・ミー・イン」の国内盤。

相変わらずの“お坊ちゃんGSバンド”のノリですが、

特筆すべきは、バックのピアノ、ちょっと注目です。

そして、B面の「リトル・ミス・ゴーゴー」、

ゲイリーくんがファルセットを披露するサーフィン・サウンド、

ビーチ・ボーイズのノリなのです。

さて、今度このお店にお伺いできるのはいつになることやら・・・。
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久しぶりの70年代アイドルです。

高校生や大学生の頃、ボクのアイドルだった人たちも、

ボクと同じだけ歳をとり、彼女たちのアイドル後の人生を見てしまった。

そのまま憧れの対象であったり、その後を見てガッカリしたり、悲喜こもごもだけど、

ボクの信条としては、

アイドルのその後は彼女たちの人生なのだから、

アイドル時代だけを見るようにしている。

♪~ まんまる顔の女の子はいい妻になれるって

   私ってなれそう? ね、バスボン ~♪

CMでボクたちの前に登場した松本ちえこちゃん。

彼女の出ていたバスボンのCMはとても微笑ましかった。

♪~ ふっとい足の女の子は強い母になれるって ~♪

ホント、いいコピーでした。

だから、シャンプーもリンスもバスボンを使ってました。

そんな彼女の、76年のヒット曲、「恋人試験」、

♪~ 私の一番可愛いとこ どこですか? ~♪

一風変わった歌詞の、印象深い歌でした。

♪~ 0点なんかじゃ許さない 100点とるひと大嫌い

   知っているのに わざと間違える 65点のひとが好き ~♪

で、もう1枚も、76年の「ぼく」。

最近は、自分のことをボクという女の子がいるようだけれど、

この頃は新鮮だった。

これもまた、ごく近くにいる普通の女の子の自己紹介ソング、

松本ちえこは、そんな身近な女の子アイドルなのでした。

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今日、書きたいナ!と思ったのは、

ボクが日頃お世話になっている中古レコードの売り手さんの話。

欲しいレコードを探していると、お世話になるSellerさんが固定してきます。

その第1回は、関東にある有名な廃盤オークションのお店。

2ヵ月に1回ぐらいの割合でオークション・メールが送られてきます。

そのリストはジャンル別に分けられていて、とても見やすい。

ここの入札制度はごくオーソドックス・スタイルで、

最低価格が決められていて、一番高い金額で応札した人が落札する、というもの。

とても貴重なレコードが出品されたりもするのですが、

それはものすごく高くて、ボクは手を出しません。

一発勝負ですから、入札金額に迷いますが、

ボクは、主に、買い替えや、この金額なら持っていてもイイなと思えるものだけ応札。

というわけで、基本的にはあまり落札できることを期待していないのですが、

先日はびっくりしました、なんと8枚も落札できてしまったのです。

その中の1枚は、アメリカで300万枚以上も売り上げたという65年の全米№1、

ソニーとシェールの「アイ・ゴット・ユー・ベイブ」の国内盤。

持っていたかった1枚、その上超美麗盤でした。

もう1枚は、同じく彼らの67年全米6位、「ビート・ゴーズ・オン」、

好きなジャケット写真です。

愛すべきセラーたち、このシリーズはまだまだ続きます。

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4月になって、ふと気づいたら、

『純喫茶・谷村新司』の放送がなくなっていた。

4月編成で地元放送局がネットしなくなったのかと思っていたら、

どうやら、番組自体が終了してしまったみたい。

先日、高校時代の同級生がロック・キャンディーズのことを話題にしてくれて、

思い出した思い出の曲は、71年解散直前の「春は静かに通り過ぎてゆく」。

♪~ 傷つき疲れた 私の腕の中を

   春は静かに 通り過ぎてゆく ~♪

のリフレインがなつかしい。

イントロはちょっぴり「アイム・ア・ビリーヴァー」みたいで、

伴奏はロックしていて、歌はアリスの谷村節。

先日ようやくシングル盤を手に入れることができました。

レコード・コレクターなどという輩は、

案外、自分の思い出の曲のレコードは持っていないものなのです。

そして、今頃になって、郷愁にかられて、欲しくなってきたのです。

12年6月1日に書いた、ロック・キャンディーズの歌だと勘違いしていた曲も、

数ヵ月前に手に入れることができました。

ダボーズの「びっこのもぐらの物語」。

あいにく、放送局排出のプロモーション盤のようで、

レコード・ジャケットはないのですが、歌詞カードは付いていました。

タイトル的に、内容的に、放送禁止になったために、

そんなに何度もラジオで聞くことがなかったようです。

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ゴルフ、最近の悩みはアプローチだってことを先日書きましたが、

相変わらず波があるのがバンカー・ショットです。

ゴルフを始めたばかりの頃は結構上手くいっていたのですが、

100を切り始めた頃からは絶不調に、

そして半年ほど前に開眼し、一発で出るようになったのですが、

距離を合わせるのはなかなか難しい。

何しろ、気軽に練習できるところがないのですから困ったものです。

ということで、今夜は「ミスター・サンドマン」のお気に入りの1枚を・・・。

70年代に日本でも人気者だったオズモンド・ブラザーズのバージョン、

とはいえ、64年のリリースです。

オリジナルは、いうまでもなく54年全米1位のコーデッツ。

女性4人のコーラスがとても美しい曲ですが、

オズモンズのそれは、まったく別の曲かと思えるようなサーフィン・サウンド。

リリースの半年ほど前に全米1位を獲得したビーチ・ボーイズの・・・、

あの有名な「アイ・ゲット・アラウンド」スタイルにアレンジしたのは、

テリー・メルチャー。

なんと大胆な!

というわけで、今夜は、

“ミスター・サンドマン”に成れることを祈って、

3曲聴き比べ、と相成りました。

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ブームも終盤になってデビューしたためか、

爆発的人気が出ることもなく密かに消えていった男たち、

しかし、その儚さゆえに、彼らには、またその楽曲には、不思議な魅力を感じる。

そんな“カルトGS”シリーズ、5ヵ月のご無沙汰でした。

68年8月にデビューしたポニーズ、

デビュー曲は「ブルー・エンジェル」。

ボクの大好きなオールディーズ、ロイ・オービソンと同じタイトル。

それだけでもボクにとっては欠かすことのできないコレクションである。

「ブルー・エンジェル」もB面の「夕ぐれの渚」も、

幼くて他愛のない、甘くてやさしいメロディアスな曲である。

文部省推薦、七つの水仙!、品行方正、小松方正!

でもこの存在は貴重。

「ブルー・エンジェル」を作曲したリード・ギターの原田まさみ、

(ジャケット写真の上から2人目)

彼は、その後、森田公一とトップギャランに参加している。

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オールディーズのヒット曲の中には、

事故などで恋人が亡くなってしまったことを歌う曲がいくつかある。

10年6月11日に書いたレイ・ピーターソンの「ローラに好きと言ってくれ」や、

11年5月12日に書いたマーク・ダイニングの「ティーン・エンジェル」。

♪~ お父さんの車を借りて彼女とドライブしている時立ち往生している故障車に衝突、

   瀕死の重傷を追いながら意識を取り戻した僕は、

   そばに横たわる助かる見込みのない彼女を抱きしめ、

   最後のキスをした ~♪

J.フランク・ウィルソンとキャヴァリアーズの「ラスト・キス」も、

そんな、いたましい交通事故で愛する人を亡くした“デス・ソング”のひとつである。

「ラスト・キス」は、64年8月にリリース、

10月にビルボード・トップ10内に入り、11月に最高位2位まで到達した。

ビルボードではシュープリームスの「ベイビー・ラブ」に阻まれたが、

キャッシュボックス・チャートでは№1に輝いている。

この物語にはもうひとつ、偶然のエピソードがある。

この曲がチャートを駈けあがっていた10月、

フランク・ウィルソンは交通事故に合い重傷を負った。

同乗のプロデューサーが亡くなるほどの事故で、

彼自身も車椅子生活を余儀なくされたという。

英語の歌詞が十分に理解できないボクたちには、

この美しく軽快なメロディが、より一層悲しさを増幅させるのである。

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中華そばの上に乗っているのは信じられない程の一味とうがらし。

恐る恐るかき混ぜたらそのつゆは真っ赤になった。

おいおい、これ食えるの?

ちょっと前までそこここにあったあのオロチョン・ラーメン、

最近見なくなりました。

あまりに辛そうだから、麺をつゆで洗いながら口に入れる。

おいしいではありませんか!

辛さをそんなに感じることなく、一気に食べる。

そんなに辛いと思っていないのに、なぜか額に汗が・・・、

しかしおいしい、まさに“クセになる味”でした。

神崎みゆきの「ゆう子のグライダー」は、そんな“クセになる歌”です。

ボクが大学生の頃、ヘルパーをしていたユースホステルから、

近くの石手寺にホステラーを案内する時、よく口ずさんでいたことを覚えている。

神崎みゆき、彼の声は女の子のようにやさしくて、髪は長く可愛い顔をしている。

その頃の大学生は、いいえボクも、そんな感じだったのですよ。

♪~ みてて みててよ ほんとにとぶんだよ 

   風にのって サーッととぶのよ ステキなグライダー ~♪

なんの意味もない他愛ない歌ですが、唯一勉強になる部分もあります。

♪~ ホラ ホラね プロペラもないのに 

   どうしてとぶか知っている? 上昇気流に のっかってとぶのよぉ ~♪

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57年58年頃日本でヒットした「フジヤマ・ママ」という曲、

オールディーズ・ファンにとっては、ワンダ・ジャクソンの曲としておなじみ。

ボクが物心ついた頃にはもう結構有名で、

ワンダ・ジャクソンは日本でもスターで、

いろんな歌手が日本語でカバーしていた。

♪~ Fujiyama Yama, Fujiyama ~♪のフレーズは印象深く、

歌詞の中に、“長崎”や“広島”が出てくるし、そもそも“フジヤマ”が出てくる。

そんな“日本大好きソング”だと今の今まで思っていた。

しかし、今回ブログを書くに当たってチェックしたら、

“長崎や広島を吹っ飛ばしたように、あんたなんてブッ飛ばしてやるわよ”

みたいな、よく日本で受け入れられたなぁと思えるような歌詞。

おまけに、“smoke dynamite”や“nitroglycerine”、

挙句の果てには“atom bomb”まで出てくる。

なんという暴挙、驚いてしまう。

彼女はカントリー・シンガー、女性初のロカビリー歌手として有名ですが、

この「フジヤマ・ママ」はアメリカではヒットせず、

日本でだけヒットし、彼女を一躍人気者にしたのだから不思議。

そして、eBayでこの曲のオリジナルを探していて見つけたのは、

フランク・チキンズなるイギリスのグループのカバー。

B面は「We Are Ninja」というので早速ジャケ買い。

83年のリリースで、その正体はイギリス在住の日本人で結成されたグループ、

メンバーの中心カズコ・ホーキ(法貴和子)は東大卒で大平元首相の姪だとか。

ラップなのかヒップホップなのか、

日本の民謡の一節まで出てくるキワモノ・ロックなのでした。

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81年リリース、82年2月全米29位、

カナダのロックバンド、ラヴァーボーイのデビュー・ヒットは、

ギンギンのロックンロール、「それ行け!ウィークエンド」。

原題は「Working For The Weekend」、

“俺は週末のために働いているんだ”、というわけではないけれど、

前月の土曜日は4週連続でゴルフでした。

5年半前の手術の後、急にドライバーの飛距離が落ちて、

今は方向性優先で飛距離を諦め、

絶好調だったスプーンもいつのまにか打てなくなり、

今年になってついにアプローチがダメ、

トップしたり、ザックリしたり。

現在の理想のゴルフは、

ドライバーは飛ばないけれどOBは叩かず、

もう一度スプーンの方向性を戻して、

アイアンの距離感を正確に、

絶妙のアプローチでボギー・オン、

1パットでパー、2パットでボギー、

90そこそこで穏便に収めたい。

そんな謙虚な望みですが、果たして叶うでしょうか。

早く帰って飲みにゆかない夜は、せっせと打ちっ放しに行くことにしました。
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今夜もまだ、ビージーズを引きずっています。

ビージーズのボーカルは、バリーとロビンが担っていました。

モーリスはリードをとることはありませんでしたが、

ほとんどの楽器をこなせたことから、

曲のアレンジに貢献したり、ステージでの演出をリードしていたようです。

69年2月にリリース、3月に全英6位、4月に全米37位を記録した曲、

「若葉のころ」のライナー・ノーツには、

“昨秋についで4月に疲労で倒れたロビンが、

 歌手をやめたい、ともらしたことから、解散の危機が・・・”

とあるけれど、実際のところは、

このレコード、ロビンの歌う「ランプの明り」がB面に追いやられ、

バリーの「若葉のころ」がA面になったことが、

ロビン独立のきっかけだったのではないでしょうか。

独立したロビンは、

69年、「救いの鐘」で、全英2位、ドイツで3位、

南アフリカやニュージーラントでは1位のヒットを記録したのです。

次作「ミリオン・イヤーズ」を、ドイツやスイスでヒットさせましたが、

“血は水よりも濃し”、その後ビージーズに復帰し、

70年11月、「ロンリー・デイ」をリリース、

71年1月、全英では33位、続いてビルボード3位、キャッシュボックスで№1、

ビージーズのキャリア史上、アメリカでの最高順位のヒットを記録したのです。

波乱万丈、本日はこれにて・・・。

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昨夜は月1回のレコード・コンサートで、

ビージーズを堪能しました。

デビューからRSOレーベルに移籍する直前の72年頃まで、

第一期黄金時代のシングル盤を、主としては時系列にどんどんかけました。

ボクお気に入りのB面曲やら、ビージーズをカバーした数枚を散りばめながら、

いつものように内輪ウケの90分間でした。

多くの皆様には、77年78年頃のディスコ時代のビージーズがおなじみなのでしょうが、

60歳前後の“おじさま”にとっては、

ビージーズと言えば60年代が最高なのです。

さて、時間の都合で昨夜かけられなかったレコードをまとめました。

まずは、68年全米57位、全英25位の「ジャンボー」。

好きなレコード・ジャケットの1枚なのですが、

ロビンの「恋するシンガー」をかけた関係で、カットしちゃいました。

次は、69年全米54位、全英23位、

ロビンが独立したために、バリー&モーリスになった時代の「トゥモロウ・トゥモロウ」。

そして、ロビンが戻っての第一期黄金時代最終盤の2曲、

72年全米16位、全英でも16位、「マイ・ワールド」と、

72年全米16位、全英9位、ちょっと好きな「ラン・トゥ・ミー」。

昨夜の余韻に浸りながら、今夜はひとりで楽しんでいます。

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最近情けなく思うことのひとつは、

喫茶店でお茶したり、夜お酒を飲みに行ったりした時の話題が、

必ず病気の話になってしまうこと。

傍から聞いていると、きっと病気自慢になっているんだろうな、

なんて、後悔と反省をしてしまいます・・・、ああ情けない。

とは言え、次から次にやってくる体調不良、歳のせいですかね。

74年のヒット曲、「恋の診断書」、

74年全米R&Bチャート9位、75年全米HOTチャート11位、

出来たばかりのディスコ・チャートでは2位のヒット曲となりました。

この曲、もともとはイギリスでのヒット曲で、サニーという女性のもの。

そのサニーは実はキャロル・ダグラスの変名だという話も・・・。

さて、この「Doctor’s Orders」は、

ボクたちが話題にしている病気の診断書ではありません。

世界中どこにでもある“恋の病”のお話。

スパイダースの「恋のドクター」と同じ発想ですね。

♪~ 注射ピュッピュッ! 注射ピュッピュッ! ~♪

てなわけにはいかないようです。

手元にあるキャロル・ダグラスのもう1枚は、

75年の「ヘッドライン・ニュース」、

広告人として、タイトル買いしてしまったものです。

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