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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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大好きなウォーカー・ブラザーズのひとりジョン・ウォーカー、

本名ジョン・ジョセフ・モウズは、43年ニューヨークで生まれた。

47年カリフォルニアに移住し、ギター、サックス、クラリネットを学び、

11歳の頃からテレビや映画に出演した。

59年、一家が三度引っ越した町で、今となっては歴史的とも言える出会いがあった。

その町には、後にあのビーチボーイズとして有名になるウィルソン一家と、

一時的にBB5に在籍し、現在のメンバーでもあるデヴィッド・マークスが住んでいた。

そして、16歳のジョンは、1歳年下のデニスや3歳年下のカール、

5歳年下のデヴィッドにギターの手解きをしたのであった・・・。

ジョン・ウォーカーのWikipediaを読み解いたストーリーである。

ボクの好きなウォーカーズのひとりジョンと、

ボクの好きなビーチボーイズとの間にこんな接点があったなんて、

だから人生はおもしろい。

さて、ソロ・ジョンの2枚目のシングルは、67年の「あしたの誓い」、

作者はウェスタン・シンガーのジェリー・リードで、

このラテン・ロックをジョンはポップに歌っている。

3枚目のシングルは、68年「ケンタッキー・ウーマン」、

作者はあのニール・ダイアモンドで、

ジョンはライトに軽快に歌っている。

ジョンの歌声を聴きながら、60年代のTVドラマで見たような、

ギターを教えあう少年たちの楽しそうなシーンを思い浮かべている。

でも今は、ジョンもデニスもカールもこの世にはいない。

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小林旭が好きだ。

♪~ 俺と似てるよ 赤い夕陽 ~♪

このフレーズが好きだ。

59年の映画主題歌「ギターを持った渡り鳥」。

今も変わらぬ、あの独特な声、ぶっきらぼうな歌い方、

ある意味、“日本のプレスリー”かもしれない。

この映画、この歌、もちろんオンタイムで見たわけではないけれど、

テレビで何度も見た、聴いた。

現実では到底あり得ない奇想天外なシチュエーション、これこそが娯楽映画の神髄。

クリント・イーストウッドの『荒野の用心棒』や『夕陽のガンマン』、

ジュリアーノ・ジェンマの『南から来た用心棒』や『荒野の1ドル銀貨』など、

イタリア製西部劇を“マカロニ・ウェスタン”と言うのなら、

小林旭さんの渡り鳥シリーズは“うどんウェスタン”と呼びましょうか?

それとも“蕎麦ウェスタン”でしょうか?どうもしっくりきませんね。

イタリア製で、中身がない、ということで、

淀川長治さんの造語だという“マカロニ・ウェスタン”の公開は64年、

それよりも早く『ギターを持った渡り鳥』は作られたのです。

若かりし頃の小林旭さんは二枚目だし、浅丘ルリ子さんはメッチャ可愛い、

そして、宍戸錠さんにはニヒルな魅力があった。

DVDが欲しくなってきた・・・。

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明け方、ラジオの深夜放送を聴いていると

記憶の片隅にある懐かしい歌が流れてくる。

気になる洋楽はいっぱい持っているけれど、

持っていないのは、60年代末から70年代前半にかけての日本のフォーク・ソング。

高校、大学と、あんなに聞いていたのに、あんなに歌っていたのに、

身近すぎて、レコードなんか必要なかったし、

別に欲しいとも思っていなかった。

近年のトレンドは、“所有欲”ではなく“使用欲”だけれど、

最近になって、そんな若い頃よく歌っていた歌のレコードの所有欲がアップして、

中古店で出合う度に買ってしまうという状態。

3ヵ月前、東京の中古店で見つけたのは、キャッスル&ゲイツの「おはなし」。

この曲と親しんでいたのは高校生の頃、

キャッスル&ゲイツは、高知・土佐高校出身のフォーク・トリオで、

その頃は四国との縁はなかったからこのグループ自体に興味なかったけれど、

今となっては、隣県高知出身ということで、急に親しみを覚える。

グループには興味なかったけれど、

メンバーの町田さんと上地さんのことはよく知っていた。

彼らは、キャッスル&ゲイツ解散後の68年、あのズー・ニー・ヴーに加入、

69年4月、「白いサンゴ礁」を大ヒットさせた。

あれ?

この「おはなし」がリリースされたのは69年1月、

調べてみたら、「おはなし」は67年の録音で、解散後にリリースされたというわけ。

このレコードを買ったことで初めて知った事実てす。

あっ、そうそう、もうひとつ書いておかないといけないのは、

ズー・ニー・ヴーの「白いサンゴ礁」はもちろんいいのですが、

ボクはA面の「涙のオルガン」が大好きなのです。

「白いサンゴ礁」、実はB面だったのですよ。

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社会人になって2年目か3年目の頃だと思う、

あるクライアントの分譲地のチラシを作ったのだけれど、

チラシ折込日の前日の夜、分譲価格が一桁間違っているのに気付いた。

もう新聞折込を止めることもできないし、

夜中じゅう一睡もできず、ラジオの深夜放送を聴きながら途方に暮れていた時、

ラジオから流れてきたのは、

♪~ 困ったナ 困ったナ 困ったナ ~♪

その時はこの曲が誰の何なのかなんて考える余裕もなかったけれど、

数ヵ月経ってから思い出し一生懸命調べた。

今の時代ならネット検索で簡単に見つけることができるのだろうが、

その時代にはこれは簡単な調査ではない。

結局、それ以来15年以上もわからなかった。

平成の世になって、広島転勤で、単身赴任ひとり暮らしのある夜、

またまた深夜放送で流れてきたのです。

今度は、耳をダンボにして(表現が古い!)、片手に鉛筆を持って・・・。

ボビー・ダーリンの「やさしいジェーン」という曲だったのです。

またまたレコードを探すこと10年以上、

国内盤は諦めて、手に入れた輸入盤が、

59年全米38位「Plain Jane」、この1枚なのです。

♪~ 困ったナ 困ったナ 困ったナ ~♪ は、

♪~ come out tonight, come out tonight, come out tonight ~♪

だったのです。

約30年間にわたる“空耳アワー・スペクタクル”、

今夜は懐かしく聴いています。
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子供の頃、『アベック歌合戦』というテレビ番組があって、

司会のトニー谷さんが拍子木を叩きながらカップルふたりの名前を聞く、

“あなたのお名前なんてぇの?”

“○○ ○○と申します!”

アベック=avec、今をときめくavexではない、

カップルを意味するこの和製フランス語は今や死語となった感がありますが、

英語でいうなら、withに相当する前置詞なのであります。

と、思い出すメロディは、

♪~ Pour un flirt avec toi ~♪

“君と一緒に遊ぼう”と歌うミッシェル・デルペッシュの「青春に乾杯」。

さてさて、本題に戻って、

今日引っ張り出したのは、62年全米7位、「What’s Your Name」、

“あなたのお名前なんてぇの?”。

ローランド・トロンとクロード・ジョンソンのR&Bデュオ、

ドンとジュアンのミラクル・ヒットです。

ついでに紹介するのは、ミッシェル・デルペッシュの「美しき世界」。

大学生の時、「青春に乾杯」を気に入り、

続いて発売された「美しき世界」も、ジャケットが気に入り買ってしまったのでした。

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こんな季節に、なぜ急にこんなことを思い出したのだろう?

新入社員として広告会社に入社した年、74年の12月、

伝説の忘年会がスタートした。

会場は、松山市内から北東へ車で30分、

川のせせらぎが聞こえる静かな山里の食事処での泊りがけの忘年会。

名物は、ニジマスのフルコースと猪鍋。

最初の年こそおとなしかったものの、

2回、3回と回を重ねるうちに大騒ぎの忘年会になっていった。

その日は朝から会社で箱を加工してデンセンマンの被り物を作る。

席の後ろから上司が“何しとんや?”、“ちょっと工作を”、“そうか”、

当時はそんな悠長な時代だった。

そして、放送局のスタジオで「電線音頭」のカセットテープを作る。

このレコードがリリースれたのは76年、まだ音源は放送局にしかなかった。

大喜利あり、酒をたらふく飲んで、裸踊りをして・・・、

なにしろ泊りがけですから、やりたい放題、酒池肉林の夜。

「デンセンマンの電線音頭」、歌うはデンセンマン、伊東四朗、小松政夫。

♪~ チュチュンガチュン チュチュンガチュン

   電線に スズメが三羽止まってた

   それを猟師が 鉄砲で撃ってさ ~♪

B面は当然カラオケ、残念ながらこのレコードを使うことはなかったけれど、

いつの頃からかボクのコレクションの1枚となりました。

ついでにもう1枚、77年、小松政夫の「しらけ鳥音頭」もあります。

あの忘年会は、34年間続いて、07年を最後に幕を閉じたのでした。

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10年程前までは輸入盤を買うことは少なかったけれど、

最近は、輸入盤の魅力に取りつかれている。

その理由は、まず、音圧が高くいい音で楽しめること。

次に、レア盤が比較的安価で手に入れやすいこと。

そして、国内発売されていない曲と新しく出合えること。

輸入盤シングルの多くにはレコード・ジャケットがないし、原語表記である。

だから、慣れていないと目的の曲を探すことさえ難しい。

稀に、ピクチャー・スリーヴ付があるけれど、ライナーノーツはない。

けど、昔はあんまり注目していなかったレコード・センターには多くの情報がある。

レコード会社のロゴやデザインを楽しめるのもうれしいけれど、

表記内容は、曲名、歌手名はいうまでもなく、

曲の作者やアレンジャーの名前、プロデューサー名まで書かれている場合が多い。

63年10月に「ボーイ・ネクスト・ドア」でデビューしたシークレッツの、

フォローアップ・チューンは64年3月リリースの「ヘイ・ビッグ・ボーイ」。

この“柳の下”作戦は実らなかったが、このレコードはピクチャー・スリーヴ付、

ボクにはうれしいアイテムのゲットでした。

レコード・センターを見てみると、

この曲の作者、アレンジ、プロデュースは、J.マダラとD.ホワイト。

ちょっとググってみると、ジョン・マダラとデイヴ・ホワイトがプロデュースしたのは、

他に、ダニーとジュニアーズ、エンジェルス、ピクシーズ・スリー、レン・バリー・・・、

それを知っただけでも、シークレッツをコレクションした価値があろうというもの。

輸入盤ショップへ行った時には、

この手で、新しい、知らないレコードにもチャレンジできる!という感触を得た。

有意義なお勉強なのでありました。

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正確には、カルトGSという表現は正しくない。

テビューも早く、正統派で、実力派、

GSの開拓者の1グループと言うこともできる。

渡辺プロは、同時期に、東と西出身のふたつのGSをデビューさせた。

西出身はあのタイガースで、東がこのアウト・キャストであった。

67年1月、タイガースより1ヵ月早くデビューした。

デビュー曲は、自作自演、フォーク・タッチの「友達になろう」。

そして、

タイガースがブレイクした「シーサイド・バウンド」に遅れること2ヵ月、

同じタッチの夏物商品「レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ」をリリース。

ボクはこの曲でアウト・キャストを知った。

ファズを効かしたイントロにやられ、女の子の歓声に魅せられた。

が、この曲辺りでタイガースとの差は大きく開いてしまった。

B面は一転、ハマクラさんの「エンピツが一本」、

しかしこれも、九ちゃんやマイク真木さんとの競作に埋もれてしまった。

さて、デビュー・シングルのB面「気ままなシェリー」の間奏で、

印象的なエレピを聴かせてくれたのは、

後の大作曲家で、ジャニーズ・ジュニア出身の穂口雄右さん。

穂口さんといえば、彼の奥さんはスタ誕出身アイドルの神田広美。

デビュー曲は、77年、松本隆・穂口雄右の「人見知り」。

その後もあまりパッとしなかったけれど、ボクの好きな曲が一曲、

78年、松本隆・吉田拓郎の「ドンファン」。

彼女はその後作詞家として大成し、現在はアメリカで活躍しているしいう。

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幾つわかりましたか?

ELTはエヴリ・リトル・シング、ELOはエレクトリック・ライト・オーケストラ、

BCRはベイ・シティ・ローラーズ、BB5はビーチ・ボーイズ。

ここまでは結構わかるはずです。

では、DC5は?

答は、デイヴ・クラーク・ファイヴ。

ブリティシュ・インベイジョン時代のビッグネームでありながら、

日本では今ひとつ人気のないグループなのです。

ボクの知る限り、

日本では63年から71年にかけて29枚のシングルがリリースされているのに、

ボクはその中の7枚しか持っていないし、

これまでにそのうちの4枚しか紹介していなかったことにあらためて気づいた。

日本での不人気の理由のひとつは、

長らく彼らの音源がCD発売されていなかったこと。

なぜ?グループの解散後も作品の原盤権をデイヴ・クラークが持っていて、

復刻や再発を許可しなかったために、ボクらの目にふれる機会が少なかったから。

で、未紹介の3枚は・・・。

64年唯一の全英1位(全米では6位)、「グラッド・オール・オーヴァー」、

誰もが一度は聞いたことがあるような典型的なトッテナム・サウンド。

64年全英25位、65年全米14位、「エニー・ウェイ・ユー・ウォント・イット」、

♪~It’s alright~♪の繰り返しが印象的なゴキゲンな曲。

そして、65年全英5位、全米4位、「若さをつかもう」、

彼らの主演映画『5人の週末』のサウンド・トラックで、

日本では「ビコーズ」に次ぐ大ヒット曲、

♪~青い空もぉ うーうぅん~♪なんて、日本語カバーもあった。

あらためて聴いてみると、DC5もいいね。

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大滝さんの「夢で逢えたら」に負けず劣らず、

多くの人たちがカバーした「サルビアの花」。

ボクがこの歌と初めて出合ったのは72年の春、

正体不明の女子高生トリオもとまろが歌っていた。

サルビアの花は、ボクの田舎で花好きのおばあちゃんが庭で育てていた、と思う。

花か草かファジーな、真っ赤な小さな花の集合体、違ったかな?

もとまろの3人は、そんな花に似合わない雰囲気で、

美しく、切なく、しっとりと歌っていた。

同じ頃、

岩渕リリも、この歌を透き通ったきれいな声で、アイドル・チックに歌った。

二人二様、この、ちょっとストーカーっぱい男歌を、

そうと気づかれないように歌っていた。

程なく、この歌が、あのジャックスの早川義夫さんの歌だと知った。

ジャックスの雰囲気から、

彼が歌うときっと陰湿な歌になるだろうな、なんて思いながら、

ずっと後になって聴いてみたら、やっぱり!なのであった。

歌詞を書いたのは女性だけれど、彼が歌うとリアルに歌詞が迫ってくる。

オリジナルも、カバーも、それぞれに魅力を再認識できる歌である。

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コレクターという人種は、まずは、定番のアイテムは必需ですが、

それだけでは気に入らないのです。

プラス1アイテムがなくては満足できないものです。

例えば、マーシー・ブレーンなら、

「ボビーに首ったけ」は必需です。

そして、「夢みる片想い」は定番です。

できれば、もう1枚、こだわりのフェイバリットが欲しいものです。

ただ、持っていればいい、というのではありません。

その1枚がめちゃくちゃ好きでなくては持っている意味がないのです。

そんな1枚が、63年の「You Gave My Number To Billy」、

あなたがビリーに私の電話番号を教えたのね、

邦題は「恋のテレフォンナンバー」。

なんといいタイトル・ネーミングではありませんか!

もちろん、曲だって、お約束のセリフ入りで、

可愛い声の、多少粗削りな歌い方は、

ビートルズ前夜のガールズ・ポップの代表曲そのもの。

あまりヒットしなかった、というのもお気に入りの理由としては充分です。

コレクターという人種は、その分野に関しては本当に面倒くさい奴です。

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「星の王子さま」、で何を連想しますか?

サン・テグジュペリの小説だったり、先代の三遊亭圓楽さんのニックネームだったり。

ボクが一番に思い出すのは、68年、スケルトンズ唯一のシングル。

京都出身のスケルトンズは、ライヴではもっぱらストーンズをレパートリーにしていました。

しかし、メンバー・チェンジを経て、プロになった途端、

“ある日 とってもきれいな星を見つけた

 それはそれは 小さな小さな青い星だった

 その夜 僕は深い眠りについた

 その眠りの中で 誰かが僕の耳もとにささやいた

   小さな青い星を見つけた人は

   一日だけの 星の王子さまになれるのですよ”

こんな長い長いセリフから始まるメルヘン・チックな曲ですが、

歌詞の内容はともかく、なかなか歌も上手くいい感じでボクは好きです。

当時は少しも変だなんて思わなかったと記憶しているけれど、

今聴くと、笑ってしまうような陳腐な歌詞。

果たして時代が悪いのか、ボクが変ってしまったのか・・・。

B面の「悲しみのかげに」は、ヤング・ラスカルズのLPの中の一曲のカバー、

原題は「Find Somebody」。

これが本来のスケルトンズだったのかもしれませんね。

スケルトンズは、この1枚だけで発展的解消に至ったのでした。

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The Hungry Raccoon、おなかのすいたアライグマ、

これは、55年、アーサー・キットの「ショー・ジョー・ジ」のサブタイトルです。

原曲は、日本の童謡「しょうじょう寺の狸ばやし」。

アメリカには狸はいないのだろうか?

中学生の頃、初めて頭に浮かんだのはこのことでした。

アメリカでは、“たぬきうどん”は“アライグマうどん”なのか?

アホ!アメリカに“たぬきうどん”なんかないやろ!

そんなことはともかく、

♪ショショショジョジ♪とか、♪コーイコイコイ♪とか、♪マケルナ♪とか、

原曲と語呂合わせした、おしゃれとダサさの中庸をゆく作品です。

84年には、サントリービール生とっくりのCMに使われましたね。

この時発売されたレコードは、偶然にも前から持っていたものと同じカップリング、

B面は、53年、アーサー・キットの出世曲「ウシュカ・ダラ」。

こちらはトルコ民謡が原曲で、♪Uska Dara♪以外の歌詞は覚えられないけれど、

そのメロディは覚えやすく、♪チンタラトントン♪なんて、適当な歌詞を並べて、

よく口ずさんでいたものでした。

このゴールデン・カップリング盤も、ビニール焼け被害にあっていた1枚で、

長い間探していたのですが、この度ようやく買い換えることができました。

めでたし、めでたし・・・。

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愛読書『レコード・コレクターズ』に、

“コモエスタ八重樫のちょっと一服”という連載がありますが、

今夜はそんな感じで書いてみます。

ボクの孫は3歳ですから、もちろんまだ字は読めませんが、

まるで字が読めているかのように、マークや文字をビジュアルで覚えているようです。

大好きなスシローの看板を見つけては、

“おじいちゃん、スシ食いねェ!だね”なんて言います。

それで探したら、シブがき隊の「スシ食いねェ!」がコレクションにありました。

86年2月発売のこんな新しいレコードをアップするのは不本意ですが、

ちょっと書きたくなって、オールディーズ・ブログのブレイク・タイムです。

それで、2ヵ月遅れてリリースされた「スシ食いねェ!」の英語バージョン、

「Oh!SUSHI」を探し出しました。

「スシ食いねェ」の原曲は、

名古屋のホテルでフックンがMCの間繋ぎ用に作ったらしい。

曲はラップ調、歌詞は近くにあった寿司を頼んだ時の注文メモを羅列、

だからか、約30の単品メニューが歌われています。

孫がよく覚えているフレーズは、“スシ食いねェ!”はもちろん、

“ヘイ・ラッシャイ!”、“ヘイ・おまちっ!”、“アガリ、アガリ、アガリ”。

「Oh!SUSHI」の英詩は、基本的には日本語歌詞の英訳だけれど、

いくつかおしゃれなフレーズも登場します。

♪ひらめの縁側♪は、♪HIRAME’S Veranda♪、

♪カツオ、カンパチ、ウニ、イクラ♪は、

♪KATSUO is a SAZAE’S Brother,How much? IKURA♪ などなど・・・。

当時はまったく気づかなかったけれど、本当に丁寧に作られています。

“おじいちゃん、スシ食いねェ!のCD聴こうよ”

彼女には、レコードもCDなのですね。

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