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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ボクが結婚して間もない頃、ラジオではこの曲がよくかかっていた。

新婚とはいえ、社会人2年目、仕事はおもしろく、

音楽の趣味は開店休業状態だったけれど、

軽快なリズムとメロディ、さわやかな歌声と美しいハーモニー、

とても印象に残っていた。

75年6月ビルボード№1、「金色の髪の少女」、

アメリカという3人の若者たちのグループだと知った。

もう1曲の全米№1曲がある、ということで、

後追いで知ったのは、72年3月「名前のない馬」。

彼らはアメリカ人だけれど、イギリスでデビューした無名の若者たちであった。

ジャパンというイギリスのバンドがあるくらいだから、

アメリカという名のグループがあっても何の不思議もない。

懐かしくて、なつかしくて、

最近になってボクのコレクションに加わった全米№1の2枚である。

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久しぶりにイベントに携わりました。

「大相撲巡業松山場所」運営統括、一生に一度あるかないかの仕事です。

昔取った杵柄=Skill learned in my former days、

多くの皆さんのおかげで無事終了することができました。

いつものことですが、終わってみれば楽しかったです。

若い頃は、“イベント屋さん”していましたが、

今や、寄る年波、

携帯電話の万歩計によると、一日の最高新記録24553歩、

2158kcalの消費は取得分より多いではありませんか。

ふくらはぎと足首が痛くて、今日一日ビッコをひいていました。

こんなんでゴルフできるでしょうか?

さて、今夜聴きたくなったのは、弘田三枝子さんの「恋と涙の17才」。

前にも書いたかもしれませんが、

原題は「You Don’t Own Me」、

“あなたは私を自由にしてくれる”、でしょうか?

それが、「恋と涙の17才」ですよ!

オリジナルのレスリー・ゴーア、この曲を出した時、17歳、

それがゆえの邦題なのでしょうか?

この曲を出したのは63年12月、じわじわヒット・チャート上昇、

64年2月1日、ついに2位に・・・、

そんな時アメリカに吹いた強烈なビートルズ台風のせいで、

2位を連続3週間、不幸にして、トップに上がることはできなかったのです。

それにしても、弘田三枝子さんは、この曲を見事に自分のものにしています。

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♪~ グッバイ・ジョー グッバイ・ジョー ~♪

頭の片隅にある、この馴染みのメロディーは、

62年、園まり3枚目のシングル「グッドバイ・ジョー」。

62年2月のリリースだからボクは小学校5年生、

だけど、聴いた記憶は確かにある。

でも、その頃は、これがアルマ・コーガンの歌だったってことは知らなかった。

定番の、“女性なのに、アルマ・コーガンとはこれ如何に!”の人である。

さて、つい最近になって気づいてしまったのは、B面のこと。

B面「約束してね」は、原題「Promise Me」、

歌詞カードを見たら、作者はB、マン=J、タイロットソンとある。

間違いなく、あのカール・ドプキン・ジュニアの「プロミス・ミー」だ。

去年の6月にバリー・マン特集で紹介した、大好きな1枚である。

ずっと持っていたのに、つい最近まで気づかなかったなんて、不覚の極み!

あらためて、園まりバージョンを聴いてみたら・・・、

いいね!いいね!、もひとつおまけに、ものすごくいいね。

さて、他のカバー・バージョンもB面をチェックしなおさなければ・・・。

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バリー・マンのマスターピースで出合った憧れのタイトル、

60年、ドニー・ディーンの「ムーヴィー・スター」。

なんて素晴らしい響きの、否が応にも期待感満載のオールディーズです。

もちろん、作者はバリー・マンとハンク・ハンター。

歌は、オールディーズ・ファン好みの、

ムーディーでドリーミーなティーン・ポップスです。

でも、このドニーくん、調べても調べても、

彼が何者で、他にどんな歌を歌っているのか一切わかりません。

ですから、カップリングの「Ridin’ On A Rainbow」に興味がわきます。

こちらも、素晴らしい出来栄えのティーン・ポップス、

作者はハンク・ハンターとスタン・ヴィンセント。

コニー・フランシスの「ロリポップ・リップス」と同じなのですから、

悪かろうはずがありません。

調べていたら、このレコードは64年の再発で、

Promotional copy not for sale、いわゆる“DJ落ち”、

オリジナル盤はeBayでも見たことがありません。

どなたか、ドニー・ディーンくんのこと知ってる方いらっしゃいませんか?

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先日の日曜日は母の七回忌でふるさと奈良へ帰省していました。

久しぶりの実家でしたが、家族が感じられてなかなかいいものでした。

さて、別に母を偲んでというわけではありませんが、

今夜の1枚は、ジーン・ブラックの「君しのぶ宵」を紹介します。

原題は「Oh,How I Miss You Tonight」、

洋楽通ならご存知、

エルヴィスの「Are You Lonesome Tonight」、

「今夜はひとりかい?」のアンサーソングです。

英語の歌詞がわからないと理解しにくいですが、しっとりとしたいい歌です。

前にも書きましたが、「今夜はひとりかい?」のアンサーソングには、

ドディー・スティーヴンスの「Yes,I’m Lonesome Tonight」、

「今夜はひとりよ!」がありますが、こちらはいわば“替え歌”でした。

原曲が有名だからなのか、「君しのぶ宵」がA面ですがまったくヒットせず、

カップリングのB面「帰らざる恋」=「He’ll Have To Stay」は、

60年5月全米4位、ジーン・ブラック唯一のヒット曲なのです。

こちらは、60年3月全米2位、ジム・リーヴスの「He’ll Have To Go」、

邦題「浮気はやめなよ」の“替え歌”タイプのアンサーソングなのです。

よくこんなカップリングの国内盤をリリースしたものだ、と感心させられました。

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63年、全米№1ヒットを記録した「涙のバースデイ・パーティ」。

イントロのインパクト、バック・コーラスの手拍子、ノリノリの間奏、

これぞ60年代ガールズ・ポップスの王道でした。

レスリー・ゴーアがこの曲をリリースしたのは16歳の時、

17歳の誕生日の3日後にビルボードHOT100入りを果たし、

4週間後に全米№1に駈けあがったのです。

もちろんレスリーにとって初めてで唯一の№1というだけでなく、

後に大成功を収めるクインシー・ジョーンズとフィル・ラモーンにとって

初めての№1ソングとなったのでした。

“誕生日のパーティで、恋人のジョニーが友だちのジュディーと消えてしまった”

そんな悲しい内容だとは思えないような明るいメロディです。

そして、彼女のセカンド・シングルは、「なみだのジュディー」。

“バースデイ・パーティで、愛するジョニーをジュディーにとられて、

 一晩中泣き明かしたけれど、やっぱり彼は私のところへ戻ってきてくれた、

 今度はジュディーが泣く番よ”

と、「涙のバースデイ・パーティ」のその後の物語で、

ビルボードの5位まで上がりました。

いったい、このジョニーってどんな男なんや!って、ツッコミたくなりますね。

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今夜もまた、少し新しいレコードの話です。

度重なる薬物所持や無賃乗車などで、今や“堕ちたアイドル”となってしまった人、

レイフ・ギャレット。

70年代の終わりから80年代前半にかけて、アイドル・シンガーとして活躍していた。

彼の最大のヒット曲は、78年発売、79年に全米10位、全英4位を獲得した

「I Was Made For Dancin’」、邦題「ダンスに夢中」。

続いてのシングルは、79年全米57位、全英38位の「フィール・ザ・ニード」。

どちらも、ディスコ調のアイドル・ポップスだった。

さて、問題はこの「フィール・ザ・ニード」のB面、

「ニューヨーク・シティ・ナイト」。

もちろん英米ではチャート・インしなかったけれど、

日本で大ヒットしてしまった。

なぜなら、

たのきんトリオの長男・田原俊彦がデビュー曲としてカバーしたから。

としちゃんの「哀愁でいと」はオリコン2位ながら、70万枚以上のセールスを記録、

80年のレコード大賞最優秀新人賞を獲得し、

彼は一躍トップ・アイドルとなった。

このチャンスを放っておく手はない、ということで、

レイフも「ニューヨーク・。シティ・ナイト」をA面に、

「ダンスに夢中」とカップリングしたシングルをリリース、

オリコン56位にチャート・イン。

この思わぬ曲のヒットで、日本でもよく知られる存在になったのであった。

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ボクのコレクションは基本的には60年代オールディーズなのですが、

最近の歌を毛嫌いしているわけではありません。

74年以降は仕事に忙しくて新しい音楽を追及している間もなく、

そんなに熱心に新曲を聴いてもいませんでした。

それでも、ラジオの深夜放送やカーラジオで流れてくる曲の幾つかは、

ボクの琴線を刺激しました。

でも、“オールディーズではない”という理由だけですぐに買うことはなかった。

数年たっても脳裏に残っている曲だけを買うというルールで、

コレクションに加わった“新しい”オールディーズもあります。

と言っても、80年代の洋楽なんて、一般の人には十分オールディーズかも。

81年全米20位、REOスピードワゴン「涙のレター」、

♪~In your letter~♪、 の繰り返しが、

♪~シンデレラ~♪、と聞こえて、このフレーズが耳に残る。

B面「キープ・オン・ラヴィング・ユー」は81年の全米№1なのですが、

こちらの方が断然オールディーズしています。

84年全米1位、全英1位、ワムの「ウキウキ・ウエイク・ミー・アップ」は、

大ヒットしたのもむべなるかな、世間とボクが一致しちゃいました。

60年代オールディーズにまったく興味を示さない孫も、

この2曲にはウキウキ、ベッドの上で一緒に踊ってしまいました。

そして、邦楽では、1999年、布袋寅泰「バンビーナ」、

もちろんCDシングルでのコレクションです。

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その昔、中古セールでおもしろそうなものを見つけたので買っておきました。

SELTEAB(セルティーブ)というグループの、

「The Beatles 4ever(ザ・ビートルズ・フォーエバー)」。

瞬間、洋楽かと思って買ったのですが、クラウン・レコードのPANAMレーベル、

PANAMは、フォーク、ニューミュージック専門レーベルで、

かぐや姫やイルカやティンパン・アレー一派が有名。

A面「The Beatles 4ever」は、

レコード・ジャケット裏面にビートルズの曲名が羅列、

「抱きしめたい」「シー・ラヴズ・ユー」「ハード・デイズ・ナイト」「イエスタデイ」

「エリナ・リグビー」「フール・オン・ザ・ヒル」「ヘイ・ジュード」「ゲット・バック」

「サムシング」「レット・イット・ビー」なんて書いてあるもんですから、

てっきり物まねのカバーだと思ってしまいますよね。

これが、聴いてみれば、ビートルズ・サウンドでもなく、ただのインストの4分14秒。

一度だけ聴いてそれっきりで、今回が2回目の試聴。

B面「Camera Guy(カメラ・ヤロウ)」もインスト、

カメラのシャッター音がそこここに連写音も含めて30回以上、

途中で数えるのを断念しました。

作者クレジットはH.Ogasawara、いったい誰だ?

思い浮かびません。

おまけに、SELTEABはBEATLESの逆でもなく、

やや雑な感じを否めません、それともワザと狙ったのでしょうか?

よくわからない1枚でした。

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これをキワモノと言うなかれ!

69年全米21位、「グッド・オールド・ロックンロール」、

歌うは、キャット・マザーとオール・ナイト・ニューズ・ボーイズ。

古き良き時代のロックンロール・メドレーは、

チャック・ベリー「スウィート・リトル・シックスティーン」、

リトル・リチャード「のっぽのサリー」、

ビッグ・ボッパー「シャンティリー・レース」、

ジェリー・リー・ルイス「ホール・ロッタ・シェイキン・ゴーイン・オン」、

カール・パーキンス「ブルー・スウェード・シューズ」、

バディ・ノックス「パーティ・ドール」。

まるでシャ・ナ・ナを聴いているような気分。

レコード・センターの記述によると、

プロデュースしたのはキャット・マザー(何者?)とあのジミ・ヘンドリックス。

ベタなメドレーが逆にとてもいい気分にさせる。

そしてもう1枚、最近eBayで見つけたベタなタイトル、

リチャード・ウィリアムスとフレイム・トーンズの

「オールディーズ・バット・グッディーズ」。

アーティスト名も知らないし、曲も知らない、

ただタイトルに魅かれて買ってしまった72年のリリースらしい1枚。

これが大当たり!

ドゥワップ・バラードのような、ティーン・ポップスのような、

これまたとてもいい感じの1枚でした。

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資生堂のCMソング、非売品レコードのコレクション、

もう1枚、レコード棚から見つけました、たぶんこれが最後だと思います。

82年夏、矢沢永吉さんの「LAHAINA」。

こんな有名な曲がなぜ埋もれていたのか?

それは、珍品レコードのストック・コーナーに分類していたからなのです。

資生堂盤は、黄色の透明盤で、

しかも片面はNOT RECORDED、片面プレスというダブル珍品なのです。

およそ矢沢さんのイメージとはかけ離れたアイドル・チックな1枚ですね。

矢沢さんは、78年夏「時間よ止まれ」に続いての登場、

キャッチ・フレーズは“夏ダカラ、コウナッタ。”、

モデルはトリー・メンドーサ、『あしたのジョー』に出てきたような名前。

タイトルの「ラハイナ」は、ハワイ・マウイ島のリゾート観光エリアで、

元ハワイ王国の首都だったという人気スポットです。

CMは、♪~あなたひとりだけでいい~♪の矢沢さんの歌で始まり、

“心を変えると熱くなる、そして私胸騒ぎ・・・夏ダカラ”のナレーションが絡む。

ブランド・イメージを背景にした大人の商品広告、

当時、ローカルの広告マンにはうらやましいCMだったなあ。

B面に「September Moon」を配した正規盤は、

これまた、ジャケットが折り返しの帯付という珍品でした。

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この話はディオンとベルモンツから始まる。

あの「浮気なスー」そっくりの曲がある、というので手に入れたのは、

バディ・シェパードとホリデイズというホワイト・ドゥワップ・グループの

63年リリース「That Background Sound」。

一方、2年程前に知ったドゥワップの魅力満載、まさにドゥワップの王道ソング、

59年の「There Goes My Heart Again」。

最近ようやくゲットすることができた。

そのグループ名は、トニーとホリデイズ。

そして、そのB面曲は「My Love Is Real」。

いろいろ調べていたら、

この曲、バディ・シェパードとホリデイズも62年にリリースしているという。

早速、eBayで比較的簡単に安くゲットした。

当然のことながら、聴き比べと相成ったのですが、

やっぱりどうも、演奏も歌声も同じグループのような感じ、

グループ名も同じホリデイズだし・・・。

ネット情報が必ずしも正しいとは限らないけれど、

調べてみたら、メンバーもまったく同じみたい。

レコード会社の権利の関係もあるのだろうけれど、

本当に面倒ですね。

ドゥワップの世界、まだまだ奥が深そうですが、

学術的な評論は専門家に譲るとして、

ボクはボクらしく、気に入った曲のシングル盤だけ集めるようにしよう、

と心に誓うのであります。

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前にも書いた記憶がありますが、

コンパクト盤とは、シングルレコードのサイズ(17cm=7インチ)で、

LPと同じ33回転再生のレコードのこと。

ボクはシングルレコード・コレクターですから、コンパクト盤は邪道なのですが、

これはこれでまた情緒があり、存在価値のあるレコードです。

多くの場合、A面2曲、B面2曲の4曲入り、

ヒット・シングルが2枚たまったところで、おもむろに発売されます。

ボクがコンパクト盤を買うのには次のような事情があります。

シングル・カットされていない曲が含まれている場合、

シングル盤を持っている程でもないけれど、押さえておきたい曲が2曲以上含まれている場合、

どうしてもシングル盤が手に入らないけれど、コンパクト盤ならある場合、等々。

コンパクト盤のいいところは、曲数の割に安価でお得感があること、

気になるところは、33回転でLPでいうと終盤部にあたるため音質が多少劣ること。

ということで、とてもお得だったコンパクト盤の1枚をピックアップしました。

67年6月のリリース、ポール・リヴィアとレイダースの「グッド・シング」。

“シング”は、“歌う”ではなく、ましてや“寝具”であろうはずもない。

「Good Thing」、タイトル曲は67年1月全米4位。

66年7月全米6位、バリー・マン&シンシア・ウェイルの「ハングリー」、

66年10月全米20位、マーク・リンゼイをフィーチャーした「エアープレイン・ストライキ」。

3曲ものチャート曲を含む大のお得盤なのであります。

“ひと粒でサンドおいしい”、

といっても、“サンドイッチがおいしい”のではなく、“3度おいしい”です、

なんて、ちょっとシラケ気味で、今日のところはオヒラキとさせていただきます。

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カルトGSの名曲紹介シリーズ、今回はちょっと趣が違います。

井上宗孝とシャープ・ファイヴ、カルトGSと呼ぶには抵抗があります。

ですから、今回は“カルトな名曲”紹介というのが的確な表現でしょう。

まずは、シャープ・ファイヴについて。

エレキ・インスト・バンドとして、寺内さんと並び称されるエレキの先鋭、

リーダーの井上宗孝さんはドラマーで、

このグループを実力派として認知させたのはリードギターの三根信宏さん。

彼は、あのディック・ミネさんの三男なのであります。

(ミネさんの歌う「ダイナ」、とても好きです)

シャープ・ホークスから独立して、インスト・バンドとしての地位を確立しますが、

彼らのシングルは“多種済々”、ボーカルものもあります。

その中の1枚、シングルとして最も売れたのがこの68年の「旅がらすロック」なのです。

およそGSらしくない、ましてやシャープ・ファイヴらしくない演歌で、

一聴インデアンっぽいドラムと、オルガンのイントロに、尺八っぽいフルートがからむ、

そして、三根さんの低音ボーカルがうなる、

作曲は市川昭介先生だからホンモノの演歌です。

どこかブルコメっぽいイメージもあります。

おい、シャープ・ファイヴよ、いったいお前たちはどこへ行こうとしていたのだ!

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