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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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ボクの世代で、『いちご白書』とくれば、

「いちご白書をもう一度」を避けて通ることはできないでしょう。

ユーミンの作詞作曲、75年10月27日から12月1日まで連続6週オリコン1位、

この曲のヒットが歌手ユーミンを成功に導いたといっても過言ではない。

歌うは、ばんばひろふみさんと今井ひろしのふたりになったバンバン。

先週の土曜日、ばんばひろふみさんのミニ・ライヴに行った。

彼はボクよりひとつ年上で、京都の出身ですから、

ビートルズの来日話や曲のエピソードなど、

彼の昔話は、高校時代を奈良で過ごしたボクには共感できることがいっぱい。

そんな中で、驚いたのは「いちご白書をもう一度」のB面話。

このレコードのB面って知っていますか?

不覚!B面好きのボクなのにまったく知らなかった。

やはりユーミン作の「冷たい雨」、

えっ、もしかしたら・・・、

そうです、76年、ハイファイ・セットでヒットした、あの「冷たい雨」。

2枚ともレコードを持っていたのに、まったく気づかなかった、

実はまだ一度もかけたことなかったから。

あまりに知りすぎてる歌だったから・・・。

今夜あらためてゆっくりと針を落として・・・。

そして、“バンバン”のライヴを思い出しながら・・・。

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ボクが大学生になった1970年、

学生運動をテーマにした2つの映画が封切られました。

『いちご白書』と『You』。

ボクの興味は映画そのものよりもその主題歌や挿入歌でした。

『いちご白書』の主題歌はバフィー・セントメリーの「サークル・ゲーム」。

♪~ go round and round and round in the circle game ~♪

そして、挿入歌の代表曲は、ジョンのプラスティック・オノ・バンド「平和を我等に」。

映画の内容はさておき、この2曲に夢中になっていた時代があります。

一方、『You』はなんと邦題で、原題は『Getting Straight』、

主題歌はP.K.リミテッド歌う「ゲッティング・ストレート」。

レコード・ジャケットは主演のエリオット・グールドとキャンディス・バーゲンだから、

P.K.リミティドは何者かわかりにくいのですが、男性ふたりのフォーク・デュオ。

プロデュースはデヴィッド・ゲイツだけあって、とてもいい歌です。

学生運動といえば、69年の東大安田講堂事件がピークで、

ボクはピーク世代より少し下でしたから、大学に入った頃はもう名残りの時期でした。

ですから、ボクが参加したのは学費値上げ反対運動だけ、

基本的には、平和好きの、軟弱な“ノンポリ”でしたね。

就職面接で、“学生運動に参加したことはありましたか?”の質問に、

“学費値上げ反対運動には参加しましたが、

   就職したら給料値上げ反対運動には参加しません!”

なんて答えましたが、ひとつの笑いも起こらず、ちょっと気まずい雰囲気でした。

でも、合格しましたよ。

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またまた中古レコード・セールの話題です。

ボクのウォンツ・リストにあるレコードが出品されていることはほとんどなくなりましたが、

その楽しみのひとつは、懐かしのアーティストの“その後”が見つかることです。

ボクが好きだったあのアーティストが忘れられてから出したレコード、

ヒットしていないので市場にそんなに出ていないはずですが、

需要が少ないから、とても安く手に入ります。

ですから、行きがけの駄賃とばかりに買って帰ることにしています。

今夜は、そんな2枚をピックアップしました。

まずは、61年全米1位「悲しい恋の物語(浮気なスー)」のディオン、

37歳、76年の「ヘイ・マイ・ラヴ」。

もう1枚は、70年に7歳で「ちっちゃな恋人」を日本で33万枚売り上げたジミー坊や、

ジミー・オズモンド、82年、19歳の「そよ風に乗って」。

15歳で広告代理店を始めたというジミーくん、

これはキリンオレンジのイメージ・ソング、

彼の日本語はものすごく上手になっていました。

“その後”の彼らに、昔のままを求めるボクたちは、

彼らにとっては、きっと迷惑な存在なのでしょうね。

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西野バレエ団の4人目のスターは奈美悦子。

今では、自由奔放の辛口コメントでバラエティ番組に出ている、

“大阪のオバちゃん”キャラの彼女ですが、

レコード・ジャケットをご覧あれ、こんなに清純で美しかったのですよ。

50年12月、奈良県の生まれだから、

約1ヵ月ボクより年上の同郷人。

最初の結婚はヴィレッジ・シンガースの林ゆたかさん、

あのケントスのプロデューサーのひとりとしても有名な方。

その後、彼女は数度の離婚、結婚、病気を繰り返しても、

たくましく芸能界を生きている・・・。

今のボクに“レ・ガールズ”と言えば、

大好きなエリー・グリニッチの3人組のことだけど、

高校時代には、紛れもなく西野バレエ団5人娘のことだったのです。

テレビで奈美悦子を見る度に、聴いてみたくなるのは、

69年、彼女の4枚目のシングル、

阿久悠・三木たかしの「恋泥棒」なのです。

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もう6年以上もブログを続けているのに、

なぜこんなに有名なオールディーズが漏れていたのか?

コレクションの中から見落としていた超定番レコードを紹介するシリーズ、

まだありました、1年7ヵ月ぶりの7回目です。

64年4月全英1位、6月ビルボードでもキャッシャボックスでも1位、

ブリティッシュ・インベイジョンの代表曲、

ピーターとゴードンの「愛なき世界」。

ジャズやフォークが好きだったピーターと、

プレスリーやバディ・ホリーが好きだったゴードンが、

共通の憧れ、エヴァリー・ブラザーズに心酔しデュオ結成。

デビューに際して、ピーターは妹のボーイフレンドのところへ出かけ、

この曲を提供してもらった、といいます。

妹ジェーンのボーイフレンドの名は、今来日中のポール・マッカートニー。

デュオ解散後、ピーター・アッシャーは裏方に転身、

ジェームス・テーラーやリンダ・ロンシュタットのプロデューサーとして名を成しました。

ボクの大好きな「アイ・ゴー・トゥ・ピーセス」は紹介済みですが、

レコード棚に並んでいたもう1枚は、

65年7月全英5位、8月全米24位の「つのる想い」。

原題は「To Know You Is To Love You」、

スペクター率いるテディー・ベアーズの№1ヒット「逢ったとたんに一目ぼれ」のカバー、

HimをYouに替えて、“つのる想い”を歌う男歌に変身、とても素敵です。

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前回予告した、西野バレエ団5人娘の中でボクが最も好きだった人、

原田糸子さん。

49年2月生まれですから、実は次女の由美かおるより年上、

でもデビューが後だったからか、三女ってわけです。

四国は徳島県の生まれ、大阪育ち。

なぜ、彼女が一番好きだったのか、特に理由はありませんが、

それが好みというものなのでしょう。

67年10月発売の「ヴェニスの恋」はデビュー曲、

なかなか市場には出てこないレコードですから、

5,000円以下では手に入れることはできません。

ボクがようやく手に入れたシングルは、

彼女のサイン入りですが、サインのあるなしに関わりなく高価です。

彼女は、たった5枚のシングルを残して、20歳で引退してしまいました、

きっと芸能界が水に合わなかったのでしょうね。

現在は、陶芸家として活躍されているとのことで、めでたしめでたし。
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人生、楽ありゃ苦もあるさ、とか、

人生、勇気が必要だ、とか、

人生、涙と笑いあり、などと、

ボクたちに人生を教えてくれた『水戸黄門』に、

20年以上に亘って出演していた由美かおる。

勧善懲悪時代劇で、

ストーリーがパターン化されているから、安心してみることができて、

観終わったあと気分もスッキリ、

ボクは欠かさず観ていた。

今では彼女のことを歌手だってイメージは少ないけれど、

67年以来74年まで20枚以上のシングルをリリースしている。

由美かおる、50年11月、京都生まれ。

ボクと同い年だから、

いつまでも若い“かげろうお銀”“疾風のお娟”に、感心していた。

たった1枚手元にあるレコードは67年の「いたずらっぽい目」。

この頃彼女は16歳、もちろんまだ九ノ一の片鱗さえ見られなかった。

この曲のリリースは『レ・ガールズ』の頃で、

ボクの好みは他の人だったからか、

この曲のこと以外、その頃のことあまり覚えていないけれど、

西野バレエ団5人娘の中では、最も長い間活躍している。

次回はボクの最も好きだった人のことを書こうかな。
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先日の“ビキニ坊や”に続いて、今夜は“マシュマロ坊や”の話題です。

日本ではアイドル歌手だったジョニー・シンバルくん、

と言っても、彼は45年生まれだからボクよりも年上、

なのに、「ミスター・ベースマン」のヒットの年齢18歳のままで、

イメージ的にはいつまでも年下感が続いています。

意外かもしれませんが、

彼はポップシンガーとしてよりも、ソングライターでギタリストで、

プロデューサーとしての方が有名なのであります。

「ミスター・ベースマン」だって、「ティーンエイジ・ヘヴン」だって、彼の作品。

ソングライターとしても、プレスリーをはじめ、

グレン・キャンベルやスペンサー・デイヴィス・グループに曲提供しています。

そんな彼が、シンガーとしてビルボードで最大のヒットを記録したのは、

ボクらが彼のことを忘れてしまった69年、

デレクという名前でリリースしたバブルガム・ナンバー「シナモン」、

全米11位を記録しました。

デレクは彼の弟の名前、

レコーディングしたのは紛れもなくジョニーくんでしたが、

その後ライヴ・ツアーで歌ったのは弟のデレクでした。

もう1枚、同時期に書かれた作品のひとつがボクの手元にあります。

67年全米27位ながら、A/Cチャートで1位に輝いた曲、

アル・マルティーノに提供した「メリー・イン・ザ・モーニング」。

ボクらの好きだったジョニーくんからは想像できないような大人の楽曲なのです。

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前回、ミッシェル・トールのことを書いていて、

園まりさんを思い出し、

彼女と同じように、洋楽のポップス・カバーから歌謡曲に転身した、

そんな共通項で思い出したのは、金井克子さん。

金井克子さんといえば、

60年代後半に一世を風靡した西野バレエ団5人娘“レ・ガールズ”の長女、

45年6月、中国・天津生まれの岸和田育ち。

62年デビューの彼女最大のヒット曲は、

73年、歌謡曲転身後の「他人の関係」。

♪~ 逢う時にはいつでも 他人のふたり

   ゆうべはゆうべ そして今夜は今夜 ~♪

ロボットのような、パントマイムのような、変わった振付と、

感情を出さない平坦な歌い方がものすごく印象的だった。

大阪育ちの親しみやすさと、その美貌と抜群のプロポーション、

テレビ番組『レ・ガールズ』では、『プレイガール』の沢たまきさんの役割、

番組放送は、ボクの高校時代のことであった。

彼女のポップス・カバー時代のシングルは、なかなか市場に出てこないし、

もし出てきてもとても高価で、マニア垂涎のアイテム。

数枚が今もボクのウォンツ・リストに残っているのです。
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このブログで既に何枚か紹介しましたが、

日本ではちょっと知られていないフランスの女性シンガー、ミッシェル・トール。

63年頃のデビューで、最初はポップスやロックのフランス語カバーを、

そして、後にシャンソン(歌謡曲)に転向して・・・、

そんなところから、ボクは“フランスの園まり”と位置づけているのですが、

そんな彼女のポップス・カバー時代終盤のレコードがこれです。

9枚目のEPは、キンクスのカバー「ダンディ」と、

ドノヴァンの「サンシャイン・スーパーマン」のカバーです。

さて、今夜のハイライトは、中古セールで見つけた彼女の日本語盤のこと。

このレコードを見つけた時、本当に驚きました。

A面は、70年のエンリコ・マシアス作、「しのび泣き」、

B面は、71年の世界歌謡祭グランプリ受賞曲、

ポール・モーリアの書下ろし「明日の世界を美しく」。

曲自体はボクのフェイヴァリットというものではありませんでしたが、

日本語で歌うミッシェル・トールを聴けただけでも大きな収穫でした。

さあ、後は彼女のファーストEPの入手だけが大きなテーマ、

一向にeBayへの出品がありません。

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オールディーズ好きには「明日を生きよう」というタイトルを見過ごすわけにはいかない、

グラス・ルーツの「今日を生きよう」という曲があるのだから。

大学生の時、このタイトルを知り、初めて曲を聴いた時の第一印象は、

ビートルズだ!それもボクの好きな64~65年頃の・・・。

歌声はまったく違うけれど、

♪~ I wanna be with you ~♪のフレーズなんて、

歌詞そのものもなんとなくビートルズっぽい。

72年全米16位、「I Wanna Be With You」、

邦題が「明日を生きよう」、歌っているグループはラズベリーズ。

で、彼らの別の曲に興味を持って、

彼らの最大のヒット曲、72年全米5位「ゴー・オール・ザ・ウェイ」を知った。

ボクにとっては、この曲が「明日を生きよう」を超えることはなかったが、

国内盤シングルのキャッチ・フレーズがイカシテいた、

“ビートルズ初期のワイルドな味と

 ビージーズの華やかな美しさを兼ねそなえたグループ”。

ビージーズは余計だったが、ボクの印象とぴったりだった。

このグループのリーダーこそが、

76年全米2位「オール・バイ・マイ・セルフ」のヒットを放つことになる、

あのエリック・カルメンだった。

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ヤフー・オークションで今高額で取引されるレコードの多くは、

60年代のカバー・バージョンです。

坂本九や弘田三枝子など有名な人のレコードはそれほどでもないのですが、

あまり有名じゃない歌手やグループのものは、

やっぱり市井にあまり出回っていないからでしょうか、

たまに出品されても、入札価格はうなぎ登りで、

15,000円以上は当たり前、30,000円以上になることも・・・。

そこまでゆくと、さすがに勝負する気にもなりません。

梅木マリ、ベニ・シスターズとか瀬高明ともなればなおさらです。

次に位置する1万円以下のものはボクのコレクションにもいっぱいありますが、

ほり・まさゆきの「ほほにかかる涙」もそんな1枚です。

64年、日本でのヒット曲2曲のカバー・バージョン、

ボビー・ソロのカンツォーネ「ほほにかかる涙」は安井かずみさんの訳詩、

珍しいダニー・ウィリアムスの「ホワイト・オン・ホワイト」のカバーは、

これまた珍しい滝田順さんの訳詩。

それにしても、カバー・バージョンの編集盤やベスト盤のLPやCDは安いのに、

シングル盤となるとグッと値が跳ね上がる、

やっぱり希少性が、需要と供給の原理でこんな現象を生んでいるのですね。

さあ、次はボクも頑張るゾ!

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大好きな、“ビキニ坊や”ブライアン・ハイランド。

エアポケット!まだこの1枚は紹介していませんでした。

これもまた、よくある日本でのみのシングル発売、

♪~ Every other night ~♪

のフレーズが印象的な、「気まぐれデイト」。

デイトって、ウィキペディアによるとその定義は、

恋愛関係にある、もしくは恋愛関係に進みつつある二人が、

連れだって外出し、一定の時間行動を共にすること、

逢引(あいびき)およびランデヴーとも言う。

ってことは、ボクは今日までデイトってやつをしたことがないことになる。

ダブル・デイトは学生時代に何度かあった気がするけれど・・・。

62歳の今頃になって、変なことに気づいてしまった。

さて、ブライアンくんの「気まぐれデイト」は、

今日はAくん、明日はBくん、と毎日違う彼とデイトしている彼女に、

純情なブライアンくんはオカンムリ、

そんなことしてると今に誰もデイトの相手がいなくなるよ、

って、ちょっとヤケ気味に歌っている。

B面は、マーチのドラムにのってゴキゲンに歌う、

そのタイトルも「ゴキゲン!アメリカン・ガール」。

これ、eBayに出品したらきっと高値がつくと思う。
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最近は欲しいレコードも少なくなって、ネットで落とすことも少なくなりました。

でも、地元開催の中古セールの案内が来たら、

これはもう、行かないわけにはいきません。

しかし、そんなに欲しいレコードも少なく、

しかし、礼儀として何かは買って帰らなくては・・・、

てなわけで、奥の手は“タイトル買い”となるのであります。

そんな中から、失敗と成功の例をひとつずつ。

“タイトル買い”、まずは好きなオールディーズのカバーに目がゆきます。

「ドリーミン」、リヴァプール・エクスプレス。

リヴァプール・エクスプレスは「悲しき恋心」を持っているし、

これはもう、ジョニー・バーネットの「Dreamin’(夢にみる恋)」、

このカバーに違いない、価格も300円だし、購入決定!

「恋の雨音」、シェリル・ラッド。

あの『チャーリーズ・エンジェル』のシェリル・ラッド、

「恋の雨音」は、ロネッツの・・・、これはもう絶対間違いない、

やっぱり300円、購入決定!

早速開封してみると、

「ドリーミン」は彼らのオリジナルで、77年のリリース、

「恋の雨音」はロネッツのカバーで78年のリリース。

こうして、ボクのレコード棚はいっぱいになってゆくのです。

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