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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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あまり政治のことは語りたくないのですが、

今年1年、我が国は内外ともにちょっと不穏な感じのする年でしたね。

後でふりかえった時、もしかしたら、あるターニング・ポイントとなった年、

ってことにならないように、新しい年に期待したいと思います。

そんな年、ちょっとうれしかったのは、キャロライン・ケネディが駐日大使になったこと。

ケネディ大統領の告別式でジャクリーン夫人に手をひかれてたたずんでいたあの娘が・・・。

68年6月、弟ロバート・ケネディが暗殺されたことを悼んでつくったという、

ラスカルズの「自由への讃歌」が№1となり、

メッセージ・ロックは一躍脚光を浴びることとなったのです。

そして、その集大成は、68年12月全米4位の、

ディオン久々のカムバック・ヒット「アブラハム・マーティン・アンド・ジョン」。

今更ながら、アブラハムは1865年に暗殺されたリンカーン大統領、

マーティンは1968年4月に暗殺されたマーティ・ルーサー・キング牧師、

そして、ジョンは63年11月に暗殺されたジョン・F・ケネディ大統領。

♪~ 誰かここにいる人の中で僕の友人のアブラハムを見た人はいないかい

   彼がどこに行ってしまったのか分かるかい

   多くの人たちを自由にしたけれど いい人は早く亡くなるみたい

   僕は辺りを見回すだけ そして彼はここにいない ~♪

こんな感じの繰り返し、もの悲しいバラードです。

タイトルには反映されていませんが、最後の歌詞にボビーが登場します。

ボビーは、ロバート・ケネディの愛称、

♪~ 誰かここにいる人の中で僕の友人のボビーを見た人はいないかい

   彼がどこへ行ってしまったのか分かるかい

   彼が歩いているのを見たような気がする

   丘をのぼってゆくのを

   アブラハムとマーティンとジョンといっしょに ~♪

書いていて鳥肌が立ちました。

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♪~ こがらしは さーむく ~♪

今日は仕事納めで、午後はボクには珍しくお墓掃除と買い物と・・・。

お天気はいいのですが、風は冷たく、手はかじかんで、あぁ、冬ですね。

思わず口をついて出たのは、この歌、

72年、フォー・クローバースの「冬物語」。

風景と心情をクロスさせる阿久悠さんお得意の歌詞と、

やさしく、どこか懐かしい、親しみやすいメロディは坂田晃一さん。

さて、どこかにあったはず!と、レコードケースを引っ掻き回して探し出したレコード、

いいですね、「冬物語」。

ついでに隣にあったビリー・バンバンの「さよならをするために」も聴く。

もちろん、これも坂田晃一さんの曲。

そういえば、「目覚めた時には晴れていた」というのもありましたね。

これはちょっと持っていないと思います。

確か、そのどれもがテレビ・ドラマの主題歌で、

歌いだしさえ思い出せば、その後の歌詞は口をついて出てくる。

さて、フォー・クローバースの前身は、あの「小さな日記」のフォー・セインツ。

フォー・セインツ時代はGSで、

フォー・クローバースに改名したらフォークと言われていたような。

70年代のフォーク・ソング、

若かりし頃の思い出とダブって・・・、たまにはいいものです。

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A rolling stone gathers no moss !

イギリスのことわざで、住まいや職業を転々とする人は成功できない、という意味。

でも、アメリカては、活動的な人は能力を錆びつかせない、という

“転がる石に苔は付かない”として使われている、という。

65年ビルボード2位ながら、キャッシュボックスでは№1ヒットを記録した

ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」では、

“転がる石”はイギリスの解釈で使われている。

“転がる石のように”転落の人生を揶揄した歌詞で、

ディラン最大のヒット曲にして、フォーク・ロックのカリスマ的な曲となった。

♪~ How does it feel

   How does it feel

   To be on your own

   With no direction home

   Like a complete unknown

   Like a rolling stone? ~♪

『レコード・コレクターズ』誌、2009年7月号の、

54~66年オールディーズ~初期米国ロック/ポップの名曲100特集で、

堂々の№1曲にランクされた。

最近、ボクが手に入れたのは、

このシングル盤とTシャツがセットになったThreads+Grooves。

あいにく、TシャツはアメリカのXLサイズで、ボクには大きすぎる・・・残念!

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今夜はクリスマス・イヴ、

ここ最近は特別なことをするわけでもなく、まったく普段と変わりない夜です。

でも、この特集は今夜が最後、

クリスマス・ソングはまだ少しありますが、それはまたの機会に・・・。

最後は、ボクにとって最も大切な、大好きな、最高のクリスマス・シングルの登場です。

63年、ダーレン・ラヴが歌う「クリスマス(ベイビー・プリーズ・カム・ホーム)」。

フィル・スペクターの傑作アルバム『A Christmas Gift For You』からの、

シングル・カットです。

元々は、スペクターがロネッツのベロニカ(ロニー・スペクター)のために、

エリー・グリニッチとジェフ・バリーに作らせた曲だと言います。

ダーレン・ラヴという人は、スペクターにとってはユーティリティ・シンガーで、

影に日向にいろんなグループでリードをとっています。

ソロ・シンガーとして十分な実力を備えながら、ビッグ・スターになれなかった、

そんなシンガーのひとりです。

「クリスマス」は、曲としても歌としても最高のクリスマス・ソングだと思いますが、

この曲が、季節ものになることを懸念して、

スペクターがレコーディング・セッション中に同時録音したのが、

「ジョニー(ベイビー・プリーズ・カム・ホーム)」なのです。

ボク自身としては、

「クリスマス」はクリスマス・ソングとしてのみで存在して欲しかったと思います。

もう1枚は、同じく『A Christmas Gift For You』からのシングル・カット、

ロネッツの「ママがサンタにキスをした」と、クリスタルズの「赤鼻のトナカイ」のカップリング。

アルバムの中でも出色の定番ソング・カバーの2曲、

ただし、このシングルはスペクター得意のMONOではなく、STEREO盤、

珍しくて、興味津々の1枚です。

こうして、今年も平穏なクリスマス・イヴの夜は更けてゆくのでありました・・・。

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昨日、今日は本当に忙しく過ごしました。

昨日は、朝からサンタクロースの衣装を着て今治へ、

可愛い可愛い孫にクリスマス・プレゼントを届けるのです。

さすがに、トナカイに乗って・・・ではなく、車で。(当たり前やないカ~イ!)

今日は、一日がかりで年賀状の制作と印刷でした。

会社の分と我が家の分、最近はプリンターの進歩でだいぶ早くなりました。

このいずれも年末の連休の恒例行事となりました。

さて、今夜のクリスマス・ソングはオリジナルものです。

“フォーク・リヴァイヴァルの祖”キングストン・トリオのクリスマス、

珍しいでしょう?

『the last month of the year』という4曲入りEP。

“年の最後の月”って、もちろん12月のことですが、

“それはイエスの生まれた年”なんですよ、って歌です。

どうやら、このタイトル曲はオリジナルではないのかもしれませんが、

後の3曲、「Bye, Bye, Thou Little Tiny Child」、

「The White Snows Of Winter」「Sing We Noel」は、

彼らのオリジナルみたいです。

ついでにもう1枚、オリジナルの日本代表は、

「クリスマスイヴ」と「ぼくのクリスマス」。

「クリスマスイヴ」、おなじみ山下達郎、ではなく、

我らが加山雄三さん、もちろんこっちが古いですよ。

2曲とも、先日亡くなった岩谷時子作詞、弾厚作作曲、森岡賢一郎編曲です。

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「ジングル・ベル」「きよしこの夜」「ホワイト・クリスマス」「サンタが町にやってくる」、

この超定番の4曲を1枚にまとめた典型的なクリスマスEP。

歌うは、今年の元旦に85歳で亡くなったパティ・ペイジ。

彼女は50年代を代表する“ヒットの女王”、

この1枚、どこで見つけたのかは忘れましたが、

きれいなジャケット・デザインと、珍しいブルーのレコード、ということで、

ボクのコレクションに加わっていたのでしょう。

あまりの定番さに先日のレコード・コンサートでもかけませんでしたが、

今夜初めて針を落とすことにしました。

余りに古いもので、A面には大きなひっかき傷が・・・、

歌は想像通りオーソドックスなものでした。

もう1枚、次は赤いレコードです。

大好きなリッキー・ネルソンが歌う「ジングル・ベル」、

特別なアレンジはありませんが、彼が歌っているというだけで十分です。

同じ歌なのに、歌う人によってこんなに違う、

そんな意味で、突然聴きたくなったもう1枚は、

フォー・シーズンズの「サンタが町にやってくる」。

62年12月、彼らの絶頂期に全米23位を記録したもので、

見事なフォー・シーズンズ節に仕上がっています。

多者多様、これこそがクリスマス・ソングの魅力ですね。

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今夜のクリスマス・ソングは“テッパン”、つまり“王道”です。

世界で最も有名なクリスマス・ソングと言っても過言ではないと思います。

1940年に作られ、42年ビング・クロスビーによって歌われた曲、

「ホワイト・クリスマス」。

♪~ I’m dreaming of a white Christmas,

   Just like the ones I used to know ~♪

この歌に特別興味がなくとも、この歌詞は口をついて出てきます。

シナトラ、マーティン、プレスリー、オーティス・レディング、ボビー・ヴィー、

プラターズ、テンプテーションズ、ダーレン・ラヴ・・・、

枚挙にいとまがないくらいのアーティストがカバーしています。

ホワイト・クリスマスとくれば、こちらも忘れてはなりません。

「ブルー・クリスマス」、

こちらは一転、失恋男の悲しいクリスマスを歌ったカントリー・ソング。

1948年、アーネスト・タップという人が初めてレコーディングしたそうです。

その歌をロックンロールの、クリスマスの、スタンダードにしたのは、

57年、プレスリーがカバーしたからに他なりません。

♪~ You’ll be doin’ all right,

   with your Christmas of white.

   But I’ll have a blue,

             blue blue blue Christmas ~♪

この締めのリフレインは本当にスゴイ!と思います。

ブレンダ・リー、ビーチ・ボーイズ、ポール&ポーラ、ブラウンズ、

水原弘、ブルー・コメッツ・・・。

やっぱり、思い出すだけでも枚挙にいとまがありません。

クリスマスの“白”と“青”、どっちもクリスマス・ソングの名曲ですね。

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今月に入って、クリスマス・ソング特集に感けていたら、

このブログをよく見ていただいている方から、

“西野バレエ団5人組、4人で止まっているよ”って言われました。

忘れていません、書こうかどうか迷っていたのです。

最後の5人目は、江美早苗、

51年3月生まれですから、ボクより2ヵ月年下、

島根県松江市の生まれで実家は老舗旅館だというから、どこかで聞いたような・・・。

あっ、竹内まりやは出雲市か。

69年、彼女の4枚目のシングルは、橋本淳・井上忠夫の「花の誘惑」。

彼女は歌手として合計7枚のシングルをリリースしていますが、

歌手、女優引退後、73年以降の作詞家・中里綴(つづる)としての方が有名。

その代表曲のひとつは、75年、南沙織の「人恋しくて」。

♪~ ふと目についた小石をけったり 自分の影にじゃれついてみたり

   なんとなく落ちつかない 一人ぼっち

   恋の相手はいるにはいるけど 喧嘩別れしたばかり・・・

   暮れそで暮れない黄昏どきは 暮れそで暮れない黄昏どきは

   心が脆くなるものですね ~♪

書くのを迷っていたのは、その後の彼女の悲劇。

88年37歳の誕生日を目前にして、

彼女は元夫に刺殺されてしまったのでした。

「人恋しくて」を聴くと、ボクは今でもこの日のことを思い出します。

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最近のクリスマス・イヴは、若い人は恋人同士で楽しみ、

結婚している人は家族で楽しむのがスタンダードなのですね。

今夜のクリスマス・ソングは、家族で楽しむクリスマス!の典型です。

6人と1匹の家族の物語、TVショー『パートリッジ・ファミリー』から、

デビッド・キャシディーをフィチャーしたクリスマス・ソング、

「ロッキン・アラウンド・ザ・クリスマス・トゥリー」。

曲は、58年初録音、60年から61年にヒットしたブレンダ・リーの曲。

日本ではあまりポピュラーではありませんが、

ビートのきいた、イカシタ、おしゃれなクリスマス・ソングです。

パートリッジ・ファミリーのドラマのストーリーと同様に№1ソングになったのは、

デビュー曲「悲しき初恋」(以前紹介しました)。

それに続いてリリースした“悲しき”シリーズ「悲しき青春」も、

71年、ビルボード6位ながら、キャッシュボックスでは1位になりました。

そして、72年には、ニール・セダカの「悲しき慕情」をカバー、

これもまた、ビルボード28位のヒットを記録しました。

そのB面は、ラスカルズの佳曲「高鳴る心」のカバーでした。

さて、我が家のクリスマスは、今年も特別なこともなさそう。

例年のように、孫にプレゼントを届けて、

イヴは、家内とつつましくパウンドケーキなど食べて・・・。

普通の幸せです、たぶん。

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今夜の1枚は、クリスマス・ソングというより、クリスマス・パフォーマンスです。

“ナイアガラー”必携、大滝詠一監修、

53年、トニー・谷さんの「サンタクロース・アイ・アム橇(ソーリ)」。

クリスマス・ソングの定番「ジングル・ベル」をベースにした、

彼独特のギャグとダジャレ満載の片面カットのシングル、

もちろん87年の復刻盤です。

“メリー・クリスマス I’m サンタクロース

     メニー苦しみます I’m ノーマネー さんざん苦労する”

こんなセリフから始まって、

「ジングル・ベル」の替え歌がスタート。

♪~ 赤い帽子 赤いコート ちょっといいザンショ

   白い髭 白い雪 ステッキざぁんSnow

   橇よ ハバハバ 鈴ならし

   急げ 走れ おぉワンダフル

   ワンダフル ワンダフル 雪が降る ~♪

と、こんな調子。

赤塚さんの漫画『おそ松くん』のイヤミみたいな調子の

粋なボードビリアン、トニー・谷の面目躍如の1曲です。
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いつ買ったのか、持っていたことさえ忘れていましたが、

たぶん“タイトル買い”したのだと思います。

女性カントリー・シンガー、スージー・ボガスの「ミスター・サンタ」。

♪~ Mr.Santa bring me some toys,

   Merry Christmas to all girls and boys,

   And every night. ~♪ で始まる。

曲は「ミスター・サンドマン」(54年コーデッツの№1ソング)。

なるほど、作者のクレジットはパット・バラード。

資料によると、「ミスター・サンドマン」がヒットした翌年の55年、

バラードがクリスマス用に歌詞をリライトして、

ドロシー・コリンズによってリリースされたという。

スージー・ボガスは89年にこれをカバーしたもの。

さて、カントリー・シンガーのクリスマス・ソングをもう1枚。

以前に、ヴォーン・モンローのSP盤を紹介した「レット・イット・スノー」。

これを黒人のカントリー・シンガー、チャーリー・プライスがカバーしたもの。

この曲はクリスマス・スタンダードですから、

45年にヴォーン・モンローが初リリースして以来、

60年代にシナトラもマーチンも、アンディ・ウィリアムスもドリス・デイもカバー。

このチャーリー・プライド盤は82年のリリースのようです。

偶然だと思いますが、ご覧のように赤と緑のレコードで、

いかにもクリスマスって感じ。

日本ではいまひとつ人気がありませんが、アメリカではカントリーは依然根強い人気、

彼らの歌うクリスマス・ソングもたまにはいいものです。

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ボクが、持っていたことさえ忘れていたGSのクリスマス・シングルがあった。

ブルコメがクリスマス・ソングのEPを出していたような気もするが、

こんなクリスマス・ソングは珍しい。

GSブームも下火になってきた69年11月のリリース、

“グループ・サウンズの貴公子”ヴィレッジ・シンガーズがやってくれた。

哀愁のバラード、「X’masなんか来てほしくない」。

彼女がいないからクリスマスなんて・・・、

そんな内容だと思いきや、さにあらず、

英題は「Fatherless Christmas」、

父のいないクリスマス、

   昔パパが僕にくれたオルゴール、あの頃は楽しかったなあ・・・、

珍しいクリスマス・ソングだなあ、って興味をもって作者を見たら、

作詞:いまいずみあきら、作曲:郷伍郎。

これって、あの、新谷のり子の「フランシーヌの場合」と同じではありませんか!

フランシーヌがビアフラの飢餓を訴えて焼身自殺した事件に触発されて作った歌。

このレコードのリリースは69年5月、

そのB面は、同じコンビ(夫婦)による「帰らないパパ」、

歌詞を見ると、「X’masなんか来てほしくない」はどうもその続編のよう。

これは、新しい発見でした。

もちろん、真偽のほどは定かではないけれど・・・。

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今夜はこれから、毎月恒例のレコード・コンサートです。

今月のテーマはベタですが“クリスマス・ソングをシングル盤で聴こう”。

先月テーマを決めた時点では果たして枚数が揃うか不安だったのですが、

レコード棚からピックアップしてゆくと、

あるわあるわ、ボク自身驚いてしまいました。

これまでも12月になるとクリスマス・ソングを取り上げてきましたが、

未紹介のシングルがザックザク。

というわけで、今夜から少しずつ紹介してゆくつもりです。

まずは、スプリングフィールズ。

フォークを歌っていたディオン・オブライエンとティム・フィールドは、

PPMのようなグループを作りたくて、ディオンの妹メアリーを加えた。

ウソかマコトか、暖かな春の日に広々とした野原で練習していたから、

このグループ名が生まれたという。

後に、メアリーはダスティと名を替え、「二人だけのデート」で64年全米12位、

ディオンはトムと名を替え、シーカーズのプロデューサーとなり、

「ジョージー・ガール」で67年全米2位のヒットを記録する。

そのスプリングフィールズの4曲入りのクリスマス・シングル、

代表曲は、「トゥウェルヴ・デイズ・オブ・ザ・クリスマス」。

彼らの最大にして唯一の全米TOP40ヒットは、

62年20位、「銀の糸と金の針」。

ただし、今夜のコンサートでかけるのは「クリスマスの12日間」だけです。

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大学生になって松山に来た時、

商店街を歩いていたら、ある店の店頭で売れ残っていたコートが目についた。

JUNのえび茶色のダッフル・コート。

最近よくあるフード着脱可のものではなく、一枚もののところが気に入った。

それからというもの、冬になると必ず着ていた大のお気に入り。

結婚してからもずっと着ていたのに、いつのまにかなくなってしまった。

あのダッフル・コート、何処へいってしまったのでしょうね?

前回書いた、バンバン(ばんばひろふみさんのこと)のライヴで思い出した。

それは、彼が最近カバーしたという懐かしい曲、

♪~ 四条通りをゆっくりと 君のおもいで残したとこを

   黒いダッフルコート着て 背中丸めて歩いてます ~♪

74年の録音、うめまつりの「北山杉」の一節。

大学時代に奈良に帰省した時、この歌詞のように、

ダッフル・コートのポケットに手を突っ込んで、

物憂げに三条通りを歩いた・・・、思い出。

古いアルバムからダッフル・コートを着た写真を探し出した。

うめまつりは、関西出身の7人のグループで、

ボクのコレクションにはもう1枚あります。

75年の「大原の里」、同じく京都をモチーフにした歌。

秀逸はこのB面、「うめまつりの大学中退講座」。

7人のうち6人が中退組だったといううめまつりの真骨頂、

歌はまるで「受験ブルース」のよう。

ついでに、JUNがジャケット・デザインしたアルバムをアップします、

ハプニングス・フォーの『クラシカル・エレガンス~バロック・アンド・ロール』。

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