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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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先日来、ずっと頭の片隅にある曲「アイ・アンダスタンド」のカバーの中で、

ボクがベストだと思っているのは、フレディとドリーマーズ盤。

彼らのヒット曲には、英米で約1年半という大きなタイム・ラグがあるのです。

ボクが持っている彼らのシングルはわずか2枚だけ。

1枚はもちろん、「好きなんだ」と「アイ・アンダスタンド」のカップリング盤。

もう1枚は、大好きな「君はぼくの君」のイギリス原盤。

「好きなんだ」=「I’m Telling You Now」が、

イギリスで2位になったのは63年8月、アメリカでは65年4月に№1ヒット。

次のシングル「君はぼくの君」=「You Were Made For Me」は、

63年12月にイギリスで3位、アメリカでは65年6月に最高位21位。

「アイ・アンダスタンド」は、

64年12月に全英5位、65年5月に全米36位という次第(タイム・ラグ縮小)。

その要因は、言うまでもなく“ブリティッシュ・インベイジョン”だったのです。

もう何年も前の話ですが、

シングルは2枚しか持ってないけれど、もっと彼らの楽曲が聴きたくて、

大阪の中古店でLP『The Best Of Freddie&Dreamers』という

ベスト盤を買ったのです。

そして家へ帰って聴き込んだ後に、LPの棚に収納しようとしたところ、

なんと、表紙違いのまったく同じ楽曲を収録したLPがあったのでした、

タイトルは『ORIGINAL BRITISH INVASION』。

ああ、なんてもったいない!

でも、よくあることです、ドンマイ、ドンマイ!

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63年2月9日から3週連続でビルボード№1に輝いた「ヘイ・ポーラ」は、

当初約6分という長い曲だった。

当時のシングルとしては長すぎるということで、

カット、編集して2分25秒に。

では、カットされた残された部分はどうなったのか?

ポール&ポーラこと、レイ・ヒルデブランドとジル・ジャクソンは、

ふたりで協力して、新しい曲に作り直した。

こうして出来上がった曲が、セカンド・シングルの「ヤング・ラバーズ」。

63年4月に、10位、9位と駆け上がり、最高位6位のヒットとなった。

65年、レイはショー・ビジネスの世界に馴染めずにコンビは解散、

ジルはソロ・シンガーとして、ボクのお気に入りの数曲を発表したが、

彼は、学生に戻って、その後もクリスチャンとしての平凡な生活を送る。

そんな彼が、70年にソロ・シンガーとして再デビューした時のシングルがある。

ミディアム・テンポの、カントリー・タッチの曲で、彼自身の作、

相変わらずの甘い歌声の「ミスター・バルーン・マン」。

♪~ 赤、黄色、黒、青、君のための特別なのがここにあるよ

   僕らの愛は空高く舞い上がってる

   さあ 君が欲しいのはどんな色? ~♪

てな、歌なのです。

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ダニエル・ビダル。

69年に彼女は確かにフランスでデビューしたのだけれど、

彼女は日本のアイドル歌手だった、と言っても過言ではない。

数年前から、彼女のフランス発売のシングルが欲しくて、

折に触れてeBayをチェックしているのですが、

出品されているのは日本盤ばかり、たまに外国盤が出たと思ったら韓国盤。

そんな彼女の、最後のヒット曲は、73年10月発売の「私はシャンソン」。

覚えている人は少ないかもしれませんが、

軽快でポップなメロディ、中ほどのスキャットは中東風、

心に残る一曲です。

ええっ~と、その他に紹介していなかったシングルは・・・と、

70年の「ピノキオ」がありました。

♪~ プチプチプチ ピィノキオ ~♪、カワイイ歌ですね。

さて、彼女は80年に日本のミュージシャンと結婚しました。

彼の名は柴田功、

奇しくも73年にデビューしたチャコとヘルス・エンジェルの一員。

彼らのデビュー曲「愛してる愛してない」もありました。

このグループ、ゴダイゴの浅野さんがリードギターでした。

柴田さんはジャケットの一番左、緑のパンツの人(たぶん)、

キーボードをやってました。

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星占いって好きですか?

1月23日生まれのボクは水瓶座(アクエリアス)。

朝、通勤のために家を出る少し前、『めざまし』の占いを見ます。

いい時は信用して、悪い時は無視するというワガママなスタンスで。

昔聞いたところによると、21世紀は水瓶座の時代と言われてるようです。

水瓶座のキーワードは、博愛・自由・独創的・論理的で、

水瓶座生まれの人は、友情を大切にし、個性を尊重する知的な人、だそうです。

ホンマにいいことばかりやねェー。

いい気になってネットサーフィンすると、

水瓶座の時代・21世紀の地球は5次元の世界に移行しようとしている、

なんて、何のことやらよくわかりませんが、

“フィフス・ディメンション”とつながりました。

69年4月6週間全米1位を記録したのは、

フィフス・ディメンションの「輝く星座」。

この歌は、ミュージカル『ヘアー』の中で歌われた2曲、

「Aquarius」と「Let The Sunshine In」のメドレー。

最初は7分あったものを4分50秒にした、という。

さらに、ラジオ局のDJからのアドバイスで現在の3分50秒に。

そのせいもあったのか、オンエアー回数が増えて、

69年の年間第1位の大ヒットと相成りました。
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今日、63歳になってしまいました。

♪~ ハッピバースデー ツーユー ハッピバースデー ツーユー

   ハッピバースデー ディアおじいちゃん

   ハッピバースデー ツーユー ~♪

受話器から孫娘の歌が・・・。

“おじいちゃん、おめでとう!”

娘夫婦と、この“小さな彼女”からのカードとプレゼントが届いて、

何よりもうれしい誕生日でした。

ピンキーとキラーズのまっ赤なソノシートは、

「誕生日はいいもんだ」と「12の誕生日」の2曲。

70年にサントリーが“1億人の誕生日の歌”として公募したもの。

ピンキラの正規のシングル盤としてもリリースされたようですが、

このソノシートはもちろん非売品の企業もの。

意に反して、1億人の誕生日の歌として国民の皆様に認知されませんでしたが、

なかなかいい企画だと思います。

♪~ 誕生日はいいもんだ いくつになってもいいもんだ

   歌をうたっていいもんだ グラスを上げていいもんだ ~♪

こちらが入選歌で、

「12の誕生日」は準入選1席。

12歳の誕生日の歌かと思いきや、1月から12月までを歌った歌でした。

♪~ 1月生まれの友だちに 贈ってあげたいものがある

   遠い国の雪山の あわいいのちの雪の花 ~♪ てな具合。

補作は岩谷時子さん、作曲はいずみ・たくさんでした。

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ラジオでオン・エアーされ、ボクたちだけの発見だった「帰って来たヨッパライ」は、

フォーク・クルセダーズが再結成され、67年12月25日にレコード発売された。

故加藤和彦、北山修、はしだのりひこのフォークルは、

1年間だけ、

という約束通りに68年12月5日発売の「青年は荒野をめざす」で解散した。

♪~ ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて

   さらば恋人よ なつかしい歌よ友よ

   いまーウゥウウゥー 青春の河を越え 青年は 青年は 荒野をめざす ~♪

最後の曲としてふさわしいこの詩を書いたのは、小説家・五木寛之。

このすごい人の作品に曲をつけたのは、もちろん加藤和彦。

フォークルにはもう1枚、すごい人の作品がある。

68年11月10日発売のシングルB面、「戦争は知らない」。

♪~ 野に咲く花の 名前は知らない

   だけど 野に咲く花が好き ~♪

で始まるロマンチックな雰囲気をもった反戦歌。

深夜放送で、暗い闇の中で、ひとりで聴いていると涙があふれてくる。

そんな強烈なメッセージをもった詩、曲である。

作詩は詩人・寺山修司、作曲は同じ加藤でも、関西の逸材・加藤ヒロシさん。

硬軟自在、フォークルはいつまでも心に残るボクたちの青春の友である。

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「I Understand (Just How You Feel)」、

この曲を初めて知ったのは、タイガースが歌っていたからであった。

(今夜はライヴ・アルバム『オン・ステージ』で聴く)

そして、同じ頃、フレディとドリーマーズ「好きなんだ」のB面に発見した。

その後、タイガースのバージョンは、

65年のハーマンズ・ハーミッツをカバーしたものだと聞いた。

いずれも、「蛍の光」のコーラスを重ねたものであった。

既にブログに書いたけれど、

この曲のオリジナルは、54年のフォー・チューンズで、

同じ時期に、ジューン・ヴァリもカバーし、競作になっていたことも知った。

でも、このふたつのバージョンには「蛍の光」はなかった。

最近になって、G-Clefsというグループのバージョンを発見した。

ジー・クレフツ、この現代的なネーミングのグループが歌う

「アイ・アンダスタンド」には「蛍の光」のコーラスがあった。

ジー・クレフツは、52年にアメリカで結成された5人組のグループで、

この曲は61年全米9位、「蛍の光」を重ねたのは彼らだったのだ(と思う)。

早速eBayで探したところ、いっぱい出品されていたけれど、

ボクが落札したのは原盤ではなく、『ロッキン・マニア』という再発盤。

ひと昔前なら、多少状態は悪くてもオリジナル原盤が欲しかったのだけれど、

今は状態重視、いい音で聴きたいと思うようになった。

ゴールデン・カップリング盤だけあって、

裏面は「ア・ガール・ハズ・トゥ・ノウ」という彼らの62年全米81位、

なんとこの曲、バリー・マン&シンシア・ウェイルというおまけ付き。

なんか、ちょっとうれしい。

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いつの頃からか、どうもボクは気管支が弱くなったようで、

秋から春にかけてよく風邪をひく。

扁桃腺が腫れて、咳が止まらなくなって、自分の咳で横隔膜や頭が痛くなる。

それが、二つの対策でその直前で治るコツを会得したようだ。

一昨年の冬から、まずマスクをして寝るようにした。

そして、ちょっと喉が痛くなるような気配を感じたら会社の同じビルにある内科へ、

いつもの薬を調合してもらう。

これで大げさになる前に平常に戻る、めでたしめでたし。

そんなことを考えていたら、こんなレコードが目についた。

69年12月リリースの「かぜの季節」、ピンキーとキラーズ。

歌の内容は“風邪の季節”ではなく“風の季節”、岩谷時子さんの詞。

68年なんと17週間もに亘ってオリコン1位を記録した「恋の季節」でデビュー、

本当にセンセーショナルな出来事だった。

彼女たちのナンバーで、ボクが最も好きだったのは、

69年1月リリースの4枚目のシングル、「涙の季節」。

余談だけれど、「かぜの季節」は10枚目のシングル、

だから、69年の1年間で彼女たちは7枚ものシングルをリリースしていた。

今振り返ってみると、これもまた驚くべき出来事であった。

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“フレンチ”って聞くと、なんだかヤワでおしゃれな感じがする。

前にも書いたが、ロックンロールだってフレンチともなればロマンが感じられる。

ポルナレフの「シェリーに口づけ」や「愛の休日」にはそんな魅力があった。

けど、どちらかといえば、これらはフレンチ・ポップスという方が適切かもしれない。

さて、その後のミッシェル・ポルナレフのシングルの中で、

フレンチ・ロックンロールらしき1枚は、

74年の「僕はロックン・ローラー」。

まるで50年代のドゥワップのような軽快でゴキゲンなナンバーで、

なんといっても、フランス語で歌っていることがうれしい。

彼は、73年にアメリカのロサンジェルスに移住し、

本格的にアメリカ・デビューを目指した。

73年リリースの「火の玉ロック」はギンギンのロックで、

ご存知ジェリー・リー・ルイスのカバー。

もちろん全編英語で、これが呼び水となったかのように、

続いて、新しいアルバムからの先行シングルは「I Love You Because」、

このスロー・バラード、邦題「愛の伝説」は英語とフランス語のちゃんぽん。

これはこれで悪くはないのだけれど、フランスのロックンロールらしくはない。

ボクが好きな「僕はロックン・ローラー」以後のバラード「哀しきマリー」もまた、

英語とフランス語のちゃんぽんだけれど、こっちは英語が目立たない。

結局彼は、この時点ではアメリカで大きな成功を手に入れることはできなかった。

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日本で65年7月にリリースされた“マシュマロ坊や”ジョニーくんの、

「ホット・ロッド・デイト」は、NHKではオン・エァーできません。

タイトルからして「Go V.W.Go」、

V.W.は、フォルクス・ワーゲンのこと、

特定の商品名がタイトルになった曲なのですから、当然です。

歌詞にはモロに、♪~Go Volkswagen go~♪のリフレインが・・・、

ごまかし用がありません。

商品名が入った歌、ボクが一番に思い出すのは、

ポール・サイモンの「僕のコダクローム」、やっぱりモロです。

♪~ kodachrome

   They give us those nice bright colors ~♪

強烈です。

ちょっと気がつきにくいところでは、

ビートルズの「カム・トゥゲザー」、

♪~ He shoot coca cola ~♪ 。

日本では、

山口百恵、「プレイバックpart2」。

♪~ まっ赤なポルシェ ~♪、

実際、紅白歌合戦では、♪~まっ赤なクルマ~♪にされようとしたのですから。

本気で探せば、いっぱいありますよね。

そんなことはともかく、

ジョニー・シンバルの「ホット・ロッド・デイト」、ゴキゲンです。

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昨日の話です。

朝7時半に松山発で、高松出張。

どんよりした朝で、高速の松山以南は雪で通行止めで、

雪が降らなければいいのになぁ、と思いながら、

小一時間で石鎚サービスエリアへ、

松山へ電話したら、♪~雪でした~♪、

ところが、石鎚サービスエリアは快晴。

その後、高速道も高松も快晴、夜に帰松したのですが、

まったく雪景色を見ることができませんでした。

ちょっと、ザンネン!

ということで、懐かしのフォークソング、72年、猫の「雪」。

もちろん、タクローさんの曲です。

もう1枚、岡本おさみ・タクローの「地下鉄にのって」。

ともに、大学生の頃よく歌った歌です。

猫のメンバーの常富さんは、76年に大ヒット曲の作曲者として有名になりました。

元ジャニースのあおい輝彦さんの「あなただけを」。

冬の夜長、ひとり思い出話は尽きません。

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「寒い朝」、だなんて、今朝そのままです。

62年、吉永小百合さん17歳の時のデビュー曲。

ボクが11歳の時の歌ですが、今でもこんな朝には口をついて出ます。

♪~ 北風吹きぬく 寒い朝も

   心ひとつで 暖かくなる ~♪

“そんなんやったら、ストーブ屋さん困るやん!”

なんて、人生幸朗さんのボヤキ漫才のネタのような、

そんな歌詞を書いたのは佐伯孝夫先生、作曲はもちろん吉田正先生です。

共演は、和田弘とマヒナ・スターズ。

シングル盤を持っていたのですが、いつの間にかどっかへ行ってしまって、

今夜はコンパクト盤で失礼します。

さて、この機会に、先日「可愛そうな娘」のヘンリーさんの情報をいただいた時、

コンサートのレパートリーにあった「街のハト」も紹介します。

67年、買った当時はこの歌がヘンリーさんの作詩作曲だって知りませんでした。

そういえば、いかにもヘンリーさんらしい詩と曲調ですね。

あらためて、ヘンリーさんのセルフカバーを聴きたかったという思いです。

曲の中の、ハトの鳴き声のマネもされましたか?

この歌を聴いていると、明日から公園に遊ぶハトを見る目が変わりそうです。

話は戻りますが、明日の朝も、

♪~ きーたーかぜ吹きぬく ~♪、口をついて出てきそうです。

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今朝はものすごく寒かったですね。

こんな寒い日にはカリフォルニアに住みたくなる・・・、

曲だけ楽しんでいる分には、冬の歌には聞こえないけれど、

「夢のカリフォルニア」は、紛れもなく冬の歌なのです。

明日のレコード・コンサートのテーマは、“冬に聴きたい曲”だというので、

レコードをピックアップしていたら、

こんなにメジャーなレコードがこのブログから漏れていたことに気づきました。

♪~ もしロサンジェルスにいたとしたら 快適で暖かいだろうに

   こんなに厳しい冬の日には カリフォルニアを夢見るのです ~♪

65年12月のリリース、翌66年3月に全米最高位4位、

あまりにも有名な、ママス&パパス、2枚目のシングルにして、

彼らの出世作となった「California Dreamin’」。

ボクがただ一度だけカリフォルニアを旅したのは2月だったけれど、

それが冬だったという記憶はありません。

あっ、そういえば2月だったんだなあ、という感じで、

アルバムをめくってみました。

あまりいい写真はありませんでしたが、

ご覧ください、短パンに半袖の人だっています。

12月のニューヨークへ行くためにコートを新調したのとは対照的、

やっぱりアメリカという国はすごいですね、広いんですね。

こんなことを書いていたら、テレビではシカゴの大寒波のニュースが・・・。

今まさに、カリフォルニア・ドゥリーミンなアメリカなのでしょう。

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愛読の『レコード・コレクターズ』誌、毎年2月号のお楽しみは、

“私の収穫20○○年”、前年の最高の収穫盤を紹介するコーナーです。

そこで、一足早く、

ボクの昨年の収穫の中から最もうれしかった1枚を紹介します。

昨年の4月に、松本ちえこを紹介した時に欲しくなった1枚、

資生堂のCMソング、「バスボンの歌」。

76年、おなじみ、♪~まんまる顔の女のコは いいツマになれるって~♪、

にプラスして、歌詞を変えただけの「バスボンのうた パートⅡ」、

♪~ ちっちゃい目がかわいいヨって コイビトならいうかな?

   愛してくれそう? ね、バスボン

   ひっくいハナがいろっぽいヨって コイビトならいうかな?

   恋してくれそう? ね、バスボン ~♪

そして、それらのカラオケ、の3曲を収録したまっ赤なソノシートです。

CMソングのソノシートってなかなか市場に出てきませんし、

もし出てきても、マニアがいるのかカンタンにはゲットできません。

えっ!オマエもマニアやろ!って、

まぁ、そうなんですが・・・。

求めようとしてわずか半年あまりで幸運にも手に入れることができました。

まあ、お金に糸目をつけなければそんなに難しいことでもないのですが、

関西出身のコレクターはそんなことはしません、

モノには限度、相場ってものがあるのですから。

などと言うものの、それでも一般の方とは限度、相場は違うのてすが・・・。

“私の収穫2013”、

この1枚は、適正価格で入手できたことも喜びの一因なのです。
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1日夜に息子が東京から帰省して、

昨日は娘夫婦と、小さな“彼女”がやってきて、

ようやくお正月気分になりました。

昨日も今日も明日も明後日も、一日中一生懸命“彼女”と過ごす、楽しいお正月です。

困ったことは、カニ鍋、すき焼、焼肉とつづく夕食で、

2kg近くも太ってしまったことぐらい、

でも何の反省もなく楽しい日々は過ぎてゆくのでしょう。

さて、久しぶりにコレクションの原点に戻って、

“ビートルズ前夜”の楽しい楽しいガール・ポップを聴いてみることにしました。

63年全米81位、12歳の少女がキュートな声でソウルフルに歌う、

デビー・ドベイルの「ヘイ・ラバー」。

いつものことながら、こんな曲が日本で発売されていたことに驚かされます。

写真が手に入らない時のレコード・ジャケットのデザインとしては、

このタイポクラフィ・デザインは秀逸です。

レコード・ジャケットにあるような、

“「ヘイ・ポーラ」をしのぐか!? 正規のビッグ・ヒット登場”、

とはなりませんでしたが、

その意気や見事、ボクたちコレクターは見逃しませんでしたよ。
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紅白を見終わって、年が明け、2014年の元旦です。

でも・・・、

昨日のお昼頃のニュースに驚きました。

突然の、大滝詠一さんの訃報です、65歳は早すぎます。

急にシュンとしてしまい、今も、少しもめでたくない気分です。

ナイアガラーの書くブログとしては、避けて通るわけにもいかず、

さて、どのレコードを出そうか・・・、なんて、

紅白で「襟裳岬」を歌っている森進一さんを見て、

彼が昨年の紅白で歌った歌で、我らが大滝さんの作品「冬のリヴィエラ」にしました。

♪~ 冬のリヴィエラ 男って奴は

   港を出てゆく 船のようだね

   哀しければ 哀しいほど

   黙り込むもんだね ~♪

松本さんの深い深い詞が今更ながらに心に沁み込みます。

森進一さんには“冬”の歌が似合いますね。

(大滝さんには関係ありませんが「冬の旅」も近くにありました)

やっぱり大滝さんの声が聴きたくなって、

アルバム『SNOW TIME』を引っ張り出しました。

「フィヨルドの少女」「さらばシベリア鉄道」・・・、と来て、

「冬のリヴィエラ」の英語詞のセルフカバー「夏のリヴィエラ」、

とても素敵です。

ありふれた言葉ですが、

心から、冥福をお祈りします。

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