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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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バラク・オバマから、数えること9代前の大統領、

リンカーンと並び、アメリカ史上最も有名な大統領、

ジョン・フィッツジェラルド・ジャック・ケネディ。

彼が政治家になる前の物語、

43年8月2日、ケネディ率いる魚雷艇P.T.109は、

ソロモン諸島の沖で、日本の駆逐艦・天霧と衝突し、乗組員は海に投げ出された。

この遭難から6日後、彼らは発見され救助されたのであった。

この、あまりにも有名な、彼の勇敢な行動を歌詞にして歌ったのが、

ビルボードの№1歌手、ジミー・ディーンの「P.T.109」。

邦題は「P.T.109のケネディ」、

ケネディの大統領在職中の62年に全米8位のヒットを記録した。

B面の「ウォーク・オン・ボーイ」は、イギリスのポール・ラヴェンのヒット曲で、

果たしてどちらがオリジナルなのか、ボクはまだ検証できていない。

さて、ジミー・ディーンは、このヒットに先立つこと半年前、

61年に「ビッグ・バッド・ジョン」で5週間連続全米1位に輝いている。

この曲は彼自身の作で、どちらかといえば歌というより“語り”、

ちなみに、ここで歌われている“ジョン”はケネディの事ではない。

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元来がラジオ好きのボクですが、

今頃の深夜放送について考えさせられることがあります。

60年代後半、高校生の頃、毎晩聴いていた深夜放送と、

最近、夜中にふと目覚めて聞く深夜放送の大きな違い・・・、

もちろん、時代が変わっていることや、

ボクの感性が時代遅れかもしれないことは百も承知なのですが・・・、

ちっともオモシロクないのです。

リスナーのための深夜放送から、

パーソナリティ(この呼び方がそもそも古い?)自身の、

パフォーマンスや主張の場としての深夜放送へ、

というのが時代の流れなのでしょうか。

ラジオとともに歳を重ねたボクに言わせれば、

ラジオマンの怠慢だと思うのですが、

それとも、ラジオの発展についてゆけない過去のラジオ・フリークの戯言かも。

さて、昔から今への中間地点、85年、Chiharu Matsuyama(松山千春)の、

「On the Radio」。

思わずタイトル買いしましたが、

この頃はまだ“ボクの時代”だったのでしょう。
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家族間でプレゼントが飛び交う(?)我が家のアニヴァーサリー。

1月は、可愛い可愛い孫娘の誕生日から始まる、

続いてはボクの誕生日。

2月、バレンタイン・デー、

3月はお返しのホワイト・デー。

4月、家内の誕生日、

5月は母の日、そして結婚記念日。

6月は父の日、続いて娘の誕生日(孫にとってはママの誕生日)。

7月になると息子の誕生日、

さて、ここからは長い長い休眠期間となり、

12月のクリスマスで記念日納めとなるのです。

こうして、あらためて考えてみると、

我が家の記念日は一年の前半に集中していました。

おじいちゃん、おばあちゃんは、何かにかこつけて孫にはプレゼントしているし、

孫は、会うたびに“お手紙”をくれる。

ボクのパソコンの前のボードには、ピン止めした孫からの“お手紙”がいっぱい。

そんな光景を眺めながら聴く今夜の一曲は、

イギリス、リヴァプール出身のコーラス・グループ、ヴァーノンズ・ガールズ歌う、

61年、「アニヴァーサリー・ソング・ロック」。

おしゃれな天使のトレード・マークが映える中袋には、

当時のエンジェル・レコードのヒット曲のリストが・・・。

この中の曲、ボクは1枚しか持っていません。

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ようやく、この国内盤シングルを手に入れることができました。

彼らの唯一のシングルなのです。

彼ら、とは、ラトルズ。

数あるビートルズのパロディ・グループの中でも最高峰、

ビートルズ・ファンの間でもとても人気があり、

ジョージも認めていたという“公認パロディ・バント”だと言います。

レノン&マッカートニーの曲を茶化すのではなく、

いかにもレノン&マッカートニーが作りそうなオリジナル曲を演るのです。

付けた邦題は「恋の乗車券」、78年のリリース、

もちろん「涙の乗車券」を気取ってはいますが、

原題は「I Must Be In Love」。

邦題のセンスや如何に?

もっとも、音楽や演奏はビートルズの新曲か、と思えるものなのです。

ずっと前にアメリカ盤を手に入れてはいたのですが、

紹介するにもまったく絵にならない状態で、

国内盤ジャケットあってこその、ブログ登場となったのです。

ついでに、パロディではなく、カバー・シングルを紹介します。

あのデビッド・キャシディの74年リリースの「プリーズ・プリーズ・ミー」。

このシングルはライヴ盤で、

ビートルズの初期のライヴを彷彿とさせる歓声、黄色い声が効果的に入っている。

レコードだけ聴いていると、これもまたパロディみたいでとてもおもしろい。

しかも、このライヴ盤、イギリスでのライヴからピックアップしたというから、

またまたおもしろい。

ビートルズの偉大さゆえに楽しめるレコードたちである。

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ものすごい数のヒット曲を生み出している。

曲を発表するスピードがあまりにも早すぎる。

名前は有名なのに露出が少なく謎につつまれている。

そんな不思議な作曲家、アレンジャーが、筒美京平さんである。

資料によると、1940年生まれというから、現在73歳。

68年発売の「ブルー・ライト・ヨコハマ」が出世作で、

以来、GSの楽曲、男女アイドルへの曲提供、数々の歌謡曲の作曲、と大車輪。

しかも、世に知られたヒット曲の多さたるや他に類をみない。

とはいえ、ボクは彼の作品を特別にコレクションしているというわけではない。

とはいえtoo、このブログに取り上げた彼の作品は多い。

ボクのコレクションにある彼の作品の多くは、

ひとつのコンセプトに集約される。

それは、“洋楽の、オールディーズのエッセンスを巧みに取り入れている”こと。

“パクリ”という言葉は適切ではないけれど、

“あれ?どこかで聞いたことがあるぞ、このフレーズ”なのである。

74年、郷ひろみの「花とみつばち」もそんな1枚である。

レコードをかけた途端、

“あれ?このイントロどっかで聞いたことあるぞ!”

これは紛れもなく、ドアーズの「ハロー・アイ・ラブ・ユー」(68年)、

キンクスの「オール・オブ・ザ・ナイト」(64年)なのである。

♪~ どうでもいいけど ~♪

郷ひろみは知ってか知らずか、ゴキゲンに他愛無くルンルンで歌うのであった。

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Boogie Woogieは、アメリカ南部のブルースの演奏スタイルなのに、

“ブギ・ウギの女王”って言えば、笠置シヅ子さんの代名詞である。

今夜テレビで『ものまね紅白歌合戦』を観ていて、

ミラクルひかるが演っていた笠置シヅ子さんの「東京ブギウギ」を思い出した。

ボクのふるさと柳生から奈良に出る時、約4キロの道のりを下り、

最寄りの国鉄笠置駅から汽車に乗っていたから、

笠置という言葉には特別の思いがあった。

だから、笠置シヅ子さんって名前は特別記憶に残る名前だった。

ちなみに、笠置という地名は南北朝時代に後醍醐天皇が吉野に下る時、

この地に笠を置き忘れたことに発祥する、と聞いたことがある。

さて、「東京ブギウギ」は47年、B面の「買物ブギー」は50年の発売、

このシングル盤は55年吹込みの原盤を使用して72年に発売されたもの。

「東京ブギウギ」は服部良一さん作曲の昭和の歌謡曲なのに、

ジャズにも似たこの洋楽らしさ、この新しさに感動すら覚える。

「買物ブギー」は一転、洋楽のノベルティ・ソングにも似て、

3分14秒にこんなに多くの言葉を入れるか!というおしゃれさ。

まるで関西版『サザエさん』のごとき楽しさである。

あらためてレコードに針を落としたけれど、

いやぁ、すごいですね、“わて、ほんまによう言わんわ”。
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デュオからスタートし、4人組に、そして3人組となって、

ブリティッシュ・インベイジョンの時代に連続5曲を全米1位に送り込み、

合計12曲の全米№1ヒットを記録した、

60年代に燦然と輝く不世出のボーカル・グループ、シュープリームス。

結成以来鳴かず飛ばずだった彼女たちが成功するきっかけとなったのは、

折しも、ビートルズがアメリカでデビュー・シングルを発売した頃だった。

63年リリース、64年1月全米23位、「恋のキラキラ星」、

原題は「When The Lovelight Starts Shining Through His Eyes」、

直訳すると“愛の輝きが彼の目を通して輝き始める時”、かな?

とてもいい邦題ですね。

ボクのコレクションはアメリカ原盤なのですが、

この国内盤のジャケット・デザインがとてもステキなのです。

画像だけを探し出してアップしました。

市場に出たらきっと高価なのでしょうね。

何はともあれ、この曲からホランド・ドジャー・ホランド作品となり、

ここから連続5曲のナンバー1ヒットにつながるのです。

彼女たちの作品の中で、“星”のタイトルのもう1枚は、

最後の№1「またいつの日にか」の少し前のシングル「星空のラブ・サイン」。

原題「No Matter What Sign You Are」、69年全米31位。

こちらも直訳すると、“あなたがたとえどんなサインを出そうとも”、かな?

シュープリームスの作品、どれもこれも邦題の付け方、いいですね。

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普段あまり映画を観ないボクですが、

最近珍しく2本の映画を観ることになってしまいました。

2月末、元の上司よりの情報で観たのは、『バックコーラスの歌姫たち』。

原題は『20 Feet from Stardom』、

トップスターの20フィート後ろでコーラスを奏でる女性たちのドキュメンタリー。

トップシンガーに勝るとも劣らぬ実力をもち、スターを夢みる彼女たちの悲喜こもごも。

ボクの大好きなダーレン・ラヴが主役とあって、とても興味深く観ることができた。

というわけで、ダーレン・ラヴ、既にこのブログでも書いたけれど、

ブロッサムズのメンバーとして、クリスタルズの影のボーカルとして、

ボブ・B・ソックスとブルー・ジーンズのメンバーとして、

初期フィル・スペクターのお気に入りシンガーだった。

彼女のソロシンガーとしての最大のチャート・ヒット曲は、

63年全米26位、「ウエイト・ティル・マイ・ボビー・ゲッツ・ホーム」、

エリー・グリニッチ&ジェフ・バリーの作品である。

さて、もうひとつの映画は、4歳の孫娘と行った『プリキュア・オールスターズ』。

彼女の初めての映画鑑賞、子供たちには定番の“変身モノ”。

子供向けアニメとはいえ、これがなかなかよくできている、

テーマもしっかりしているし、多分に教育的な意味もある。

昨日まで一週間ほど一緒だったおかげで、

プリキュアにはかなり詳しくなってしまった。

さすがに、顔をみてすぐに誰だかはわからないけれど、

例えば、ハートキャッチプリキュアには誰がいるとか、

はなさきつぼみちゃんがキュア・ブロッサムに変身するとか、

彼女のキャッチフレーズは“大地に咲く一輪の花!”だとか、

孫娘と張り合うくらいになってしまった。

決してボクのコレクションの一環ではないけれど、

最新のCD『ハピネスチャージ・プリキュア』も買ってしまった次第。

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これまでにも紹介したディオンの「悲しい恋の物語(浮気なスー)」や、

ベルモンツの「カモン・リトル・エンジェル」や、

レパラタ&デルロンズの「悲しきティーンエージャー」、

そして、ディオンの62年全米2位「ワンダラー」、

63年全米6位の「かわいいドンナ」、

ファイヴ・ディスクスの「ロックン・ロール・リヴァイバル」など、

ボクが大好きなオールディーズに共通するのは、

その作者がアーニー・マレスカであること。

本名アーネスト・マレスカ、ニューヨークはブロンクスの生まれ、

シンガー・ソングライターにして、レコード会社の経営者でもある。

また、彼は「バーバラ・アン」のオリジネイターのドゥワップ・グループ、

レジェンツのオリジナル・メンバーでもあった。

彼自身のシンガーとしての唯一のヒット曲が、

62年全米6位「シャウト・シャウト」。

ストーリー性なんてない、ノリで聴かせる、彼お得意のパターンは健在で、

歌詞に特別の意味があるようなないような、とにかくそのビートは心に響く。

彼の創った曲はまだまだあるはず、

ボクは昨日も今日も明日も“マレスカ・フリーク”である。

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74年、ラジオで聴いた一曲に心を奪われた。

メロディは紛れもなくあの曲なんだけど、

シルヴィ・バルタンやフランス・ギャル、

どう聴いても60年代のフレンチ・ポップスである。

パトリシア歌う「終着駅」、

ご存知、奥村チヨさんのヒット曲、

もともとの哀愁のメロディはフランス語によくマッチしている。

奥村チヨさんの「終着駅」を知らない人が聞いたとしたら、

誰もがシャンソンだと信じて疑うことのない程の出来である。

B面はアン・ルイスさんの「グッドバイ・マイ・ラブ」。

あまりの感動にパトリシアのLPを買いに走った。

忘れていたそんな思い出を甦らせてくれたのは『レコード・コレクターズ2月号』、

“コモエスタ八重樫のちょっと一服”のコーナーだった。

パトリシアとは何者?

LPのライナーノーツによると、

本名はパトリシア・ノーマン、あのグレッグ・ノーマンと親戚、なんてことはない。

当時、一部ではアラン・ドロンの新しい恋人かとのウワサがあったらしい。

なにはともあれ、彼女の日本の曲のカバーの数々は、

60年代のフレンチ・ポップスを思い出させてくれた。

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