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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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前回、“ヨコハマ”ソングのことを書いていたら、

アイドル・ソングの中に、なんかヨコハマものがあったことを思い出して、

ボクのレコード・ファイルの没コーナーをひたすら探した。

と、出てきたのは・・・、「YOKOHAMAジョーク」。

なんと、『踊る大捜査線』のすみれさん、深津絵里の歌手デビュー曲。

彼女がレコードを出していたことも知らなくて、

ジャケットにある発売日は88年10月21日、

彼女がJR東海のクリスマス・エクスプレスのCMに出ていた頃、

あのタツローの「クリスマス・イヴ」のやつ。

“ひと山いくら”で買ったレコードの中の1枚で、

一応すべてのレコードをチェックしたはずなのに、深津絵里とは気づかなかった。

この曲のこと、ネットで調べていたら、

またまたビックリの情報が出てきた。

このデビュー曲と同じ日に、彼女は別の名義でもう1枚のレコードを出している、という。

高原里絵、「マリオネット・ブルー」。

早速、中古店で検索し、早々に見本盤を手に入れた。

さて、聴き比べるゾ!

ウムム~、アップテンポなものと、バラード・タッチのもの、

特に感想はなし、なのですが、

ちょっぴり“掘り出し物”感のあるレコードだった。

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ちょっと昔のお嬢様たちのアイドル、ボビー・シャーマンの日本からの帰国第一弾、

“ボビーが日本での想い出を歌う”と銘打った、71年1月の「想い出のヨコハマ」。

歌詞の中に、♪~In the YOKOHAMA City Times~♪なんてあるから、

来日の際の横浜の想い出を歌ったものに違いない、と思っていた、最近までは。

実はこの曲、日本のみのシングル・カットで、

来日する前に録音されていた、らしい。

しかも、原題は「Oklahama City Times」だというから驚きである。

この日本盤、ジャケットの英文表記も、歌詞カードも、

レコード・センターのタイトル表記までも、すべてYOKOHAMAなのだから、

よっぽどのボビー・ファンでなければわかるわけはない。

第一、歌そのものも、何回聴いてもYOKOHAMAと聴こえる。

果たして、レコード会社の意図的な戦略なのか、

単なる間違いなのか・・・、そんなわけはないネ。

軽快で明るい、“アイドル”ボビー・シャーマンらしい曲ですよ。

さて、“ボビー”で“ヨコハマ”とくると、

ボクの頭に浮かんだもう1曲がある。

「ボビーに首ったけ」をカバー・ヒットさせたスーザン・モーンのデビュー・シングル、

61年の「Blue Night In Yokohama」=「ブルー・ナイト・ヨコハマ」。

いしだあゆみさんのは、69年の「ブルー・ライト・ヨコハマ」。

横浜の中華街の雰囲気を感じさせるエキゾチックな曲。

ボクは、A面の陽気なツイスト・ナンバー「ママはツイストが好き」が好き。

ちょっとレアな1枚なのです。

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吉田タクローさんとコンビを組んでいた作詞家、岡本おさみさん。

あまり表舞台には出てこない人なのでその頃は知らなかったけれど、

42年1月生まれだから、タクローさんより4歳年上、ボクより9歳も年上。

「旅の宿」ではまったく気にしていなかったけれど、

72年末頃の「おきざりにした悲しみは・・・」で、あれ?詩は誰かな?

大学生、生活感もないのにトンガッテいた頃、

♪~ 政治(まつりごと)など もう問わないさ

    気になることといえば 今をどうするかだ ~♪ なんてね。

そして、ザックリやられたのは、73年の「伽草子」、ではなく、

B面の「こんなに抱きしめても」、

♪~ まだ始まったばかりの君と

    もう終わりかけてるぼくだから

    まだ軽くなれない君と

    もう重さになっているぼくだから ~♪

別にこんな恋をしていたわけではないけれど、

この文学的な詞に共感し、グサッ!ときた。

ヘルパーをしていたユースホステルでこの歌ばかり口ずさんでいた。

ホステラーの女の子から、なんていう歌ですか・・・? なんて、

ああ、なつかしいね。

タクローさん好きはまだまだつづく。

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最近中古レコード店で手に入れた『無人島レコード2』を見ていたら、

キャスター、リポーターの小西克哉さんが選んだ1枚は、

ポール・サイモンのLP『There Goes Rhymin’ Simon』、

“ぶつぶつ呟きながらサイモンは行くよ”的な意味から、邦題タイトルは『ひとりごと』。

このLPと、「僕のコダクローム」を含む4曲入りのEPは既に紹介済みですが、

先日、めでたく「僕のコダクローム」のシングル盤をゲットしたことを思い出しました。

うれしいことに、B面はEPに入っていない「君のやさしさ」。

さて、話は戻って、『無人島レコード』、

あなたは、たったひとりで無人島に行くとしたら、どのレコードを持ってゆきますか?

こんなナンセンスな企画、ボクはとても好きです。

以前、ボクならボビー・ヴィーの「サヨナラ・ベイビー」だ、って書きましたが、

ポール・サイモンの「僕のコダクローム」もいいですね。

歌詞をよく聴いてみると、“Nikon”カメラも出てくるけれど、

サイモンは“ナイコン”って発音している。

シングル・コレクターの面子で、この1枚を、って思いましたが、

なにぶん無人島にひとりのこの危機的状況ですから、

宗旨替えして、ボクにもLP『ひとりごと』を持って行かせてください。

そうすれば、何よりも大好きな「夢のマルディ・グラ」も聴けるというもの、

この曲ひとつで、きっと楽しい無人島生活になりそうです。

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How do you do?

中学校では、アメリカ人やイギリス人と初めて会う時にはこう挨拶するのです、

日本語では“はじめまして!”、だって教えられましたね。

でも、これは丁寧な挨拶語で、ほとんど使う人はいないんだって!

Nice to meet you! でいいんだそうです。

オールディーズ・ファンなら、How do you do、と聞いて思い出す曲は、 

ジェリーとペイスメーカーズの「How Do You Do It」=「恋のテクニック」だと思いますが

72年にレコード店で偶然見つけて買ったのは「恋のハウ・ドゥ・ユー・ドゥ」、

ウィンドゥズというグループ名で、ジャーニーとピートのデュエット、

ヨーロッパで大ヒットしているとのフレコミでした。

なかなかいい曲だな、って思っていたら、

アメリカでは、オランダ出身のマウス&マクニールで最高位全米8位のヒット。

その上、少し後に見つけたのは、シルヴィ・バルタンがイタリア語で歌うもの、

なんとそのシングルのB面は、イタリアのデュオ、キャシーとガリバーが英語で歌うもの。

当時、すごい競作となっていました。

一応このレコードは昔から持っていたのですが、

最近になってシルヴィ・バルタン盤を買い換えたことから、思い出してしまいました。

そして、ボクが一番気に入っていたマウス&マクニール盤は、

見事に二つに割れていました。

ユーチューブで見ましたが、ダミ声のマウスと美しい声で可愛く歌うマクニール、

買い換えようかどうか、思案中です。

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“マシュマロ坊やとビキニ坊や”の、かけられなかった大切な曲、

今日は、”ビキニ坊や”ブライアン・ハイランドの巻。

それもまた、60年、彼のデビュー曲「いとしのローズマリー」。

ずっと昔に、「ベビー・フェイス」とのカップリングが珍しくて買ったアルゼンチン盤、

やっぱり傷だらけでノイズはあるものの、かけられないという程でもない。

Why? じゃあ、なぜかけなかったのか?

ブライアン・ハイランドの「ビキニスタイルのお嬢さん」はあまりにも強烈で、

続いて「ベビー・フェイス」をかけてしまうと、

ボクの大好きなティーンズ・ポップス・スタイルのこの「Rosemary」や、

国内盤「ベビー・フェイス」のB面の「我が心の天使」までも、

かけるタイミングを見失ってしまったわけなのです。

ジョニー・シンバルもブライアン・ハイランドも、

もしかしたら、“ベースマン”や“ビキニスタイル”がヒットしたことを

心からよろこんでいたのだろうか、

きっと彼ら自身は、ちょっと不本意でとまどっていたのではないのだろうか、

なんて、これもまたボクの勝手な評論。

というわけで、来月はこのティーンズ・ポップスをテーマにしました。

ちょっと地味で、ラジオでもあまりかからない曲たち。

そんなに大きくヒットしたわけでもないけれど、

10代の歌手たちが、60年代のティーンズの青春を歌う、

ボクの大好きな、ちょっぴり自慢のコレクション、

隠れた名曲を披露しましょう。

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先日のレコード・コンサート、

5月のテーマは“マシュマロ坊やとビキニ坊や”でした。

今回は、仕事の忙しさにかまけて、リストアップするのが間際になってしまいました。

曲数自体は十分にあったのですが、

ふたりの大切な大切な曲をかけることができまぜんでした。

大切な曲、とはデビュー曲と思しき曲のこと、

“マシュマロ坊や”ジョニー・シンバルの場合は、「Always, Always」。

ボクの持っていたシングルは、あまりにも状態が悪く、

ノイズの多さにボツにせざるをえませんでした。

そこで早速、eBayで買い換え、と相成ったのですが、

直前の対策では間に合わず、先週末になってようやく届いたという次第。

ボクのコレクションのポリシーが、

“原盤を持つこと”から“音のいいシングルを持つこと”に変わったことの弊害。

63年に「ミスター・ベースマン」でブレイクする前の、

自作の2曲、この「オールウエイズ・オールウエイズ」と「いとしのバニー」

15歳のジョニーくんのティーンズ・ポップスで、

ボクはメチャクチャ好きです。

もう1枚、日本でだけのヒット曲「僕のマシュマロちゃん」につづいての1枚は、

64年「噂のあの娘」。

チャート・ヒット曲のパターン、ロニーおじさんの低音イントロから始まるけれど、

次第に「ミスター・ベースマン」以前のティーンズ・ポップスに戻ろうとしている、

そんなジョニーくんの葛藤を彷彿とさせる一曲です。

一度迷い込んだヒットの思い出を忘れることができず、

本来の自分を見失ってしまう、

そんな、人生によくあるパターン、

そんな彼の青春を思い、涙なくしては聴けない曲のひとつだと、

これは、ボクのまことに勝手な評論なのです。

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ふと思いついて、家内がお弁当を作って、

たまにはピクニックもいいね。

なんて、ゴールデン・ウィークの一日は本当に楽しいひとときでした。

もちろん、そこに欠かせないのは孫娘。

彼女の成長は著しく、

長い長いすべり台やら、草の斜面でのソリ遊びなど、もうひとりでチャレンジ、

写真もいっぱい撮りました。

その写真はいつものように、パソコンと携帯電話の待受けにして、

本当におじいちゃんとおばあちゃんしているのです。

ピクニックのさなか、ボクの頭の中にずっーと流れていたのは、

74年のガロ「ピクニック」。

♪~ アァーアァー アー

   君は靴をぬいで はだしで駈けるよ

   木漏れ陽がゆれてる 丘の上をひとり

   街で見るよりも ウラララ

   子供に見えるよ ウラララ

   君の無邪気な姿を はじめて見つけた ~♪

ワケあって、4月以降忙しくなって、

ブログの回数も減りつつあるのですが、

孫娘と過ごす時間は減らないようにと・・・。
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少し前に書いた洋楽の邦題ネーミングのことを考えていたら、

おもしろいことを思い出した。

“おもしろいこと”って、最初に言ってしまったらハードルが高くなるから、

お笑い芸人には、このフリはタブーだけれど、

ボクは素人だから、まぁいいか!

ボクが中学生だった1964年、最大のニュースは東京オリンピック。

その影響は、洋楽の邦題ネーミングにまで及んでいた。

大滝さんのナイアガラ・トライアングルのヒントになった

コルピックスのティーンエイジ・トライアングルのひとり、

ジェームス・ダーレンの「Pin A Medal On Joey」は、

いうなれば“ジョーイにメダルを”って感じのタイトルなのに、

“メダル”って単語が入っているからか、邦題は「恋の金メダル」。

これはまだ許すとして、

ジョニー・ティロットソンの「I Rise I Fall」は、

“起きている時も寝ている時も”って感じなのに、

よりによって「恋のウルトラC」。

挙句の果てには、サンディ・ショウが歌う悲恋の歌、

「(There’s) Always Something There To Rimind Me」は、

ボクがつけるとしたら、さしずめ“思い出すたびに”というところを、

「愛のウエイトリフティング」、だというのですから・・・。

いったいどこが“重量挙げ”なのでしょう。

果たして2020年や如何に!

P.S.

ティーエイジ・トライアングルの後ふたりのメンバーは、

シェリー・フェブレーとポール・ピーターセンなのです。

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以前に“その後のモンキーズ”について書いた時、

重要な1枚のシングルが欠けていた。

68年暮れにピーターが脱退して3人になったモンキーズ、

デビュー曲「恋の終列車」とそっくりな「涙の街角」を出した後、

満を持してリリースしたのはマイクの自信作「すてきなミュージック」だった。

マイクの得意なカントリー・ロックながら、

ホーン・セクション入りの大編成バンドをバックに、

マイク・ネスミスはゴキゲンに歌う。

この時、もう既に彼のファースト・ナショナル・バンドは始まっていたのかもしれない。

マイクはこれを最後にモンキーズを去るのである。

B面は、ロジャー・ニコルスとポール・ウイリアムスの「サムディ・マン」、

歌うはデイビー・ジョーンズ。

デイビーといえば、「涙の街角」のB面「夢のない男」も忘れられない。

この曲の作者はキング&ゴフィン、

彼らはデイビーがモンキーズになる前の65年10月、

デイビッド・ジョーンズに「チェルシーから来た少女」を提供している。

持ち前の可愛らしい声が魅力のティーン・ポップスである。

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時々ボクのブログのテーマになる洋楽の邦題の話。

このグループ、この曲自体はボクのコレクションの範疇ではなかったのですが、

あまりにも有名で、あまりにも斬新な邦題ネーミングなものですから、

ずっーと気になっていたのです。

そんなレコードの国内盤シングルとごく最近出合ったものですから、

ブログ用にと、戯れの購入となったのです。

70年代の曲だから、コレクションに入れてもいいか・・・、

という妥協の代物だったのですが、

あらためて聴いてみるとなかなかいいものですね。

前ふりがあまりにも長くなったこの曲とは、

ブラスロックの雄、シカゴの70年全米4位、「25 Or 6 To 4」。

直訳すると、“午前4時の25、6分前”、

歌詞の内容は、あれこれ考えて眠れないまま午前3時34、5分になってしまった、

という、ただ単に眠れない夜のことを歌っているだけ。

だから、邦題は、「長い夜」。

いやぁ、あっぱれ、でかした、甘茶でかっぽれ!

「長い夜」、といえば、日本人には松山千春です。

シカゴのこのヒット曲を知ってか知らずか、

こちらは81年のヒット曲。

ボクのブログのテーマとしてよく取り上げる“同名異曲”、

というわけで、このシングルも急遽購入と相成りました。

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