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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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久しぶりの東京は、小雨でめちゃくちゃ蒸し暑かった。

“ムシ”はWorm(ワーム)で、“暖かい”はWarm(ウォーム)、

“蒸し暑い”って言葉にそんなことを思ってしまいましたが、何の関係もない。

さて、昨日は東京出張二日目、横浜の新聞博物館へ行ってきました。

東京への帰り道、昔通っていた中古レコード店を思い出して、突然の寄り道。

昔はここの周辺に、この店の支店がいっぱいあって、

お気に入りの邦楽シングルの店やら、LP店やら、

俳優やサウンドトラックに特化した店舗、新宿にはやっぱりお気に入りの洋楽の店、

僕の中では一世を風靡していた中古店のひとつだった。

今どのようになっているのかな?って興味があったけれど、

今では1店舗だけになっていて、シングル盤の数も少なかったし、

ボクの時間もなかったので、ちょっと覗いただけで帰って来た。

さてさて、この店で昔買ったレコードで、まだブログに登場していないもの、

そんな高いハードルをクリアしたのがこの1枚。

「上を向いて歩こう」の翌年62年にリリースされた六八九コンビの名曲、

「一人ぼっちの二人」。

そんなに有名じゃないから、それ以後もなかなかお目にかからない。

もう1枚、六八九コンビによる異色の一曲も紹介します。

六八コンビがオランダへ行った記念に作った、と聞いたことがある一曲、

「ミーケとマライケ」、オランダの女性によくある名前なんだそうです。

今度は東京へレコード店巡りに行くゾ!と決心したボクでありました。

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昨年の6月、“探しているシングルはなかなか見つかりません”と書いた、

そんな1枚を今月初めにようやくゲットしてしまいました。

eBayでSave Searchかけていたら、待望のシングルがリストに・・・、

我が目を疑いましたが、

これはまぎれもなく、10年、いやそれ以上待ちに待った1枚ではありませんか!

その上、Buy It Now、早い者勝ち!です。

30ドル+送料8ドル、3,990円のお買い得。

大好きなクリス・ジェンセンの「Busy Signal」、

邦題「つれない電話」、61年の発売です。

早速書きたかったのですが、

今や死語と化した“つれない”なんて言葉に、思い出した曲がありまして、

昨日近くの中古店でその1枚を見つけたものですから、今夜のお目見えとなりました。

その1枚は、イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」、

この、松本隆・細野晴臣の佳曲の中に、

“こんなに好きなのに、つれないナァ~ なっ!”ってセリフがあったものですから・・・。

あいにく歌詞カードには書いてませんでしたが、確認したら確かにありました。

さてさて、クリス・ジェンセン、Save Searchで引っかかったもう1枚、

60年の「Your Daddy Don’t Like Me」、

日本でも発売された、邦題「お前のパパに嫌われた」もナイスな1枚、

“行きがけの駄賃”でした。

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日本では、フランス・ギャルの「夢みるシャンソン人形」の英語カバー、

「A Lonely Singing Doll」でおなじみのトゥインクルちゃん。

トゥインクルちゃん、なんて言ってしまいましたが、

1948年生まれ、だからボクより年上。

本名はリン・アネット・リプレイ、イギリスのシンガー・ソングライター・アイドルなのです。

英語版「夢みるシャンソン人形」の4曲入りEPはボクの大切な1枚で、

65年のリリース。

オリジナルのフランス・ギャル、日本語の中尾ミエと並んで、

ボクの好きな“シャンソン人形3部作”。

その上、このEPは、彼女の2枚目の自作シングル曲全英21位「Golden Lights」と、

アップテンポのアイドル・ソング「Ain’t Nobody Home But Me」と、

やっぱり自作のアイドル・ソング「Unhappy Boy」の豪華絢爛カップリングです。

さて、彼女のデビュー曲にして一番のヒット曲は、64年全米4位「Terry」、

この、邦題「すてきなテリー」は、彼女が16歳の時の作品、

少年のバイクによる事故死をテーマにしたもので、

アイドルらしからぬ衝撃的な歌詞が話題になったのだとか。

B面は一転、ボクの好きなアイドル・ソング「The Boy Of My Dreams」。

僅か2年余りで姿を消したトゥインクル、

ボクの心に残る“リトル・スター”なのです。

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先日の北海道出張の帰り道、飛行機の中で思い出していたのは、

前に札幌へ行った時に見つけた2枚のレコードのこと。

中学生の頃よく口づさんでいた歌のレコードが欲しくて探していたけれど、

ずっと長い間出合わなかった曲は、藤島桓夫さんの「月の法善寺横丁」。

大阪へ行く度に、難波や心斎橋周辺の中古店で一生懸命探したけれど、

なかなか見つかりまへんでした。

なのに、遠い遠い北海道の札幌の中古店で見つけたのだから驚きでした。

ついでに、ロス・プリモスの「ラブユーいとはん」まで一緒にありました。

ボクのコレクション棚では歌謡曲は差別されていて、未だ未整理なので、

帰ってから探し出して、今夜のお披露目となりました。

♪~ 包丁一本 さらしに巻いて 旅へ出るのも 板場の修業 ~♪

いいですね。

その上、このセリフ、

“こいさんがワテを 初めて法善寺へ連れて来てくれはったのは・・・”、

ええなあ。なつかしいわぁ。

前にも書きましたが、“こいさん”はお店(たな)の3人姉妹の末っ子のこと。

「ラブユーいとはん」の“いとはん”は長女のことなのです。

いとはんは美人で賢くてしっかりしている、こいさんは可愛くて甘えっ子で世間知らず、

というのが浪花のドラマの定番なのでした。

次に北海道に行った時には、ぜひあの中古店を訪ねたいものです。

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オールディーズの楽しみ方のひとつは、

名曲のカバー・バージョンを楽しむこと。

てっきりオリジナルだと思っていた曲が実はカバーだったり、

埋もれていたオリジナル曲を発掘してカバーしたものが大ヒットしたり、

そんなことは“日常お茶めしごと”=日常茶飯事。

大ヒットした曲のオリジナルをコレクションする、というのは定番ですが、

ボクはその上に、大ヒット曲をカバーしたけれどヒットしなかった、

なんて曲を、レコードを、集めるのも大好きなんです。

たとえば、日本で、ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」をカバー・ヒットした人、

アンディ・キムが、同じパターンでカバーした、

“ベイビー・シリーズ第二弾”ってふれこみの「ベイビー,アイ・ラブ・ユー」。

でも実は、アメリカではこっちの方が1年半も前の69年のデビュー曲なのです。

しかも、「ビー・マイ・ベイビー」より上位の全米9位の大ヒット曲。

B面もカバー曲、「恋のフェニックス」はグレン・キャンベルの出世作。

もう1枚は、“堕ちたアイドル”レイフ・ギャレット、

たのきんの、としちゃんの、「哀愁でいと」の元歌「ニューヨーク・シティ・ナイト」の、

レイフ・ギャレットのカバー盤は、ヤング・ラスカルの№1ヒット「グルービン」。

80年の発売、確かに清々しく歌っていますが、ラスカルズと比べては気の毒かな。

ボクはB面のビーチ・ボーイズの「ファン・ファン・ファン」のカバーの方が好きです。

晩節を汚さなければ、もう少し評価が高かったのでは、なんて思ってしまいます。

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長らくのご無沙汰でした。

昨日まで2泊3日の北海道出張でした。

松山から羽田経由で初めての函館へ、1日目は会議と懇親会、

2日目は雨の中のゴルフ、そして札幌へ移動して懇親会、

3日目は社会見学、夕方新千歳空港から羽田経由で松山へ、という強行軍。

函館はあいにくの雨、ただTVによると札幌以東は大雨で交通障害も、

それに比べたら少しましだったのでしょう。

函館では不漁のためイカは食べられませんでしたが、カニ三昧。

函館より車で40分のゴルフ場から札幌へは貸切バスで4時間弱、

北海道ってどれだけ広いのでしょう。

2日目も雨でしたが、ゴルフができたのですから問題なし。

札幌ではジンギスカンの食べ放題、加減はしましたけど、ちょっと太ったようです。

札幌の自動車信号は縦長で、信号機に雪が積もらないように、ですって。

というわけで、BGMは「たどりついたらいつも雨ふり」、

86年、あのうじきつよしのKODOMO BANDのバージョンです。

もちろん吉田拓郎さんの曲で、オリジナルはモップス。

タクローさんのセルフカバーは『元気です』で聴きましょう。

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さて、忘れないうちに・・・。

先日、「シー・ユー・イン・セプテンバー」や「アイ・ガット・リズム」をヒットさせた

ハプニングスのことを書いたけれど、

これらのレコードは完全に後追い購入。

ボクが初めてハプニングスを知ったのは、

彼らが本国アメリカのヒット・チャートから忘れられかけつつあった69年、

日本でのみシングル・カットされた(と思われる)「涙のくちづけ」を聴いた時。

このブライアン・ハイランドのヒット曲の多くのカバーの中でも、

彼らのカバーは異彩をはなっていた。

彼らがフォー・シーズンズと同じニュージャージーの出身が故か、

あるいはプロデュースしたのがトーケンズだからなのか、

強烈なファルセットをフィーチャーしていた。

ファルセット好きのボクとしては見逃すわけにはいかない1枚だった。

当初4人だったハプニングスも69年には5人になっていたけれど、

また、このレコードのライナーノーツには5人組となっているけれど、

この曲を録音した頃はまだ4人だった、というのがボクの研究結果。

そして、次に買ったハプニングスは、71年の「君と僕とは雨の中」。

原題は「Lullaby In The Rain」、

これは完全にタイトル買い、だったけれど、

やっぱり見事なファルセットで、その上、雷のSEが入っていて、

Lullaby=子守歌だなんて、相当無理がある。

そして、これもまた、フォスターの曲をアレンジしたものだという。

彼らにはまだまだ多くのスタンダード・ポップスのカバー・ヒットがあるし、

彼らのオリジナルはないのか?など、まだまだ研究半ばなのだけれど、

深入りはやめておこうと思う。

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わが町松山では、夏目漱石が“マッチ箱のような汽車”と書いた汽車が、

復元されて2001年から市内電車として運行されている。

But、ボクはこの“坊ちゃん列車”に一度も乗ったことがなかった。

これこそまさに、紺屋の白袴。

そして、つい先日、松山に来られたゲストの方をおもてなしするために、

いつも見慣れたこのディーゼル機関車に乗ることができた。

なかなか感動的な体験、

このことを書きたくて、関連するレコードを探したものの、あるわけもなし。

というわけで、引っ張り出したのは、

「アー・ユー・ロンサム・トゥナイト?」=「紺屋はひとりかい?」???

1926年に作られ多くの人にカバーされたこの曲、

プレスリーでおなじみのこの曲ですが、

紺屋は、イヤ、今夜は、74年全米14位、ダニー・オズモンドでお届けします。

かなり苦しい選曲でしたが、今夜はこれでお許しを・・・。

これで紺屋のボクは、ようやく袴の片方の足を染めることができましたが、

もうひとつ、44年間も松山に暮らしていながら、

一度も道後温泉本館に入ったことがない、という袴の片方も、

もうそろそろ染め上げなければ、と決心したのでありました。

P.S. 書き終わった途端、もう1枚、それらしいレコードに気づきました。

     68年、舟木一夫さんが歌う「オレは坊ちゃん」、

     まだ聴いたことはありませんでしたが。

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ハプニングス、と言えば、日本ではボクの大好きなハプニングス・フォーのこと。

でも、そのハプニングス・フォーよりも結成は早く、

ヒット・チャートへの本格デビューも1年早いグループが、

このハプニングスである。

日本で大人気となったレターメンのように、

ハーモニーで聴かせるポップス・グループでありながら、

アメリカではレターメンよりチャート上位曲をもちながら、

なぜか、日本ではあまり人気が出なかったですね。

彼らが本格的にレコード・デビューしたのは66年7月、

59年のテムポスの「シー・ユー・イン・セプテンバー」をカバー、

その美しいハーモニーで、8月に全米3位のヒットを記録した。

そして、有名なヒット曲やスタンダード・ナンバーを、

抜群の選曲センスとアレンジでカバーする、というパターンでヒット・チャートを席巻。

67年5月、今度はガーシュインのジャズ・スタンダードをカバー、

その「アイ・ガット・リズム」でまたもや全米3位のミリオン級ヒットを記録した。

ドゥワップ・グループとしてスタートしたが、ポップス路線に転換して成功、

フォー・シーズンズにも似ている。

とはいえ、この当時、ボクはまだ彼らのことは知らなかった。

ボクと彼らの曲との出合いの物語は次回のお楽しみ・・・。

(そんなに期待感をあおれないことは承知の上で)

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