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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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これまで18回に亘って“カルトGSの名曲”シリーズを展開しましたが、

今回は、ちょっと違ったパターンで、GSのカルト曲を披露します。

このレコード、長年探し求めてようやく最近手に入れることができました。

多くのGSが衰退した70年のリリース、

ズー・ニー・ヴー、4枚目のシングル「ひとりの悲しみ」。

作詞・阿久悠、作曲・筒美京平、この黄金コンビながら不発に終わった1枚。

♪~ あしたが見える 今日の終わりに

    背伸びをしてみても 何も見えない ~♪

安保闘争で挫折した青年の孤独を歌った、というこの曲は、

1年後、阿久悠先生がまったく別の詞をつけて甦った。

♪~ また逢う日まで 逢える時まで

    別れのそのわけは 話したくない ~♪

ご存知レコード大賞曲、尾崎紀世彦「また逢う日まで」である。

この2曲に共通する歌詞は、

♪~ なぜかさみしいだけ なぜかむなしいだけ ~♪だけであった。

おかげで、「ひとりの悲しみ」のシングルは、

「また逢う日まで」の原曲として、

中古市場でこんなに高値をつけることとなったのでした。

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1枚1枚のレコードそれぞれに、コレクション・ストーリーがある。

どこで出合ったのか?なぜ欲しかったのか?どこが好きなのか?

そんなことを書きたくてこのブログは続いているのです。

そんな意味で、今夜の1枚は印象深い至極の1枚なのです。

前に書きましたが、ボクの大好きなエジソン・ライトハウス、

というよりトニー・バロウズというセッション・シンガーに魅せられて、

昭和の終わりの頃に出合った、心揺さぶる1枚があります。

71年の「涙のハプニング」、タイトルも好きなフレーズで、

レコード・ジャケットもオールディーズしている。

ところが、ライナーノーツによると、

この時のエジソン・ライトハウスにはトニー・バロウズはいなくて、

3代目エジソン・ライトハウスだという。

聴いてみてびっくり、イントロが「あずさ2号」しているではありませんか!

イントロや歌間のマンドリン、駆け巡る軽快な歌声、大好きになりました。

イメージとして「あずさ2号」だって思っていましたが、

この度、確かめたくて、狩人の「あずさ2号」を買って来ました。

ちょっと違う感じですが、『イントロ、ドン!』なら間違ってしまいそうでもありました。

気になる3代目エジソン・ライトハウスのリード・・ヴォーカルは誰か?

ポール・ヴィグラス、という人らしい、

・・・・・・、あのヴィグラスとオズボーンのヴィグラスか?

72年「秋はひとりぼっち」は、ロマンチックな秋のテーマソング、

もちろんコレクションにありますよ。

ゆっくり見たら、あたらしい発見、B面のタイトルにぶっ飛んだ!

「地球を救える者はどこにいる」って言うんですから。

「Men Of Learning」=“学者”、の邦題としてはすごいセンスです。

アメリカではAB面逆だったそうです。

もっと語りたいことはいっぱいあるのですが、今夜はこの辺で。

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来月のレコード・コンサートのテーマは“外国人が日本語で歌った曲”、

今日からリストアップを始めました。

まず目についたのは“遅れてきたイエイエアイドル”ダニエル・ビダル。

早速、彼女の日本語の歌を順に聴くことに・・・。

70年、デビューからの2曲の日本語バージョンのカップリング。

「天使のらくがき」の歌詞はK.Maya、って誰?

サビのシメ♪~つぎはあなた~♪の“あ”が“は”に聞こえます。

「カトリーヌ」の歌詞はK.Iguchi、これも誰?

スローな曲調のためか、日本語がとても分かりやすい。

概して日本語がとても上手だと思います。

同じ70年の「チャオ・ベラ・チャオ」は、

タイトルから生粋のフレンチ・ポップスと思いきや、

これは日本語のオリジナル曲、なかにし礼・鈴木邦彦作品です。

フレンチの香りを廃した歌謡曲で、ダニエルに新境地を・・・、

なのでしょうけれど、今となっては特に論評もありません。

71年の「ピノキオ」の日本語バージョンは、

フレンチ・ポップスと日本語が見事に融合したアイドル・ポップスです。

歌詞はT.Satsuma、ってこれも・・・?

♪~ピノキオ~♪が“ピ農協”と聞こえてしまうのは、

その昔ボクの父が農協に勤めていたせいなのでしょうか?

と、今夜はこの辺で。

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GSが続いて申し訳ありません。

タイガース、69年の「スマイル・フォー・ミー」、

ビージーズが提供した曲として有名ですね。

当時としてはジュリーには珍しいスロー・バラードで、歌詞は全部英語、

「Smile For Me」というやさしいタイトル、さわやかに聞こえる曲調、

愛の歌かと思いきや、その実メッセージ・ソング、反戦歌なのです。

『ヒューマン・ルネッサンス』の「朝に別れのほほえみを」や「忘れかけた子守歌」と同様。

この歌は、ジュリーではなく、トッポが歌う方が似合っていると思いますが、

この頃すでにトッポはいなくなっていたので無理な相談というものです。

B面の「淋しい雨」の方がジュリーっぽいと思います。

さて、今夜書きたかったのは、タイガースはタイガースでも、野球の方の話。

タイガース・ファンのボクでも信じられないようなジャイアンツ4タテ、

やってくれました!

でも、書きたかったのはこのことではなく、胴上げをしなかったこと。

“セ・リーグのチャンピョンはあくまでも巨人”、

と、監督インタビューで控えめに語ったことで、

クライマックス・シリーズで勝ったとはいえ、本来のチャンピョンに敬意を表して・・・、

という、関西には珍しい謙虚な姿勢に感心しました。

この、胴上げなし、本当にいいですね、

ボクは好きですよ、この天邪鬼なやり方、それこそ大ホームランです。

このことを書きたかったための、タイガースでした。
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65年頃に登場した“グループサウンド”と呼ばれたブームは、

67年、68年にピークを迎えたけれど、

翌69年にはメンバーの脱退やグループの解散が相次ぎ、

急速に人気は下降した。

それでも、いくつかのグループは細々と活動を継続していたが、

71年には完全に終焉するのである。

ここに、その象徴的なレコードがある。

70年12月にリリースされた、オックスのラスト・シングル、

タイトルは、「もうどうにもならない」、B面は「ふりむきもしないで」。

このレコードが発売された頃、ボクは大学生で、

もうGSに興味を失っていたこともあって、

ずっとあとになって、このレコードを知った。

歌自体はボクの好きだったGSの曲らしくもなく、

コレクションに加える必要もなかった。

しかし、ブームを代表する、あのアイドルGSオックスのラスト・シングルであり、

何よりも、ブームの終焉を象徴するこのタイトル、

そうなのです、ブームの終わりは「もうどうにもならない」ところまで来ていたのです。

何という“逆エポックメイキング”、価値ある1枚。

メンバー5人が並ぶジャケット写真にも心なしか哀愁感が漂う。

ただひとり、69年に赤松愛に変わって加入した左端の田浦幸(後の夏夕介)だけが、

明るい未来を見据えているように感じたのはボクだけなのだろうか。
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大好きなグループ、カスケーズ。

だから、カスケーズのレコードを見つけたら当然買います。

いつのことだったか、中古セールで見つけて買ったのは、

カスケーズ、「インディアン・リバー」。

でも、ジャケット写真は大好きなカスケーズとは少し違うような・・・、

そんな違和感を感じながらも、買わないわけにはいきません。

なんということでしょう!

あの大好きなカスケーズとは思えないような複雑な曲、

その上、コーラスは、♪~ナンミョウホウレンゲキョー~♪の繰り返し。

タイトルの“インディアン”はアメリカ・インディアンではなく、インドなのですね。

“インドの川”なのでしょう。

歌詞カードには、“Nam yo ho-rin gay-cure”ってあります。

「インディアン・リバー」のカスケーズは、

ボクの好きなカスケーズと同じグループなのですが、

この曲は69年の作品、だから、ジョン・ガモー脱退後のカスケーズ。

作者のクレジットもG.Lapanoってありますから、

ボーカルがゲイブ・ラパーノに変わってからの曲なのでした。

と、ここで、思い出したのは高校3年生の時の体育祭、

我がクラスの旗に書いたのは“南無阿弥陀仏”、

ボクが旗手として入場行進している写真がありました。

南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏の明確な違いはわかりませんが、

なぜあの頃、南無阿弥陀仏を旗印にしたのかも忘れてしまいましたが、

それは、「インディアン・リバー」発売に先立つ68年のことでした。

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先日、“木ノ葉のこ”のことを書いた時、

とっさに思い出したのは、“木の実まこ”。

全然違うけれど、どこか似ている、

なんて書いたところで、こんな歌が口をついた・・・。

♪~ あなたにささげた 言葉のなかに

    嘘はないけど 何か気になる ~♪

70年、北山修・加藤和彦の「初恋の人に似ている」、byトワ・エ・モア。

さて、本題に戻って・・・、

木の実まこ、彼女のデビュー曲にしてラスト・シングルとなったレコードが、

どこかにあるはず・・・、東京の中古店で見つけて買ったやつが。

お姉さんの木の実ナナの隣にファイルしていました。

74年、「あこがれ」、お姉さんとはまったく違う完璧なアイドル・ソング。

実はボク、B面の「好奇心」の方が大好き!

後のアイドル、大場久美子そっくりのイメージ、

いい感じでオールディーズしているのです。

「好奇心」、って言ったら、75年、黒木真由美のデビュー曲でしょう。

でも、まったく違う曲ですよ、念のため。

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家内が入院中の一週間、炊事、洗濯をやってみるとタイヘンさがわかる。

夕食と朝食、作ることは煩わしくないけれど、

メニューを考えて買物することが煩わしい。

洗濯、洗濯機がやってくれるから煩わしくはないけれど、

干すのと“とろえる”のがちょっと煩わしい。

それと、ひとりだと夜ふとんに入る時間が早くなる。

ボクのベッドの枕元には、レコード・プレーヤーが3種類ある。

左側のCDレコーダー付ステレオは、レコードとCDと、AMラジオ用に、

右側の一体型ステレオは、SPレコードとカセットと、FMラジオ用、

そしてその上に置いているのは、レコードをMP3にデジタル録音できるプレーヤー、

機能は同じようなものだけれど、

自分なりのこだわりで、三台三様に使い分けている。

寝る前には音楽雑誌を読みながら、1~2ページ読んだところでバタン・キュー。

早く寝るものだから4時台には目が覚める、

もう一度眠ろうと思うがムリなのでラジオをかける。

AMの早朝は宗教番組の連続、

まあ、それはそれで、ラジオはいいね、情景が目に浮かび、イメージが広がる。

「イマジン」の世界だね。

というわけで、ラジオ好きのボクが“タイトル買い”した1枚、

79年全英9位、全米R&Bチャート28位、ダンスチャート7位の一曲、

エドウィン・スターの「ハッピー・ラジオ」。

70年の全米№1「War/黒い戦争」も持っていないのに、

こんな曲だけ“タイトル買い”してしまったのでした。

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今の時代でもよくあることではあるけれど、

人気の出た子役をレコード・デビューさせることはよくある。

特に集めているわけではないけれど、

ボクのコレクションの中から、子役たちのレコードをピックアップした。

まずは、『小さな恋のメロディ』のマーク・レスター、

71年13歳の時のレコード、「マークのシャ・ナ・ナ」。

B面は「マークのさよなら東京」。

これはもう、完全にマーク・レスターの日本での人気を当て込んだ企画盤、

AB面とも日本語で、日本語だって、歌だって、決して上手いとは言えない。

もっと小さい子たちのレコードもある。

70年7歳でデビューしたジミー・オズモンドくん、

デビュー曲は「ちっちゃな恋人」だけれど、

同じ年の暮れ、またまた日本語のレコードを出した、

「チュク・チュク」、なんのことやらまったくわかりません。

女の子だって・・・、日本ではそんなに有名ではないけれど、

イタリア系スコットランド人のリーナ・ザバローニちゃん。

74年の10歳でのデビュー曲は「ママ、恋かしら」、

こちらはちょっと本格的で、全英10位、全米91位なのでした。

まだまだあると思うのですが、今夜はこの辺で。

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オールディーズをコレクションしていると、

いかにもオールディーズらしいタイトルにハマってしまう。

悲しき・・・であったり、涙の・・・であったり、恋する・・・であったり、

そんなタイトルを見つけたら、これはもう買わずにいられない。

さて、そんな意味では、こんなタイトルの宝庫というべきグループがあった。

日本人なのに、顔に靴墨を塗って、ドゥワップ・コーラスを演る、

衝撃的なデビューだった。

そう、シャネルズである。

有名な曲はさておいて、

81年11月、ベスト・アルバム発売時に、

初のクリスマス・ソングとして、唯一新たに録音された曲が「胸騒ぎのクリスマス」、

その非売品プロモート・シングルがある。

B面のタイトルは「夢みる16歳」。

この時、シャネルズは“Chanels”だった。

82年3月、6枚目のシングルは「憧れのスレンダー・ガール」、

B面は「渚のスーベニール」。

この時、シャネルズは“SHANELS”だった。

82年11月、9枚目のシングルは「週末ダイナマイト」、

B面は「涙でハッピー・バースデー」。

この時、シャネルズは“シャネルズ”だった。

そして、この曲を最後に“ラッツ&スター”と改名するのである。

RATS & STAR、右から読んでも・・・、左から読んでも・・・、なのである。

オールディーズのカバーのような、これらのタイトル、

すべて、メンバーによる作品、オリジナルなのであった。

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