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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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♪~ ボクらはティーン・カップル

    セーターとジーパンで お金なんてないけれど

    心にゃ恋がいっぱい

    過ぎ行く年の思い出と 新しい年への夢がある

    大晦日の真夜中の12時に

    あなたは指環を贈ってくれた ~♪

63年、ポールとポーラの「ふたりの指環」、

原題は「A New Year, A New Ring」。

えっ、そんな歌、知らないよぉ~、なんて聞こえてきそうですが、

それもそのはず、

コニー・フランシスの「想い出の冬休み」と並んで有名な、

冬休みを歌った彼らの代表曲「夢のハッピー・ホリデイ」のB面曲。

明るくリズミカルな「夢のハッピー・ホリデイ」と対極の、

彼らお得意の愛のバラードです。

高校生の頃、年越しは必ず田舎で家族と一緒でしたが、

冬休み、帰省する前に、下宿でひとりの夜に、このふたつの曲をかけて、

オールディーズ・ポップスを楽しんでいたものでした。

久しぶりにその頃のことを思い出しながら、

「想い出の冬休み」の弘田三枝子バージョンも共に、

紅白をBGMに、冬休みの歌を楽しんでいます。

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カルトGSの名曲シリーズ、満を持しての登場は、

“その10”で取り上げた、“よい子のGS”ポニーズのセカンド・シングル。

当時はどうってことない曲だと思っていたけれど、

10年程経って聴き直してみた時、こいつはすごいや!ってなった曲がある。

68年12月のリリース、B面曲の「アガナの乙女」。

あの浜圭介の曲にグァム島の伝説の詞をつけたのは湯川礼子さん。

デビュー・シングルのローティーン向けのようなポップスから一転、

この曲はすごい!

英詩をつけてアソシエイションにでも歌っていただければ大ヒットしたかも・・・、

なんて思ったのはどうやらボクだけではなさそうだ。

ネット・サーフィンしていたら同好の士の書き込みを見つけた。

シタールの音色はサイケデリックっぽさも漂わせている。

A面「雨降る街角」も湯川礼子・浜圭介で、こちらはポニーズらしいポップス。

それにしても、可愛い名前やこのルックスに似合わない「アガナの乙女」、

誰かカバーしてくれないか!

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今日はクリスマス、と言っても特別なことは何もなし。

今年最後のクリスマス・レコードは『クリスマス・デート』、

テーマは、ティーンズのクリスマス。

ボクの愛聴CD『ポップン・クリスマス・フォー・ユー』に3曲も収録されている、

63年の、ポールとポーラのクリスマスEPです。

一番のお気に入りは「ジングル・ベル・フーテナニー」。

定番「シングル・ベル」をティーン・エイジ・ワールドに改作したもので、

心ウキウキ、楽しいクリスマス・ソングに仕上がっています。

残りの「ホワイト・クリスマス」も、「ブルー・クリスマス」も、「シングル・ベル・ロック」も、

さわやかで、ほのぼのとした雰囲気、

ティーンズのクリスマス・シーンが目に浮かぶようです。

でも・・・、ボクの中学生や高校生の頃のクリスマスを思い出そうとしても、

まったく思い出せない、

ボクがティーンズの頃、クリスマスをどうして過ごしていたのか、

まったく記憶がないのです。

60年代の日本がそうだったのか、ボクだけがそうだったのか、

うちが真言宗だったからなのか、特別なイベントではなかったのでしょう。

そんなことを思いながら、今年のクリスマスは更けてゆくのであります。

とりあえず、誰に言うともなく、メリー・クリスマス!

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いよいよ近づいてきたクリスマス、

毎年のイベントは、クリスマス・プレゼントを持って、サンタの衣装を着て、

孫娘のところへ行くことでしたが、

今年は孫娘が我が家に来て、ちょっと早いクリスマスとなりました。

“松山のおじいちゃんとおばあちゃん”からの今年のプレゼントは、

『レゴ・ディズニープリンセス・シンデレラの城』。

早速、彼女が作るのを手伝うことに・・・、

小さな部品がいっぱいで、どうなることかと思いましたが、

説明書に従ってボクがナビしながら、彼女が作り出しましたが、

案外やるものです、彼女の著しい成長に目を細めながら・・・。

わ~ぁ、カワイイ!、彼女は大感激で・・・。

というわけで、完成したシンデレラの城をパチリ!

さて、今夜のクリスマス・ソングは、70年、ジミー・オズモンド、

「ジミーのジングル・ベル」と「ママがサンタにキッスした」。

歌手というより、外国の子供たちはこんな感じで歌っているんだな、

そんなことを感じさせる1枚でした。

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今夜のクリスマス・ソングは、とても賑やかで大騒ぎ、とても楽しい一曲です。

「I Wish It Could Be Christmas Everyday」、

“毎日がクリスマスだったら”なんて、歌い上げているのはウィザード。

リードボーカルはイギリスの奇才ロイ・ウッド、

レコード・センターには、聖歌隊や子供たちがバックで歌っているという

詳しい情報が満載。

ロイ・ウッドという人は、67年にはロック・バンド、ムーブを結成、

72年にはジェフ・リンとエレクトリック・ライト・オーケストラを結成するが、

すぐに脱退して、73年に結成したのがこのウィザード。

ボサボサの長髪、奇抜なメイクのいかついビジュアルに似合わぬポップな歌声、

この曲は73年に全英チャート4位を記録した。

その後も、81年、84年、そして07年から今年まで毎年全英チャートに登場、

どこかの国の「クリスマス・イヴ」みたいですね。

ボクのコレクションは非売品のデモ・レコードで、

おしゃれなピクチャー・スリーブに収納されています。

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大正11年、

糖尿病患者に世界で初めてインスリン投与が行われた年、

江﨑グリコが設立された年、

エジプトが独立した年、

ヤンキー・スタジアムが起工された年、

イタリアでムッソリーニが首相に就任した年、

イギリスBBCがラジオ放送を開始した年、

そんな1922年に作られた曲が、彼にかかるとロックンロールになる。

彼の名は、フレディ・“ブーン・ブーン”・キャノン。

59年にリリース、翌60年の全米3位「ニュー・オリンズはるか」。

オリジナルがどんな曲だったかは知らないけれど、

彼にかかると、こんなに派手な、ノリのいい、

典型的なアメリカン・オールド・ロックンロールになる。

オークションで見つけたのは、珍しい1枚。

レーベル・センターが赤いスタンプで覆われた“DJ落ち”、

この印は、“こちらをかけるように”と指示するもの、

“こちらがヒットサイドなんだよ”って目印なのですよ。
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ボクが最も音楽に興味を失っていた80年代の洋楽ですが、

大好きなクリスマス・ソングが2曲あります。

その2曲はとても対照的で、

天邪鬼なボクは、あまり有名でない“さりげない”方から紹介します。

84年、あのレイ・パーカーJr.の「ふたりのクリスマス」。

大ヒットした「ゴースト・バスターズ」の歌手とは思えないような、

甘い甘い歌声で、♪~Christmas time is here~♪と歌います。

何がさりげないって?

全米14位の「恋するジェイミー」のB面曲で、

ライナーノーツに歌詞だって記入されてません。

まったくアピールしていないのですが、とてもステキなクリスマス・ソングです。

同じ84年のもう1曲は、これとは対照的に、とても“偉大な”クリスマス・ソングです。

ワムの、というよりジョージ・マイケルの「ラスト・クリスマス」。

80年代のオリジナルなのに、大昔からある偉大な定番曲のように、

多くの人にカバーされ、毎年のようにどこからともなく聞こえてくる、

本当にグレイトなクリスマス・ソングです。

88年にリリースされた“失われゆくメディア”8インチCDシングルも持ってます。

話は横道ですが、“悲しき”8インチCDシングル、ボクは好きですよ。

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80年代の日本のクリスマス・ソング。

80年代のボクは働き盛りで、広告の仕事がおもしろく、

最も音楽に興味を失っていた時代でした。

だから、この時代の洋楽には疎く、

日本のアイドル・ソングも、テレビやラジオで耳に止まったものだけ、

60年代のオールディーズのテイストをもった曲にしか興味がなかった時代。

そんな中で、ずっと後になって入手したクリスマス・ソングが2枚。

ひとりで喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいる時にこんな曲が流れてきたら・・・、

なんてお気に入りの1枚は、87年のケンターキー・フライドチキンのCMソング、

サーカスの「いちばん素敵なクリスマス」。

何よりもアーティストたちが必要以上に自分たちを強調することなく、

音楽を立てることをポリシーにしてるかのような佇まい、

とても素敵なクリスマス・ソングだと思います。

作曲は、この時代に数々のヒット曲を生んだ林哲司。

もう1枚も彼の曲です。

84年、菊池桃子「雪にかいたLOVE LETTER」。

タイトルだけならクリスマス・ソングだとは思えないような冬のラヴ・ソング、

でも・・・、

ステージはクリスマス・イヴで、

最後の、ささやくような“メリークリスマス”のひとことは、

紛れもなく、立派なクリスマス・ソング、

この歌は、ライヴではなく、静かにレコードで聴きたいアイドル・ソングです。

このレコード・ジャケットも秀逸だと思います。

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昨年12月に始めたクリスマス・ソング特集。

まだ少し残っていますから、今年も続けることにしました。

今年の手始めは、イタリア系シンガーのヴィニ・モンテ、

決して“みのもんた”ではありません。

64年の「ヘイ・ルック・アット・ザ・ウィンター・スノウ」。

作者のクレジットVincent Montenegroは彼の本名。

この傷だらけの1枚、聴いてビックリ、ええっ、またかよ~って感じ、

ディオンの「悲しい恋の物語(浮気なスー)」そっくり。

アレンジャーはチャリー・カレロ、

彼がアレンジャーとして関わったアーティストは、

フォー・シーズンズ、ルー・クリスティ、ニール・ダイヤモンド、ダイアン・リネイ・・・、

と、ボクの大好きなアーティストばかりなのですから、

これが悪かろうはずはありません、ステキなクリスマス・ソングです。

さて、もう1枚も64年の作品です。

前年にレインドロップスのカバーでデビューしたオーキッズのクリスマス・ソング、

「クリスマス・イズ・ザ・タイム・トゥ・ビー・ウィズ・ユア・ベイビー」。

マイナーではありますが、フィレス系のガールズ・グループなのですから、

これまた、悪かろうはずはありません。

64年、ヒット・チャートにイギリスの嵐がやってこなければ、

きっと、もう少しは注目されていたかもしれないクリスマス・ソングだと思います。

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毎月恒例のレコード・コンサート、12月は先日の3日でした。

テーマは、1ヵ月前に決めた“12月の旅人・大滝詠一”。

そして、奇遇にも、この日が大滝さんのベスト盤2枚組CDの発売日でした。

ボクのブログで冒頭の写真をシングル盤以外にするのは今回初めてですが、

他ならぬ大滝さんだし、このCDがシングル盤をメインにしたベスト盤、

ということで、こだわりのボクも大きな決心をしました。

さて、『Best Always』で頭に浮かんだのは、

65年のリッキー・ネルソンのアルバム。

かしまし娘ではありませんが、♪~誰がやったか知らないが~♪

おしゃれでイイですね、好きですよ。

さて、今回のボーナス・トラックは、

あの名曲のセルフ・カバー、「夢で逢えたら」。

これまでに多くのアーティストのシングル盤を紹介してきましたが、

今回は「夢で逢えたら」のCDシングルを紹介しましょう。

91年、森丘祥子、アレンジはかの小西康陽。

96年、ラッツ&スター、もちろん大滝さん公認で、最もヒットしたバージョン。

05年、大滝フリークのキンモクセイ、

レコーディングは三浦瑞生、吉田保ですから、大公認でしょう。

まもなくの、大滝さんの一周忌を前に、

大滝さんに、♪~夢でもし逢えたら、素敵なことね~♪

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大好きなグループ、カスケーズ、

ボクのアイドル、ジョン・ガモーが脱退したのは66年のことでした。

カスケーズを離れたガモーが放った最初のレコードは、

67年、トゥー・ビッツ名義での「ネバー・トゥ・リーヴ」でした。

なんとこの曲、いやB面の「スィング・マスト・チェンジ」までも、

カスケーズで彼の後リード・ボーカルを引き継いだラパーノの作。

いったいどうなっているのか、さっぱりわかりませんが、

両方ともメチャクチャかっこいい、元来のカスケーズ・サウンドなのです。

ガモーが歌うとカスケーズになることの証明なのですね。

時代は少し飛んで、71年にイメージ(フィチャーリング・ジョン・ガモー)の

「イッツ・レイニング」もラパーノの作品で、

カスケーズお得意の“雨モノ”ですが、ああ、ガモーも変わっちゃいました。

72年、続いての「カム・ホワット・メイ」は、待望のジョン・ガモー名義、

初のソロ名義のリリースで、

期待して聴いたのですが・・・・・・。

ボクは、B面のガモー自作の一曲、

「パート・オブ・マイ・ライフ・フォー・アウェイル」の方が好きです。

時にガモー34歳(のはず)、以後彼のレコードを見かけなくなりました。

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