FC2ブログ

BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

img3422.jpg

来月のレコード・コンサートのテーマは“月”に因んだ曲。

レコードをピックアップしていてリストした中の1曲、

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの「バッド・ムーン・ライジング」。

CCRといえば、チャートで1位になれなかったシルバー・コレクター。

この「バッド・ムーン・ライジング」も69年6月全米2位、

ヘンリー・マンシーニの「ロミオとジュリエット」に阻まれた。

70年3月の「トラベリン・バンド」も、「明日に架ける橋」に阻まれた。

ケチの付き始めは69年3月、既出の「プラウド・メアリー」、

スライの「エヴリデイ・ピープル」に頭をふさがれ、

その冠が外れたと思いきや、

4位からジャンプアップしたトミー・ロウ「デイジー」に、

2週連続して頭を押さえられた。

言うまでもなく、チャートの順位は曲の絶対的評価ではない、

その週の相対的評価なのですから、これはもう不運というしかない。

しかし、ナンバー1ソングになったという勲章は付いて回るのだから、

これもまた無視することもできない。

ポップス派のボクではありますが、CCRは好きなグループのひとつ、

チャート・デビューの68年11位「スージー・Q」や

同年58位「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」を含むコンパクト盤も、

愛聴盤だった1枚です。

img3423.jpg img3424.jpg img2155
img3421.jpg

お盆休みに家内は長年の夢だった海外旅行に出かけました。

行く先は、『赤毛のアン』の島・カナダのプリンス・エドワード島。

というわけで、“ひとりぼっちのお盆休み”なんてタイトルの、

そんな曲があれば・・・、と思ったのですが、

探すまでもなくそんな曲はありません!

と、見つけたのはマニアックなカルトGSの1枚、

68年7月、たった1枚のシングルを残して消えてしまった6人、

ガリバーズの「赤毛のメリー」。

“赤毛”と言えば、やっぱり“メリー”か“アン”だもんね。

GS界の“ガリバー”になれなかったガリバーズですが、

「赤毛のメリー」はなかなか意欲的な、ヘビーな曲なのです。

一度聴いたら忘れられないイントロのワウワウ、ファズ・ギターと、

忘れた頃にやってくるエンディングの汽笛の音。

久しぶりにカルトGSの神髄を楽しむことができました。

家内のカナダ土産はちょっぴり大きいXLのTシャツが2枚、

シャツ好きのボクにはうれしいお土産でした。

ts26.jpg
img3420.jpg

08年11月23日にジョニー・クロフォードくんのレコードを紹介した時、

その思い出を語ったTVの西部劇『ライフルマン』。

♪~ どこからやって来たのやら いかつい顔にやさしい眼

    笑えば誰でもなつくけど 悪人どもには鬼よりこわい ~♪

今でも歌える、小坂一也が歌う主題歌「無敵のライフルマン」、

最近ネット・オークションで見つけてビックリ!

レコードがあることも知らなかったし、ましてやシングル盤。

61年3月のリリース、B面は守屋浩の「われらのライフルマン」、

こっちの記憶はないけれど、

大御所ふたりカップリングはとてもうれしい。

小坂一也の2番は、

♪~ 町の正義のためならば やさしい心も早変わり

    自慢の早撃ちライフルに あらくれ男もただひとちじみ ~♪

3番は、

♪~ 母のない子は淋しい子 マークをかばうライフルマン

    正義を守る父と子に 平和の来るのはいつの事やら ~♪

この歌詞だけでドラマの大筋がわかる、

作詞作曲は服部レイモンド、驚くことに日本のオリジナルである。

服部?大御所・服部良一先生との関係は?

レイモンド?ハーフなの?

いろんな疑問が浮かぶけれど、その詮索は後日にして、

今夜は、チャック・コナーズとジョニー・クロフォード、

昔見た『ライフルマン』の思い出に浸りたい。

img534 img535
img3416.jpg

オールディーズの時代には、

架空のグループ名でスタジオ録音された曲がいっぱいあります。

“ホットロッドの雄”リップ・コーズもそんなグループのひとつですが、

デビュー時はレッキとしたグループなのでした。

チャート・デビューは63年「ヒア・アイ・スタンド」、全米51位。

メンバーはアーニー・ブリンガムとフィル・スチュアート、

リード・ボーカルはアーニーで、

B面の自作曲「カレン」は、彼らがまだオポジッツと名乗っていた頃の曲。

その後、プロデューサーだったテリー・メルチャーが引き継ぎ、

ブルース・ジョンストンと共にリップ・コーズとしてレコード・リリースしたのです。

ドリス・デイの息子テリー・メルチャーと、

後にビーチ・ボーイズのメンバーとなるブルース・ジョンストン、

実質はブルース&テリーのリップ・コーズは、

64年に最大のヒット曲をリリースすることになります。

テディ・ベアーズのメンバーだったキャロル・コナーズ作、

ホット・ロッドの名曲「ヘイ・リトル・コブラ」で全米4位、

リード・ヴォーカルはテリーでした。

続いてのヒット曲は、ジャン&ディーンのジャン・ベリーの曲、

「クーペでデイト(Three WindowCoupe)」、64年全米28位。

こちらはイギリス盤でご覧いただきます。

B面「ホット・ロッドUSA」はボビー・ダーリンとテリーの共作。

こちらはアメリカ盤で掲出しました。

2曲ともゴキゲンな、そして典型的なホット・ロッド・チューンです。

グループとしてスタートしたものの、メンバーの廃業によりプロジェクトへ、

リップ・コーズはそんな経歴をもっているというのが定説ですが、

曲のテイストやボーカルの違いに、

聴き比べながら、なるほど!となんとなく納得の楽しい夜です。

img3417.jpg img3418.jpg img3419.jpg
img3413.jpg

ボクは自己紹介の時“シングル・レコード・コレクター”と名乗っていますが、

よくよく考えてみると、これがまた中途半端なのです。

例えば、あるアーティストのレコードをすべて持っている、とか、

あるジャンルのレコードはコンプリートだ、などと、

ボクに言わせればこんな人こそ“コレクター”と名乗れるのではないでしょうか。

ボクとなれば、自分の気に入った曲だけをランダムに集めているし、

何かを語るにはあまりにもモノを知らなさすぎるし、

少しも学術的と言えないし、音楽論を語ることもできない。

ただ、ボクの好きな曲は、ボクの好きなレコードはこれなんですよ!ってだけ。

そんな意味では、このコンパクト盤と似ている、って思えて、好きな1枚。

56年の1位「アイ・ウォント・ユー・アイ・ニード・ユー・アイ・ラブ・ユー」と、

57年の1位「恋にしびれて」と、60年の1位「今夜はひとりかい?」と、

日本で人気の、62年の2位「好きにならずにいられない」、

60年の「G.I.ブルース」の5曲入り。

まさにエルヴィス・プレスリーのコレクタブル。

もう1枚は、57年の1位「テディ・ベア」と28位「ラヴィング・ユー」、

こちらはピクチャー・スリーヴ入り輸入盤コレクターズ・シリーズ。

ちょっと自虐的になりましたが、今後もこの線で行きましょう。

もうひとつ、自慢の1枚を・・・。

1枚といっても、こちらはアロハ・シャツ、

プレスリーの写真とレコードがランダムに配置されたもの。

先日初めて着て出かけました。

img3414.jpg img3415.jpg ts25.jpg
img3412.jpg

今日8月12日は、このブログの8周年の区切りの日、

なのですが、

ご存知のように、ボクたちのアイドル九ちゃんの命日でもあるのです。

今日の日になれば、ボクが必ず思い出す情景があります。

もう30年も前になるのですね、85年8月12日、

8年連続で参加していた松山夏まつりの野球拳おどりの日。

踊り終わって喫茶店の2階で打ち上げをしようと席についた時、

テレビでは、カタカナで書かれた人の名前が次から次へとスーパーで・・・。

いったい何事?

事故を知って一斉に笑顔が消えた。

まさにその日の踊りの写真がアルバムに1枚だけありました。

次の日、我が一家は松山空港から伊丹へ里帰りの旅に、

機内はキャンセルのためガラガラ、未だかつて見たことのない風景でした。

ボクのお盆いつも語りはこの辺にして、

先日見つけたステキな1枚を・・・。

69年のリリース、「青春の光と影」、マリー・ラフォレ盤。

「Both Sides Now」のフランス語バージョンで、

副題は「Je n’ai rien appris」=「何も知らない私」。

いいですね、フランス語のやさしい流れ、

悲惨な事故の癒しになればいいのに・・・。

ph38.jpg
img3410.jpg

“ナイアガラー”のひとりとしては、

本屋さんで“松本隆”の文字を見つけたら買わないわけにはいきません、

『ミュージック・マガジン』7月号。

彼の詞の初期のテーマのひとつは“田舎と都会”。

その完成形が、出世作「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)。

あらためて歌詞を読んでみると、

カノジョを残して都会に出てゆく男、

都会で暮らすカレと田舎に残ったカノジョの遠距離恋愛の物語。

たった3分47秒(歌詞としては長いけれど)に数年間のストーリーを凝縮、

彼らの青春のドラマが映像になって浮かぶ、

ふたりの心情さえも伝わってくる。

75年、「木綿のハンカチーフ」の1ヵ月前にリリースされた歌、

かまやつひろしの「水無し川」もまた同じテーマ、

歌詞はまるで「木綿のハンカチーフ」以前、

松本さんの詞をタクローさんのメロディーにのせてかまやつさんが歌う。

ここで歌われている男の思いが「木綿のハンカチーフ」へとつながるようなのです。

そして、3年後の78年にアルバムの中の一曲として歌われた歌、

吉田拓郎「外は白い雪の夜」。

「木綿のハンカチーフ」のふたりの別れの場面を、ふたり交互に語る、

これはもうスゴイとしか言いようのない歌詞の連鎖。

この曲のライヴ・バージョンが「春を待つ手紙」のB面曲としてシングル・カット。

こうして、歌詞の世界を楽しむのも・・・いとをかし!そんな発見がありました。

book31.jpg img562.jpg img3411.jpg
img3407.jpg

大リーグの中継を見ていると、

今でこそひまわりの種を食べている選手が多いようですが、

その昔は、風船ガムをクチャクチャ、プーとふくらませて、パチン!

なんて姿が定番だったことを思い出します。

こんな調子で彼らは小さい頃から育ってきたのでしょう。

そんなローティーンをターゲットに一世を風靡したのがバブルガム・サウンド、

その中心をなすブッダ・レコード。

キャッチ・フレーズは“Happy Go Luchy Sound”。

67年に設立されたブッダの看板グループのひとつが、このオハイオ・エクスプレス。

誰もが知っている(ホンマかいな?)ヒット曲は、

68年6月全米4位の「ヤミー・ヤミー・ヤミー」。

そして、50%の人が知っている(ホンマかぁ!)のが、

同年11月全米15位「チュウィ・チュウィ」。

25%の人が知っている(きっと、そんなことはない!)のは、

69年5月全米30位の「マーシー」。

その他にも、誰もが知らない(ウン、納得!)「スイーター・ザン・シュガー」。

とてもおもしろいのは、コンパクト盤の中の1曲「サイモン・セッズ」、

ご存知1910フルーツガム・カンパニーの大ヒットにして、

バブルガム・サウンドの代名詞のこの曲を彼らがカバーしている。

これでこそHappy Go Lucky Soundの極みだと思うのです。

img755 img3408.jpg img3409.jpg
img3405.jpg

今回は“名曲”と言えるかどうか、

「サハリンの火は消えず」に始まるシベリア・サウンドでおなじみの、

“カルトGS”と呼ぶにふさわしいグループ、ジェノバの最後の曲をピックアップ。

68年2月のデビューから3枚のシベリア・シリーズを経て、

11月にコロンビアに移籍、イメージを変えての再テビュー曲が、

あの、「帰り道は遠かった」なのです。

あの、と言ったものの、実際にはジェノバがオリジナル、

12月に競作盤としてチコとビーグルスがリリースすることとなるのです。

しかし、ヒットしたのはチコ盤、という悲しき運命、

ジェノバは姿を消していったのであります。

「帰り道は遠かった」、ジェノバが歌えば“GSソング”で、

チコとビーグルスが歌えば“エレキ歌謡”と呼ばれるのですが、

聴き比べれば正反対、

ジェノバ盤は馬子唄のようなイントロで、これはもう“演歌っぽい歌謡曲”で、

元々はロックバンドだったビーグルスが女性ボーカルを従えて歌うのは、

紛れもなく“エレキ歌謡”、ピンキーとキラーズのスタイルです。

チコは本名・硲千鶴子(ハザマチズコ)、大阪の女の子、

彼女に救われたチコとビーグルスだったのですが、

彼らも2年足らずの間に5枚のシングルを残して消えて行ったのであります。

ちなみに、ジェノバ盤のB面は「夢」、

後期のスパイダースのようで、ボクは結構好きでした。

img2133 img2136 img3406.jpg