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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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53年、ドゥワップ・グループ、ドリフターズは結成された。

結成当初の名は、クライド・マクファターとドリフターズ。

今夜引っ張り出したのは54年全米R&Bチャート1位、「ハニー・ラヴ」、

グループ名表記はドリフターズ・フィーチャーリナグ・クライド・マクファター。

軽快なノリで、ちょっとコミカルなタッチの愛すべきドゥワップである。

56年、この曲をカバーしたのは、

フォー・シーズンズの前身、フォー・ラヴァーズ、

もちろんリードはフランギー・ヴァリ。

めちゃくちゃスピード・アップしたアレンジで大騒ぎ、

ちょっとロックンロールしてるのかな?

そして、当のフォー・シーズンズも63年にカバー、

リードは同じフランキー・ヴァリなのだけれど、

フォー・ラヴァーズのアレンジとは一転、

テンポをオリジナルに戻し、

ヴァリのボーカルはお得意のファルセットで、

ドリフターズを進化させた。

進化させたとは、オリジナルを超えた、ということではない、

時代のテイストに合わせて、

自分のグループらしくアレンジしたのだ。

源流に流れる心はオリジナルへのリスペクトに溢れている。

そんなことを思いながら、オリジナルとカバーを楽しむ、

これが、ボクのコレクション・ポリシーなのである。

ちなみに、このフォー・シーズンズの国内盤は、

残念ながら、63年のものではなく、

67年にリリースされた、「雨に言っておくれ」のカップリング。

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芸能人のお父さんとお母さんのラジオ番組やテレビ番組に、

小さい頃から出演していた次男坊のおぼっちゃまは、

当時流行ってきたロックンロール歌手になりたくて、

16歳でレコード・デビュー。

最初に発売したレコードは、

アップ・テンポの「アイム・ウォーキン」と、

メロディアスな「ティーンエイジャーズ・ロマンス」のカップリング。

「アイム・ウォーキン」は57年6月に最高位全米17位、

そして、「ティーンエイジャーズ・ロマンス」は2週間後に全米8位。

アメリカの幸せな若者たちの代表として、

アイドルになるのにそんなに時間はかからなかった。

日本では、リッキーが有名になった65年頃、

デビュー曲「ティーンエイジャーズ・ロマンス」は、

邦題「十代のロマンス」として、

彼の3曲目のヒット曲、57年10月全米17位の

「愛はただひとつ」とカップリングで発売された。

彼が憧れたエルヴィスとは対極の、優等生のアイドルであった。

そして、ボクは、日本でこのレコードが発売される少し前から、

テレビドラマ『陽気なネルソン』でアメリカに憧れ、

リッキーの甘い声が好きになり、

彼のレコードを集めるようになったのである。

このレコードを入手したのは、

それから20年も後のことである。
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こんなレコード、いつ、どこで手に入れたのかまったく覚えはありませんが、

日本のアイドルのストックの中にありました。

レコード・ジャケットが今のイメージにピッタリでしたから、

ちょっと取り上げてみようかな、なんて軽い気持ちで・・・。

ボクは言うまでもなく社会人ですから、

夏休みなんてありません。

でも、かわいい孫娘は小学校1年生になりましたから、

夏休みの実感があります。

彼女はまさに「ドキドキドン!一年生」なのです。

そして、先日ふたりめの孫娘が誕生。

このレコードのB面は、「ド・レ・ミ・ファンタジー」、

タイトルはともかく、このレコード・ジャケットは赤ちゃんが寝てるの図。

だから、ああ、ピッタリだな!なんて単純な発想なのです。

ずっと前から、上の孫娘とボクはリカちゃん遊びのお友だちで、

それぞれに名前をつけて、童話の役を演じるのが最近の流行。

この際ですから、監督は孫娘で、脚本がボクのテイで、

リカちゃん劇場『シンデレラ』の本を書きました。

そして先日、リカちゃん劇場が開幕、

役者一同で記念写真も撮りました。

そして、昨夜は、第2弾『白雪姫』を書き上げました。

ボクの仕事、毎日暇というわけでもないのですが、

かわいい孫のためならまだまだ頑張れるのです。

ちなみに、このレコードは、86年『ひらけ!ポンキッキ』の挿入歌。

まもなく、ふたりめの孫娘のお七夜、

あたらしい台本を持っていそいそと・・・。

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今年のお盆は橋幸夫三昧。

この人の声はものすごく特徴的で、

彼の歌うリズム歌謡はもう彼にしか歌えない。

♪~ ソッポ向いてた チェッチェッチェッ ~♪

64年11月、「チェッチェッチェッ(涙にさよなら)」は、

佐伯孝夫・吉田正の会心作。

♪~ まっすぐ行こうか 曲がろうか

    そこぉーが思案のしどころよ ~♪

65年2月、「恋のインターチェンジ」、

いまでもインターチェンジにさしかかるとつい歌ってしまう、

邱永漢・藤家虹二のホットロッド歌謡?

♪~ 僕等はみんな恋人さ (ヤー) 

    かたく手を握り合おう (ヤー) ~♪

65年7月、岩谷時子・いずみたく作品、「僕等はみんな恋人さ」、

加山さんが歌ってもいいようなエレキ歌謡。

♪~ どうして僕たちいけないの

    愛し合ってるのにいけないの ~♪

66年6月、佐伯孝夫・吉田正の青春歌謡、「恋と涙の太陽」、

当時流行のアメリアッチに挑戦している。

4曲続けて、あぁいいね!

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夜7時、久しぶりに見る時代劇チャンネルの遠山の金さんは、

『ご存じ金さん捕物帳』、橋幸夫バージョンになっていた。

そこで今夜は、ボクの好きだった橋幸夫さんの歌。

彼のデビューは17歳、股旅演歌であった。

若すぎる演歌歌手として近年有名な氷川きよしだってデビューは22歳、

なのだから、本当にすごいことだったのだと思う。

なにぶんボクは当時9歳なのだから特別な印象もなかったけれど。

ボクが橋幸夫を気に入ったのは62年のテレビドラマ『若いやつ』。

後になって主題歌のレコードを買った。

以来彼は、演歌、青春歌謡、リズム歌謡、と何でもごされの活躍、

ボクの好みは青春歌謡とリズム歌謡。

何枚かはもうブログに掲出済みだけれど、

コレクションの中から手当たり次第ピックアップする。

62年、彼の23枚目のシングルは「若いやつ」。

数曲あった吉永小百合さんとのデュエット、63年「若い東京の屋根の下」。

そして、64年、歌謡ポップス「恋をするなら」、

ジャケット違いの2枚のシングルがある。

どちらが先だったかは忘れてしまったけれど、

中古店でジャケット違いを見つけてもう1枚買ったことは覚えている。

今夜はここまで!

橋幸夫シリーズはまだまだ続くのです。

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ボクの田舎では、赤ちゃんのことを“ややこ”と言います。

たぶん日本中で通用しますよね。

今日8月8日は“やや”で“赤ちゃんの日”。

そんな日に、ふたり目の孫娘が誕生、

ボクのカワイイ可愛い孫娘もお姉ちゃんになりました。

新しい命の誕生と、ボクのやっかいな病名とが重なり、

ここ数日間は、人生の中でも貴重な時期なのかもしれません。

そんな、ボクの人生の“黄金の日々”に聴く歌は、

68年、女優サリー・フィールドの「ゴールデン・デイズ」。

実はこの曲、キング&ゴフィンなのです。

同じ68年に、パリス・シスターズも同じ曲「ゴールデン・デイズ」をリリース。

どっちがオリジナルなの?

明快な答はわかりませんが、

『レコード・コレクターズ』2002年2月号のキャロル・キング特集の

キャロル・キングCompositionsにはパリス・シスターズの曲として掲載、

ですから、こちらがオリジナルなのでしょう。

サリー・フィールド盤の作詞・作曲クレジットにはグリーンフィールドの名が追加、

ハワード・グリーンフィールドによるアレンジがボクのお気に入り、

だから、ボクの軍配はこちら、素敵なカバー盤ということで・・・。

ついでながら、ボクの手元のパリス盤のカップリングは「グリーナー・デイズ」、

デビッド・ゲイツの作ということで、捨てがたい一曲です。

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今年の6月、探していた1曲に出合った、

ボブ・マグラス、「ふたりだけの二人」。

66年、岩谷時子・中村八大コンビによる不二家のCMソングである。

どうしても欲しいシングル盤ではなかったけれど、

7インチ・サイズの4曲入りコンパクト盤だから取りあえずゲット。

そうこうしているうちに、7月になって二人の大物が逝った。

7月7日、永六輔さん。

7月12日、大橋巨泉さん。

永六輔さんといえば、NHK『夢で逢いましょう』、

「上を向いて歩こう」や「遠くへ行きたい」、「こんにちは赤ちゃん」など、

日本のスタンダード曲を生んだバラエティ番組の草分け。

このEP盤に、そのテーマソング「夢で逢いましょう」がカップリング、

もちろん、永六輔・中村八大さんによる楽曲である。

大橋巨泉さんといえば、『11P.M.(イレブン・ピーエム)』、

ボクが中学生だった65年末から始まった深夜番組。

♪~シャバダバ シャバダバ~♪

親に見つからないようにTVを見ていた。

麻雀実践教室やイレブンフィッシング、イレブンダービーが好きだった。

奇しくもこのEPのタイトルは『11P.M.のボブ・マグラス』。

「ふたりだけの二人」を探していたボクが、

探しているシングルではなく、このEPと出合うとは、

なんたる偶然、まるで“時代の要請”だったかのようだ。

こころして聴かねば!

♪~キカネバ キカネバ~♪
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DEEP PURPLE、

イギリスで結成されたロック・バンドで、ハードロックの先駆け、

ボクが持っているシングルは70年の「ブラック・ナイト」だけ・・・、

なんて、バンドの歴史を語ろうというのではない。

63年にニノ・テンポ&エイプリル・スティーヴンスの全米№1ヒット、

多くのアーティストにカバーされたこの曲「ディープ・パープル」を語る。

ボクは彼らがオリジナルだと思っていたが、

実は、23年に「The Sweethearts Of The Air」という

ピーター・デ・ロースが作曲したインスト曲で、

33年に「Deep Purple」とタイトルを変え、

39年にミッシェル・パーリッシュが詞をつけた曲だという。

このパーリッシュは、あの「ムーンライト・セレナーゼ」や、

「スター・ダスト」などのインスト曲にも歌詞を付けている有名人。

となれば、ニノ&エイプリルより前にリリースされたシングルが欲しい。

というわけで、手に入れたのが、57年全米22位、

R&Bグループ、ビリー・ワードとドミノーズの「ディープ・パープル」。

なんとマイケル・ジャクソンのアイドルだったジャッキー・ウィルソンが

リード・ボーカルをとっている。

まぁ、つながるつながる、

まさに、曲に歴史あり、なのである。

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