FC2ブログ

BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

img3630.jpg

ここ最近、ボクのウォンツ・リストはごく少なくなり、

残っているのはヤフー・オークションやeBayにも出品されないものばかり。

そんな折も折、毎月のレコード・コンサートで、

ノイズがひどくて針を痛めてしまいそうなレコードを発見。

これは、ある時期オリジナル初回盤にこだわっていたことの弊害。

そこで、音のいいものに買い換えることを決心した。

まずは、サーチャーズ「ウォーク・イン・ザ・ルーム」のオリジナル、

ジャッキー・デシャノンの「ウォーク・イン・ザ・ルーム」。

今持っている原盤は、本当に状態のひどいもの、

ノイズがひどい、を通り越して、レコード針が気の毒でさえあった。

そこで、ほうぼう当たっていたところ、

国内盤EPを発見、めでたくゲットしてしまいました。

おまけに、「ピンと針」まではいっているし、

ノーベル賞男ディランの「風に吹かれて」まで。

あぁ、やっぱりレコードは音がいいことが第一条件ですね。

まぁ、お金さえ出せばいくらでもいい音のレコードは手に入るのですが、

そんなに潤沢ではないものですから、

ものには相場というものもあるわけですから、

こんな気持ちで、第二次買い換え作戦、展開中です。

img1016
img3629.jpg

2016年10月24日、

ボクのアイドルのひとり、ボビー・ヴィーが亡くなった。

昨日、ラジオで聞いた。

1959年2月3日、

“音楽が死んだ日”をきっかけに世に出た彼は、

ビルボードHOT100に38曲のヒットを送り込み、

トップ20に10曲を刻んで、73歳の生涯を閉じた。

今日ボクは喪に服して、ってわけではないけれど、休暇をとり、

まだブログにアップしていない彼のシングルを探した。

61年全米2位、全英6位、「ラン・トゥ・ヒム」、

ジェリー・ゴフィンがキングではなくジャック・ケラーと組んだ曲。

そして、ボビー・ヴィーをいっぱい聴きたくなって、

まずは定番『ゴールデン・グレイツ』の15曲を聴いている。

この後は、63年バディ・ホリーに捧げた『アイ・リメンバー・バディ・ホリー』、

そして、62年の『ミーツ・ザ・クリケッツ』を。

こうしてまとめて聴きたい時にはLPはいいね。

久しぶりにのんびり過ごす昼下がりです。

LP78.jpg LP79.jpg LP80.jpg
img3628.jpg

3年ぶりのイベント・ディレクション、大相撲巡業松山場所。

一昨日、昨日は会場設営で、今日は本番。

今日は夜中の3時30分起床、5時開場入りで、

立ちっぱなし、動きっぱなしで、帰宅は19時30分、

3年に1度のハードな一日でした。

CMLの身には多少の不安がありましたが、

今はハイな気分で大丈夫そうですが、

きっと今夜はよく眠れることでしょう。

そこで、今夜の1枚は・・・、

67年、エレクトリック・プルーンズの「今夜は眠れない」、

なんて、ちょっとした皮肉。

エレクトリック・プルーンズの音楽は、

8台もの特製増幅器(アンプ)を最大限活用しての、

過剰な電気的なトレモロ・サウンドがウリ。

当時はあまりのユニークさに魅力を感じたものでした。

久しぶりに、本当に久しぶりにかけてみましたが、

今はそれほど・・・。

昔広いと感じた記憶の道が、今歩いてみると案外狭かったり、

昔おもしろくてたまらなかったテレビドラマが、

今観ると案外つまらなかったり・・・、

人生ってそんなものなのかもしれません。

などと、悟りを開いたテイでの就寝です。
img3625.jpg

あまり有名ではなかったけれど、

大学生の時ラジオで一回聴いただけで好きになった歌、

72年、サム「想い出のジョニー」。

モーター・レースの効果音から始まる、

ホットロッドかと思いきや、60年代のガールズ・ポップのような、

終盤には、お約束のセリフ入り。

レコード・ジャケットを見るとフォーク・ソングの趣もある。

サム、この男の子のような名前の女の子、

本名は、クリスティン・ティムス、18歳。

ご覧のように、長い髪のミニスカートのイギリス美人である。

ジョニーともうひとりの男が彼女を取り合い、

その勝負をモーター・レースで決めようとする、

そして、ジョニーは事故で亡くなり、彼女は涙にくれる、

という内容の歌らしい。

何の脈絡もないけれど、

このレコードの隣りにあった2枚のアイドル・ソングもついでに。

このふたりは、ともに、アメリカ人の父と日本人の母のハーフ、

まずは、19歳のヘレン(笹野)、81年の「キュン!と片想い」、

彼女の本名は、ヘレン・ジーン・ミスリンスキー、笹野は母の姓か。

もう1枚は、20歳のパティ、80年の「この夢の果てまで」、

彼女の本名は、パトリシア・アン・フィンク。

この2枚のレコード、なぜボクのコレクションに紛れ込んでいるのか、

今もって不明なのですが・・・。

img3626.jpg img3627.jpg
img3624.jpg

10月14日、何の特別な日でもないけれど、

岡山への出張から帰ってきて、

パソコン棚の上のプログ未掲出レコードから

ランダムに選んだ1枚のレコードは、

ブレントン・ウッズの「ギミ・リトル・サイン」。

お気に入りのサイト『洋楽データベース』でデータ検索すると、

神が舞い降りたのか、奇跡的な偶然。

この曲、ビルボード最高位9位を記録した日は、

49年前の今日、10月14日付。

67年10月、ボクは高校2年生だった。

柳生の田舎から奈良市内に下宿を始めて数ヵ月の頃、

誰はばかることなく、ラジオの深夜放送に熱中していた。

じゃぁ、この週の1位は何だったのか?

ボックス・トップスの「あの娘のレター」。

次の週、「ギミ・リトル・サイン」はどうなっていたのか?

依然9位。

そして、1位はルル、「いつも心に太陽を」。

高校2年生の秋、高校時代の甘い想い出だけがよみがえる夜である。

img2109 img2087
img3623.jpg

合言葉は、GSからBSへ、

BSとはブラス・サウンド。

69年のリリース、シルクロードの「蒼い砂漠」。

シルクロードと砂漠、出来過ぎた組合せ、まさにカルトの趣。

このグループ、この曲は、ブラス・ロックのはしり、

70年に入って、

シカゴやブラッド・スウェット・アンド・ティアーズによって隆盛を極める

ブラス・ロックを先取りしたともいえる。

ふたつのトランペットが強調されたサウンド、

ボーカルの安っぽさは否めないけれど、

当時としては、ものすごく新しい、そして珍しい、

そんなグループであった。

作詞は阿久悠、作曲はメンバーの黒沢しげる、編曲は川口真、

このサウンドはアレンジャーの川口さんの為せる業か?

70年代、ブラス・ロックが流行っている頃には気づかなかったけれど、

今、あらためて彼らの先見の明を思う。

そんな意味でも価値ある1枚かもしれない。

とは、過大評価か?
img3622.jpg

9月以降、仕事やらゴルフやら孫娘とのデートやらで、

テレビの前でゆっくりゴルフ中継を見ることがなかったけれど、

今日、本当に久しぶりにゴルフ中継を見ていたら、

なんと、ふたりのプレーオフ、

4ホール終わっても決着がつかず、日没順延、

明日の朝へ持ち越しとなった。

17時15分、テレビの中継では結構明るく映っているけれど、

実際にはもう暗くてボールはもちろん、ピンでさえ見えにくい、らしい。

さて、今夜あたりブログでも・・・、と思っていたから、

頭をよぎった歌は、「トワイライト・タイム」。

日の出前や日没前の薄暗い時間帯のこと、

転じて、人生のたそがれ時をも表す言葉。

プラターズ、58年全米1位の名唱、

44年、スリー・サンズのインストのカバーである。

積極的に買った記憶はないけれど、

洋楽の未整理盤の箱にあることをうっすらと覚えていて、

探し出しての掲出です。

ムーディーなムーディーなドゥワップ、

とても安らぐ気分です。
img3621.jpg

13歳の時、

「ピンク・シュー・レーセス」で、全米3位のヒットを記録した女の子、

ドディー・スティーヴンス。

16歳の時、結婚して、3枚のレコードを出して、引退した。

その中の1枚がボクは好きだ。

「I Wore Out Our Record」、

直訳すると、“私は我々のレコードを擦り減らすほど聴いたわ”。

ボクもそんなレコードいっぱい持っています。

でも、ボクの場合は、

I Wore Out My Record、なのですから、大きな問題はなし。

ただ、買い換えようかどうか迷ってしまうだけ。

タイトルのこと、語ってしまったけれど、

この曲、例によってヒットしませんでしたが、

ボクは大好きです。

その上、このタイトルなのですから、

大切な大切なコレクションです。

img502