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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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もうだいぶ前のことですが、レコード・コンサート会場の

ライブ・ハウスのマスターが言い出したウンチク、

“「オー・シャンゼリゼ」の元歌はイギリスのサイケ・バンドの歌って知ってる?”

68年にジェイソン・クレストというバンドの「ウォータールー・ロード」が元歌。

ウォータールー・ロードはロンドンの通りの名称、

これを聞いたジョー・ダッサンがパリのシャンゼリゼ通りに歌詞を書き換え、

フランス語でリリースしたのは69年。

多くの人たちは、てっきりダニエル・ビダルの歌だと思っていたはず、

ボクはオリジナルはジョー・ダッサンだと思っていた。

ジェイソン・クレスト盤はなかなか市場に出てきませんが、

ネット検索で聴いてみるとなかなか風格のあるいい歌です。

と、このカバーをボクのコレクションの中に発見!

聴いたことはなかったのですが、訳あって持っていたモノ。

「マンチェスターとリバプール」でおなじみのピンキーとフェラスの曲、

珍しかったものですから、いつかの時に買っていたのでしょうね。

ウォータールーはフランス語読みするとワーテルロー、

1815年6月18日、イギリス・オランダ連合軍が、

ナポレオン率いるフランス軍を破った「ワーテルローの戦い」、

あれはベルギーの町が戦場だったのですが、

そんな世界史の授業を思い出しました。

いろいろ聴きましたが、ボクはやっぱりダニエル・ビダルが好みです。

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ちょっと前に京都に行った時、

京都の人が、先の大戦の折には・・・、なんて言ったら、

その大戦とは、応仁の乱なんだって!、なんて盛り上がった。

そんな笑い話をしているうちはいいけれど、

今や戦争は笑い話ではなくなっている。

中東は遠いから、もしかしたら他人ごとだったかもしれないけれど、

米朝の緊張状態には他人ごとではいられない。

そんなニュースを見ていて、今夜は反戦の歌のレコードを。

66年5月のピーター・ポール&マリー「悲惨な戦争」。

美しいメロディにのせて戦争の悲惨さを歌う、

当時のフォークソング、反戦歌のひとつのスタイル。

ボクたちには、思わず一緒に歌ってしまう耳慣れた歌である。

もう1曲は、71年11月のアルバムからのシングル・カット、

グランド・ファンク・レイルロード「戦争をやめよう」。

ボクには不得意なハードロックだけれど、

レコード・ジャケットに魅せられてのコレクション。

これらの戦争とは、もちろんベトナム戦争のこと、

PPMとGFR、彼らが、

戦争反対をいろんなスタイルで表明したことに価値がある。

戦争を知らないボクに何ほどのことは言えないかもしれないけれど、

ホンの一握りの政治家の舌先三寸口八丁で始まってしまうかもしれない、

ここ数ヵ月の状況に杞憂している。

今の戦争は、短い時間で多くの人が死ぬ、

そんなわかりきったこと、誰でも知っているはずなのに・・・。

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ちょっと中抜けしましたが、まだまだありますフレンチ・ポップス女性編、

60年代のアメリカの有名曲のカバーを2枚。

63年、シルヴィ・バルタンのカバーは「En Ecoutant La Pluie」、

ジャケット裏には「Rhythn In The Rain」となっていますが、

正確には「Rhythn Of The Rain」、

おなじみ「悲しき雨音」です。

雷と雨音のSEから始まるのは同じですが、

フランス語で聴くと、なんだかやさしくて妖艶な雨のようです。

シルヴィの企画盤、この4曲入りシングル・シリーズ、

ジャケット裏のメニューを見ると揃えたくなってしまいます。

さて、もう1枚は、68年の「ジョニー・エンジェル」、

もちろん、あのシェリー・フェブレーの全米№1ソングのカバーです。

歌うはレニー・マーテル、当時21歳、カナダのポップ・シンガーです。

フランス語の「ジョニー・エンジェル」って?てな具合で、

興味本位でゲットした1枚です。

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「高校野球」から始まった壺井むつ美のレコード紹介、

たった2枚しかリリースしなかった彼女のデビュー・シングルは、

79年11月の「自転車通学」。

片道5キロの自転車通学、我が家の娘もその昔経験しました。

高校時代の思い出のひとつでしょうね。

今頃の高校生はみんなヘルメットを被っています。

高校生自身がおしゃれなヘルメットを選んで、

県の啓蒙もあって、公務員の皆さんもヘルメットを被っています。

けど・・・、

ボクが毎朝マイカー通勤する途上、

大学生や会社員、主婦の方々は男女を問わず縦横無尽、

車道の右側通行、スマホを見ながら、信号無視、斜め横断、

雨の日の傘さし片手運転・・・、もうヤリタイ放題。

本当に危ないと思います。

パトカーが隣を通ってもお構いなし、パトカーも見ないふり?

サイクリングの普及はいいことですが、

もうそろそろ、この自転車運転ルールの啓蒙に取り組まないと、

大変なことになりそうな気がします。

ほほえましい「自転車通学」がいつのまにかこんな話になってしまいました。

毎日毎日気になっているものですから。
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今日は雨で休みでしたが、

夏の高校野球、昔ほどではありませんが、気になっています。

80年2月、「高校野球」って歌がリリースされました。

先日亡くなられた平尾昌晃作曲、歌うのは壺井むつ美、

あまり有名ではありませんが、女の子の青春歌謡です。

高校野球といえば、“逆転のPL”や“やまびこ打線の池田”、

もちろん覚えていますが、ボクが最も印象に残っているのは、

この歌がリリースされた前年79年の夏、

優勝した箕島高校と星稜高校の3回戦、延長18回サヨナラです。

同点で迎えた延長12回、先行の星稜が1点を勝ち越し、

その裏の箕島、すでに2アウト、

“ホームラン狙って来ます”と打席に立った嶋田がホームランで同点。

延長16回、同じく星稜が1点を勝ち越し、その裏、箕島もすでに2アウト、

森川の打球はファーストへのファール・フライ、万事休す、

ファーストが人工芝に足をとられて落球、九死に一生、

そして再び、ソロ・ホームランで追いつくのである。

奈良出身のボクは紀和の縁で箕島を応援していた。

これを奇跡といわずして何を奇跡というのか!

延長再試合がみえた18回、ついに箕島はサヨナラ勝ちしたのであった。

3時間50分の熱闘、このまま箕島は石井-嶋田のバッテリーで優勝。

今も記憶に残る甲子園であった。

さて、壺井むつ美のデビュー曲については、次回のお楽しみ・・・。
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今日は、ボクのブログ『BOTH SIDES NOW』の10周年です。

2007年の今日から書き始め、今日が1564回目の寄稿です。

掲出したレコードの枚数は正確に数えることはできませんが、

検索できるように掲出写真を管理しているエクセル・データによると、

本や写真やLP、CDなども含めて、ダブリを除いて、写真点数は約3980点、

そのうち本命のシングル、EP、ソノシートは約3723枚、

よく続いたものです。

前にも書きましたが、

「BOTH SIDES NOW」は、映画『青春の光と影』の主題歌で、

もう今ではレコードすら知らない若者が多いと思いますが、

    レコードにはA面とB面があり、人生にも光と影がある、

    物事には長所と短所があり、アイデアには市場機会と問題点がある。

    ボクはそれらの裏表の両方ともが大好きです。

なんて視点から、自分の生き様としていろいろなことを語ってみよう!

という趣旨で拝借したタイトルなのです。

この映画『青春の光と影』の原題は、

『BOTH SIDES NOW』ではなく、『CHANGES』で、

本来の主題歌はソウル・シンガーのキム・ウェストンが歌う

「Title Song From Motion Picture “Changes”」。

今日はそのB面で、キム・ウェストンがカバーした

「Both Sides Now」を10周年の記念にアップしました。

このブログ、

レコードはまだまだありますから、もう少し続けてみようと思います。

とうぞ、あたたかい気持ちで・・・。

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フレンチ・ポップス女性編、

今夜は、フレンチ・ポップスを世界に広めた最大の功労者です。

もちろん、それはシルヴィ・バルタン。

彼女が「アイドルを探せ」を世界中にヒットさせたのは20歳の時、

今夜紹介するのは、23歳の時の1曲、「しあわせの2分35秒」。

   ~ あなたと離れてひとりで居る時も寂しくないわ

      だって貴方のレコードが聴けるのだから

      それは幸せの2分35秒 ~

途中、カルロスくんのコーラスも入るちょっとノベルティ・タイプの曲。

ボクはそのイタリア語バージョンを持っています。

フランス語の原題は「2′35 De Bonheur」、

なのに、イタリア盤のタイトルは「2 Minuti Di Felicita’」、

「しあわせの2分」になっています。

なぜ、彼の歌が35秒短くなってしまったのでしょうか。

果たして歌詞はどうなっているのか?イタリア語だからわかりません!

さて、もう1枚、ジャケット買いしたのは、73年の「愛のかたち」。

こちらは29歳、成熟した歌声、もはやシャンソンです。

戯れに買った1枚でしたが、これはこれで満足な1枚でした。

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高校2年生の頃、毎日毎日口ずさんでいた歌、

♪~ プペ バロン エー ショコラ こぉいする ふうせーん ~♪

ダニエル・ドナンの「恋する風船」。

ずっとずっと日本語で歌う国内盤で大満足だったのですが、

71年になって、同じ名前をもつダニエル・ビダルがLPの中の一曲として、

フランス語で歌っている「恋する風船」を聴いた。

アイドル・チックにぶりっこっぽく歌う、フランス語は魅力的であった。

となれば、俄然ダニエル・ドナンのフランス語盤が欲しくなった。

とても長い間そんな気持ちを忘れていたのに、

今月のレコード・コンサートの選曲の際思い出した。

そして、オークション・サイトCDandLPでジューク・ボックス版を落札。

フランスからの配送はレコード・コンサートには間に合わず、

ダニエル・ビダル盤をかけたという次第。

ダニエル・ドナン日本語盤の前年66年リリースのオリジナル盤は、

とてもオーソドックスで、ダニエル・ビダルのぶりっこぶりとは好対照。

興味のある方はぜひユーチューブで聴き比べてください。

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前回も書きましたが、60年代のフランスでも日本と同じように、

カバー・バージョンの時代がありました。

英米のポップスにフランス語の歌詞をつけて歌う、

ヨーロッパも日本も考えることは同じなのでしょう。

レコード・コンサートではかけることはできませんでしたが、

そんな代表的なレコードをピックアップしました。

63年、キャサリン・アルファ嬢が歌う、まずはB面から、

「Comme Moi」、直訳したら“私のような”、

原曲は「Like I Do」、そうです!ナンシー・シナトラの「レモンのキッス」。

日本のタイトルよりは原曲に近いですね。

さて、A面は、「Tu Es Pris Au Piege」、

直訳したら“あなたは罠に巻き込まれて”、

作者の欄にキング&ゴフィンのゴフィンの名前が・・・。

原曲はイーディ・ゴーメの「Don’t Try To Fight It,Baby」、

邦題は「恋は女の勝ちよ」。

曲を聴いたらなんという曲のカバーかはわかりますが、

フランスでも日本でも、タイトルだけではわかりませんね。

だから、フランスのカバーを探すのは骨の折れる作業なのです。

これが欲しい!と思っても、タイトルが分からないのですから・・・。

そんな苦難を乗り越えてゲットした1枚なのです。

(それがどうした!)

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昨日のことですが、8月のレコード・コンサートのテーマは、

60年代フレンチ・ポップス女性編。

大、ダイ、だぁ~い好きなジャンルですから、とても力が入りました。

メインの3姉妹は、長女シルヴィ・バルタン、

次女フランス・ギャル、三女ダニエル・ビダル、ってところ。

フランスでも、日本同様、英米のポップスのカバー華やかな時代、

これまでにもう何枚も紹介してきましたが、

今日からは、まだ紹介していなかったフレンチ・ポップス・コレクションを・・・。

まずは、歌手というより女優として有名なBB、

ビービーではなく、ベベのニックネーム、ブリジット・バルドー。

余り知られていないかもしれませんが、

彼女はいっぱい歌っているのです。

ボクの好きな1枚は、63年のこの4曲入りシングル盤。

大好きな1分25秒、「L’Appareil A Sous」=邦題「ため息の装置」、

ちょっと色っぽいツイスト・ソングです。

お次は、「El Cuchipe」=「エル・クチペ」、

スペイン語だけあって、フラメンコ風。

「La Madrague」=「ふたりの夏にさようなら」、

語り風のバラード、歌い方や声が色っぽい。

「Les Amis De La Musique」=「音楽の仲間達」、

リズミカルな明るいポップスですが、なんとなく色っぽい。

この4曲の取り合わせ、ナイス・カップリングです。

ボクにとってのBBは、フレンチ・ポップスの歌手ですから、

レコード・ジャケットともども、初期のこの1枚でOKです。