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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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66年、ボクが高校1年生の夏、

英語の歌詞なのに日本の情緒を感じるロッカバラードに出合った。

フランツ・フリーデル、「ドゥ・ユー・ノウ」。

英語詞は湯川れい子、作曲はブルコメの小田啓義、

なるほど、名曲「すみれ色の涙」を作った人だけある。

フランツ・フリーデルは、ドイツ出身のハーフである、

その頃は混血歌手と言われて独特の存在感を発揮していた。

それまでの彼は、歌謡曲っぽい曲を歌わされたり、

洋楽のカバー・バージョンを歌わせられたり、

挙句の果てにはドイツ民謡を日本語詞で歌わせられたり、

その端正なマスクと歌唱力だけで売ろうとさせられていた。

そしてこの年、ジャッキー吉川とブルー・コメッツをバックに

「ドゥ・ユー・ノウ」で一躍注目されることとなったのである。

その後、ブルー・ファイアというGSに挑戦したり、

69年には津川晃名義で「心がさむい」という中村泰士の歌謡曲。

一定のコンセプトを与えられずに時代に翻弄された、

と言っても過言ではない、とボクは思っている。

なお、「ドゥ・ユー・ノウ」のB面は、「マリナによせて」、

この邦題ではよくわからないけれど、原題は「Seven Nights」、

月曜日から日曜日までの一週間の夜を歌ったコレクション・アイテム。

そんな意味でも、ボクの大切な1枚なのです。

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今や隆盛を極めるジャニーズの歴史は62年から始まった。

以前も書きましたが、真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、青井輝彦の

4人をメンバーとする、歌って踊れるグループ、

それがジャニーズ、いまでは初代ジャニーズなんて言われている。

アソシエイションの全米2位「ネバー・マイ・ラブ」は、

もしかしたら彼らの曲になっていたかもしれない、なんて噂。

彼らが英語で吹き込んだ「You Are Near Me」という曲がある、

なんて、そんな噂で盛り上がった時期もあった。

その真偽を確かめる過程で、

『ジャニーズとアメリカ旅行』というLPを入手した。

66年11月リリースのこのLP、

実は8月21日の渋谷公会堂でのライブ録音、

興味ある選曲だったものの噂の真相は確認できなかった。

しかし、先日、ついに彼らがアメリカでリリースした英語盤をゲット。

66年に録音、67年1月のリリースだという、

そのタイトルは「Nothing Sacred」と「I Remember」。

曲はソフトロックで、アソシエイションのような曲調、

アメリカのアーティストと言われても信じてしまいそうな英語力、

有名ではないけれど、好きなメロディ、

2、3日前に着いてから毎日聴いている。

コレクターとして、久しぶりの幸せを味わっているのです。

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先週の土日は娘の藪入りで、

娘と2歳になったばかりの下の孫娘だけが帰省。

娘は二日連続で来松ミュージシャンのコンサートへ、

ボクたち夫婦は可愛い孫との水入らずは大歓迎だったのですが、

時々のママ恋しの“ママ居ない”が始まるともうタイヘン。

ダッコしてお出かけしたり、車で外へ連れ出したり・・・。

重労働ながらも楽しい嬉しいお盆休みでした。

2歳の彼女にとってはまさに「Mother Of Mine」、

ってことで、72年全英2位、オリコン3位、「ママに捧げる詩」。

イギリスの11歳の少年ニール・リードの歌唱力溢れる名唱です。

ママといえば、ボクにとっては「ルイジアナ・ママ」、

若い頃からのカラオケ・レパートリー。

未紹介の1枚は、大好きな飯田久彦盤との競作で、

歌詞もアレンジも差別化できた“ツイスト男”藤木孝盤。

今でもテレビドラマの悪役として活躍されていますね。

オリジナルはもちろんジーン・ピットニー。

そんなこんなで、今週はちょっと寂しい土日です。

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先月の初め、ソファーの足に思いっきりつま先をぶつけて、

一週間しても痛いので整形外科へ。

左足の薬指にヒビがはいっている、亀裂骨折とのことで、

毎週土曜日にレントゲンで確認を繰り返すこともう1ヵ月半、

一向に回復しない。

足の薬指ってことで、日常生活にまったく影響はないけれど、

ゴルフにだって再々行っているけれど、

時々同じとこをぶつけては塗炭の苦しみ。

若い頃なら、骨なんてすぐに回復するのにね。

ああ、寄る年波か?ってことで、

今夜は、63年、ハニーズの「サーフィン・ダウン・スワニー河」。

♪~ はるかなるスワニー河 その下

    なつかしの彼方よ わがふるさと ~♪

スティーヴン・フォスターの「スワニー河(わがふるさと)」を、

ブライアン・ウィルソンがアレンジしたもの。

どこつながり?

年波、波、サーフィン・・・、なんて、とても単純な連想ゲーム。

明日もまた整形外科の予約があるのですが、

治っている気配はまったくなし!ですから、

病院通いはまだまだ続きそうです。

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61年にビルボード№1に輝いたローレンス・ウェルクのインスト曲、

「Caicutta」=「夢のカルカッタ」。

同じ頃にこの曲に歌詞をつけて歌ったのはフォー・プレップス。

その国内盤をレコード棚に見つけた。

そういえば、カルカッタってインドの有名な都市名なのに

最近まったく聞かなくなったなぁ、って思って調べてみたら、

2001年にコルカタに名称変更したのだという。

最近、経済市場として注目を集めている人口世界2位のインド、

首都はニューデリー、最大都市はムンバイ、コルカタは第3の都市。

インドと言えば、ボクにとっての最大の有名人は、

インド独立の父、非暴力主義のガンジー。

彼の言葉で好きなのは、

   永遠に生きるかのように学べ、

   明日死ぬかのように生きろ。

ちょっと真面目な話になってしまいましたが、

そういえば、ガンジーというアーティストのレコードに出合って

どこかにあるはず・・・、

ありました、82年の「スローダンサー」、

買っただけで聴いたことありませんが、

沖縄生まれで、本名、糸数元治、でガンジーらしい。

さて、どんな歌かな?

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少し前に渋谷の中古店で見つけて戯れに買った2枚のシングル。

どんな歌だったかまったく記憶になかったけれど、

阿久悠さんの作品だということと、

耳慣れないタイトルの作品だということは知識として知っていた。

その2枚がまとめて並んでいたのですからこれはもう買い。

「ざんげの値打ちもない」、70年10月、

「棄てるものがあるうちはいい」、71年5月、

歌うのは北原ミレイ、ジャズやカンツォーネの歌手である。

歌詞にも歌にも興味があるわけではなく、

このタイトルに魅せられた。

ボクのコレクションには似合わないから、持ってるだけにしよう、

なんて思っていたけれど、

調べてみたら、3枚目のシングルのタイトルは、

「何も死ぬことはないだろうに」(71年10月)だって!

ネット・オークションで苦労して手に入れました。

こんなのが3枚揃ったら出してみたくもなろうというもの。

まずはここに紹介してから、初めて針を落としてみます。

3枚目以外はきっと聞いたことがある曲だと思いますが、

ボクが気に入るかどうかは未知数、はてさて。

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先週一週間、久しぶりに、本当に久しぶりに、

眠れぬ夜を過ごした。

若い頃は、ベッドに入って電気を消して眠ろうとしたら、

あれこれアイデアが浮かんできて、枕元のメモ帳に書く、

そんな毎日だった記憶があるけれど、

ここ数年はそんなことも少なく、すぐに寝入ってしまっていたのに。

仕事のことをあれこれ考えて、

眠られないからYouTube見たり、

エアコンを消したり入れたり・・・。

思い浮かんだことをタブレットで会社にメールしたり。

だから、昼間やたらと眠くなる。

特に先週は作成する書類が多かったものだから、

パソコンに向かっていたら、やたらと眠い。

今週も続くのだろうかと心配になる。

というわけで、今夜のリクエストは、

新しいところで、83年全米1位「オール・ナイト・ロング」。

あまり興味なかった故にその昔間違って買ってしまった

B面がインスト・バージョンのシングルもついでにアップします。

A面は、84年全米1位「ハロー」。

ライオネル・リッチー、いい男です。

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ボクが大学生になったばかりの年、70年、

お茶の間はチャールズ・ブロンソンで溢れた。

「男の世界」、あたかもブロンソンが歌っているかのようだったが、

その精悍なCMソングを歌っていたのがジェリー・ウォレス。

彼の顔は思い浮かばなかったけれど、

確かにその名前には聞き覚えがあった。

当時は深く追及することもなかったけれど、

何年か後にレコード棚に彼のレコードを発見、

あっ!って気づいたけれど、またまた忘却の彼方。

昨夜突然、このレコードのことを思い出して、

探し出した「可愛いいティーズ」。

ジェリー・ウォレス、有名なカントリー・シンガーだけれど、

日本ではカントリーってあまり人気がない。

アメリカでは根強い人気を誇るジャンルなのにね。

まあ、日本で言う“民謡”みたいなものだと思う。

さて、この62年の「可愛いいティーズ」、

アメリカでもアルバム未収録でシングル・オンリー、

もちろんノン・ヒット。

彼には珍しく、明るくノリのいいダンス・ナンバーで、

素晴らしいオールディーズ・ポップス、

ボクが嫌いなわけがない。

♪~ リトゥル ミス・ティーズ 

    大きな瞳が 男たちを悩ませる ~♪

山下敬二郎さんをはじめ、いろんな人が日本語カバーしていた。

あれっ?11歳の頃なのに、なんでボクこの歌を歌えるの?

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