FC2ブログ

BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

img4073.jpg

1989年1月7日、昭和最後の日、

ボクは何をしていたのか?

当時の業務手帳を確認した。

土曜日、当時は出勤日になっていて、

朝から年始の挨拶回りで今治の酒造メーカーへ行って、

午後は、昭和天皇のご不幸に対応するために、

商店街のクライアントのSALE看板を下ろす手配を確認、

大忙しだった。

年始回りで“おめでとうございます”って言っていいのか、

迷った記憶がある。

明日は、平成最後の日、

ご不幸と縁のない元号変わりは気楽でいい。

長い長いゴールデンウィーク中だから、

明日はたぶん何をするわけでもなく、

のんべんだらりと過ごしそう、家内と食事にでも出かけるかな?

さて、平成最後の日を前に、どんなレコードを・・・、

定番の1枚を見つけた。

65年、梓みちよさんの「忘れな草をあなたに」。

大学生の時、みんなでよく歌ったものです。

♪~ 別れても 別れても 心の奥に

    いつまでも いつまでも 憶えておいてほしいから ~♪

オリジナルは、63年ヴォーチェ・アンジェリカという

6人組の女性コーラス・グループ。

時代は変われどもいつまでも残る名歌ですよね、きっと。
img4072.jpg

ここ一年以内の出来事だったと思うのですが、

あるオークションで、

バーバラ・ミルズという人が歌う

「Let’s Make A Memory」という曲を見つけました。

「レッツ・メイク・ア・メモリー」はクリフ・リチャードの代名詞、

イギリスではシングル・カットされていないとは言え、

64年、日本での大ヒット曲で、

ボクは瞬間的に、クリフの「レッツ・メイク・ア・メモリー」のカバーだ!

なんて決めつけてしまいました。

そして、見事に落札し、楽しみに楽しみに針を落としました。

何?聞いたことのない曲、でも、ちょっといい曲だな!なんて。

調べましたよ、そしたら、何と62年のロイ・オービソンの楽曲の

66年リリースのカバーでした。

オービソンは大好きですが、不覚にもこの歌は知りませんでした。

というわけで、早とちり、勘違いから、

同名異曲のゲットと相成りました。

それ以来、ロイ・オービソンのシングルを探しているのですが、

あるのかないのか、なかなか見つかりません。

まだ、始まったばかりの捜索ですから、

もう少し続けてみたいと思います。

img4071.jpg
img4069.jpg

先週末は奈良で姪の結婚式でした。

ボクたち夫婦と娘夫婦と孫たち、息子と一家揃って出席。

初めての体験、橿原神宮での結婚式でした。

橿原神宮は、第一代天皇とされる神武天皇とその皇后を祀っている。

平成から令和に元号が代わる時に、

日本建国の地とされるこの地で、この神社で結婚式なんて、

神殿に式に向かう行列を観光客が見守るシュールな展開、

厳かな結婚式でした。

ボクには、高校生の時、陸上部の駅伝で来て以来の橿原、

50年以上ぶりなのですから、まったく覚えていませんでした。

というわけで、結婚関係のレコードを探しました。

辛うじて見つけた2枚。

お嫁さんにしたい女優№1と言われた竹下景子さんの

78年春、デビュー曲「結婚してもいいですか」。

このレコードを持っているのにはワケがあって、

この曲の作詞の中里綴は、西野バレエ団の江美早苗さん、

彼女自身のレコードや作詞した作品のこと、13年12月に書きましたが、

彼女は元の夫に殺害されて36歳でこの世を去りました。

そんな彼女の作詞した作品ということでコレクションしていた1枚です。

さて、もう1枚の結婚ソングは、79年春の「結婚します」、

今年2月に「渚のうわさ」のカバーを紹介したヒストリー。

2枚の結婚ソングともに春のリリースとは何とも奇遇、

いい結婚式でしたよ。

img2948.jpg img4070.jpg img4035.jpg
img4066.jpg

以前、初代ジャニーズのアメリカ録音盤のことを書きましたが、

そのシングルを探していた中で、

ジャニーズ二代目、フォーリーブスのアメリカ録音盤に出合いました。

華麗なバック転で魅せる北公次、マグマ大使の江木俊夫、

MCに長けたおりも政夫、歌唱力のある青山孝。

彼らは、71年に渡米し、2枚のシングルを録音した。

しかし、この2枚とも、非売品プロモーション盤として世に出た。

ボクが好きなのは2枚目、72年に発表した英語版、

「Don’t Let The Sun Catch You Crying」、

ジェリーとペイスメーカーズの64年「太陽は涙が嫌い」のカバー。

これがなかなかいい!

青山孝と思われる哀愁のリード・ボーカルと、

オリジナルにない♪~Cryin’ Cryin’~♪のコーラス・リフレイン。

ペイスメーカーズよりポップに仕上がっている。

もう1枚は、71年発表の「Season Of The Sun」、

こちらは日本語による録音、オリジナル「夏の誘惑」。

急遽、日本発売のシングルを購入して聴き比べ。

歌そのものより、ちょっとヘンなことが・・・。

日本盤によると、「夏の誘惑」の英語表記は、

「Sun-Burst Summer」で、

B面の「太陽の季節」の英語表記が「Season Of The Sun」。

しかし、アメリカ録音の「Season Of The Sun」は、

まぎれもなく「夏の誘惑」である。

なぜこんなことになっているのか、???、

いろいろ考えると、夜も眠れなくなるのです。

img249 img4067.jpg img4068.jpg
img4064.jpg

ジュディス・ダーハム、

あまり聴き馴染みのない名前だと思いますが、

ボクは彼女の声が大好きです。

「ジョージー・ガール」のシーカーズの紅一点シンガー。

混声のコーラスから始まり、おもむろに彼女のソロが入ってくる時、

その魅力は最高潮。

その典型は少し前に紹介した「恋はたったひとつ」、「ジョージー・ガール」。

彼女の声の魅力を確認するために、

カバー曲を聞いてみたくて手に入れたEP盤の「夢のカリフォルニア」。

その彼女が独立後の68年にリリースした「オリーブの木」の、

静かで美しい歌声にも心癒されます。

書いていて思い出しました、数年前のこと。

オーストラリア在住の『穣の一粒』の著者とお会いしたこと、

今から1世紀以上前、“白豪主義”のオーストラリアに移住し、

ものすごい苦労を重ねて現地で稲作を成功させた日本人の物語、

その人は当地松山の出身、高須賀穣。

今もボクの勤務する会社と親交のあるその著者は、

とても穏やかで優しく機知に富んだ女性でした。

オーストラリアは、ビージースは言うに及ばず、

メン・アット・ワークやエア・サプライを生みだした国。

そんなことも相まって一度は行ってみたいと思ったこと、

もうこの歳になってしまいましたから、

実現するかどうかはわかりませんが、

そんなことを思いながら、ジュディスの「オリーブの木」を

繰り返し、続けて聴いてしまいました。

img4051.jpg img4065.jpg book48a.jpg
img4061.jpg

ありがとう!

ボクの9歳と2歳の孫娘たちは何かにつけてよく言う。

なんか、とても幸せな気分になる。

英語ならThamk you(サンキュー)、ハワイでならMahalo(マハロ)、

フランス語でならMerci(メルシー)、ポルトガル語はObrigado(オブリガード)、

スペイン語ではGracias(グラシアス)、イタリア語ではGrazie(グラッチェ)、

中国語なら謝謝(シェーシェー)、そして・・・、

ドイツ語ではDanke(ダンケ)、ものすごく感謝はDanke Schoen。

英語で言うThank you very much。

64年、弘田三枝子さんや梓みちよさんが歌って一世を風靡した歌、

「ダンケ・シェーン」。

♪~ 愛の喜びも 恋の苦しさも

    くちびるを重ね ちかったふたり ~♪

この元歌は63年のベルト・ケンプフェルトのインスト曲に歌詞をつけて

64年に日本語で歌ったコニー・フランシス盤。

♪~ 誓い忘れずに 恋の切なさを

    いたわってくれた 人はあなた ~♪

と、歌詞は少し違った。

世界中どこの国の言葉でも“ありがとう”はいい言葉ですね。

なんて、月並みの評論と相成りました。

img4062.jpg img4063.jpg
img4059.jpg

2010年春、そのライブハウスは産声をあげた。

開店とともに始めた月1回のレコード・コンサートも今月で丸9年。

12ヵ月×9年、確か2回ほど病気や何かで休んだから計106回、

よく続いたものだと今更ながら思う。

今月のテーマは、“涙の”洋楽。

“涙の”が邦題に付く洋楽を・・・、というもの。

頭に浮かぶものを、レコード棚からピックアップするのも楽しいもの。

41曲見つけました。

リストを作り、データを入力し、当日かける曲を想定する、

そんな作業を繰り返すこと9年、こんなに長く続くとは思っていませんでした。

さて、今夜は、63年メンフィスで結成された7人組バンド、

シンガーが3人、というジェントリーズ。

66年全米77位の「Everyday I Have To Cry」、

邦題は「涙のかれるまで」。

邦題が付くくらいですから、日本でもレコード化されてるのですが、

これはなかなか手に入りません、だから、輸入盤で。

彼らのトップ・ヒットは、65年全米4位「キープ・オン・ダンシング」、

こちらは日本盤で紹介できます。

ついでに、レコード・コンサートの様子もパチリ!

ちょっとピンボケの写真にしたのはワザと、

恥ずかしいですからね。

img4060.jpg ph84.jpg
img4057.jpg

昨日今日、ちょっと花冷えですが、ようやく春がやってきましたね。

なんて思っていたら、思い出しましたよ、

春になったら紹介しようと思っていた秘蔵の1枚を。

ビートルズ出現前のイギリスのロックシンガー、マーティ・ワイルド、

60年の「ユア・セブンティーンス・スプリング」。

とてもステキなロッカ・バラードです。

なぜ秘蔵か?って、この曲、バリー・マンの作品、

しかも、『レコード・コレクターズ』のバリー・マンの特集の

楽曲一覧にもなかったもの。

見つけたのは偶然の賜物だったのでした。

ボクの“17回目の春”は、51年1月生まれですから、67年。

アメリカでの4月1週の№1曲は、タートルズの「ハッピー・トゥゲザー」。

イギリスではエンゲルベルト・フンパーディンクの「リリース・ミー」。

日本の洋楽ヒットは、文化放送「ユア・ヒット・パレード」によると、

レインボウズの「バラ・バラ」。

ボクは高校2年生、奈良の高校で旧校舎から新校舎へ移った頃、

青春の真っただ中、いちばんの想い出の年でした。

img596 img4058a.jpg img1614