FC2ブログ

BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

img4101.jpg

レコード棚で見つけた1枚のレコードで昔を思い出す、

昨日四十路に突入した娘が小さかった頃の話。

縁あって、とてもお世話になっていた方の娘さんの洋服をいただいていました。

それは、お下がりという言葉のイメージとは程遠い、

上質で新品のようにきれいな、センスのいいものでした。

その方の奥様は日野てる子さんのお姉さま、

いただいた洋服の中に日野さんの娘さんの名前を見つけたりもしました。

それらの洋服を見ていると、娘さんへの愛情が伝わるようで、

我が家も大切に使わせていただいて、

後輩の娘さんへとバトンタッチ。

突然そんなことを思い出したレコードは、

65年の大ヒット曲「夏の日の想い出」。

♪~ きれいな月が 海を照らし

    たたずむ影は 砂に浮かび ~♪

このレコードは、「夏の日の想い出」がB面だから初版、

後にAB面入れ替えて発売されたはず。

確か、日野てる子さんは亡くなったときいたように思いますが、

突然思い出した昔話となりました。

本当にありがとうございました。
img4099a.jpg

前回、グレン・キャンベルのEP盤のことを書いたけれど、

17cm(7インチ)のレコードに4曲収録されたもののうち、

45r.p.m.(回転)のものをEP盤と言います。

EP=Extended Playなのです。

同じく17cmのレコードに4曲収録されているもので、

33回転(厳密にはLP盤と同じ33.1/3r.p.m.)のものは、

通称、コンパクト盤、または17cmLPと言い、区別されます。

ボクはこれまでこれを明確に区別していませんでしたが、

やっぱりこだわるべきなのでしょうね。

というわけで、17cmに4曲収録の2枚を引っ張り出しました。

まずは、フォー・シーズンズの『アイ・ラブ・フォー・シーズンズ』。

63年全米1位「恋のハリキリ・ボーイ」と、62年全米1位「恋はヤセがまん」、

この二大ヒット曲をフィーチャーしたもの。

これがオーソドックスな4曲入りのスタイル、

33回転ですから、これはコンパクト盤。

ボクは、彼らが歌う「オー・キャロル」のカバーが聴きたくてゲット。

もう1枚は、ジャンとディーン。

64年全米16位「太陽の渚No.1」、63年全米1位「サーフ・シティー」、

64年全米3位「パサデナのおばあちゃん」、

64年全米8位「デッド・マンズ・カーヴ(危険なカーヴ)」、

こんな豪華4曲入り、これもまた、もうひとつのスタイル。

これは、「危険なカーヴ」の国内盤シングルをゲットするまでの

つなぎとして買っていたもの。

これもまた33回転ですからコンパクト盤ですね。

日本発売の4曲入りはそのほとんどがこのコンパクト盤なのです。

img4099b.jpg img4100.jpg
img4097.jpg

ボクのシングル・コレクションは60年代のポッブスが中心ですが、

こうしてレコードを集めていると、

ちょっと悩ましい問題が発生します。

ちょっと苦手なアーティストだけれど、興味ある曲を歌っている、

そんなレコードは、とりあえず買ってみて、一度聴いて、所蔵する、

ということになります。

そして、彼のヒット曲、有名曲は資料的価値で持っておく、

これもまたコレクターの性なのであります。

今夜はそんなレコードを紹介しましょう。

前に書きましたが、ビージーズの持ってる中で最も古い曲、

64年オーストラリア時代の「ふりかえった恋」。

これのオリジナルがグレン・キャンベルであることも書きましたが、

ようやくその国内盤を手に入れました。

「ふりかえった恋」、61年全米62位、

グレン・キャンベルのヒット・チャートへのデビュー曲です。

国内盤の発売は71年だったようですが、ビージーズ効果でしょう。

となれば、グラミー賞の常連、グレン・キャンベルの有名曲を!

となるわけですが、eBayで最適の1枚を見つけました。

45回転4曲入りのEP、オーストラリア盤。

67年全米62位、68年全米39位と二度のチャート・ヒット、

ジョン・ハートフォードの「ジェントル・オン・マイ・マインド」。

67年全米26位、ジム・ウェッブの「恋はフェニックス」。

68年全米32位、「ドリームス・オブ・ザ・エブリデイ・ハウスワイフ」。

そして、69年全米3位、ボクの好きな「ウィチタ・ラインマン」。

この4曲入りなのですから、これ1枚で資料としては十分です。

彼は、オールディーズの世界では、

有能なスタジオ・ミュージシャンとして、

数多くのヒット曲を生み出すレッキング・クルーのひとりとして、

ギターやベースでレコーディングに参加していたことで有名なのです。

そんな彼のシンガーとしての活躍を多くのアーティストが祝福したことでしょう。

img2676.jpg img4098a.jpg img4098b.jpg
img4095.jpg

6月のレコード・コンサートのテーマは、キャロル・キング。

今年5月に10年目に入ったレコード・コンサート、

第1回目のテーマがキャロル・キングだったことを記念して・・・、

という次第。

キャロル・キングといえば、今の人には71年の『つづれおり』以降、

なのでしょうけれど、

ボクのキャロル・キングは、59年のデビューからこの71年まで、

自分がアイドルになりたかった時代、ソングライターとして活躍した時代、

これがすべてなのです。

今日取り上げる楽曲は、62年4月の全米28位、全英31位、

ドリフターズの「When My Little Girl Is Smiling」、

邦題「恋人がほほえむ時」。

53年からの第1期ドリフターズはクライド・マクファターの時代、

59年からはベンEキングの第2期、

61年からは第3期、ルディ・ルイスを中心とする4人組の時代。

もちろんドリフターズのバージョンを今回かけましたが、

ボクの好きなのは、競作となったジミー・ジャスティスのバージョン。

62年5月全英9位、イギリスではクレイグ・ダグラス盤と並んで、

ソロ・シンガーのバージョンの方がヒットしたのでした。

このバージョンは7月のレコード・コンサートでかける予定です。

そう、キャロル・キング、あまりに多すぎて2ヵ月に渡ってかけることとなりました。

img4096.jpg
img4092.jpg

ここんとこのボクは、ディスカバー南沙織、です。

これまでにもう、10枚掲出しましたが、

あと何枚あるのか、引っ張り出してきました。

残りのコレクションを時系列でおいおいに出してゆきます。

3枚目のシングルは、デビューの翌年72年2月「ともだち」。

4枚目は、同年6月「純潔」。

これはもう、ある意味エポックメイキングな1枚となりました。

このジャケット写真に篠山紀信さんを初起用、

ずっと先のことなど思いもよりませんが、縁があったのかも。

もうひとつ、この2枚のB面のタイトルに注目、

「いつか逢う人」、「素晴らしいひと」の韻踏み、偶然?

そして、5枚目のシングルでは紀信さんの起用がいよいよ本格化、

ジャケットは8ページ建てのポートレイト仕様となりました。

72年9月、「哀愁のページ」、

表紙と最終ページの写真は紀信さん、いかにも!といった写真です。

あいにく、中面の5枚の写真は『明星』や『平凡』提供でしたが、

とてもインパクトのあるレコード・ジャケットとなりました。

3曲とも、作詞は有馬三恵子、作曲は筒美京平のコンビでした。

シンシアのコレクションはまだまだ続きます。

img4093.jpg img4094a.jpg img4094b.jpg
img4091.jpg

クールビズはもう日本中に定着しましたね。

2005年だったか、今の東京都知事が盛んに呼びかけていましたね。

我が社でも5月から10月までクールビズが推奨されます。

その中心はもちろんノーネクタイ、

ネクタイ好きのボクとしてはちょっと複雑ですが、

確かに涼しくて、実用的ですね。

最初の頃は、訪問先に理解していただくためにアピールする

バッチを付けたりしていました。

タンスの小物入れを探したら出てきましたよ。

ネクタイにも流行があって、太めのペイズリーか流行ったり、

その太さはスーツの襟の幅に合わすんだって言われたり、

家内に大分非難されたのでずいぶん処分しましたが、

それでも150本ぐらいは持っているボクの最近のフェイバリットは、

細めのニットタイ、内緒でちびちび買い足しています。

さて、50年代終わりから60年代にかけての

ドゥワップの時代は、黒の細いネクタイが印象的でした。

なんて、思ったら、聴きたくなりました、

59年5月の全米2位、8月に全英28位、インパラスの「Sorry」。

4人組の黒人白人混成グループで、

アップテンポで、複雑なコーラスでハモる典型的なドゥワップです。

この頃のファッション、ちょっとダサくて、それがまたおしゃれで、

本当に大好きです。


ts35.jpg ts34.jpg
img4084.jpg

南沙織がジャニス・イアンを歌う、

と言っても、決してカバーではない。

ジャニス・イアンが提供した曲に、松本隆さんが日本語の詩をつけた、

松本隆作詩、ジャニス・イアン作曲、76年秋の「哀しい妖精」。

彼女の歌の中でも好きな曲ベスト3に入る素敵な歌である。

ジャニスはアメリカ・ニューヨーク州出身のSSW、

「哀しい妖精」の英語版=「I Love You Best」の詩はジャニス、

南沙織はアルバム『ジャニスへの手紙』で歌っている。

ラジオ番組でジャニスと電話で話した会話をイントロに、

ネイティブな英語で歌っている。

ボクはシングル・コレクターですが、さすがにこのLPは持っている。

このLP、片面すべて6曲がジャニス・イアンの提供曲。

10年ぐらい前に、ジャニス・イアンの来日ライヴに、

アンジェラ・アキが飛び入りした、って話を聴いた時、

このLPの6曲目のタイトルが「アンジェラ」だったことを思い出した、

そんなことを、今思い出した。

ところで、南沙織のデビュー曲は言うまでもなく71年の「17才」ですが、

ジャニス・イアンの最大のヒット曲は、

75年、ビルボート3位ながら、キャッシュ・ボックスで№1に輝いた

「At Seventeen」、邦題は「17才の頃」、

これまた奇遇、“17才つながり”だったのでした。

LP90.jpg img337 img4090.jpg
img4089.jpg

Day After Day、毎日毎日、

ブログに何を書こうか、どのレコードのこと書こうか、

レコード棚を漁りながら悩んでしまいます。

今夜の1枚は、「愛は夢の中に」、

カーペンターズの名曲のひとつですね。

72年にシングルカット、全英49位を経て、

74年に再録音リリース、全米11位、全英32位、オリコン48位。

この歌の歌詞は、♪~Day after day~♪で始まる。

いつだったか、通勤のさなか、ラジオでかかった時、

この曲を聴き終わって、

バッドフィンガーの「デイ・アフター・デイ」を想った。

72年全米4位、全英10位、オリコン12位、

バッドフィンガー最大のヒット曲である。

言うまでもなく、この歌は♪~Day after day~♪で締まる。

その上、「愛は夢の中に」の原題は、

「I Won’t Last A Day Without You」、

バッドフィンガーはあの有名な「Without You」の

オリジネイターなのだから、奇遇だというしかない。

車の中で、よし!これをブログに書くぞ、と思ったことを

さっき思い出して・・・、

♪~ Day after day, I must face a world of strangers ~♪

心落ち着くいい曲ですね。

img883 img136