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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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今月10日に書いた岡田有希子さんのその他のシングル、

彼女は生涯で8枚しかシングルを残していないのですから、

シングル・コレクションをコンプリートするのは簡単。

テビューは84年4月、彼女が不幸にも生涯を閉じたのは86年4月。

僅か2年しかヒット・チャートには居なかった。

8枚目、最後のシングルとなったのは、

86年1月、オリコン1位、カネボウ化粧品の春のCMソング、

「くちびるNetwork」、

この岡田最大のヒット曲の作詞は松田聖子、作曲は坂本龍一。

さて、さかのぼって、4枚目のシングルは85年1月、オリコン4位、

「二人だけのセレモニー」、

竹内まりやの三部作の後は、尾崎亜美の作曲。

5枚目は、85年4月、オリコン5位、

「Summer Beach」、今回唯一買い足した1枚、

引き続き尾崎亜美の曲、作詞まで担当している。

6枚目の竹内まりや作品を挟んで、7枚目は「Love Fair」、

85年10月、オリコン5位、かしぶち哲郎作詞作曲だが、

B面の「二人のブルー・トレイン」は竹内まりや作詞、杉真理作曲。

ボクはとりたてて彼女のファンというわけではないので、

この8枚のシングルだけで、LPやCDは持っていない。

ただ、彼女は、とても有望な、そして印象に残るアイドルだったと思う。

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ボクたちにとって、二枚目の代名詞といえば、

なんといっても、アラン・ドロンである。

しかし、アラン・ドロンの映画を観た記憶はない。

それでも、天下の二枚目といえば、アラン・ドロンなのである。

これはもう、伝説であり信仰である。

そのドロンが歌う、語るように甘い声で歌う、「愛しのレティッシア」、

67年の『冒険者たち』の挿入歌である。

そこで、ついでに、アラン・ドロンの関係のシングルを探してみた。

あくまでも、ボクのコレクションの中から、である。

68年、チャールズ・プロンソンとの「さらば友よ」はOSTで。

そして、75年の『アラン・ドロンのゾロ』、

「ゾロのテーマ」はオリバー・オニオンズの唄で。

昔テレビで観ていたガイ・ウィリアムズの『怪傑ゾロ』、

♪~ ピカリと光る稲妻に 出たぞ怪傑ゾロ

    残すマークはZ 不気味なZ 怪傑ゾロ ~♪

ゾロといったらガイ・ウィリアムズ、

そのイメージが壊れるのが嫌で、意識的にこの映画は観なかった。

さて、最後の1枚は62年の『太陽はひとりぼっち』、

オリジナルのミーナにはあまり食指は動かなかったけれど、

園まりさんのカバーは素敵だ。

たまには映画音楽もいいものだね。

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先日、ジェリー・マギーが亡くなった。

今から27、8年前、ボクが広島に勤務していた頃、

何度もベンチャーズのライヴに行った。

FMラジオの特番まで作ることに関わった。

その頃の来日メンバーのリードギターはほとんどマギーだった。

68年に加入したマギーの時代、一番に思い出されるのは、

多くのベンチャーズ歌謡をヒットさせたこと。

もうそのいくつかは紹介したが、今夜は代表曲2曲を。

70年、渚ゆう子をスターにした「京都の恋」。

作詞は林春生、たぶん曲先なのだと思うが、

詞とベンチャーズ・サウンドがとてもマッチしている。

そして、京都から大阪へ、

71年の、「雨の御堂筋」、欧陽菲菲(オーヤンフィフィ)をスターに。

ご当地ソングが多かったような印象があるが、

毎年日本を訪れてライヴ・ツアーを行う彼らには必須のアイテム。

時を経て、ベンチャーズのメンバーもだんだん代替わりしている。

ジェリー・マギーの冥福を祈る。

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今日、家内と岸田敏志さんのライヴに行ってきました。

♪~ モーニン モーニン 君の朝だよ モーニン モーニン ~♪

79年オリコン1位、

このシングルがオリコン100位以内にいる間に約60万枚も売った

大ヒット曲「きみの朝」の岸田智史さん。

昨年から地元のミュージカルの劇中歌を書きおろされている関係で、

その劇場でのコンサート。

先日偶然の出合いから間接的にボクのレコードにサインしていただきました。

世界ラグビーの日本戦を控えていたからちょっと急いで帰ってきましたが、

やっぱり今夜のブログはこの大ヒット・シングルを、という次第。

ちなみに、このすばらしい歌詞はボクのお気に入り岡本おさみさん、

作曲はもちろん岸田智史さん。

あっ、そうそう、同じ時期にもう1枚、朝の歌がヒットしました。

♪~ 熱くもえる まるでカゲロウさ 汗のしずくが とてもきれいだよ ~♪

翌80年の秋から冬にかけてだったと思う

五十嵐浩晃さんの「ペガサスの朝」。

両方ともCBSソニーだったことも奇遇です。

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9月のレコード・コンサートのテーマだったドゥワップ、

なにぶん思い入れのあるテーマで、コレクションも多いことから、

元々10月もこのテーマでゆく予定でしたが、

9月の終了時にマスター氏からのリクエストで、

10月は日本のドゥワップ、キングトーンズとシャネルズもとのことで、

楽しく楽しく過ごしました。

となれば、まだまだかけ残しがあるものですから、

11月もドゥワップでゆくこととしました。

さて、まだ紹介していない楽曲を・・・、

今夜はぜひユーチューブで楽しんでほしい楽曲を2曲。

ドゥワップの楽曲は、オリジナル音源はほとんどアップされていますが、

ライヴ映像は、ずっと後になって“懐かしの・・・”というスタイルの、

リバイバル・ライブ映像です。

まずは、57年、チャンネルズの「ザッツ・マイ・ディザイヤー」。

31年の楽曲を今日までいろんなアーティストがカバーしていますが、

このドゥワップ・スタイルのカバーは最高です。

まさに、スローな、ドゥワップ・バラードの最高傑作だと思います。

そして、一転、典型的なウキウキ・ドゥワップの傑作のひとつが、

61年、クゥオテイションズの「イマジネーション」。

クゥオテイションズはNYブルックリン出身の白人4人組、

カップリングの「アラメンシ」も楽しい楽しいドゥワップです。

騙されたと思って、ぜひYouTubeで検索してみてください。

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竹内まりやさんがひとりのアイドルに提供した曲の多さでは、

彼女、岡田有希子が最多である。

彼女がその短い人生の中で、

リリースしたシングルはわずか8枚。

そのうち、A面の作詞作曲楽曲は4曲、

今夜はその4枚のシングル盤を紹介しましょう。

まず、デビュー曲から3曲は、いわゆる“学園恋愛三部作”、

デビュー曲は、84年4月の「ファースト・デイト」、オリコン20位。

2曲目は、84年7月、「リトル・プリンセス」、オリコン14位。

3曲目はボクが最も大好きな「恋、はじめまして」、84年9月、

オリコン7位、グリコのセシルチョコレートのCMソング。

♪~ ママの選ぶドレスは 似合わない年頃よ

    いつまでも子供だと思わないでおいてね ~♪

竹内まりやの世界である。

もちろんセルフカバーしていますね。

そして、B面の「気まぐれTeenage Love」も彼女の作品。

そして、6枚目、85年7月に「哀しい予感」で再登板、オリコン7位。

B面の「恋人たちのカレンダー」も彼女の作品だった。

今日紹介しただけでも6曲、

竹内まりやが彼女に提供した曲は、

なんと、作詞のみの曲も含めれば11曲にものぼるのだという。

ボクはあいにくシングル盤提供曲しか持っていないけれど・・・。

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この土日は母の13回忌法要でした。

実家を継いでくれてる弟の気まぐれ(?)で、

高野山で行うことに・・・。

一泊二日、松山から車で家内と往復1,000km余りの道程。

宿坊のひとつで法要を行い、経木塔婆を納めるために奥ノ院へ。

一の橋から、なだらかな坂道、階段を行く、

左右の樹齢千年にも及ぶ大きな杉木立の中に、

徳川、前田をはじめ有名な諸大名や

有名商人たちの20万基もの苔むした墓石が並ぶ、

その距離約2キロもあっただろうか。

すごい、知らなかった、松山の久松家のもあるんだ、

本当にすごい、驚いてしまった。

龍神温泉に一泊して、一日中かかって松山へ、

疲れましたが、とてもいい経験でした。

さて、そんな日に掲出するレコードは?

和歌山県、ということで、

バラドル島崎和歌子さんのアイドル時代のシングルを。

89年のデビュー曲「弱っちゃうんだ」は紹介済みなので、

今夜は2曲目の「元気がソレを許さない」、なんていかがでしょう。

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以前に、タイトルにStarの付く歌をピックアップしたことがありましたが、

星、がタイトルの歌っていっぱいありますよね。

パソコンの上のブログ未掲出のレコードをめくっていたら、

出てきましたよ、「二人の星をさがそうよ」。

ずっと前に田辺靖雄盤を紹介しましたが、

今夜のはポールとポーラのカバー。

佐伯孝夫・吉田正の曲なのですが、

ポールとポーラは自分たちが作った英詩のセリフと歌詞を挟んで、

たどたどしい日本語で歌っています。

カップリングの「夢のウェディング・ベル」も漣健児さんの日本語で。

日本での人気を当て込んで急遽日本語を取得したにしては上手?

さて、もう1枚は、「星をつかもう」=「I’ll Touch A Star」。

あの「サスピション」のテリー・スタッフォードの柳の下リリース、

それでも64年の全米25位。

「サスピション」と同じように、

エルヴィスを彷彿とさせる甘く美しいロッカ・バラードです。

星の歌、もちろん、ボクのコレクションにもまだまだありそうですが、

よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ!(池乃めだかさんで)。

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