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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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マモル・マヌーが1日に、そして、ルイズルイス加部は26日に、

今月は訃報が相次いだ。

ゴールデン・カップスというグループ、

どうもボクは訃報の度に想い出す。

2008年、デイヴ平尾の訃報の翌日にも書いた記憶がある。

彼らはコマーシャリズムにのることを嫌い、

オリジナルのヒット曲を歌うことを嫌っていた。

ウィキペディアによると、

平尾さんは、ライチャス・ブラザーズの

「アンチェインド・メロディ」の歌唱を身につけようと努力した、という。

そんなことを知って買っておいた掲出のコンパクト盤、

A・B両面ともに1曲目はオリジナルで、

2曲目は本当に歌いたかったカバーという選曲。

ライチャス・ブラザーズの「アンチェインド・メロディ」と、

テンプテイションズの「マイ・ガール」。

ジャケット写真は懐かしい若き日の結成メンバーたちで、

左から、マモル・マヌー、ケネス伊東、ルイズルイス加部、デイヴ平尾、

そして、唯一健在なエディ潘。

ボクの若かりし頃のアイドルたちが次々と鬼籍に入ってゆく今日この頃、

ああ、ボクも歳をとったんだね。

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前にも同じようなことを書いた気もするけれど、

日米でこんなにイメージの違うアーティストも珍しい。

69年に日本で大ヒットしたのは、まるで女性が歌っているかのような、

色気たっぷりな「愛の聖書」。

翌年には、辺見マリが、♪~やめてェ~♪なんて、

この曲をモチーフにしたような曲を大ヒットさせた。

だけど彼の、アメリカでの最大ヒット曲は、62年全米4位の、

「レッツ・ダンス」。

そして、同じスタイルでのヒットは、翌63年の全米43位、

日本ではあまり知られていない「Some Kinda Fun」、

Kindaは、キンダではなくカインダと発音、

Kind Ofの略なのである。

したがって、「サム・カインダ・ファン」は“ちょっと楽しい”というわけで、

「レッツ・ダンス」テイストの“ちょっと楽しい”楽曲なのである。

そう、彼はロックンローラーなのですよ。

「愛の聖書」が流行ったとき、ボクは「レッツ・ダンス」を知っていたけれど、

そのクリス・モンテスが、あのクリス・モンテスだとは思わず・・・、

それほどに別人イメージだったのです。

それを知っての聴き比べは“ちょっと楽しい”今夜のボクなのであります。

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今をさかのぼる12年前、娘の結婚式でのこと。

ボクが懇意にしている司会者の女性は、何とかボクを泣かせようとした。

娘の結婚はうれしかったし、また、ボクは娘を可愛がっていたけれど、

ボクは泣かなかった、ニコニコしていた、

意地でも泣いてやるか、と思っていたのかも。

それほどに、結婚式にうれし涙は欠かせない。

63年全米57位、15歳のリトル・ペギー・マーチが歌う

「The Impossible Happened」、

直訳すると、“不可能なことが起こった”なのに、

「涙のウェディング・マーチ」という邦題がつけられた。

これはまあ、

間奏にあのウェディング・マーチを挟んでいることに由来するのかな。

61年のイタリアのヒットパレードの№1ソング、

トニー・マーティン歌う、「The Bride」。

トニー・ダララやペギー葉山さんで有名な「ラ・ノビア」の英語版、

この曲には「涙のウェディング・ベル」という邦題が与えられた。

これらのレコードに見出した日本人の法則、

結婚式に涙はつきもの、というお話でした。

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昨夜、10月のレコード・コンサートのためにレコードをピックアップしてたら、

奇遇、あまりの偶然にビックリしてしまった。

10月のテーマは、パラダイス・キングのカバーとオリジナルの聴き比べ。

持ってるだけでかけたことのないパラキンの1枚、

「遥かなるアラモ」と「夢のナポリターナ」のカップリング。

「遥かなるアラモ」の原題は「The Green Leaves Of Summer」、

奇しくもレコード・コンサートの8月のテーマ“サマー”の歌。

「夢のナポリターナ」の原題は「Luna Napoletana」、

こちらは9月のテーマ“月、Moon”の歌。

そして、歌っているのはパラダイス・キング、10月のテーマなのですから、

ボクにとっては、知らなかった偶然の発見です。

「遥かなるアラモ」は、ジョン・ウェインがデビー・クロケットを演じた、

映画『アラモ』の主題歌で60年のリリース。

「夢のナポリターナ」は61年のリリース、

イタリアのマリノ・マリーニ・クァルテットの作品で、

ベースのルッジェロ・コリが歌っているという。

ちなみに、B面の「オー・オー・ロージー」はマリノ・マリーニが歌っている。

昨夜発見して両方のオリジナルを探して、両方とも持っていた、という偶然、

ちっちゃなちっちゃな、つまらない発見でしたが、ちょっぴりニコニコしてしまいました。

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67年7月の4週連続№1、アソシエイションの「ウィンディー」。

アソシエイションはボーカルを固定しないハーモニー・グループで、

「ウィンディー」は同年10月に全米2位のヒットした「ネバー・マイ・ラヴ」との

豪華カップリング・シングルを紹介した。

これは、ワーナーにレコード会社を移籍して3ヵ月前の全米№1とカップリングしたもので、

7月の「ウィンディー」はロンドンからの発売、このシングルを掲出した。

さて、今日の主題はアソシエイションではない。

18年8月26日に紹介したジャニーズの噂、

「ネバー・マイ・ラヴ」はジャニーズの曲だった!の検証。

76年10月のサンプラザホールでの実況録音盤『あおい輝彦オンステージ』、

彼は「ネバー・マイ・ラヴ」前のナレーションで、

“10年ほど前、ジャニーズがアメリカへ行った時にレコーディングした曲で、

 その後ジャニーズが解散するということで、

 アソシエーションというグループが歌って全世界で大ヒットした、

 この曲も本当はボクのために作られた曲で

 信じられないかもしれませんが本当です。

 正調「ネバー・マイ・ラヴ」”、と紹介している。

最近手に入れた噂検証のLPである。

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白人の代表歌手として、R&Bからサーフィン・ホットロッドから、

なんでもかんでもカバーした。

“白人が黒人の曲を広め、紹介するのは意義あることだと思うよ”

彼の持論であったという。

パット・ブーン、彼に似合わないカバーもたくさんあったけれど、

彼は、彼らしい曲を歌い、3曲をビルボード№1に送り込んだ。

57年6月、「砂に書いたラブレター」で5週間連続のナンバー1。

2曲目の№1は同年12月から2週間、「四月の恋」、

ロックン・ロール全盛の時代に、甘くてシンプルな曲をナンバー1にした実力。

そして、3曲目は、61年6月、「涙のムーディー・リバー」、

やっぱりバラード・ソングであった。

このレコードは、レコーディングから最も早くラジオでオンエアーされた曲、

というエピソード。

レコーディングが終わって友人宅にいた奥さんを迎えに行って、

帰ろうとして玄関まで行った時、

ラジオの“トップ40”から流れてきた、という。

まだ、家にも帰っていないのに、もう今週のヒット曲としてオンエアーされたという。

そして、見事ナンバー1に輝いたのである。

嘘か真か、こんなエピソード、大好きなボクたちなのである。

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夜の9時からの約1時間半、

最近はいつもマスターとボクを含めても常連7人というささやかさ。

今月のテーマは“Moon、お月さまでひとつかみ”。

5年前にも同じテーマでやったのですが、その時にかけ残した“残りモノに福”で。

ほとんど洋楽で、邦楽は2枚しかかけませんでしたが、

その中の1枚は、61年坂本九ちゃんがパラキンをバックに歌う、

「月夜に歩けば」。

60年ロビン・ルーク「Walkin’ In The Moonlight」のカバー。

このロビン・ルーク盤、もう11年も探しているのにまだ見つかりません。

♪~ 月夜に歩けば ウゥーン

    あっちの道でも ウゥーン  こっちの道でも ウゥーン

    こいびと同志が ウゥーン ~♪

61年といえば、ボクは10歳、

オン・タイムで聴いていたはずはないのになぜか歌詞が浮かんでくる。

この曲をかけようと思ったから、前回パラキンのレコードをブログで取り上げたから、

来月のレコード・コンサートのテーマは、

ダニー飯田とパラダイス・キングのカバー曲とそのオリジナルの聴き比べに。

こんな感じで次回のテーマが決まってゆくのです。

♪~ それがね それが浮世というものぉさ キタサ ホイサッサ ~♪

(61年、「九ちゃん音頭」でした)

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