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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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前回に続いて、ジュークボックスの歌シリーズ。

もう1枚あったかも・・・、って探し始めました。

記憶を辿りながら・・・。

なかなか分からなかったのは、

覚えていたのは邦題のタイトルで、

しかも、メインタイトルに“Jukebox”が文字がなかったから。

そのタイトルは「恋のジュークボックス」、

いやいや同名のルーベッツのとは違いますよ。

やっと見つけました。

原題は、「If I Didn’t Have A Dime (To Play The Jukebox)」。

~ジュークボックスをかけるための10セントがなかったなら~

62年全米58位、歌っているのは「ルイジアナ・ママ」のジーン・ピットニー。

いい感じのティーンポップスで、哀愁あふれるバラードです。

このレコード、

カップリングは「Only Love Can Break A Heart」、

作者はハル・デビッド&バート・バカラック、

62年全米2位、邦題は「恋の痛手」、

というわけで、こちらがA面。

でも、ボクは断然「恋のジュークボックス」の方が好き。

Jukeboxタイトルに注目したが故に再発見できたことに感謝です。

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レコード自体を知らない人たちが多い時代ですから、

ジュークボックスなんて知らない人ばかりなんでしょうね。

ジュークボックスは洋楽のオールディーズ・ファンには欠かせないアイテム、

ジュークボックス・ジャケなんてのもありますし、

カフェやライヴハウスの装飾アイテムとして時々見かけることも。

一時はボクも40~60年代のものを買おうと思ったこともありました。

ですから、こんなジュークボックスがらみの曲はオールディーズ象徴。

そんな曲、もう数枚は紹介済みですが、

今日の1枚は、「ジュークボックス・サタデーナイト」。

♪~ ドミノ、チェッカー、プレスリー、

    あの娘とロックンロールを楽しむのを手伝ってね、

    土曜日のジュークボックスさん。

    お金なんて無くてもOK

    誰かがレコードをかけてくれるから ~♪

と、こんな感じのゴキゲンなロックンロールです。

61年全米57位ながら、NYエリアでのローカル・ヒット、

歌うは、ニノとエブタイズ。

彼らはNYブロンクス出身のドゥワップ・ボーカル・ユニットで、

この曲は、42年全米7位、グレン・ミラーのカバーでした。

本当に、楽しい楽しい1枚です。
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67年4月、全英4位、マイク・ダボ歌うマンフレッド・マンの

「Ha Ha Said The Clown」、

邦題は「ピエロの花嫁さん」。

なんと、グーグル翻訳で和訳してみても「ピエロの花嫁さん」。

もう、ビックリです。

この曲をアメリカのチャートに乗せたのは、ヤードバーズ、

同67年9月、全米45位、

67年ですからジミー・ページの時代でしょうか。

マンフレッド・マンのはポップスで、ヤードバーズのはロック、

ボクの聴き比べの第一印象はそんなところでしょうか。

興味あるのは、なぜ邦題が“花嫁さん”なのか?

マンフレッド・マンのひとつ前のヒットは、66年11月、全英2位ソング、

「Semi-Detached,Suburban Mr.James」、

ボクを捨てて郊外に家をもつ中流家庭のジェイムスさんに嫁ぐのね、

なんて歌うからか、邦題は「ミスター・ジェイムスの花嫁さん」。

だから、「ピエロの花嫁さん」の邦題も、その花嫁さんシリーズかな?

こちらもポップス、あっフォーク・ロックのような素敵な曲。

あっ、ちなみにB面の「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」は、

全英10位、ボブ・ディランのカバーです。

“花嫁さん”タイトルの2曲、とても好きですよ。

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映画『メイキング・オブ・モータウン』を観た。

110人満席のスクリーンにたったの3人、

平日の午後、いかにコロナ禍といっても寂しすぎる。

映画は、ベリー・ゴーディ・ジュニアとスモーキー・ロビンソンが語る

モータウンの創設と繁栄の物語。

ミラクルズ、フォー・トップス、テンプテイションズ、マーサとヴァンデラス、

シュープリームス、ジャクソン・ファイヴ、マーヴィン・ゲイ・・・、

おなじみのアーティスト、バックにおなじみの曲が流れる。

映画としては???だけれど、モータウン・ファンには楽しめる内容。

社長と副社長の掛け合いは絶妙、仲の良さが伝わる。

ボクはポップスのファンで、

モータウンのポップスっぽい曲しか持っていないし、

そのほとんどは既にこのブログで紹介済みのようで、

未紹介のレコードを探した・・・。

ダイアナ・ロスの最大のヒット曲にして、ソロとしては最後の№1、

80年、「アップサイド・ダウン」、

シックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワードのプロデュース。

こんな新しい曲、なぜ持っていたかわからないけれど、

ダイアナは「メイキング・オブ・モータウン」には欠かせないキャストである。
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昭和の時代、歌謡曲を語る時、必ず話題に上がったのは、

日本レコード大賞である。

印象にあるのは、81年「ルビーの指環」まで、

紅白歌合戦とセットで気にしていた記憶がある。

さて、そんなレコード大賞の第1回の受賞は、

59年、パラダイス・キングの初代ボーカリストだった水原弘さん。

「黒い花びら」は、永六輔さんと中村八大さんの作品であった。

この頃、ボクは8歳だから、レコード大賞の記憶はないけれど、

第4回の「いつでも夢を」の記憶はある。

日本レコード大賞は、各紙の新聞記者が選ぶ賞である。

創設したのは日本作曲家協会、古賀政男、服部良一さんたちである。

さて、水原弘さんは酒とギャンブルに生きた豪快な人だったらしい。

そして、42歳の短い生涯であったと記憶している。

彼について、思い出すことはふたつ、

ひとつは、アース製薬のCM、由美かおると出演していた。

もうひとつは、ボクが高校生の頃、「君こそわが命」でカムバックしたこと。

先日このレコードを買ってきた、ああ懐かしいね。

「黒い花びら」のレコード・ジャケットを見ながらの思い出話である。

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月、ボクがイメージするのは、

冷たくて、静かで、穏やかで、神秘的・・・。

ふたりのロック・シンガーが歌うMoonソングは、

そんなイメージなどどこ吹く風、

ポップで活力にあふれている、ロックンロールである。

ひとりは、今年5月に亡くなったロックの巨匠、リトル・リチャード、

59年全米17位、「By The Light Of The Sivery Moon」、

“銀色の月明かりの下で”。

曲は1909年に発表されて以来のスタンダードだという。

もちろん多くの人に歌われて、硬軟取り混ぜての個性あふれるカバー、

あいにくボクはこのリチャードのバージョンしか知らないけれど。

彼がピアノを弾きながらゴキゲンにポップに歌っている、

そんな姿が目に浮かぶ。

もうひとりは、

61年全米7位「プリティ・リトル・エンジェル・アイズ」のヒットをもつ人、

カーティス・リー。

同年全米46位ソング、「Under The Moon Of Love」、

“愛の月の下で”。

こちらは、トミー・ボイスとカーティス・リーによって書かれたオリジナル、

フィル・スペクターのプロデュースです。

興味ある方はYouTubeでどうぞ。

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バート・バカラックとハル・デイヴィッドが作った「遥かなる影」、

原題は「They Long To Be Close To You」は、

70年7月から8月にかけて4週間連続全米№1に輝いた

カーペンターズの名盤のひとつである。

今月のレコード・コンサートのテーマを、“歌う!映画スター”と決めた時、

ぜひこの曲のオリジナルを紹介したい、と思った。

オリジナルは、“ドクター・キルデア”ことリチャード・チェンバレン。

その後、カーペンターズ以前に、

ディオンヌ・ワーウィックやダスティ・スプリングフィールドにカバーされたが、

このカーペンターズ盤は非常に完成度が高く、

70年時点ではボクは彼らのオリジナルだと信じていた。

その後、

63年にこの曲を初めてレコーディングしたのはチェンバレンである、

と知ったけれど、特別に欲しいとは思わなかった。

しかし、しかしである、

今回はレコード・コンサートの目玉として紹介したい、

と思い立ち、晴れて間に合ってのゲットとなった。

日本ではあまり人気が出なかったけれど、

『ドクター・キルデア』は『ベン・ケーシー』と人気を二分するドラマだった。

ちなみに、彼の他のレコードは08年12月と11年3月に紹介している。

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