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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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物語はヴィッキーの1枚のシングル・レコードから始まった。

ヴィッキー・ヴァンシリキー・レアンドロス・パパサナシューという長い本名、

ギリシャ生まれのヴィッキーは17歳で日本デビュー、

「恋はみずいろ」「待ちくたびれた日曜日」に続いての

68年、3枚目のシングル「朝まで踊って」で、

これまでとはちょっと違う一面を見せてくれた。

そして時は過ぎ行き、80年代に入った頃のある日、

戯れにB面を聴いてみると、あれ?どこかで聞いたような曲、

「サンシャイン・ボーイ」、作者表示はPiopelle-Roberds-Macleod、

この3人は、「Sunshine Girl」というただ一曲のヒットをもつ

パレードというグループのメンバー。

「サンシャイン・ボーイ」は、

67年全米20位、パレードの「サンシャイン・ガール」のカバーだったのです。

ただし、正しくはPiopelleではなくRiopelle、

このジェリー・リオペルは、

フィル・スペクターに雇われた最初で最後のプロデューサーだったという人。

ボクが10年2月12日に書いた「シングズ・アー・チェンジング」を

スペクターの代わりにプロデュースした人なのです。

物語はここで終わらない。

2007年になってリリースされた大滝さんの『ナイアガラCMスペシャルvol.1』の

30周年アニバーサリーのCDの中に、

この「サンシャイン・ガール」のカバーとして作られたCM、

「透明ガール」(サイダー’79)を見つけたのです。

CMモデルに予定されていたのはブルック・シールズだったそうですが、

諸事情あってこのCMソングともどもオクラ入りとなったそうです。

67年から2007年まで40年かけた長~い物語、

ボクにとってはうれしい発見、楽しい楽しいものだったのです。

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