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BOTH SIDES NOW

レコードにA面とB面があるように、すべてのものには二つの面があります。人生の光と影、 ボクはどっちも大好きです。

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先週は一週間、白内障の手術にために入院していました。

両目とも手術する予定でしたが、あいにく右目が期待通りの結果ではなく、

焦点が合わずに近くが見にくく、視力も出ないので、

様子を見ることとなり、左目は延期することにしました。

そんなこんなで、ブログが更新できず、

入院中ずっと退院したらどのレコードのことを書こうかと・・・。

ずっと頭にあったのは、デイヴ・クラーク・ファイヴの1枚、

イギリス盤は「ドゥ・ユー・ラヴ・ミー」より早く、63年2月、

3枚目のシングルとしてリリースした「That’s What I Said」、

「I Knew It All The Time」のB面でしたが、

ボクが持っているのは、アメリカ盤、64年4月のリリース、

ビルボードでは53位と他の曲ほどヒットしませんでした。

「That’s What I Said」、直訳するなら、それはボクが言ったことです、

なのですが、電話の呼び鈴から始まるロックンロールで、

ボクがとても気になる曲で、邦題は「電話でサヨナラ」、

日本盤ではAB面逆にしてこちらがA面でした。

入院中、この日本盤が欲しいね、なんてずっと考えていました。

ジャケットを紹介しておきましょう、

これまでの例では、こうしてブログで取り上げると、

まもなく市場に出てきたりするものですから、期待をこめて。

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7月20日を過ぎたというのに日本列島は未だに梅雨明けはせず、

四国に至っては梅雨入りが6月26日と例年より大幅に遅く、

また、梅雨というイメージとは程遠く、集中豪雨が発生する、

毎年、そんな異常気象を更新する今日この頃、

日本は、地球は、少しおかしくなってきているようですね。

66年全米10位の「レイン・オン・ザ・ルーフ」を聴きながら、

この曲のように、穏やかに続く雨の日々を懐かしく思います。

さて、気象話はこの辺にして、

このラヴィン・スプーンプルは一風変わったポップ・グループです。

マグワンプスというフォーク・グループが二つに分裂し、

もう一方はママス&パパスになったというのですから、

双方の音楽を聴くと、その目指すところの違いは顕著ですね。

もうひとつ、日本では彼らのレコードは日本グラモフォンから出てるのですが、

彼らのレーベルは“Kama Sutra”、

カーマ・スートラとはインドの三大性典のひとつとされるもの、

そんな怪しい名前のレコード・レーベルなのですから、

この点でもなんか怪しい、不可解な感じが否めません。

でも、彼らの曲は心を穏やかに温かくする曲なのですから、

とても不思議なグループだという印象なのです。

来週にも梅雨明けかという今夜に聴く「レイン・オン・ザ・ルーフ」、

とても穏やかな気持ちで明日を迎えられそうです。

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南沙織のシングル・コレクション、1ヵ月ぶりの第2回です。

まだ紹介していなかったレコードの中から、時系列で、

前回に続いて今夜の3曲もすべて、有馬三恵子・筒美京平です。

デビューはボクが大学2年生の時で、

今夜紹介する1枚目は、彼女の7枚目のシングル、

♪~ 逢えば 逢うほど あいつ とても謎なの

    やさしくて がんこで 冷たくて ~♪

ボクが大学4年生の73年春、「傷つく世代」。

タイトルと歌詞がなかなか結びつきませんが、

ちょっと歌い出したら今でもあとの歌詞が出てきますよ。

♪~ 街は色づくのに 会いたい人はこない

    母に甘えて 打ち明けるには ああ 少し大人すぎるみたい ~♪

73年夏、「色づく街」。

さて、デビュー曲から次に紹介する曲まで10枚はコンプリート、

73年暮れの「ひとかけらの純情」。

この歌は今レコードを聴いても歌詞が浮かんできませんでした。

だから、この歌でボクのシンシア・コレクションはひと休み、

まもなく卒論と就職の準備で忙しくなる頃でしたし、ね。

またしばらくしてボクのシンシア・コレクションは復活するのですが、

そのことはまた次回に。

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昨日は法事で家内の姉妹と我が家の娘、息子が集合。

父の17回忌と母の13回忌が重なって、

お世話になった菩提寺の住職さんが亡くなったこともあって、

家族だけで黙とうと焼香の和洋折衷で冥福を祈念しました。

法事に合うレコードは?・・・、と頭に浮かんだのは、

♪~ Would you know my name

    If I Saw you in heaven? ~♪

4歳の息子を不慮の事故で亡くしたクラプトンが書いた

92年全米2位、全英5位の「ティアーズ・イン・ヘヴン」。

椅子に腰かけて、ジーンズで、ギターを抱えて、

つま弾きながら、静かに歌うエリック・クラプトンが目に浮かぶ。

CDの時代の曲ですが、シングル・レコードを手に入れて、

大切にしているのです。

クラプトンには、レコードの時代にもう1枚、天国の歌があります。

75年全英38位、ボブ・ディランをポップにカバーした「天国への扉」。

♪~ Knock,knock,knock on heaven’s door ~♪

の繰り返しが印象的な、とても好きなカバーです。

ダブル法要の三連休は、

ダブル天国のレコードで納めといたしましょう。

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ホンの数日前にブログに取り上げたら、

フラッと立ち寄った東京の中古店で探していた待望の国内盤発見、

少し高かったのですが、ああ、買ってしまいました。

64年全米8位、ジャン&ディーンの「危険なカーヴ」。

ビーチ・ボーイズのブライアン・ウィルソンとジャンの共作で、

深夜のスチングレイとジャガーのカーレースを歌ったもの。

この「デッド・マンズ・カーヴ」の舞台にほど近い場所で、

このヒットから2年後の4月12日、ジャンは自動車事故を起こしてしまう。

この頃はそんなことなんて知る由もなかったけれど、

ずっと後になって、ある日テレビで『夢のサーフシティー』という映画を見た。

ジャンとディーンの結成からこの事故を経てカムバックするまでの物語。

マイク・ラブ(特別出演)が紹介してステージにふたりが登場する。

口パクで「サーフ・シティ」を歌い出したものの、

テープの不調で口パクがばれて、会場は大ブーイング・・・。

その時ジャンはたどたどしく歌い始め、ついには自分の力で歌い出す。

ここでエンドロールが流れる、というエンディングを憶えている。

この青春映画は78年作品、そのLPを買ってきた。

邦題は『夢のサーフシティー』だけれど、

原題は『Dead Man’s Curve』、

まさにこの曲は彼らの伝記そのものなのである。

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